表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
51/60

[五 一枚公平] のんびり公平

 初日にパーティが壊滅し、なんとか生き残って以来、公平は一人で活動していた。活動するといっても、城下町からは一歩も出ない。

 売買利益が上昇するスキルを覚えていた。店頭での購入価格は安くなり、売却価格は高くなる。【セールストーク改】というスキルだった。他のスキルは覚えていない。他の活動をしていないので、覚える機会がなかったのだ。


 店に用がありそうなパーティを見つけると、公平から話しかける。


「お買い物ですか?」

「そうですよ」

「良かったら代理しますよ。スキルがあるので、お得に売買出来ます」

「じゃあ、是非」

「利益から、ちょっとだけ差っ引かせて頂きますけどね」

「こっちに損がないなら、いいですよ」


 そう。お互いにウィンウィンの関係になれる。


「最後に、僕、こういう者です」

「ゲイラクシステムですって。皆さんよろしくね」


 最後に名刺を渡して別れる。渡した人自体は、おそらく公平の仕事に関連がない。だから、渡した名刺もゴミみたいなものだろう。しかし、見てもらうことに意味がある。名刺が視界に入れば視聴者が観る。それでポジティブな社名宣伝になるのだった。……と思い込もうとしているが、こんな宣伝がどれほど意味あるのか、時々考えてしまう。


 貨幣袋を見ると、お金は結構貯まっていた。金は使わず、手数料の利益で増えているのだから、貯まるのも当然だった。

 今ならば、大抵の物は買えそうな気がする。


『すごい貯まってるね』

「ええ、だいぶ貯まりましたねえ」

『もうこの世界で暮らしていけそう』

「さあ、それはどうでしょう」


 公平の話し相手は、主に視聴者だった。

 やっていることが退屈なせいか、視聴者は落ち着いた人ばかりだった。なので、無課金コメントもブロックしていない。なんとしてでも反応して欲しい人が、時々課金コメントしてくるくらいだった。


 暇になると、町並みを見て回ったり、他の冒険者と話してみたりする。NPCの暮らしを見て回ったりもした。そういう公平の視界を好む人は、一定数いる。

 視聴者は二百人程いる。連休で暇をしている人は、意外に多い。


 今日は公平も暇だった。他の冒険者は、モンスターの拠点とやらに向かったのだろう。城下町には、一人の冒険者すら、見かけない。だから、代売の活動もできない。


 公平は拠点に向かう気がなかった。一人で行ったところで、何ができるわけでもない。もしかしたら、現地までたどり着くことさえ、不可能かもしれない。

 最終戦に行かずとも、代売をしてきたことで、誰かのクリアには、間接的に貢献しただろう。


 こんなプレイの姿勢だと、次のロールクエストがあったとして、呼んでもらえないかもしれない。それはそれで、仕事が減ることになり、好都合とも言えた。給料をもらえるだけの仕事があれば、それでいい。


