第六話:クラスチェンジ
5人での最初の戦闘から2週間、オークキャプテンのような強い魔物
と出会う事なく、目的地のアルマまであと少しの所まで来たのだが
集中豪雨による川の増水の結果、橋を渡ることができず足止め状態だ。
「ほんとにもう、何とかならないのかしら」
「今日で8日目ですね」
「川沿いに北へ80キロ程行けば、川幅が狭いそうですよ」
「衛兵の話を聞いてなかったの。北の森には強力な魔物がいるでしょう」
「そうですよ、ミリアさん。急ぐために死んだら意味がありません」
電力会社がダムで川の水を堰き止めて問題になる事もあるが
川幅が3キロ以上ある川には設置してもいいかも知れないな。
「シータ、この街はミーティアでもそれなりの規模を誇る街なんだろう?」
「そうですね」
「君の家族はなんで更に西のアルマの街へ行ったんだ」
「神殿で見て頂くには勿論お金も必要ですが、知り合いがいないと
見てもらうのに最低でも半年はかかると言います
アルマには父の知り合いがいたので、母達もそちらへ行ったんですよ」
この世界では急患という言葉はないらしい
『健康』のスキルを取ったマリアはいいとして
俺達は病気には気をつけないといけないな。
「お芝居を見に行きましょう」
「ミリア、昨日行ったばかりじゃない」
「それじゃお買い物は?」
「特に買う物も、もうないわ」
「シータちゃん……」
「ダメ」
「まだ何も言ってないじゃない」
「お金でしょう。ここの宿屋は一泊小金貨5枚なのよ、節約しないと」
俺達がこのオリオンの街へ来たときは既に橋が通行止めになって3日目で
安い宿はほとんど満室でこの宿も1部屋が小金貨5枚の部屋が4部屋空いている
だけだった、それもツインルームだ。
「俺達は行くぞ」
「また皆さんは図書館ですか?」
「そうよ」
「好きですね」
「いってらっしゃい」
俺達はこの異世界での常識を得るために初日から図書館通いだ
保証金が100万イリスと法外だが、本を傷つけなければ帰ってくるので
問題はない。
「今日は何を読む?」
「歴史、地理、魔法、スキルは読み終わったし
今日は商売に関する本にするわ」
「俺は生産スキルの本でも読むか」
「私は魔道具の本にする」
ここの街は人口が20万以上と言われているが
図書館の規模は最初の冒険者ギルドと同程度で蔵書数は
ライトノベル程度の本が200冊程度と、日本の地方の古本屋より寂しい。
「生産クラスの上限は70で熟練度も70だと!」
俺は旅の途中で携帯木工セットで熟練度72のミスリルの矢を作ったし
マリアが作った大蛙のムニエルは料理人74のレシピのはずだ。
巻末を見ると書き写されたのがマルム歴448年とある、今がマルム歴452年
だから、比較的新しい情報のはずだ。
一昨日読んだ本には戦闘クラスは上限100と記されていたし
レシピ自体が普及していないのかも知れないな。
「アベル兄さん、これを見て」
「どうしたんだ」
「ここよ」
えっと、クラスチェンジの魔道具を用いると、即座にクラスチェンジが可能
難点は使用してから3分間はサポートクラスのスキルが使えない点である
しかしクラスチェンジが50回以上即座に可能な点は評価が別れる
更にこの魔道具『クラスチェンジの書』は材料に白金が必要な為に
非常に入手する為の難易度が高い希少アイテムでもある。
「白金っていうのはプラチナの事だろう、有り余ってるじゃないか」
「どうやらこの異世界では、日本の百倍位の価値がある希少な素材みたいなの」
CBO内でプラチナ鉱山があったので、1トン程度を採掘して持っている
マリアは熱心に採掘していたから、もっと持っているかも知れない。
「だいたい読み終わったし、作りに行くか?」
「お姉ちゃんは?」
「熱心に読んでいるし、俺達だけでいいだろう」
クラスチェンジの書はゲーム内でも使い切りのアイテムとして存在していた
魔道具扱いされているのか? 50回以上というのは曖昧だな
確か錬金術の熟練度70で作れるはずだ。
「ここの教会でいいか、【シェルシェ・クラスチェンジ】」
