[三 美杉長政] 理不尽身代わり
ドゥエッジ社での放送出演が終わると、その足で指定された場所へ向かった。脅迫状に記載のあった場所だ。
その場所は、羽瑠宛の脅迫状に記載のあった場所だが、長政宛の脅迫状とも同じ場所だった。となれば、ほぼ間違いなく同一の差し出し主だろうと推測できる。
アイシステムのナビゲーションに従って移動した。行き先をインプットすれば、視界にナビゲーションラインが表示されるのだ。そのラインに沿って移動すれば、最短距離での移動が可能である。見知らぬ土地でも、迷うことはない。
「一人か?」
軽く頷いた。
指定の場所には、男が八人いた。
「華道遊々がいねーなあ」
「必要ない」
言ったが、同時に疑問が湧いた。
遊々? 羽瑠ではなく?
「さっきまで、放送に一緒に出演してただろ。知ってるんだぜ」
やはり遊々のことだ。聞き間違えではない。
羽瑠の悪事について、何を掴んでいるのか探りに来た。それなのに、なぜか遊々の名前が出てくる。自分がなぜここにいるのか、よくわからなくなってきた。
「で、なんの用だ?」
「まず外せ」
男の一人が、自身の目を指差しながら言った。
言われるままに、アイシステムのコンタクトを外した。本体と共に、鞄に入れる。
アイシステムを外させたということは、視界記録をされたくない、ということに他ならない。
殴り合いの前にコンタクトを外させることはある。コンタクトが割れると危険だからだ。しかし、高校生になってからは、そういった喧嘩はあまりない。
「で?」
「一人で来られてもな。まあ、いいか」
ゆるく囲まれた。囲み方に違和感を覚えたが、気にしても仕方がない。
「用件がなんなのか、言ってもらおうか」
「さあな」
「知らないのか?」
突然、足を蹴られた。
「おまえは喋らなくていいんだよ。跪け」
また蹴られた。無視し、リーダー格らしき男を見据えた。
「知らないのか?」
また蹴られた。
「おまえは黙ってろ」
他の男が横から蹴ってきた。今度は腹だった。
目的もよくわからず、話にもならない。理不尽に暴行を受けている。段々と我慢が面倒になってきていた。
そう思った時には、もう手が出ていた。リーダー格らしき男が、地に転がっている。拳を振り抜いた感触は、殴った痛みとともに残っていた。
直後、本格的に囲まれ、殴る蹴るの暴行を受けた。
痛い。それはいい。一発殴っただけで終わってしまう。それが許せなかった。
悔しさに歯噛みする。全員をぶん殴ってやりたい。そうは思っても、一人ではどうにもならなかった。最初の一発。それが最初で最後の反撃だった。
気がつけば空を見ていた。全身が痛い。口の中は血の味がするし、耳もジンジンと傷んでいた。
骨の一本くらいは、どこか折れているかもしれない。確認する気はおきず、夕陽を見続けた。
周囲に人の気配は感じない。そう思ったが、空に見え始めたいくつかの影が、段々と大きくなっていた。
「警察です。通報があって来ました。大丈夫ですか?」
見てわからないのか。
どうやら、誰かが通報したようだが、何が起きたかまでは、分かっていないような口ぶりだった。
長政は身体を起こした。体中に痛みが走っている。
「ただの喧嘩です」
「相手は?」
「知らないです」
しばらく事務的な問答が続いた。
結局、なんだったのか、今でもわからない。
今回の出来事は、肩がぶつかってからの喧嘩、で押し通した。つながりの見えない脅迫状についても、完全に伏せた。
病院に連れられ、治療が終わると、父が待っていた。
なんて言えばいいのか。内心で考えた。殴るのに場所を選ぶ父ではない。例えここが病院であっても、だ。
「負けたのか?」
父の第一声が、それだった。
負けたのか。父がこう言う時は、必ず『自分に負けたのか?』という意味だ。『喧嘩に負けたのか?』ではない。
「終わってない」
「そうか」
それ以上は、何もなかった。
痛む身体にムチを打ち、父と一緒に家路についた。
これで終わりではない。自分に言い聞かせながら。