第十八話:アベル王子
チャーミーチワワ騒ぎから1週間、別に謹慎を食らった訳ではないが
嫌みを言われても気分が悪いので自主謹慎状態だ。
「今日から仕事再開ね」
「そうね、葬儀から4日経ったしね」
「嫌みを言われたら、言い返してやるわ」
なんか視線を強く感じるな、変な噂が街の人間にまで広まっているのか?
「なんか視線を感じるわね」
「気にしたら負けよ」
「すいません、依頼を受けに来ました」
「いらっしゃい、随分休んでいたから病気かと思ったわ」
「みんな有名人だもんね」
「有名人?」
「誰からも聞かなかったの」
「そうだよ、軍がグラン・シャリオの事を発表したから
街の英雄だって言う人もいるくらいさ」
「そうだったんですか」
「あの魔物の脅威もそうだけど、討伐方法を知らなかったら
街の全滅もあったからね」
「そうなのよ、領主様からの報酬もあるのよ
まだ討伐報酬ももらってないでしょう」
そんな解釈をしてくれていたか、悪意のある人がいなくて助かったな。
「討伐報酬が6人で金貨90枚と素材の報酬が金貨80枚に
領主様から黒金貨5枚で星金貨2枚と黒金貨2枚ね」
誰か知らんがいい領主なんだな。
「それと領主様からギルドに来たらお屋敷に来るように
言われているの」
「領主様というと貴族様ですよね」
「クライン家と言って、公爵家よ」
「どうする?」
「聞いちゃったんだから、行くしかないだろう」
「でも……」
「貴族の呼び出しを冒険者が断ったら大問題ですよ」
「そうね、公爵家だものね」
「こちらが紹介状になります」
でかい城だな、さすがに旧王都時代の城を使っているだけあるな。
「お姉ちゃん、お城だよ」
「そうね。緊張しちゃうわ」
「わたし帰りたくなってきたわ」
「ヒルダ姉様、ミリア姉様のように堂々としていて下さい」
「そうそう、相手は大金持ちで私たちは庶民。失う物なんて何も無いわ」
ミリアはポジティブだな、たしかに何かを要求される事はないな。
「たとえば、お前達の知恵は気に入った、メイドとして一生働けとか」
「それなら、儂の奴隷にしてやるじゃないですか」
「ヒルダよ、いい体をしておるな、今夜は泊まっていけとか」
「それなら、わらわはアベルが所望じゃとか」
「もういっそ、みんな死刑じゃとか」
「あの申し上げにくいのですが、みんな聞こえておりますが」
「もしかして、声の魔道具?」
「何だ、その変な名前の魔道具は」
「距離が離れていても、お話が出来る魔道具です
すごーく高価だって聞きました」
「さすが公爵様ね」
「皆さん、声が筒抜けだって言っているじゃありませんか!」
「シータ、怒った?」
死刑だとか言われないよな、かなり色々言った気がする。
「みなさま、当屋敷へようこそ。執事をしているクリフと申します」
「本日はお招き頂きありがとうございます」
「姉様、今更取り繕っても仕方ないじゃない」
「そうですよ、ヒルダ姉様」
「そうそう、私たちは何も持ってないし」
「悪意はないもんね」
でかい城だと思ったが、中から見ると本当に大きいな
10階建てくらいか、部屋数は想像もできないな。
「こちらの部屋でお待ちください」
「豪華な部屋ね」
「金を貯め込んでいるんじゃないの」
「金持ちは仕事しなくていいよね」
「とりあえず、仕事はしてるんじゃない」
「みなさん、音の魔道具がこの部屋にもあるかも知れないじゃないですか?」
「シータは心配性ね」
音の魔道具か、電話に近い機能をもっているんだろうか?
