第一話:神の娯楽のゲームの始まり
俺の目の前で途方に暮れている姫様とその従者がいる
姫様の名前はヘルセーといい。女神アテナの縁戚で正式に守護神を
名乗るために試練という名の研修に参加した女神らしい。
従者はミケと言って450年前に日本で
死亡した猫の魂が神格化した存在のようだ。
「それで女神様、私たちは天国に行けるのですよね?」
「それは……」
真理の切実な問いに困っているようだ
順番を間違えるというのは、そんなにペナルティがあるのだろうか?
「姫様、上級の魂の物達は既に天界に送りました、この3人も2日以内に
送らないとアテナ様に見つかってしまいます」
「でも、このまま送ったら、ここへ連れてきた順番を間違えた事実がバレて
しまうわ。そうなったら次の研修は5百年先よ……」
「いい考えがございます。確かヘルメス様が集めた人間を異世界に
送って互いに競争させて娯楽として楽しむと言っておりました」
「異世界に送ってしまえと言うの?」
「はい。定数を割ってしまい再び魂を集めなければなりませんが
ヘルメス様の元へ送ってしまえば管理権が委譲して姫様が追求を受ける
心配がなくなります」
なんか話が怪しい方向へ流れてきたな
神様の娯楽か、異世界と言うのは悪くないが大変そうだな。
「女神様、異世界へ行けとおっしゃるなら、力を授けて頂けませんか?」
「そうね、すぐに死なれたら私も気持ちが悪いわ」
「やはり異世界となると、ステータスが存在するのでしょうか?」
「もちろんあるわ。それに魔法も発達しているはずよ」
「私どもが生前やっていたCBOというゲームのキャラクターのステータスを
異世界で反映させて頂ければ、その娯楽に参加致します」
「真一君、私は嫌よ」
娯楽の為の異世界という事実が真理には納得がいかないのだろう?
「俺たちの肉体は既に無いという事は、新しい体で再び生活が
出来るという事だぞ」
「お姉ちゃん、わたし草原を思いっきり走り回ってみたい!」
「絵理……」
俺も最後に外で遊んだのは小学6年生の時が最後だ
今となっては、走り回るという行為には憧れさえ感じる。
「良いだろう。その程度なら問題あるまい」
「姫様、確認せずとも宜しいのですか?」
「所詮、人間の作った物であろう。たかが知れておる」
研修に参加する真面目な神様だけあって純粋だ
CBOはかなり造り込まれているからスキルも良いのが揃っているんだ。
「人間、そこへ列べ」
元は猫の分際で神格化すると態度も横柄になるのか?
「ガイア様、我に力を。目の前の3人に力をお与え下さい」
俺たち3人の体が青く光り、力がみなぎってきているのがわかる
神様の娯楽の世界だろうと、今一度、健康な体になれると思うと希望が沸く。
「お姉ちゃん、名前がエリザベス・アスターになってるよ」
「私はマリア・アスターね」
「俺はアベル・ロイスになってるぞ」
「ゲームの外でアベルって言われると可笑しいわね」
「仕方ないじゃないか! キャラ名は英数字しか使えなかったんだから」
CBOは全世界で500万人以上がプレイするゲームなので
呼びにくい日本語名は嫌われるのだ、だから日本人も親睦を図るために
欧米で使われている名前にするのがマナーとなっていた。
「でも変じゃない、やはり本名で呼び合った方が良いわよ」
「忠告しておいてやろう。信頼できる人間以外の前では本名を使うのは
控えておいた方が良いぞ」
「どうしてですか?」
「ヘルメスの所へ行けば、全てがわかるとだけ言っておこう」
本名がバレると不味いという事は呪術的な意味合いで支配される可能性が
あるという事だろうか?
