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[四 博雄道三] がっかり返上

 ウェブコメンテーターの林道敦子は、道三の思惑通りに動いてくれたようだ。

 もしかしたら手遅れかもしれない。そうも思っていた。しかし今は、予想以上の成果が現れている。


 インターネット上は、暴行グループの特定をしようと躍起なっていた。なぜなら、集団暴行をした男達の顔は、道三が目線で隠しておいたからだ。

 美杉長政は、報復活動をおこなってしまっている。だから、実行犯の八人は、追い込まない方が良い。そう判断していた。追い込みすぎると、報復の報復をされかねない。その結果、美杉が報復したことが露見する。それを避けるための配慮だったが、さらなる注目を集める結果となってしまっている。

 今では、これ以上、話が大きくならないことを、祈るばかりだった。


 しかし、その願いは届かなかったようだ。常磐が困った顔をしていた。


「社長、ニュースになってしまっております……」

「なんだと。今まで、さして触れられなかったではないか」

「事情が変わってトレンド化しておりますし、取り立てて他の話題がなかったようです」


 こうなってくると、暴行犯共が悪あがきしないことを、切に祈るしかない。

 それだけでなく、ロールクエスト2の成功も祈っている。ロールクエスト2が成功しないと、美杉長政のイメージが回復したとて、ドゥエッジ社としてはあまり意味がない。


「我が社にとっては、追い風ですな」


 詳細を知らない開発部長からすれば、そう思うのも無理はなかった。


 結局、道三にできることは限られていた。報復の報復がないことを祈る。ロールクエスト2が無事終わることを祈る。いずれにせよ祈るしかない。何かやるにしても、ロールクエスト2の演出に手を尽くすことのみだった。ゲームへの介入は、極力しない。


 視聴者は爆発的に増えていた。ターゲット層以外も、多く視聴しているようで、放送事業者はご満悦の表情だった。

 状況は好転し、明るい表情を浮かべるものが増えた。しかし道三は、まだ細い吊橋の上を歩いている。そんな気分だった。この気持ちを察してくれるのは、常磐だけだろう。


 視聴者は、美杉長政のパーティに殺到していた。他に見るべきパーティも、あまり残っていない。

 残パーティが少なすぎた。皆、モンスターにやられてしまったらしい。

 報告では、モンスターAIの思考が高度過ぎることを、原因として指摘されていた。それは、道三も前回から感じていたことなので、そう言われれば納得できなくもなかった。


「それにしても、平手君。彼はどうして、モンスターの拠点でなく、王国軍について行っているのだ?」

「出発前のことですが、本当に困っているところを助けたい。そう発言していました」


 つい笑みがこぼれてしまった。

 確かに、開発側では困っていた。一時は、滅亡する計画まであったくらいだ。


「よく分かっているじゃないか。我々のヒーローだな」


 残パーティが減っているので、運用本部内は落ち着いていた。何も問題がなければ、こんなものなのだろう。現場観察しか、ほとんどやることがなくなるからだ。今日は、緊急事態を知らせるパトランプの鳴動も、まだない。オペレーターもエンジニアも、どこか手持ち無沙汰な気配を発しているくらいである。


 そんな中、アイシステムで通話していたらしい平手が、困っているかのような様子になっていた。


「どうしたのかね?」

「フィールドをまわっているものから、違和感があるとのことです。森ですが」


 森と言えば、スキルの考案も担当していた女性だ。名前も顔も覚えている。


 現場が感じる違和感は、無視するべきでなかった。よくよく話を聞いてみると、なんでもないこともある。しかし、重大な事象が判明することもある。


「私にも聞かせてくれ」


 通話を共有した。森の視界が、空間に広がる。プレイヤーや視聴者が観ているような、彩りのある世界ではない。世界を構成する物質のほとんどは、半透明で硬化した特殊樹液だった。アイシステムによる視覚的な演出がなされていないからだ。関係者は、この演出のオンオフを切り替えられる。

