第四十一話:ヘルセーの忠告
アスター商会も新規に138名の人員を雇い入れて10日が経過したが
新規の人間も努力だけは怠らないので、仕事を覚えるのに悪戦苦闘しながらも
1日の売り上げも星金貨50枚以上と想定内だ。
「またマリアとシータは、有力者巡りか」
「ほとんど毎日ですね」
「この帳簿、桁が1つ間違ってますよ」
「すいません、ベス様」
「アベルさん、置き時計の注文が入りました
こちらがご要望の書類です」
「わかった、作ってくるよ」
何故か、マリア、シータ、ベスの3人だけは様つけだ。
木材指定はヒノキで形は鷲の形ね。
「【4連撃ち】、【成型】」
形を作ったら、あとはシステム時計をコピーして終わり。
「【複写】」
こんな簡単な作業で星金貨5枚も頂けるとは、少し心が痛むぜ
他の人は木材を上手く切り貼りしてから、道具師でコツコツ作って
いるんだろうな、やはり細工道具師は異質だな。
「鷲型の置き時計ができたぞ」
「すぐに届けてきます」
「アベル、お疲れ様」
「それほどの事じゃないさ」
「魔法の鞄を支給してあげられれば、簡単に届けられるのですが」
「半分くらいは奴隷から解放されたら辞めるんじゃないのか」
「その辺は不明ですね」
「ヒルダの方はどうなんだ?」
「ロイターに雇われたと思われる冒険者風の男が何人か来ましたが
みんなDランク以上の実力があるので、撃退するのに問題はないです」
「ロイター商会にも困ったもんだな」
「今まではこうやって新規の優良商会を潰して財を蓄えたんでしょう」
「新規の商会は金はあるが力はない、いいカモだからな」
「5時50分です。今週の清掃班は片付けを開始して下さい」
「「はい」」
うちの商会は朝8時から夕方6時までの営業で2交代制で
40分の休憩を2回だ、たぶん優良企業というやつだろう
この世界の商会には休店日が存在しなのが難点だ。
「今日はカレーライスを作ってみました」
「やった!」
「従業員の方やお客様にも好評でした」
「黒胡椒つかっているからね」
「しかし、厩舎で胡椒の発芽に成功するとは
ナツミさんの実家は研究家だったんですね」
「5年前に成功したらしいから、私たちがおばさんになるまでは
収穫できるわね」
「ただいま」
「マリア達は今もどったのか?」
「もう、アベルさんを超える変態さんが沢山いて大変です」
「向こうで夕飯にでも誘われたか」
「眠り薬をお茶に入れておいて正解だったわ」
女性の男性に対する接待というやつは大変そうだな。
「ベス、今日の売り上げは」
「6億3千3百万メルだよ」
「横ばいね」
「ベス、概算の利益は?」
「5億1千万メルくらいかな」
「1億以上、費用がかかっているのね」
「料理部門と喫茶部門と警備部門の支出が大きいのと
店員のミスによる商品の破損が痛いです」
「せめて、破損だけでも何とかなればな」
「マリア、料理と喫茶部門を廃止しますか?」
「それはないわね。双方とも客の集客に大きく貢献しているし
廃止したら猫族の食費が大きく増してしまって、損失が拡大するわ」
猫族は54人だからな、もはやエンゲル係数は右肩上がりだ。
「俺達の休日はどうする」
「まだハンスにさえ、金貨袋は任せられないのよね」
「ニーナさんとノーラさんを別シフトにして、部門長に代理を
置いたらどうだ」
「とりあえず試用期間の間は我慢して頂戴
対策を考えておくわ」
このままだとブラックと呼ばれてしまうな。
今日もお仕事か、冒険者と違って規則正しい生活も
逆に面倒だな。
「おはよう」
「おはよう」
「アベル、悪いんだけど眠り羊を狩ってきてくれない
期間は任せるわ」
「まだ在庫はあるぞ」
「私たちは4重に羊毛を重ねて魔法鞄を作っていたけど
安く出回っている物は重ねていない物で、1体の眠り羊から
特級以下になるけど12個作れるみたいなの」
「安値競争は商会の価値を落とすぞ」