 ぼんやりしていると、見覚えのある人物が、E&Eから出てきた。


「あんた、前回優勝メンバーの人じゃないの?」

「はあ、まあ。たまたま一緒にはいましたね」

「一人でボケっとしてるなら、長政と合流したら?」


 確か、今回は長政とパーティを組んでいた人で、トースケという芸名だったはずだ。


「いえ、ちょっと事情があって、一緒出来ないんですよね」

「それって、イメージが悪いから、とか言うつもり?」

「おや。その通りです」


 ああ、似たようなことを、トースケも事務所から言われているのか。


「それなら、もう解決してるわよ。むしろ逆に良くなってたし」

「え?」

「昨夜からの話だけど、知らないの?」


 知らない。


『そうだよ、一枚さん。目撃者の視界映像が出回ってて、実は被害者が美杉長政だって、はっきりしたよ』


 ほうほう。


『それどころか、華道さんだっけ、をかばってたみたいで、好感度上昇中』


 おやまあ。


「知らなかったです」

「だからもう、一緒しても別にいいと思うけど。あたしなんて、ひっついてこいって言われてるし」


 本当に人気急上昇中ならば、それは正しい判断だ。芸能人なら、映像に露出してナンボだろう。


「じゃあ……行きます、かね」


 イメージが回復したから合流する。そういうことになるが、あまりにもこちら側の都合すぎる。今合流しても、良くは思われないだろう。

 罪滅ぼしの支援。そんなつもりで行こう。そう思った。


「そうしたらいいわ。で、あたしを案内して欲しいの」

「どこへですか?」

「そりゃ、長政のところよ」

「えー……」


 何を言っているのか。まさか、そのために話しかけてきたのか。


「そもそも、なんで他の冒険者、見かけないの?」


 今着たということは、朝のイベントを知らないのか。もう実時間で昼が近い。

 トースケに状況を説明してやった。


「モンスターの拠点に行けばいいってことね」

「まあ、通常はそうなんですが。多分、戦場ですよ」

「どうしてよ。国からの要請は、拠点の攻略だったんでしょ。戦場に行ったら、実績を獲得できないじゃない」

「彼は、僕が望まない選択を好むんですよ」

「ふーん。まあ、合流できるなら、どっちでもいいけれど」


 長政のポリシーが変わってなければ、楽しんでクリアをしたいのであって、実績の獲得を優先目的にはしていないはずだ。さらに今回の暴行事件で苦労した長政の心情まで推し量ると、戦場に向かう可能性の方が、いくらか高いと思えた。自分のように困った人を助けたい。そう思っていそうだからだ。

 長政は、昨今の若い子とは、考え方が少し違う若者である。自分勝手な性格が目立つが、不愉快には思っていなかった。


 色々理由を考えてみても、人の集まりが行動しているわけだから、多少なりとも賭けの要素はある。


『一枚さん、答え聞く? 見てきたけれど』


 視聴者なら、答えはすぐに確認できるだろう。しかし。


「いえ、結構です。ノイアー君、そういうの嫌がりますからね」


 聞いたとして、聞いたと言わなければ、それでいい話だ。

 ちょっとした運試し。そんな気持ちがいくらかある。会えてしまったら謝る。会えなかったら、縁が切れた。それでいい。


「で、ノイアー君って誰?」


 また、他の誰にも呼ばれていないのか。


「長政君のプレイネームですよ」

「あ~」

「とにかく、行きますか。僕、激弱なんで、守って下さい」


 合流したとして、パーティに空きがあるかも、不明だった。とはいえ、実績にならない戦場へ向かうような酔狂な人物が、それほど多いとも思えない。


「あたし、サポートタイプだから、戦える感じじゃないんだけど」

「タイプとやらはわかりませんが、僕は売買スキルしかないです」

「うっわ、声かけて時間を損したわ」


 ああ、護衛のつもりで声をかけたのですね。残念でしたね。


「ご期待に添えず、申し訳ないですね」

「囮にはなってよね。行くわよ」


 歩きながら、さらに話を続けた。


「防具は昨日、新調していたようですが、武器も新調しました?」

「していないんじゃないかしら?」

「じゃあ、お金を持ち歩くのも重いですし、手土産として、何か買っていきますかね。トースケさんも、何かいりますか?」

「ううん。あたしは、この杖で十分」


 お、意外と節約志向なのだろうか。好感度を意識して言葉を選ぶタイプじゃないようなので、本当に十分だと思っているのだろう。


 剣と盾を二つずつ買った。長政向けと遊々用である。もしいらないと言われたら、捨てることになる。

 羽瑠は多分求めないだろうと判断し、もう一つ、自分用に警棒のような武器を買っておいた。さほど重くなく、刃物でもないので、取り扱いは難しくなかった。腰にぶら下げておけば、邪魔にもならない。


 西門で、ま行姉妹をパーティに加えた。今の公平は、パーティリーダーなので、呼び出すことが出来た。映像秘書を呼び出すこともできる。


 道中、トースケから、クリアしたイベントの自慢話を聞かされた。

 特に熱がこもっていた話は、人身売買の取引現場を襲撃した際のことだった。作戦の提案をトースケがしたらしい。

 聞く限り、挟撃する策で戦ったらしいが、あまり良い策とは思えなかった。そもそも、その場で戦う必要がない。戦うにしても、先に到着していたのなら、罠でも仕掛ければいいのだった。

 水を差す言葉は色々思い浮かんだが、トースケが得意気に話しているので、伝えるのはやめておいた。


 街道を歩き続ける。

 時々モンスターに襲われるが、さっさと逃げた。トースケが足止めのスキルを使ってくれるので、逃げるのは造作もない。


「これで戦場に長政がいなかったら、とんだ歩き損よね」

「その時は、モンスターの拠点に向かいましょう。拠点の戦いが終わっていた場合、途中ですれ違えるでしょうし」


 モンスターの奇襲を警戒していたが、所属していたパーティが壊滅した時のような襲撃は、全くなかった。街道を歩いていると、平和な時間が圧倒的に長い。


 西の岩山を通り過ぎ、さらに西進した。集団が移動したような形跡があるので、それを追っている。

 途中で街道を逸れ、北上する。その頃になると、遠目に戦場が見えてきた。




 お読み頂き、ありがとうございます。

 ブックマークすることで、いつでもお読み頂けます。

 温かいご感想もお待ちしています。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