第二十六話:不作
ラズベリー伯のパーティで毒を盛られたシータも3日間の安静で
全快し、事件の顛末を聞く為にラズベリー伯の屋敷を訪れている所だ。
「それで5人も死者が出たんですか?」
「残念だわ。貴族の中からは死者が出なかったので、あまり大きな
問題にはなっていないけど。当家の信用にかかわる事態よ」
「蜂蜜酒の送り主や配送した人間はどうでしたか?」
「朱鷺便で連絡したのだけど、そんな物を送った記録はないそうよ
それに配送に関わった人間は死体で発見されたわ」
随分、徹底したやり口だな、犯罪の専門家なんだろうか?
ここから先は貴族の方に任せるべきだな。
「では報告も終わりましたし。失礼致します」
「これが完了証書ね。カリンが死んでいたら当家は終わっていたわ
シータちゃん、ありがとう」
「いえ、それが任務ですから」
「でも何で春祭りは3日で終わっちゃったんでしょうね」
「西で大雨が降ったといったじゃない」
「西で大雨が降ると、ここも雨が降るんですか?」
「その可能性が大きいという事ね」
西の国で大雨が続いているという報せが昨日届いて、急遽
街の人間を総動員して麦の収穫だ。
「私たちは事前に情報をくれたマリン商会のお陰で
少し麦を買っておいたから安心ですね」
「あれを少しと表現する方が間違ってるぞ」
「ヒルダ、50トンは少しとは言わないわよ」
「商会の人も呆れていたね」
「でもうちには沢山食べる人間がいますからね」
「日持ちする物だし、問題ないけどね」
「そうだな。新しい方が美味しいが、西の国で収穫前に大雨となると
2割以上は値上がりするだろうな」
「しかし朱鷺便か、欲しいわね朱鷺」
「連絡する相手がいないじゃないか」
「そうだったわね」
「今日はどうします?」
「シータは全快したが、体力は戻ってないし
大雨が降るようなら、馬車だけ買って家に戻ろう」
「馬も買うの?」
「ライトニングホーンは、騎乗用と馬車用は体の大きさの違いだけ
らしいし、シカにそのまま牽引してもらおう」
「馬車の代金は……」
「ミリア、安心しろ。共有財産だからパーティ資金から出す」
ミリアはかなり金がないらしいな、食事に誘っても乗ってこないし。
「それなんですが、やはりお金の管理は前の方法に戻しませんか?」
「ミリアが変更しようと言ったのよ」
「そうなんですが、よく考えてみると
この方法だと私の借金が増えるような気がするんです」
「これはヒルダとシータ次第だな」
「ミリア姉様はやっとこの方法が私たちに損だと気がついてくれましたか」
「シータは損をすると知っていたの?」
「当たり前です。稼いだお金のたった2割で600万イリスもする
クラスチェンジの書を無償で提供してもらって
黒金貨以下の買い物はマリアさんが出してくれていたんですよ」
「それにお小遣いまで出してもらって、マリアの財布の中身は
2割残るどころか毎月ぎりぎりか赤字だと思うわ」
「知ってたんなら、言ってくれれば良いのに」
「ミリア、いつかはパーティを解散する時が来るかも知れない
その時にまとまったお金がなければ大変な事になるぞ」
「そうよ、ミリア達にお金を貯める重要性を考えてもらう為に
全額自己負担制にしてみたのよ」
「でもいいんですか? それではマリアの負担が大きくなりますよ」
「リーダーの負担が大きいのは当たり前だし
負担が限界を超えればパーティを解散するのが一般的なんだろう」
「確かにそうですね」
実際問題、慎ましく生活すれば働かなくても済む程度の資金は
既にあるんだが。
「どの馬車にする?」
「馬がいないのに馬車というのも変ですね」
「それなら車両または荷車と呼ぶか?」
「やはり馬車の方が響きがいいです」
「この黒いのがいいんじゃないでしょうか?」
「幌馬車で8人は乗れそうだな」
「そうね、2台買うより、1台で済めば
その方がいいわね」
「すいません、この馬車を頂けますか?」
「はい、黒金貨4枚になります」
「おじさま、ちょっと負けてくれないかしら」
「そうですね。それでは黒金貨3枚と金貨8枚では」
「私たちはラズベリー伯の専属冒険者なんだけど」
「そうでしたか。それでは黒金貨3枚と金貨2枚で」
「それでお願いするわ」
ラズベリー伯のお得意様でなくても、効果はあるんだな
貴族恐るべしといった所か。
「ぺぺ、リクおいで」
「それがライトニングホーンの名前なのか?」
「そうよ、名前をつけて上げると、呼ぶと寄ってくるのよ」
「本当に賢いわよね」
暇だな、マキマキさんの新刊は出てないし
娯楽となると定番はトランプか将棋か。
プラスチックはないから、紙を細工道具師で厚く加工して
赤のインクがないな、もったいないがガマのインクで模様をいれて出来上がり。
「みんなトランプでもしないか?」
「いいわね」
「トランプというのは何ですか?」
「数字遊びのゲームだ。簡単だからすぐに覚えられるぞ」
ミリアは怪しいが、なんとかなるだろう。
「また私の負けですか? この大富豪というゲームは不条理です」
「ミリア、これで来月の小遣いを決めてるんだぞ
このまま行くと、小遣いはなしだぞ」
「ミリア、ゲームの中でくらいお金持ち気分を味わってよ」
「ジャジャーン、革命」
「ベス、甘いわよ。革命返し」
「これが革命家のスキルの使い方なんですね。ゲームでやると
解りやすいですね」
シータは俺より勝率が高いな、さすがというべきか。