「そんなつもりはないわ。店員用よ」
「わかった、行ってくるよ」
「適当に戦力になる人間を連れて行っていいわよ」
さて誰を連れて行くか。
「アベル、僕たちだけで十分だよ」
「タスクか、お前も手伝ってくれるのか」
「お肉の質次第だね」
「眠り羊のローストだ」
「アベル、話がわかるね」
馬車よりスキルと『速力倍速』の併用なら鳥並のスピードだな。
「1キロ先に56頭いるよ」
「わかった」
「【白色爆裂波】」
「【催眠波】」
「広範囲催眠魔法か。俺は回収だけで済みそうだな」
「アベルの魔力量なら、【4連撃ち】を【4連撃ち】で上書きできるよ」
「どういう事だ?」
「神龍様から『創世魔力譲渡』を受けたのは覚えてる」
「あの痛みを忘れるわけないだろう」
「あれはね、宝珠の受け渡しと同時に、神龍様の魔力の一部を貰ったんだよ」
「それで、どうなるんだ」
「アベルは全力で毎日魔力を使っても、500年は魔力が切れる事はないよ」
「そこまでの存在だったのか」
マリア達や猫族達でも『4連撃ち』の2連くらいなら出来そうだな。
「あとね、アベルの技や魔法は宝珠の力で百倍くらいになってるから
もっと弱い魔法を使わないと、動物を狩るには不都合かな」
「宝珠ってなんなんだ?」
「それは秘匿事項だね。アベルが王様になったら教えて貰えると思うよ」
「王様か……」
「東に2キロ行った所に69頭発見」
「行くか」
「全部で148頭か。かなり乱獲できたな」
「そうだ、精霊魔道士のレベルを上限まで上げれば面白い事が起こるよ」
「どうなるんだ?」
「秘密だよ」
かなり置き時計や細工道具師で作れる商品は作り置きしてきたし
タスクの余興に付き合ってみるか。
「行くぞ、【シェルシェ・クラスチェンジ】」
「八角牛がいるから、それから倒して行こうよ」
なつかしいな、ミーティアへ行く前以来か?
「【4連撃ち】、【4連撃ち】、【ダークアロー】」
闇属性の矢が16本か、もしかして宝珠を受け取った今なら
もっと強い魔法を創造出来るんじゃ無いのか。
「タスク、宝珠の効果は攻撃面の強化だけか」
「アベルは肉体と精神も強化されているし、不意打ちを受けなければ
僕くらいの力がないと殺せないよ」
暗殺狐め、ちゃっかり俺より力が上だと宣言しやがった。
俺の力が100倍くらいと言ってたな、ということは俺だけ100倍の
スキルが使えるかも知れないな、やってみるか。
「アベル、トイレなら我慢しなくていいよ」
「出来た」
「400だと右手に痛みが出たが300まで出来たぞ」
「意味不明だよ」
「まあ、見てろ」
「8キロ北にオーガの群れがいるよ」
「そんなに遠くまでわかるのか」
「殺気は広い範囲に広がるんだよ」
そういうもんか。
「行くぞ、【4連撃ち】、【3百連撃ち】、【ダークアロー】」
「アベルってバカだったの」
「ちょっとやり過ぎただけだ」
「周りの木と魔石まで粉々だよ」
「今の一撃で熟練度が8も上がったぞ」
「今のは一撃とは言わないし。歩く自然破壊者だね」
「2日で2千体くらいの動物を確保したな」
「森もだいぶ破壊したし、魔物は粉々だよ
これじゃ冒険者を名乗れないね」
森は広いし、何とかなるだろう。
「アベル、これでこの世界にある最上位クラスが全て上限に
達したから、アベルのお父さんと同じクラスに変更できるよ」
「ステータスには新しいクラスなんて表示されてないぞ」
「選ぶのはアベルだけど、どうする?」
父親と同じクラスか、やってみるか。
「受けよう」
その代わり、1つ最上位クラスを封印しないといけないんだけど
何を封印する?」
「本当に優秀なクラスなんだろうな?」
「僕は優秀だと思うけどね。アベルはどう思うかな」
「使い勝手があまり良くない愛魔道士を封印しよう」
「かなりの痛みだから、耐えてね」
「歯医者で慣れてるさ」