「どこで作るの?」
「人も少なかったし、図書館の裏庭で問題ないだろう」
熟練度80までの生産物は携帯セットで作れるはずだ
熟練度が80を超えると本格的な設備がないと、かなり成功率が落ちるが。
材料は白金と金剛山羊の皮とガマ蛙の血と水と道具に羽ペンだけだったな
ガマ蛙の血を水で2割薄めて、錬金版の上で今作った血のインクで
金剛山羊の皮に替われるクラスを記入して
あとは錬金釜に白金と一緒に10分入れておけば完成だ。
「ベス、間違って数日クラスチェンジできないなんて事になっても
困らないように最上位クラスにしとけよ」
「わかった」
「では場所を移動するぞ」
俺は暗黒魔道士でサポートクラスは時魔道士にしてみるか
クラスチェンジの書の内容を読むだけだ、これで10回も使えれば儲けものだ。
「【シェルシェ・クラスチェンジ」
「アベル兄さん、聖騎士にチェンジできたよ」
「俺も問題ない。本当に3分間はサポートクラスのスキルが使えないようだな」
結局100回クラスチェンジを繰り返して、やっとクラスチェンジの書は原型を
留める事が出来ずにバラバラになった。
「ベスは何回でダメになった?」
「100回だよ」
「どうやら100回で使い捨てのアイテムのようだな」
「でもCBOでは1回しか使えなかったんだから。凄い事だよ」
「そうだな」
とりあえず30個だけ作って、夕方になってしまったので宿に戻った。
「アベルここにいたの?」
「どうしたんだ?」
「図書館で高値で売買されている魔道具一覧というページがあったんだけど
市場価格でスキルの書が100万イリス、クラスチェンジの書が500万イリスで
売っているそうよ」
「そんなに高いのか?」
「でも使ってみたけど、やっぱり1回でなくなっちゃったわ
何故そんなに高額で売れるのかしら?」
「マリア、それは劣化していたからだよ。ここで作ればクラスチェンジの書に
限って言えば100回程度クラスチェンジが可能の魔道具として認知されている」
「劣化版なんてあるんですか?」
「そうなんだ。でも100回使える正式版も持っているよ」
「うらやましいです。私たちではとても買うことは出来ません」
「シータ、残金は幾らくらいあるの?」
「全部で120万イリス程度です」
「そうか。誕生日プレゼントにご家族の分と会わせて4個あげよう」
「いいんですか?」
「構わないよ」
「感激です。高名な錬金術師が最高の材料を使ってやっと作成可能と
言われる品を頂けるなんて」
時間さえあれば、白金以外は市場で簡単に手に入るし、一度に使う白金は
5グラムだから俺の手持ちだけで20万個は作れる計算だ。
「ではシータに4個、マリアに5個渡しておくよ」
「ありがとうございます」
「わたしには」
「姉様、アルマについたらみんなで使いましょう」
家族愛だな、だがシータちゃんは今渡したら、ミリアが売るかも
知れないと疑っているのかな?
「そうだ、明日には橋を渡れると立て札が出ていました」
「やっと渡れるのか」
本当なら既にアルマの街についていた頃なんだが、やっと進めるか。
◇
「なんだこの人だかりは?」
「たぶん、橋を渡る人達ね」
「昨日聞いた話だと、王都側から先に渡るそうです」
「人が多すぎて相互通行できない訳か」
しかし随分、人が渡ってくるな
東に行っても戦争中だろうに。
「最後に大きな商隊と奴隷商が渡ってくるそうです」
重い荷物を持っている商人と訳あり商品を扱う奴隷商は最後という訳か
そうすると馬車2台を持っている俺達も最後の方になってしまうな。
「あの商隊、全部で馬車が42台もいたよ」
「ベス数えていたの?」
「だってする事ないし」
商隊は普通5人位の商人が集まって編成するらしく
馬車が42台というのはかなり大規模な商隊なんだろう。
「あの人達が奴隷なんですか?」
「そうみたいだな」
「みんなボロボロの服を着てるね」
人数は全部で300人くらいか、奴隷商も災難だったな
種族もバラバラだ、人種、獣人、ドワーフにエルフもいるのか?