「もう雨が降り始めて5日ですよ。トランプも飽きてきましたね」
「麦の収穫は終わったのかしら」
「兵士の人達も動員したから、大丈夫じゃないの」
「ベス、鞄を作るから手伝ってくれるか?」
「いいよ」
「それじゃ、ベスが錬金術師でサポートクラスを聖魔道士にしてくれ」
「今度は何個くらい成功するかしら」
「やってみないとわからないな」
「インクが出来たよ」
「マリア、今回は前より速く頼むぞ」
「【セイクリッドクリス】」
「【ダークネスアビス】、【時間逆行波】」
「【4連撃ち】、【5連縫い】」
「ふー、終わったわ」
「この『4連撃ち』を使っても、インクが乾く前に作れるのは25個が限界ね」
「成功が24個に失敗は1個だけか」
「お姉ちゃん凄い、失敗が1個だけなんて」
「神話級が6個に、伝説級が6個に王級が4個と
鑑定不能が8個ね」
「鑑定不能というのは神話級より上なの?」
「どうだろうな」
やはり神話級が出来たか、生産クラス70で王級が作れるようだから
出来ると思ったが、6個も出来たか
上手く売れれば、これだけでも一財産だが、足がつくよな。
「マリアとベスに神話級を1個ずつで、伝説級3つを何か理由をつけて
3人に渡そう」
「神話級でなくていいの?」
「王級で星金貨3百枚だぞ、神話級なんて星金貨2千枚とか言い出すぞ」
「もう働かなくてもいいね」
「そうなるから、渡さないんだ」
「そうね、王級の30億イリスだけでも、普通の暮らしをすれば
働かなくても済むものね」
「みんなも神話級を持ってるとは言っちゃダメだぞ」
「どうして」
「日本で2百億円以上する宝石を持ち歩いていたら、どうなる?」
「強盗に襲われるかな」
「そうだな、警察もないし、銀行もない世界では
高級品を持ち歩くのは身の危険に繋がるからな」
「アベル兄さん、やっぱり王級でいいわ」
「わたしも同じね」
「それなら、3姉妹にも特級を作って渡しておくか」
「ベス、悪いが時魔道士にクラスを変えてくれ、俺が錬金術師になる
あいつらの分を作ってしまおう」
「「【シェルシェ・クラスチェンジ】」」
インクを作って、2分だけ時間をおいて。
「初めてくれ」
「【セイクリッドクリス】」
「【ダークネスアビス】、【時間逆行波】」
「【4連撃ち】、【5連縫い】」
「15個作って、成功が12個で失敗が3個か。本当にインクの鮮度が
大きく関わるんだな」
「今度は神話級は無しね。伝説級が3つに王級が6個に特級が3つか」
やはり鑑定不能の鞄は神話級の上かもしれないな。
「では神話級は封印で伝説級は保留、みんなは王級を使ってくれ
見た目はミリアの鞄とほとんど変わらないから問題ないだろう」
鑑定不能というのは何だろうな?
「やっと晴れたわね」
「10日も家にいたんで、体がなまっちゃったわ」
「それじゃ、久しぶりに依頼を受けに行くか」
「そうね、働かないとね」
しかし、閉まっている店が多いな。
「あそこの人気の食堂が閉まっているわね」
「そうね、あそこは朝ご飯のサービスもやっているのに
ちょっと変ね」
「私たちの常連のステーキハウスもお休みの札が出てるよ」
「ギルドにくるのも久しぶりね」
「盗賊の討伐依頼を受けた時ですから。ほぼ半月ぶりですね」
「とりあえず、シータが頑張った依頼の報告だけしておきましょう」
「すいません、完了証書を持ってきました」
「あら、グラン・シャリオの皆さん。随分お久しぶりですね
ご旅行にでも行ってたんですか?」
「雨で家に閉じ込められていたんですよ」
「そうでしたか、少し待っててね」
俺達も顔なじみになってきたから、少し気さくに話しかけてくれる
職員が増えてきたな。
「報酬の黒金貨8枚ね」
「ありがとうございます」
1晩で800万イリスは大きいが、毒を盛られたと考えると低いな。
「動物の捕獲や食べれる魔物の討伐依頼が随分と多いわね」
「それに報酬もだいぶ上乗せされているわ」
「どうやら、大きな動物の方が報酬が高い傾向のようですね」
「味じゃなくて、量で報酬が変わるのか」
「見て、竜の肉が1キロで金貨3枚になってる」
「以前の10倍ね。これなら肉屋に持っていけば更に増えそうね」
「久しぶりですし、バイキングバッファローの討伐にしませんか」
「あのでかくて凄く凶暴な牛さんですね」
「そうね、3頭で黒金貨4枚で追加報酬ありか、悪くないわね
これにしましょう」
「すいません、バイキングバッファローの討伐の依頼を受けます」
「助かるわ。今は食料が高騰してるから」
「何かあったんですか?」
「何も知らないのね。小麦が去年の2割しか収穫できなかった影響で
食料の値段が高騰しているの。野菜が2倍で肉に至っては5倍よ」
「そんなに高くなっているんですか」
「アルマは港街だから、なんとかなっているけど
海から遠い街は大変らしいわ」
主食のパンの高騰で、他の食品も値上がりしたのか。
「あそこのパーティ、狼に襲われているわ」
「あれは、襲われているんじゃなくて、狼を狩っているようですね」
「狼の素材なんて、Fランクの冒険者でもなければ、価値はないと思うけど」
「依頼にありましたよ、狼の肉が1キロで大銅貨3枚と」
「狼まで食べるの?」
「買って迄食べたいとは思いませんけど」
「ヒルダは食べた事があるのね」
「野営したときに食料確保の為に何回かありますね」
狼まで食用に回されるとは、かなり追い込まれているな
大丈夫なのか?
お読み頂きありがとうございます。