「でも公爵様っていうと偉いんでしょう?」
「爵位の中では一番高いわね」
「王族に連なる家系という事になりますね」
「それなら、今の王様の叔父さんとか、叔母さんとかかな?」
「おじいさんという事もありえますよ」
「そうだったら、元国王様になっちゃうじゃない」
「それもそうね」
みんな言いたい放題だな、ほんとに聞かれていたら
どうするつもりなんだ。
「みなさな、閣下がお見えです」
「みなさんよく来て下さいました。私はアル
横に居るのが妻のサラだ」
「(見えないわ)」
「(頭を上げなきゃ見える訳ないだろう)」
「(ヒルダ姉様が先に頭を上げてよ)」
俺達は反射的にお辞儀してしまったので公爵ご夫妻の顔を見ることが
できていない。
「(みんなで一斉に頭を上げるわよ)」
「「了解」」
「初めまして冒険者のグラン・シャリオと申します」
「若い!」
「これは公爵様のお子様でしたか? 本日は公爵様は外出でしょうか?」
「私がクライン家の当主だが」
「「えぇ――!」」
どう見ても30才は超えていない、きっと20代だろう
欧米人は実年齢より5才程多く見られるから20代前半かも知れない。
「アル、みんな驚いてるじゃないの」
「それは済まなかったね。今日は娘を助けてくれた礼をいう為に
みんなを呼んだんだよ」
「お嬢様ですか?」
「カリン入っておいで」
「私たちが救助した女の子!」
「そうだ。最初は記憶があやふやだったようだが、すぐにサラの名前を思い
だしたし、君たちがレッドダイヤモンドの事を話してくれたのが大きかった」
「それは良かったです」
「失礼だが、レッドダイヤモンドの価値は知っているかね?」
「昔見た物はお嬢様のより少し小さかったですが、星金貨300枚程だったかと」
「これは星金貨千枚だが、価値は知っていたようだな」
「それが何か?」
「娘は1人で森の中だ、取ろうとは思わなかったのかね」
「私ども庶民にも誇りがあります。小さな子供から金目の物を
盗むような事はしません」
何を言い出すかと思ったら、こいつもバカな貴族だったのか。
「合格だな」
「アイラの手紙にも実力は折り紙付きとありましたし。それに……」
「グラン・シャリオの諸君に提案だ。ラズベリー家の専属冒険者になる
つもりはないか?」
「使用人ではなく、専属ですか?」
「君たちも自由を奪われるのは嫌なんだろう。専属冒険者ならば
普通の依頼も受ける事が可能だ。かなり自由が利くぞ」
専属って何だ?
「その提案お受け致します」
「ヒルダ」
「いいんですか?、姉様」
「では娘の救助の報酬として、金は持っているようだしアルマの街の屋敷を
1件無償で提供しよう」
俺達の事はすでに調査済みということか?
「よろしいのですか?」
「ロイス家の遺児が屋敷もなしでは体裁が悪いし
アイラから貴族としての厳しさを学ぶがよかろう」
これは女神が言ってた餞別の効果かな? 一体どんな餞別なんだか。
「それでは、ありがたく受け取らせて頂きます」
「屋敷を持つとなれば、使用人や奴隷も必要であろう
紹介状を書いておいたので、商業ギルド長を訪ねるが良い」
「色々とご配慮頂きありがとうございます。それでは失礼致します」
「ラズベリー伯が戻るのが2週間後だ。それまでに用意しておくように」
「かしこまりました」
「疲れたわね」
「主に精神的にな」
「でも家をタダでくれるって。さすがは領主様ね」
「家じゃなく、屋敷と言っていたわよ」
「姉様、わたしは図書館で少々調べ物をしてきます」
「シータ1人でいいの?」
「すぐに戻りますので」
「俺達は宿に戻ろうか」
「ギルドはいいんですか?」
「そこまで急ぐ必要もないだろう」
宿屋暮らしも、もうすぐ終わりか。
「ちょっと聞くが、料理が出来る人間は?」
「私とシータができます」
「わたしも出来るわよ」
