[五 一枚公平] のんびり公平
初日にパーティが壊滅し、なんとか生き残って以来、公平は一人で活動していた。活動するといっても、城下町からは一歩も出ない。
売買利益が上昇するスキルを覚えていた。店頭での購入価格は安くなり、売却価格は高くなる。【セールストーク改】というスキルだった。他のスキルは覚えていない。他の活動をしていないので、覚える機会がなかったのだ。
店に用がありそうなパーティを見つけると、公平から話しかける。
「お買い物ですか?」
「そうですよ」
「良かったら代理しますよ。スキルがあるので、お得に売買出来ます」
「じゃあ、是非」
「利益から、ちょっとだけ差っ引かせて頂きますけどね」
「こっちに損がないなら、いいですよ」
そう。お互いにウィンウィンの関係になれる。
「最後に、僕、こういう者です」
「ゲイラクシステムですって。皆さんよろしくね」
最後に名刺を渡して別れる。渡した人自体は、おそらく公平の仕事に関連がない。だから、渡した名刺もゴミみたいなものだろう。しかし、見てもらうことに意味がある。名刺が視界に入れば視聴者が観る。それでポジティブな社名宣伝になるのだった。……と思い込もうとしているが、こんな宣伝がどれほど意味あるのか、時々考えてしまう。
貨幣袋を見ると、お金は結構貯まっていた。金は使わず、手数料の利益で増えているのだから、貯まるのも当然だった。
今ならば、大抵の物は買えそうな気がする。
『すごい貯まってるね』
「ええ、だいぶ貯まりましたねえ」
『もうこの世界で暮らしていけそう』
「さあ、それはどうでしょう」
公平の話し相手は、主に視聴者だった。
やっていることが退屈なせいか、視聴者は落ち着いた人ばかりだった。なので、無課金コメントもブロックしていない。なんとしてでも反応して欲しい人が、時々課金コメントしてくるくらいだった。
暇になると、町並みを見て回ったり、他の冒険者と話してみたりする。NPCの暮らしを見て回ったりもした。そういう公平の視界を好む人は、一定数いる。
視聴者は二百人程いる。連休で暇をしている人は、意外に多い。
今日は公平も暇だった。他の冒険者は、モンスターの拠点とやらに向かったのだろう。城下町には、一人の冒険者すら、見かけない。だから、代売の活動もできない。
公平は拠点に向かう気がなかった。一人で行ったところで、何ができるわけでもない。もしかしたら、現地までたどり着くことさえ、不可能かもしれない。
最終戦に行かずとも、代売をしてきたことで、誰かのクリアには、間接的に貢献しただろう。
こんなプレイの姿勢だと、次のロールクエストがあったとして、呼んでもらえないかもしれない。それはそれで、仕事が減ることになり、好都合とも言えた。給料をもらえるだけの仕事があれば、それでいい。
ぼんやりしていると、見覚えのある人物が、E&Eから出てきた。
「あんた、前回優勝メンバーの人じゃないの?」
「はあ、まあ。たまたま一緒にはいましたね」
「一人でボケっとしてるなら、長政と合流したら?」
確か、今回は長政とパーティを組んでいた人で、トースケという芸名だったはずだ。
「いえ、ちょっと事情があって、一緒出来ないんですよね」
「それって、イメージが悪いから、とか言うつもり?」
「おや。その通りです」
ああ、似たようなことを、トースケも事務所から言われているのか。
「それなら、もう解決してるわよ。むしろ逆に良くなってたし」
「え?」
「昨夜からの話だけど、知らないの?」
知らない。
『そうだよ、一枚さん。目撃者の視界映像が出回ってて、実は被害者が美杉長政だって、はっきりしたよ』
ほうほう。
『それどころか、華道さんだっけ、をかばってたみたいで、好感度上昇中』
おやまあ。
「知らなかったです」
「だからもう、一緒しても別にいいと思うけど。あたしなんて、ひっついてこいって言われてるし」
本当に人気急上昇中ならば、それは正しい判断だ。芸能人なら、映像に露出してナンボだろう。
「じゃあ……行きます、かね」
イメージが回復したから合流する。そういうことになるが、あまりにもこちら側の都合すぎる。今合流しても、良くは思われないだろう。
罪滅ぼしの支援。そんなつもりで行こう。そう思った。
「そうしたらいいわ。で、あたしを案内して欲しいの」
「どこへですか?」
「そりゃ、長政のところよ」
「えー……」
何を言っているのか。まさか、そのために話しかけてきたのか。
「そもそも、なんで他の冒険者、見かけないの?」
