[二三 博雄道三] バカ者が
「常磐君。運用本部へ行く」
「かしこまりました」
途中ではあったが、部屋を出た。
通路を歩きながら考えた。なぜ、こうなったのか。
「仕様書を出せるかね?」
「共有いたします。お手は肩にどうぞ」
視線を合わせ、空間を共有すると、仕様書が視界に広がった。
道三の片手は、常磐の肩に置いた。仕様書を見ながら歩いているので、何かに掴まっていないと、前方不注意となり歩けない。
空いた手で空間の映像を操作し、確認していく。相対表示をしていれば、道三の移動に合わせて、空間の映像はついてくるのだ。
「書いてないな。シナリオ設計か?」
「お出しします」
視界に書面が次々と広がっていくと、ありそうな雰囲気だった。
メインシナリオ。三日目。あった。
滅亡とはっきり書かれてはいないが、モンスター軍の猛攻に耐えられず、民が逃げ出すことになっていた。
モンスター軍を追い返すと認識していたが、実体は違った。
結果まで確認しなかった自分が悪い。そうなる。だが、社長である自分が、隅から隅まで確認するというのも、情けない話だった。なんのために中間管理職を置いているのか。役職を置いているのか。
「知っていたのか、常磐君」
「いえ、詳細は存じませんでした」
「なんにせよ、知っておくべきことだった。助かるかどうかは、わからんが」
どうしたものか。
「社長」
運用本部の扉を開け、中の様子を見ると、状況確認会は続いていた。道三に気がついた者が反応している。
ロールクエスト1時と、ほぼ同じ体制にしているので、人がそこそこいる。出入りもある。そして、放送業社もいる。
「状況確認会の続きを、二つ隣の会議室でおこなう。来たまえ。平手君、ここは頼んだぞ」
「はっ」
今回は、本部の統括を運用部課長の平手に任せていた。能力のある男だった。
移動後、常磐を室外で待機させようとしたが、最初から入ってくる気がなかったようで、振り返ると頭を下げていた。
道三を含め、五人。他には誰もいない。
立ったまま円をつくるように向き合う。座って落ち着くつもりはなかった。いつものことで、時間をかけるつもりがなければ、立ち会議の形式を取る。
「今回のテイル2で、ネバギブ王国が滅亡すると聞いたが、知っている者は?」
「滅亡というわけでは。クエスト2と3の間で、そのような雰囲気に」
「バカ者が!」
開発部長の言葉を遮るように、道三は怒鳴った。
皆一様に驚き、身体を硬くしている。それも仕方なかった。
道三が怒鳴ることは珍しい。いくら立場が上でも、部下に対しては相応の態度と礼節が必要と、道三は考えている。だから、普段は怒りを感じようとも、顔にも出さないよう努める。
しかし、今回は別だった。台無しにする気か。そういう怒りが湧いている。
「冒険者の苦労は無駄だった、とでも歴史に刻むつもりか?」
やり方次第では、王国が滅亡する展開もありだろう。しかしロールクエスト2のクライマックスに相当する部分だ。悲劇にする方針でもない。プレイヤーや視聴者が歓迎できる結果でもない。
「ですが、延びるためには、一度膝をかがませる必要が」
「黙れ」
間違いなく、ここにいる面々が考えた内容ではない。それは分かっていた。しかし、承認したはずだ。知っていたはずなのに問題提議しなかった。それは過ちだ、と道三は思っていた。今の今まで、気が付かなかった道三の過ちでもある。
「普通の家庭用ゲームではないのだぞ。家庭用ゲームならば、そこから話を広げることも、とり得る展開の一つだろう。だが、ロールクエストは、そこで一度終わるのだ。プレイヤーと、作品対一の関係でもない。視聴者がいる。その視聴者の視点になってみろ。終わった時点が滅亡では、次に何を期待すればいいんだ? 感想で、残念ながら滅亡してしまいましたが、次に期待したいと思います、とでも言わせるつもりか? スポンサーに、こっからよくなる、とでも言い訳するのか? メディアには? 株主には? なんとする!」
室内を静寂が支配した。それぞれの緊張を感じた。室外からすら、緊張が漂ってきている気がした。
「も、申し訳ありません、社長」
「何のために役職を掲げているか、よく考えたまえ」
今怒鳴ったところで、何も解決はしない。それでも、怒ってみせることは必要だ。笑って済ませては、危機感とならない。
道三は壁と向き合った。その壁に頭突きをする。二度。三度。
なんて自分は馬鹿だったのか。悔やんでも悔やみきれない。忙しさにかまけて、手を抜いてしまったに等しい。
怒鳴られるべきは自分だ。もっと必死になるべきだった。
「しゃ、社長」
血の味がした。額から出血し垂れてきたのだ。その額は、ジンジンとした痛みを訴えていた。
「立て直すぞ。明日の開場時間までがリミットだ」
「はっ」
問題は、どう取り繕うか、だった。時間のかかる抜本的な対応は出来ない。
モンスター軍が進軍してくる。ここまでは既定路線にする。プログラムに多く組み込んでいるであろう、冒険者による拠点襲撃も、イベントとして残す。
また隣国からの援軍か。何度もやりたい方法ではない。しかし、クエスト1で経験済みなので、手慣れている対策ではあった。
「最悪の状況に備えて、隣国の援軍だけは、また用意しておこう。出来るか?」
「やります」
「それから冒険者による拠点の襲撃は、成功する見込みか?」
「三日目まで生存している冒険者であれば、まず間違いなく生き残ります」
簡単すぎる問題がありそうだ。今はそれを活かすしかない。
「冒険者の砦襲撃成功後、戦場に急行するシナリオにしよう。それまでは、王国軍に耐えさせよ。いいか、王国軍を強化させる、などという安直な方法を採るなよ。工夫して潰れさせない。そういうアイデアだ。視聴者に観られていることを、念頭から外してはならんぞ」
「はっ」
「よし、なんとか乗り切ろう」
一人ひとり、背中を叩き、室外に送り出した。最後に自分が退室すると、常磐から額に絆創膏を貼られた。
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