「……ヒルダ姉様」
「シータなの、それにミリアも……」
「どうして奴隷なんかになったんですか?」
「お母さんの療養費とお墓を建てる為にお金を借りたの」
「お母さんは助からなかったんですね」
「残念だけど」
「でも街を出るときに2千万イリスも持って行ったのに」
「お母さんが死ぬ間際にエリクサーが1500万イリスで売っていたので
買ったのだけど、偽物だったわ」
「そうなんですか」
エリクサーは錬金術師の熟練度99の生産アイテムで入れ物を作るのに
彫金師、道具を作るのに細工道具師の2つのクラスを80以上にしないと
作れない
そして材料に竜の鱗の粉末が必要なので本当の意味で希少だ
俺は全部持っているが、異世界では生産クラスの上限が70らしいからな。
「商人さん、姉様を120万イリスと『クラスチェンジの書』4個と交換に
売ってくれませんか?」
「この獣人か? ダメだな。高レベルの暗黒魔道士は帝国に連れて行けば
4千万イリス以上の値がつく、それに上玉だ、クラスチェンジの書を
10個出すなら考えてやってもいいぞ」
「そんな、私の借金は8百万イリスだったはずです!」
「お前は既に私の商品だ。売値をいくらにしようと私の自由だ」
8百万を4千万で売るつもりか、それにクラスチェンジの書を10個で
5千万イリスになるじゃないか、さすがは奴隷商といった所か。
「アベルさん、言いにくいのですが……」
「分かってるよ、クラスチェンジの書をあと6個だろう」
「ありがとう」
みんなには言えないが原価は50万イリス程度だ
白金を除けば5千イリスもしないか。
「商人さん、クラスチェンジの書を10個です。これで売ってくれますね」
「ちっ、仕方ない。特別に売ってやろう」
「シータ、ありがとう」
「お礼ならアベルさんに言って下さい」
「ありがとうございます。ご主人様」
「ご主人様!」
「お前がこの女の新しい主人か? 略式で奴隷契約をするぞ。右手を出せ」
「えっと……」
「無敵の女王ヘカティアの名の下に、ヒルダの所有権をこの者に
委譲致します、【ドネ・コンバージョン】」
俺の右手が光って、そこに紋章が刻み込まれた。
「これで完了だ。新しい主人に精々尽くせよ」
流されて奴隷持ちになってしまったが、すぐに解放すれば問題
ないだろう、確かに銀の長い髪にお目々がぱっちりとした美人さんだな。
「ではここで3人とはお別れね。お母様の事は残念だったけど
家族で支え合って頑張ってね」
「さて、行くか」
「シータとミリアさようなら」
5千万イリス払っていたら、無一文になっていたな
やはり技術職はどこの世界でも優秀だな。
「アベル兄さん、みんな後ろからついてきますよ」
「お金は120万イリスあるんだから、なんとかなると思うんだが」
「もしかして、奴隷を解放しないと不味いんじゃない?」
「そうだったな」
「悪い。奴隷になったのを忘れていたよ。では解放するぞ」
「いえ、このままで結構です」
「誰かに狙われていたりするのか?」
「聞けば、ミリアも奴隷から解放して頂いたと聞きました
これからは不詳の身ですが忠誠を尽くさせて頂きます」
「え――」
人の縁とは不思議な物だ。
お読み頂きありがとうございます。