今着たということは、朝のイベントを知らないのか。もう実時間で昼が近い。
トースケに状況を説明してやった。
「モンスターの拠点に行けばいいってことね」
「まあ、通常はそうなんですが。多分、戦場ですよ」
「どうしてよ。国からの要請は、拠点の攻略だったんでしょ。戦場に行ったら、実績を獲得できないじゃない」
「彼は、僕が望まない選択を好むんですよ」
「ふーん。まあ、合流できるなら、どっちでもいいけれど」
長政のポリシーが変わってなければ、楽しんでクリアをしたいのであって、実績の獲得を優先目的にはしていないはずだ。さらに今回の暴行事件で苦労した長政の心情まで推し量ると、戦場に向かう可能性の方が、いくらか高いと思えた。自分のように困った人を助けたい。そう思っていそうだからだ。
長政は、昨今の若い子とは、考え方が少し違う若者である。自分勝手な性格が目立つが、不愉快には思っていなかった。
色々理由を考えてみても、人の集まりが行動しているわけだから、多少なりとも賭けの要素はある。
『一枚さん、答え聞く? 見てきたけれど』
視聴者なら、答えはすぐに確認できるだろう。しかし。
「いえ、結構です。ノイアー君、そういうの嫌がりますからね」
聞いたとして、聞いたと言わなければ、それでいい話だ。
ちょっとした運試し。そんな気持ちがいくらかある。会えてしまったら謝る。会えなかったら、縁が切れた。それでいい。
「で、ノイアー君って誰?」
また、他の誰にも呼ばれていないのか。
「長政君のプレイネームですよ」
「あ~」
「とにかく、行きますか。僕、激弱なんで、守って下さい」
合流したとして、パーティに空きがあるかも、不明だった。とはいえ、実績にならない戦場へ向かうような酔狂な人物が、それほど多いとも思えない。
「あたし、サポートタイプだから、戦える感じじゃないんだけど」
「タイプとやらはわかりませんが、僕は売買スキルしかないです」
「うっわ、声かけて時間を損したわ」
ああ、護衛のつもりで声をかけたのですね。残念でしたね。
「ご期待に添えず、申し訳ないですね」
「囮にはなってよね。行くわよ」
歩きながら、さらに話を続けた。
「防具は昨日、新調していたようですが、武器も新調しました?」
「していないんじゃないかしら?」
「じゃあ、お金を持ち歩くのも重いですし、手土産として、何か買っていきますかね。トースケさんも、何かいりますか?」
「ううん。あたしは、この杖で十分」
お、意外と節約志向なのだろうか。好感度を意識して言葉を選ぶタイプじゃないようなので、本当に十分だと思っているのだろう。
剣と盾を二つずつ買った。長政向けと遊々用である。もしいらないと言われたら、捨てることになる。
羽瑠は多分求めないだろうと判断し、もう一つ、自分用に警棒のような武器を買っておいた。さほど重くなく、刃物でもないので、取り扱いは難しくなかった。腰にぶら下げておけば、邪魔にもならない。
西門で、ま行姉妹をパーティに加えた。今の公平は、パーティリーダーなので、呼び出すことが出来た。映像秘書を呼び出すこともできる。
道中、トースケから、クリアしたイベントの自慢話を聞かされた。
特に熱がこもっていた話は、人身売買の取引現場を襲撃した際のことだった。作戦の提案をトースケがしたらしい。
聞く限り、挟撃する策で戦ったらしいが、あまり良い策とは思えなかった。そもそも、その場で戦う必要がない。戦うにしても、先に到着していたのなら、罠でも仕掛ければいいのだった。
水を差す言葉は色々思い浮かんだが、トースケが得意気に話しているので、伝えるのはやめておいた。
街道を歩き続ける。
時々モンスターに襲われるが、さっさと逃げた。トースケが足止めのスキルを使ってくれるので、逃げるのは造作もない。
「これで戦場に長政がいなかったら、とんだ歩き損よね」
「その時は、モンスターの拠点に向かいましょう。拠点の戦いが終わっていた場合、途中ですれ違えるでしょうし」
モンスターの奇襲を警戒していたが、所属していたパーティが壊滅した時のような襲撃は、全くなかった。街道を歩いていると、平和な時間が圧倒的に長い。
西の岩山を通り過ぎ、さらに西進した。集団が移動したような形跡があるので、それを追っている。
途中で街道を逸れ、北上する。その頃になると、遠目に戦場が見えてきた。
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