「つまりミリアとベス以外は出来るという訳か
ミリアは家で飯の用意までシータ頼りだったのか?」
「防御力の高い人間には料理スキルは得られないのです」
「屁理屈を言うな」
「そうなると奴隷という事になるわね」
奴隷か? 馴染みがないが結構見かけるんだよな。
「ヒルダ、奴隷は一般的なのか?」
「そうですね、商人ならだいたい奴隷を数人は抱えていますし
貴族なら争い事で多く使うので、多い方は数百人所持しています」
「ヒルダ、奴隷と言ってもヒルダのように5千万イリスとか
高いんでしょう?」
「いえ、通常の奴隷は金貨10枚程度で買えますよ
私はランクが高く、ちょっと有名だったので
あのような値段をつけられたんですよ」
深紅の名のせいで高かったのか、つまり最上級の奴隷でも5千万イリス
程度という事か、普通は100万イリスとは随分と奴隷は安いんだな。
「ただいま」
「シータ、お帰りなさい」
「アベルさんの事とか公爵様の事とかを調べてきたよ」
「公爵様はどんな人だった?」
「今の王様の3男で、今年で24才で奥様とは10年前に結婚して
子供は3人だって」
「凄いわね、24才で3人の子持ちなの?」
「重要なのはそこじゃなくて、奥様のサラさんとラズベリー伯の奥さんの
アイラさんは実の姉妹なんだって。陞爵もその影響が大きいみたい」
冒険者キラーのアイラさんは超お嬢様だったんだな。
「それがラズベリー伯を気にかける理由か」
「奥さんが辺境伯の娘で公爵の奥さんの妹というのは、ラズベリー伯は
策略家なのかしら」
「そうでもないみたいですよ。国王がラズベリー伯に婚約を
勧めたと記録に残っていました」
「国王に勧められたら、嫌でも断れないじゃない」
「でも結構ラブラブだったよね」
「そうでしたね」
「それよりヒルダ、専属冒険者って何だ?」
「そうね、勝手に引き受けてしまったし」
「専属冒険者というのは、雇い主の庇護を受ける代わりに
雇い主の依頼は必ず受けるという契約を交わした者です」
てっきり貴族の盾となる使用人かと思ったが、 ブラック企業の
契約社員といった感じか
その程度なら過労で倒れる程度で済みそうだな。
「それじゃ、ラズベリー伯が龍を倒してこいと言われたら倒しに
行かないといけないのね」
「普通はそんな事はいいませんが」
「そうだな、竜ならなんとかなりそうだが、さすがに龍は辛いな」
「アベルさんは竜を倒したことがあるんですか?」
「前に2度ほどな」
「強いと思っていましたが、強すぎです」
ミリアは大げさだな、ゲームの中でだが竜は比較的、楽に
討伐できたしな、その代わりに龍はぎりぎりの戦いだったが。
「それは良いとして、何故引き受けたの?」
「考えてみて下さい、この国にいる限り
国王のご子息の依頼を断ったら、この国ではやっていけませんよ」
「ヒルダ、もしかして国王のご子息だって、知っていたの?」
「2年近くいれば、その程度の事はわかりますよ」
確かに後ろ盾はありがたいし、嫌なら他国へ逃げてしまえばいいしな。
「そうね、それなら断れないわね」
「いいんじゃない。優しそうな人達だったし」
「そんな事より大事なのは、アベルさんの事ですよ」
「アベルの事?」
「アベル兄さんがどうかしましたか?」
「文献ではアベル・ロイスは北方の大国ジェネシス国王の一人息子で 3才の時に誘拐されたと記載されていました」
「それじゃ、アベルは王子様という事になるの?」
「話には続きがあります。ジェネシス王国は2年前に国王の病死と
その直後に起こった、諸侯の内乱で今では国内は各勢力での覇権争い
の真っ只中ですよ」
「アベルさんは覚えてないんですか?」
「覚えてないよ」
「3才じゃ覚えていなくても仕方ありませんね」
そもそも覚えている訳ないし
折角なら、安定した国の王子様にして欲しかったよ。
お読み頂きありがとうございます。




