[八 東雲羽瑠] 解錠
時間をかけて考えている余裕はない。すぐに決めた。
羽瑠は列を離脱し、通路向かいの部屋に、身体を滑り込ませた。
部屋の中。誰もいない。
直後、通路からは、ドタバタする音が聞こえた。誰かの大声も聞こえる。
『追われてるっぽい』
『こっちも見つかるかな?』
「どうでしょう」
美杉達の逃げ方次第で、ここは安全と思えた。逃げる気配はあったので、捕まってはいなさそうだ。戦ってもいない。
部屋の中を物色した。
窓があり、明かりには困らない。その窓に目を向けた時、逃げる美杉達が通り過ぎていった。一瞬、目が合っている。
追手の気配があったので、一度身を隠した。
「えーっと、美杉君に私の所在を伝えました」
『いやいや』
『早いとこ合流した方が』
「いえ、探します」
引き出しや箱を開けていく。それらしい物はない。
一通り探すと、気配に注意しながら、向かいの部屋に移動した。美杉を追いかけているのか、寝ている人もいなかった。
次々と空き部屋に侵入していく。
窓の外を見ると、追いかけられている美杉達がいる。建物の周囲をまわるように逃げているようだ。遠くへ逃げないのは、注意を引きつつ羽瑠を待ってくれているから、と思えた。
一階を全て探索すると、二階へ駆け上がった。建物内には人の気配がなく、音を建てて走っても問題ないと思えた。
三部屋目で鍵のかかった箱があった。短剣でこじ開けようともしたが、強引な開け方は無理そうだった。鍵は見当たらず、探す気にもなれない室内の散らかり具合だった。
とりあえず箱ごと持っていく。思ったが、持てる重さでもなかった。中に探しものがあるとも限らない。しかし、無視はしづらい。
『怪しいね』
『なんか良い物が入っていそう』
「同感です」
鍵穴を覗きたかったが、明かりが足りない。電気の蛍光灯などはなく、部屋を明るくするためには、火に頼るしかなさそうだった。あとは、窓から差し込む光。
コンパクトミラーを取り出した。窓からの光を鏡で反射させ、鍵穴を覗いた。いわゆるピンタンブラー錠のようだった。これなら知識はある。
かなり簡易的な鍵の構造で、閂の代わりとなるピンが、一つしかない。そのピンを程よく動かせば、簡単に回るはずだ。
これならば。
ヘアピンを二つ取り出した。一つは折り曲げ、ピンを操作しやすいようにした。もう一つは鍵穴を回すようである。
ピッキングを開始した。ヘアピンを挿入した瞬間、開く感触はすぐにあった。しかし、少し時間をかけてみる。
羽瑠の視界での視聴者は、百人程いた。前回の何倍にもなっている。仕組みを分かってしまえば誰でも開けられるが、あんまり簡単に鍵開けをすると、視聴者から変な予断を招きそうだった。
力加減を調節しながら、ガチャガチャと、鍵穴の回転を試み続けた。あえて開かないようにだ。
『またやってる』
『また?』
『さらわれて脱出する時もやってたんよ』
そろそろ、いいかな。
手首を回すと、小気味良い音がして、鍵穴が回った。
『マジか。すげーな』
『また開けた』
「えっへん」
中には、破られたような紙切れがあった。バイトックの名前と金額、店名らしき文字列が記述されている。割り印もあった。手形というよりは、小切手のようにも見えた。
「これみたいですね」
『ビンゴ』
『脱出脱出』
手形の紙切れは、衣服のポケットに閉まった。
急ぎ足で通路に出た。階段に向かう。その歩速を緩めた。一階で駆ける集団の足音が響いている。うち一人分の足音は、聞き慣れた美杉の歩き方だ、と感じた。
待っていれば、一階を駆け抜けていくはず。
「もうそろそろ、走れないぞ」
美杉の声だ。わざと大声を出している。走れないというわりには、平常の声だ。
階段を滑るように降り……ようとしたら躓き、前のめりになりながら、踊り場に出た。走っている美杉と合流する。見ると、トースケの疲労が顕著だった。
正面玄関は、数人が塞いでいる気配だった。別の戸口へ向かう。
「あったよ」
「でかした」
駆け向かう戸口では、数人が通せん坊をしていた。
美杉が加速し、先駆けていく。勢いのまま、盾で蹴散らした。
外に出て建物から離れると、今度は矢が後方から飛んできた。
「盛土」
トースケが発声すると、土の壁が出来上がる。その壁に寄り掛かるようにして、身を隠した。
触れた感触が土ではない。アイシステムで見せかけているだけなのだろう。だが、矢は防げている。
「もっと高い壁にしてくれよ。でないと、ここから動けないぞ」
「そんな身長があるように見える? それよりもう、走れないわよ。どんだけ走り続けたと、思ってんのよ」
トースケは、かなり息を弾ませていた。表情的にも、余裕が見えない。
一番元気なのは羽瑠だった。まださほど走っていない。
トースケが土壁の横から、顔を出して後ろを確認しようとした。すぐに引っ込めた。トースケの顔のあった場所を、矢が通過している。
トースケと位置を代わり、コンパクトミラーを取り出した。盛土の向こう側を、鏡を使って見てみる。
弓は射られ続けていた。
「美杉君、近づいてきてるみたい」
「倒せればなあ」
「倒す気になったところで、簡単に倒せるとも思えないけど」
それにしても数が多い。ざっくりと数えて最低二十人だろうか。
このままだと、囲まれそうだった。
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