[十八 美杉長政] 報酬は誰が
剣を鞘に収めると、荷馬車を確認してみた。人間側は食料。ゴブリンの荷馬車内には、女が三人、縛られていた。言い逃れを許せる状況ではない。
女達に話を訊くと、拉致された場所は、西のゴブリン洞窟ではないようだ。確保場所が何箇所かある。そういうことだ。
バイトックの部下は、キーシンに縛られていた。
「許してくれ。ほんの出来心だったんだ」
「誰の指示だ?」
「誰の指示でもない」
長政は胸ぐらを掴んだ。バイトックの部下を揺さぶる。
「バイトックなのか? 吐けよ」
「本当だ。信じてくれ。バイトック様は関係ない」
一発、殴った。
「言え」
反応がない。強く揺すった。
「美杉君、もう気絶してると思うんだけど」
「アホか。こんくらいで落ちるわけが……落ちてるな」
一発殴った程度で気絶する奴など、今まで見たことがない。もしかしたら、殴れば誰でも気絶するんじゃなかろうか。
「あんた、自分を取り巻く今の状況がありながら、よく平然と殴れるわね」
トースケに言われると共に、非難するような課金コメントも急に増えた。気にしない。
もう一人のバイトックの部下。恐怖の顔色をしていた。
指と手首の骨を鳴らしながら、もう一人の前に行った。
「待ってくれ。俺達二人だけでやったんだよ。本当だよ」
平手打ちをした。
「やめてくれ。正直に話している」
やはり人ではない。目を見ていても、変化に乏しい。真実を話しているかの判断が難しい。人間であれば、もう少し瞳に変化がある。
他の方法で信憑性を確かめる必要があった。
「なぜ、こんなことをした?」
「小遣い稼ぎだよ。売り物をそのまま市場に売らず、人間に替えて国外に売る。若い女は高く売れる。売上には、肉と魚の代金だけ計上するから、差額を懐に入れられるんだ」
バイトックをすら騙していたのか。
「ん、悪どいね」
遊々の言う通り悪どいが、正直ちょっと感心した。そんなお金の増やし方があるのか、と。ただ、代償がでかすぎる。
何人もの城下町民が犠牲になったのだろう。許されるべきではない。
「よし、判決を言い渡す。死刑」
剣を抜き、振り上げた。
驚きの声が周囲から聞こえたが、構わず振り下ろす。その腕が止められた。
羽瑠だった。知ってた、と言わんばかりの表情で、首を横に振っている。
「待ってくれ。冒険者殿。こいつらの身柄は、巡察騎士の私に任せてくれないか。国の法で裁き、余罪も追求する。義父にも説明しなくてはならないし」
「まだ義父ではないでしょう」
「もう決まったようなものだ。婚約者は私なのだからな」
「恋人は僕です」
あー鬱陶しい。
数秒のやり取りだが、靴で地を打ち鳴らしたい気分だった。いや、もう鳴らしている。
「そういうのは別でやってくれ。ここでやるな。あとでやれ。とにかく戻るぞ」
身体の重さは回復していなかったので、饅頭を食べ歩きながら戻った。
食べると体力が回復するという謎理論だが、ゲームなら許される。食欲がある限りは、いくらでも回復できる。
キーシンとコーウィンが、馬車の御者をやっているので、その護衛をする形で帰路についた。
相変わらず強襲してくるモンスターはいた。相手にしないと決めたモンスターが急に襲いかかってくることがあり、多少距離が離れていても安心できない。そういう強襲で、遊々がいたパーティは壊滅させられたという。
城下町に到着し、バイトックの屋敷にたどり着くと、キーシンがバイトックに事情を説明した。収監などより、義父となる予定の人への報告が先である。職務の遂行より、義父に良い顔をしたい。そういう気持ちの表れだろうか。
「お前達、これまでの恩を忘れて、なんてことをしてくれたんだ」
「バイトック様。申し訳ございません。ほんの出来心だったんです」
出来心。アイシステム上で意味を調べることが出来る。意味は、その場でおこった良くない考え。そんな感じだ。どちらかと言えば、綿密な計画があったように思うが。
「バイトック殿。法を犯したこやつらは、これから厳しい取り調べがされます。場合によっては、バイトック殿も詮議にかけられるでしょう」
「仕方あるまい。部下の失敗は、私の責任だ」
部下の一人が、堪えきれない様子で泣き始めた。
少しだけ尊敬するような気持ちを覚えた。リーダーとは、かくあるべきなのか、と。
「町の食料が不足気味でしたが、今後は解決するのでしょうか」
すぐ近くにいたコーウィンが、小さな声で呟いた。炊き出しをしていた、との話もあったから、肉と魚が外に出ていた影響に対応していたのだろう。
「で、誰が報酬をくれるんだ」
「美杉君。少しは空気を読もうよ……」
空気は読むんじゃない。吸って吐くものだ。次に切り替えていくものだ。
「俺たちゃ冒険者だろ。この国の人間じゃない。これ以上、何もできない」
困っているなら助けたい、の気持ちはあったが、助けたあとのことまで関わる気はないのだった。しかし、慈善活動ではない。欲しい物もあるので、お金は欲しい。
「報酬なら、我が商会から出そう。何度も世話になった。いや、報酬ではないな。支度金として出そう。今後も、我が国を支えてくれたまえ」
話を聞いていたのか、バイトックから言われた。
使用人が布袋を持ってきた。バイトックが頷くと、使用人からそのまま手渡された。
「金貨ですか。こんなにもらえるんです?」
金貨なんて、初めて見た。光があたると、キラキラと金色を反射していた。
「今回の件で、私の商会は、厳しい調査を受けるはずだ。場合によっては、資産没収もありえる。その前に出せる物は出しておかないとな」
「では、ありがたく」
「それから、コーウィン。レイカがさらわれたのを、おまえのせいにして悪かった。悪いのは私だったと言うのにな。救出にも尽力してくれた。この通り、許してくれ」
「いえ、そんな。とんでもない。冒険者さん達がいてくれたからです」
そうだぞ。もっと感謝しろ。……という気持ちがないわけでもなかったが、その気持ちを表に出すのは耐えた。ニヤリと笑うに留める。
「ん、そうそう。もっと讃えてよね」
途中参加の遊々が一番偉そうで、胸を張っていた。対してトースケが、セリフを奪われた、といった表情をしていた。
「例え冒険者のおかげだとしても、行動を起こしてくれたことに感謝する」
キーシンとコーウィンは、報酬を固辞していた。どちらも、役目をこなしただけだ、という理由だった。
「あたしらも、ある意味、仕事しただけよね」
「余計なことを言うな。全ての行動には対価が必要なんだよ。なあ、羽瑠?」
「ええ、こっちに振るの……。今回は、好意として受け取っていいと思うよ」
「羽瑠がこう言っている。仕方ないから受け取ろう」
「まるで、わたしが要求したみたいに……」
見たがっていた遊々に、金貨袋を渡した。羽瑠とトースケも金貨袋を覗き、笑みをこぼしていた。
「こんだけあれば、お買い物に、夢が膨らむねー」
遊々の言う通りだ。これほどに金があれば、買い物の選択肢は、かなり広がる。買いたいと思っていた物が、なんとか買えそうだ。
キーシンが寄ってきた。
「報酬なら国からも出る。著しい国への貢献があった。そう見なされるはずだ。あとで届けさせよう」
それを聞いた瞬間、仲間内で目を合わせた。そして喜びの声をあげた。
他者から認められることは嬉しい。認めたのが国という大きな組織であれば、なおさらのことだった。
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