「姫様、急ぎませんと、ヘルメス様のゲームが始まってしまいます」
「そうか、これも何かの縁であろう。1年生き延びたらまた会ってやろう
アベルお主に餞別を2つ与えてやろう、それで友を守ってやるが良い
転移開始」
そこで俺たちとヘルセーの会話は終わった。
◇
ヘルセーと会話していた場所は緑に包まれた丘の上だったが
今度は広い平原の中だ、音楽隊が軽快な音楽を演奏している。
「あなた達、まだスキルを選んでいなかったんですか? あと10分で
選択時間は締め切りですよ」
そう言って10ページ程度の小冊子を渡してきた。
「シン、違ったアベル。私たちは既にスキルをもらっていますよね」
「そうだね、お姉ちゃん」
「貰える物は素直にもらっておこう。でも餞別って何だろうな?」
「異世界に行けば、わかるんじゃないの」
周りを見回すと5百人位の人がいる、どうもみんな日本人のようだ
女神の言っていた娯楽は日本人限定版のようだ。
「私は鑑定と速力増加がいい」
確かに紙にはスキルの一覧が載っており、2つまでスキルを選んで良いと
書いてある。
「俺は幸福貯蓄と機動馬車倉庫っていうやつかな」
「アベル、アイテムボックスと次元倉庫があるじゃない」
「もう容量が1割も残ってないんだよ」
「あきれた。次元倉庫は30トンも入るのに」
「それより、マリアは何にするんだ? あと3分位だぞ」
アイテムボックスの容量は2トンで次元倉庫は30トンだった
生産素材を詰め込んでいたら、本当に入らなくなってしまって、余剰分は
マーケットでお金に換えた。
「そうね。鑑定と健康でいいわ」
「みんな欲がないな、凄そうなスキルが沢山あるじゃないか」
「説明を聞いてないからわからないけど、娯楽にしては怪しすぎるわ」
その通り、紙には魔力無限、魔法創造、全属性魔法無効、神剣演舞等の
かなりチートと思われるスキルが20個程、1ページ目に記載されている
更に説明文が曖昧だ。
「選択時間の締め切りです。お選びになったスキルを詠唱して下さい」
周りで大きな声で詠唱しているのが聞こえるが、俺たちは小声で
周りに聞こえないようにスキルを唱えた。
「おお、俺は無敵だ」
「俺の攻撃の前には無駄なあがきだがな」
「私は凄い魔法を創造してみせるわ」
周りの人達は神の娯楽だと知らされていないのだろうか?
口々に自分のスキルを大声で周知させている、周りの人間が敵になる
という発想自体がないのか? それとも事前に何かしらの説明があったのか?
「人の子らよ、お前達に行ってもらう土地は馴染みの深い土地にしておいた
規模も10倍にしておいてやったぞ。人間は我の治める土地から
転送したから文化は違うがな」
「ヘルメス様、スキルの分配が終了致しました」
「1年生き延びたら、強力なスキルか物を1つくれてやるぞ、そして
約束通り最後まで生き残った8人には素晴らしい褒美を与える
では553名の人の子らよ、己の生まれた土地へ旅立て」
不味い、生まれた場所に飛ばされるのか。
「最後に行った神社で会おう」
そして俺は異世界へ転生した。
◇
草の匂いがする、どうやら意識を失っていたようだ
肉体がないから赤ちゃんから始まる可能性も考えたが、神の娯楽だから
そこまで凝った設定ではなかったようだ。
富士山が見えるという事は馴染みの深い土地というのは、やはり日本か?
ここは何も見えない草原だが、ヘルメス神のいった事を信じるとすれば
ここが横浜市という事になるが?
とにかく真理達と合流しないとな。
街道らしき道に出てから1時間は歩いているが人と会わないな
本当に人がいるのか?
雨が降ってきたか、仕方ない向こうに見える林で少し休憩するか。
「うぁ……狼か?」
全部で6匹か、今のメインクラスは錬金術師なんだよな
サポートクラスが狩人だから何とかなると思うが。
鉄の弓を出して、矢は木製でいいだろう?
動きは速いが十分に目で追える、まずは1匹目の攻撃をかわして
後ろで待機している大きめの狼の首筋に弓矢の2連撃ちだ。
ゲームと同じ感覚で行けるな、体長1メートル程度の狼なら一撃だ
思った通りリーダーの狼だったようで他の5匹は逃げていった。
「ゲームで使っていたアイテムボックスと次元倉庫の中身が無事で良かった」
他の転生者、この場合転移者だが、何人かは死ぬだろうな
あの二人はスキルも技術も一流だし武器も持っているから大丈夫だと思うが。
鑑定で見て、ステータスが犬に近かったから容易く倒せたが
早めに教会か神社に行って戦闘クラスに変更しないと危ういな
しかし魔王特典の一つの鑑定は、いい仕事をしてくれる。
あ、あそこに見えるのは第一異世界人か?
「こんにちは」
「ああ、兄さんは狩りに来たのかい?」
「この弓は護身用ですよ。お聞きしたいのですが、この近所に神社は
ありませんか?」
「大明神様を祭っているお社なら、この道を進んで途中の分かれ道を
左へ進めばすぐだぞ」
「ありがとうございます」
良かった、異世界で言葉が通じるか? これだけは不安だった
看板の文字は読めたから、大丈夫だとは思ったんだが。
「兄さん、良かったら弓矢を分けてもらえないか?」
「いいですよ。何本くらい必要ですか?」
「出来れば30本程度欲しいんだが」
「待って下さいね。はい鉄の矢で30本です」
「悪いな、銀貨3枚でいいかい?」
「ええ、それで構いませんよ」
銀貨っていくらだよ、まさか300円で鉄の矢を30本か?
