[五 博雄道三] 秘書として尽くしてくれれば
博雄道三は、広報からの報告書を見ていた。想定していた程の広報効果が出ていない。
仕事が山積していた。どこに顔を出しても、社員は忙しそうにしており、若干リソース不足に陥っている感がある。それでも、やるしかなかった。今ある勢いを活かしたい。
社内では、いくつかの開発が並走している。家庭用ゲームの開発に従事しているチームがあれば、ロールクエストのような、アトラクション型エンターテインメントの開発に集中しているチームもある。
ロールクエストは、通常のゲーム開発とは違った。まず開発者だけでは、ゲームとして成り立たない。環境が必要だし、運用管理やサポートする人員も必要になる。
ロールクエストは、完全に赤字だった。開発、設備投資、保守、伴う人件費。何をやるにも、出ていく金の方が多い。通常のゲーム会社では不要なものが、多く求められるのだ。他のゲームの売上も合わせて、なんとか採算を取ろうとしている。
いずれは利益が出る計画だが、その計画は遅れそうな予感がある。株価にも影響が出るだろうから、実利の減少を、期待感でどう穴埋めするかだ。
先日のロールクエスト1で、俳優の堂安翔也が思った程の活躍をしなかった。その影響が顕著だ、と報告書ではまとめられていた。
いち有名人に期待しすぎた。そういう嫌いはある。
これで美杉長政のパーティが結果を出していなかったら、挫けていたかもしれない。
「社長、EIAI社の方々が、お見えになりました」
「では、行こうか」
秘書の常磐秋香と一緒に向かう。
常磐は、秘書として、よく道三の気持ちを読む。ありがたいことだが、最近では、その辺りを恐ろしくも思い始めてきた。
応接室にたどり着くと、開発部長が先に応対していた。
「これは。ご足労頂きまして」
「いえいえ。博雄社長にお会いできるのでしたら、どこへでも参上しますよ」
二人、来ていた。
EIAI社は、AI構築の会社で、日本では最大手だった。人工知能は作るもの、ではなく、育てるもの、をモットーにしている。
ロールクエストのゲーム内で使われていたNPCは、EIAI社のAIを利用していた。汎用に構築されたAIに、用途に応じた機能や知識を追加構築して利用する。
出されていた茶を飲んだ。微妙な渋みが鼻腔を刺激する。渋みで表情を隠しながら、目の前の二人を見た。何をしに来たのか。
「フィードバックのご提供、ありがとうございました。今後の開発に役立てたく存じます。ところで、全体としては、いかがでしたでしょうか。弊社としましては、大きな問題はなかったと自負しておりますが」
「ええ、高品質なAIでした」
良すぎるほどに。
今の段階では、もう少しポンコツAIの方がいいかもしれない。ロールクエストという新しいゲームが、世に馴染んでいないのだ。開発者も戸惑っている気配がある。その結果、AIの品質が、ゲームの中で浮いている。
しかしEIAI社としては、良い宣伝になっただろう。
「本日はですね、最新世代のAIをご案内したく」
「ほう」
「弊社といたしましては、ロールクエスト2に向けて、より良いAIをご提供したい。その一心です」
以前は、こんなに愛想が良くなかった。多少はロールクエスト1の影響があるのか。
隣に座る開発部長は、平静の表情をしていた。思考は読み取れない。
「ロールクエスト2?」
「ええ、その際には、是非弊社の最新AIをご利用頂きたく」
ロールクエスト2の開発は、まだ社外秘だ。もしや駄々漏れなのだろうか。
会社が大きくなってくると、なんでも知っているつもりだった自社のことでも、わからなくなることがある。全ての仕事に関与する、というわけにはいかない。自分のいない場所で、良い事も悪い事も、なんでも起き得る。
そういう状況が嫌で、社長が関わるような話でなくとも、突発的に顔を出してみたりもする。社員が萎縮するのは分かっていたが、手を抜きたいとは思わなかった。特にロールクエストは、道三の夢を担っている。
「検討しておきますよ。ですが、ふところ事情の関係もありますので、あまり期待されても困りますがね」
「そこはもう、当然勉強させて頂きますよ。御社の成功を願ってのことですから、全力で支援差し上げたいと考えております」
内心で首を捻った。最初は、買ってくれるなら別にいいですよ、といった感じのおざなり感があった。それが今は、どうかお願いします調である。
道三は出席しなかったが、別のAI会社から営業の働きかけが、翌日もあった。二社、三社と続いた。
AIのデモンストレーションの場として、ロールクエストは最適な舞台なのだろう。収穫とまでは言えないまでも、追い風のようには感じられる。
ロールクエスト1の問題に、次々と対応していった。電力問題をはじめ、数々の課題があがっていた。ロールクエスト2までに、対応する必要がある。
ロールクエスト2の前に、もうすぐロールミステリーが始まる。著名人の参加申し込みが、ロールクエスト1よりも多かった。身体を動かす冒険はしないが、ミステリーものだったら良い。そう考えられたのか。もちろん、ロールクエスト1の影響もあるだろう。
きっと、ロールミステリーは、ある程度の成功を収める。心底苦労した開発のあとには、残り滓のような力で開発したものであっても、変にうまくいってしまうことが、ままある。
それでも、目先のロールミステリーより、ロールクエスト2に気持ちは向いていた。
「身体が重い」
「肩をお揉みいたしましょうか、社長」
常磐が熱い茶を持ってきて言った。独り言のつもりだったが、聞かれていた。
「秘書にそんなことをさせられんよ」
そんなことを頼むくらいなら、現場指揮でも任せたい。常磐なら、やれそうだ。
「社長が仰るのでしたら、どんなことも尽力させて頂きます」
どっちのことか。肩揉みか。現場指揮か。
「秘書として尽くしてくれれば、それでいい」
そう仰られると知っていました。常磐はそんな表情をしていた。