「わかったよ、『クロス・クラスチェンジ』と唱えてみて」
「行くぞ、【クロス・クラスチェンジ】」
何だ、体が熱い、骨がきしむ感じがする
意識を保っていられない、くそ。
倒れたのか、だいぶ寝ていたような気がするな。
「服がボロボロだな」
「タスク、どこだ」
置き去りか、狐に文句を言ってもしょうがないが。
だいぶ寒いな、とりあえずあいつは大丈夫だろうし
屋敷へ帰るか、まる1日位経ったのかな
システム時計は異世界にきてから、暦が違うからカレンダー機能が
表示されないんだよな。
「【速力倍速】」
なんなんだ? この異常な速さは
風圧が痛く感じるぞ。
「アベル!」
「どうした、マリアが抱きついてくるなんて」
「帰ってこないから、みんなで探したのよ」
「悪い、3日ほどかかってしまったか」
「アベル何言ってるの。今日は12月23日よ」
「そんなに時間が経っていたのか? 悪いな、気を失っていてな」
「とにかくお風呂に入って着替えて頂戴」
体中、アザだらけだな、この服はもうダメだな。
「ふう、生き返るな」
「アベル、生きていたみたいだね」
「タスク、1人で帰ったな」
「だって、起きそうにないし1ヶ月以上もお肉なしで倉庫暮らしは
ご免だよ」
「異常に速く走れたが、どうなってるんだ」
「それは自分で覚えた方がいいよ。強い力を急に教えると
アベルの精神が壊れかねないからね」
おいおい覚えていけという事か、しかし腹が減ったな
1ヶ月以上か、腹が空くわけだ。
「ノン、お替わり」
「アベルさん、18杯目ですよ」
「腹が凄く減ってるんだよ」
「食べたな、もう食えんな」
「アベルさん、猫族並みですよ」
「マリアに先に寝るって伝えておいてくれるか」
よく寝たな、もう12時か
まあ病気みたいなもんだし、許してくれるだろう。
「ベス、お昼休みか?」
「アベル兄さんは今日もお休みですか」
「体調が戻らなくてな、明日から働くよ」
「お姉ちゃんは、昨日からイライラしてますよ」
「それは置いといて、俺がいない間にどうなった?」
「そうですね。従業員の人達はみんな残ってくれて、来年の始めに
2次募集をかける予定で、売り上げも20億メル程度を維持してます」
「ほどほどな経営状態といった所か」
「そうなの。大きな収益源がみつからないの
アベル兄さんが戻ってきてくれたので、お姉ちゃんも得意先回りに
集中できると思うけど」
マリアにはだいぶ心配をかけたようだな
怒る前に謝っておくか。
「ベスも適度に休めよ。倒れると辛いぞ」
「わかってます」
さて折角の休みだし、買い物にでも行きたいが
雨なんだよな、喫茶室でも利用してみるか。
隣の店舗を買い取って営業してるのか?
「ケーキのDセットをお願いするよ」
「アベルさん、休みですか」
「そうだよ」
「おまたせしました」
「早いな」
「繁盛していますから、作り続けているんですよ」
学校の学食みたいだな。
「美味い」
これで銀貨1枚か、これじゃ人件費が出ないな、南の国で砂糖の
値段が下がったらしいが、直接取引出来ればかなり安く手に入ると
思うんだが、交易でもやってみるか?
「ごちそうさま、美味しかったよ」
「またどうぞ」
昨日だいぶ食べたんでそれほど食欲がないな。
本でも読むか、マキマキはどうしたかな?
「シンイチ、起きるのじゃ」
「なんだ、お前は?」
「我を忘れたのか」
「もしかして、ヘルセーか?」
「シインチ、馴れ馴れしいぞ」
「これは、女神のヘルセー様。どのようなご用件ですか」
「急いでいるからよく聞け、ヘルメスから強力なスキルを受け取っては
ならん。死ぬことになるぞ」
「ヘルメス神?」
「お前は神龍と契約を交わしたのなら、波長が会えば
また会えるだろう。ヘルメス神の甘い誘惑に負けるでないぞ」
「まて!」
「さらばじゃ」
夢だったのか。
お読み頂きありがとうございます。