 巡回の役割を持つ者は、ロールクエスト中のプレイヤーが視認不可能なステルス状態で、現場を巡回している。異常がないか見回り、報告を運用本部に送る役割だ。


 森の視界の中央には、美杉長政のパーティがいた。


「しゃ、社長、ですか?」

「違和感とは?」


 森は、平手の視界を通して、道三を視認したようだった。その驚きようは無視し、本題に切り込んだ。


「あ、はい。敵AIの動きが、おかしいように思うのです」

「おかしい、とは?」

「よく出来すぎているんです」


 AIが高度過ぎる、という報告と、なんら変わらない。平手に視線を送った。


「モリトー、それでは伝わらない。どのように出来すぎているのか、だ」


 整理された端的な表現になっていない。まだ、おかしいと感じ始めた直後なのだろう。それでも、何かを伝えようとしている。

 足を踏み鳴らし、対話を平手に任せることにした。元々、聞くだけでよかった。


「あ、すいません。ええと、なんて言ったらいいのか」

「何を見て、おかしいと思ったんだ?」

「そうだ。その時の視界映像を観て下さい」


 森の視界で映像が再生される。やはり美杉長政のパーティが映っている。このシーンは、道三も観ていた。


「ここです。ゴブリンが一斉に動き出しています」


 マジックゴブリンとノーマルゴブリンが、美杉長政に襲いかかっている状況だ。そりゃ、モンスターなら、襲いかかるだろう。道三は思った。


「何の問題が?」

「ほら、おかしいじゃないですか」

「だから、それじゃ分からんと」

「前触れなく一斉に動いているんです。まるでプログラムされたかのようです」

「それはAIであるから、プログラムで動いているとも言えるが…………あっ」


 道三も平手も、同じタイミングで、森が感じる違和感の理由がわかった。


「もう一度再生します。ここからです。AIは可能な限り、リアルな思考と動きをします。ですから、襲いかかるにしても、合図とか示し合わせるような何かが、必ずあるはずです。それなのに、このゴブリンの集団は、合流してからそういったものが一切なく、いきなり意思疎通バッチリの連携をしているんです。まるで、どこかから指示をされているみたいに。美杉長政に敗れてはいますけど」


 道三も観ていたのに、なぜ気が付かなかったのか。

 言っていることが分かると、ひどく嫌な予感がしてきた。森の視界を縮小し、オペレーターに眼を向ける。道三が口を開くより前に、平手が声を発した。


「オペレーター、セッションの一覧を出せ」

「数万件になりますが」

「AI関連だけでいい。ありえるアクセス元も削っていい」


 作業者が一人で作業をしていることは、あまりない。二人一組以上が基本だった。だから、通常の作業者が変な作業をすれば、すぐ露見するはずだ。それ以外の可能性を、まずは探る。それが平手の確認したいことだろう。


 オペレーターがセッションの検索をする。少しずつ除去条件を追加しているので、検索の度に検索結果が減っていく。そして最後には、ゼロ件になった。


「杞憂だったか」


 道三は、胸をなでおろした。

 何者かが不正に操っているのかと、不安に思ってしまった。


「あのー、その検索でしたら、わたしもやっていまして、一件だけ残りました。権限がないので、それ以上は調べられなかったんですけど」

「それを違和感より先に言え! 見せろ!」

「え、あ、はいっ」


 検索時の映像が再生されている。結果件数が減っていった。そして最後に一件。


「予備会議室?」

「使われていないはずの部屋ですな。オペレーター、部屋の様子をモニターに出してくれないか」


 メインモニターに、予備会議室の様子が映し出された。誰もいない。しかし、椅子が使われた形跡がある。


「これは、逃げたか。録画はないのか?」

「ありません。長く使用されていない部屋のようです」


 どこの誰だかもわからない。内部犯なのか、外部犯なのか。


 ロールクエストは、ドーム型会場を借りて開催している。だからここは、ドゥエッジ社内ではない。社外の人間が建物内にいる可能性は、当然ある。それでも社外の人間が、システムに不正アクセスまでできるとは、信じ難かった。セキュリティは高めてある。


 不正アクセスだと仮定すると、対処に迷った。内部の人間の悪ふざけなら、騒ぎは限定的にしたい。大っぴらにしても、社内の恥を喧伝することにしか、ならないからだ。


「とにかく保安に連絡します。あとは、不審なセッションがないか、監視するくらいでしょうか。今できることは」

「リタイアが妙に多い理由は、きっとこれだろう。被害の調査もせねばならんな。AIが高度すぎる、で報告を済ませたやつを、殴ってやりたい気分だよ。私は」


 後手過ぎた。不正操作然り(しか)り、美杉長政の暴行事件然り。

 しかし、暴行事件の件と違って、不正操作の件は、痕跡が残っている。その痕跡から、何かを探れるはずだ。例えば、この不正操作の標的になっていないパーティ。そんなパーティがあったならば、ひどく怪しいと言える。


「あのー、森ですが。もう仕事に戻っても、いいですか?」


 通話の続いていた森が、どうしたらいいか困っていた。


「ああ、戻ってくれたまえ。そうだ、森君」

「はい?」

「よく報告してくれた。助かった」

「はい。ガッカリされないよう、頑張りました」


 ガッカリとは、どういうことか。疑問に思うと同時に、隣で平手が笑っていた。




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