「助かったぜ、気をつけていけよ」
「はい、ありがとうございます」
そうだ、もらったスキルの『幸福貯蓄』を試してみるか?
「【幸福貯蓄】」
預金、引き出し、換金、富くじ、先物取引、幸福預金の6つの事が出来るのか?
預金のパネルを押して、受け取った銀貨を一枚入れてみると
千アルトと表示された。
換金のパネルを押して、試しにCBOのゲーム通貨のラルを指定すると
為替レートが表示された。
『本日の為替レート:対ラル:125』
1ラルで125アルトになるという事か?
百ラルで試してみるか?
「やはり取り出せないと、どうにもならないか。残念」
となると富くじに賭けてみるか?
富くじのパネルを押すと、金額を入力する画面が出るので千アルトと指定
1回目と2回目はゼロと表示されたが、3回目で120と出て、残高が12万アルト
になった。
運が良いんだろうか? それとも当選確率が高いのか?
神社がある道へ来てみたが、どうやら街になっているな
みんな並んでいるし俺も並ぶか。
「なんだこの通貨は?」
「私たちの村の通過なんですが使えませんか?」
「こんな見たことも無い通貨は使えん。入市税は1人銀貨2枚だ」
あの声は?
「マリアか? お前達も列に並んでたのか?」
「アベル兄さん、お金が使えないよ」
「俺が払ってやるよ、銀貨4枚ですね」
「お前の分を入れて6枚だぞ」
「俺も入れて頂けるなら、喜んで出しますよ」
「荷物は武器だけか? 良し、3人とも入っていいぞ」
「助かったわ、前に並んだときは武器を質にして、入れてくれるように頼み
込んだのだけど、中に入れてもらえなかったの」
堅い門番だな、マリアの武器なら日本円で3百万はするだろうに。
「とりあえず宿を取ってから考えよう」
「そうね」
「わたしはお風呂付きのホテルがいいな」
「たぶん見た感じだと風呂はないと思うわよ」
「そうだな、門番が槍を持っていたからな、文化レベルは日本の戦国時代
と大して変わらないと思うぞ」
「つまりお殿様じゃないとお風呂には入れないっていうの?」
「多分だけどな」
◇
ここか、先ほどのご婦人の言っていたお勧めの宿は
3階建てのレンガ造りか、これは19世紀程度の文明レベルかも知れないな。
「マリア、日本円を出せ。こっちの通貨に変えてやる」
「助かるわ、全部で204200円ね」
「金なんか、よく身につけていたな」
「たまたま、お財布を首にかけていたのよ」
「【幸福貯蓄】」
『本日の為替レート:対円:15』
ボックスの中に紙幣と硬貨を一緒に入れてもいいんだろうか? ダメなら
弾かれてまた開くだろう。
「マリア、3百万飛んで6万3千アルトになった。銀貨3063枚だ」
「何で銀貨だけなの?」
「まだ他の通貨を出せないんだよ」
「そうなんだ」
「交渉はわたしに任せて」
「わかったよ」
「すいません、泊まりたいんですがお部屋は空いていますか?」
「3人なら、4人部屋だね。1泊銀貨5枚よ」
「連泊するなら、割引はありますか?」
「1週間泊まってくれるなら1割引き、1ヶ月泊まってくれるなら2割引きね」
「では1週間でお願いします」
「はいよ、小金貨3枚と銀貨1枚に銅貨50枚だね」
「全部銀貨でお支払いしてもいいですか?」
「勿論、構わないよ」
「助かります。お食事はお幾らですか?」
「朝が大銅貨2枚で晩が大銅貨4枚だよ」
「銀貨だといくらになりますか?」
「計算できないのかい? 銀貨1枚と大銅貨1枚になるね」
そうか、小金貨が1万円で銅貨が10円で大銅貨が200円ということか。
「では食事代は3日分お支払いしますね。銀貨10枚と大銅貨4枚ですね」
「……そ、そうなるね」
「それじゃ部屋は3階の奥の306号室を使っておくれ」
「わかりました」
外はレンガ造りだが階段は木造か、異世界も地震が多発するんだろうか?
「つ、疲れたわ」
「そうか」
「お姉ちゃん、わたしも疲れたよ」
「そうね、死んでから一度も休んでないのよ
アベルは自覚が足りないんじゃない」
「とりあえず少し眠るか?」
「そうね」
指摘されると、病院で階段から落ちてから一体どれ位経ったんだろう。
体が自由に動くのが気持ちが良くて忘れていたな。
お読み頂きありがとうございます。




