[五 トースケ] 役立たずかよ
洞窟の入り口には、見張りのゴブリンが二体いた。
長政とコーウィンが上に回り込んだ。ま行姉妹もついていっている。同時に飛び降り、見張り二体を斬り倒した。
トースケは、入り口で合流した。
「いやーな感じね」
洞窟内は、上も下も岩肌だった。土がないと、トースケはスキルが使えない。
長政が先頭で進んでいった。洞窟内は松明が燃やされていた。明かりに困ることはない。
「ゴブリンって、火を使えるのかしら」
「声が響くから喋るなよ」
「どうせ足音がもう響いているじゃないのよ」
「足音と人語じゃ違うだろ」
「ちょっと静かにして下さい。気付かれたらどうするんですか」
最終的に諌めたのはコーウィンだった。NPCに注意される人間二人。
うねるような道を進んだ。分かれ道はあるが、すぐに行き止まるので迷いはしない。
進む先から、足音が聞こえてきた。複数。人間の足音とは思えなかった。
仲間内で頷きあった。迎撃。そういう腹だ。
他の面々は武器を構えている。トースケだけは。地に立てた杖に顎を乗せた。のんびり眺める構えだ。岩肌の場所では何も仕事が出来ない。杖で殴れる位置関係でもない。
交戦。四……五体。通路は狭く、一度に戦うのは二体が限度だった。
長政の後ろにコーウィンが位置し、時々前に出て攻撃をしていた。ま行姉妹はその後ろで待機している。トースケは最後尾で観戦していた。
一体のゴブリンが、不意に後ろを向き、奇声を発した。
一体倒した頃、奥から増援が三体やってきた。その内一体は赤く、杖を持っていた。
「初めて見るゴブリンね」
「見せやがれ……って、マジックゴブリンだってよ」
正面の敵に盾を打ち付けつつ、アナライズしたようだ。
長政は相変わらず二体を同時に相手していたが、奥から火の玉が飛んでくるようになっている。マジックゴブリンが、魔法で火球を生み出しているのだ。盾で防いではいたが、下がりながらだった。
「きちい。トースケ、あれやってくれよ」
「遊弋?」
「そう、それ」
「無理よ。土がないもの」
長政に言っていなかった。土竜の遊弋は、十分な土がないと発動できない。土がない以上、何も仕事が出来ないのだった。
「役立たずかよ」
「文句なら環境に言ってくれる?」
たかがゴブリンとは言え、見慣れない魔法には苦戦していた。
こういう時、もし堂安翔也だったら、もう敵を殲滅しているだろう。長政にそれができる気配はない。
分かれ道まで下がった。コーウィンとま行姉妹と一緒に、分かれ道に隠れた。
長政がさらに下がった。マジックオークを分かれ道まで誘い出すと、うしろから一斉に襲いかかった。挟み撃ちである。トースケが杖で殴り、短剣が五本刺さり、コーウィンの長剣も刺さる。
マジックゴブリンが地に伏した。残りのゴブリンも、前後で挟み込んで倒した。
戦い方がハマると、こんなにも楽なのか。
引き続き奥へ進んだ。時々ゴブリンのグループに遭遇したが、何回か倒すと、それもなくなった。
「これは」
途中の行き止まりには、ちょっとした小部屋のような待機所があった。そこの卓上で、コーウィンが手紙を見つけたのだった。
「なにそれ」
「待ち合わせ場所……が描かれているようです」
壁際には、箱が積まれていた。中は食料のようだ。生臭い。
「市場で売られている肉や魚です。ゴブリンがなぜ……」
コーウィンが不思議そうな様子で、食料を調べている。
「ゴブリンがこれを食べるの?」
「知らん」
一般人に期待することではないのだが、話が全然広がらない。これがバラエティ番組であれば、完全なキャスティングミスである。
「どうやって入手したのでしょう」
コーウィンが思案顔で言った。
「城下町で買ったか奪ったんじゃないの?」
「ゴブリンは城下町に入れません。門衛が必ず排除します。これまで一度も侵入されていませんよ、トースケさん」
確かに、先程逃げた時も、門衛が対処しきっていた。
考えても仕方ない。そんな調査をしに来たわけでもない。
さらに進むと、十人近い足音が聞こえてきた。今度は人間の足音と思えた。
一応武器を構えて待つと、その正体が判明した。
「美杉君」
先頭を歩いていたのは、仲間の羽瑠だった。
「さらわれたんじゃねーの?」
「うん。でも見張りがいなくなったから、出てきちゃった」
「緩い拘束だったのね」
「助けに来てくれたの? ありがとう」
羽瑠は、いくらか疲れた顔色を見せていた。
ゴブリンが途中に何体もいたので、トースケ達がこなければ、実際の脱出は困難だっただろう。その意味で、来た意味は一応ある。
羽瑠が引き連れていたのは、十人の女性達だった。直前にさらわれた女もいた。
「レイカ」
「コーウィン」
感動の再開のようだった。名前を呼び合うと、ひしと抱き合っている。
アイドルの自分には、縁のない関係性だ。恋人がいるとバレたその時から、廃業同然になったアイドルを、トースケは何人も見てきた。
せめて他人の恋路では、楽しんでみたい、と思う気持ちがいくらかある。
トースケは複雑な気持ちを覚えていた。婚約者いるという話だったが、今の様子を見る限り、コーウィンが本命に見える。そもそも、恋人と婚約者が別々にいる、というのが理解できない。同一人物であるべき呼称だ。
レイカは、清楚系の見た目をしていて、二股をするような人柄に見えなかった。
「イヨーオ。タタタン、タタタン、タタタン、タン、ハッ。皆様が成長したことをお知らせいたします。スキルを覚えました。ご確認下さい」
何が始まったのかと見ると、映像秘書のモンがいた。唖然とした顔を向けていると、直ぐ様消えていった。
「ああ、一本締めにしてくれって言ったんだったな」
同じように呆けていたのは長政だった。自分で指示したことくらい、覚えていてあげるべきだ。
城下町まで戻ると、女達はそれぞれの居場所に戻っていった。だが、レイカだけは、コーウィンと一緒に、商人のバイトックの家まで送り届けることになった。報酬のもらい先が同じなのだ。
「うわ、痛そう」
レイカを引き渡すなり、コーウィンがバイトックに殴られていた。かなり強烈に殴られており、地面を二転三転していた。
「お前なんかと関係しているから、レイカがこんな目にあったのだ。お前に、大事な一人娘を任せられるわけがない」
「僕は、見つけようと必死に」
「うるさい。今すぐ、私の目の前から消えろ。二度と現れるな」
「お父さん」
「レイカ、おまえもコイツに二度と会うな。許さんからな」
事情は知らないし、知りたくもないが、恋人の父親に殴り倒されたコーウィンを想うと、いくらか同情したくもなった。
コーウィンがとぼとぼと立ち去ると、バイトックは笑みを向けてきた。切り替えの早さが驚きだ。
「やあ、冒険者の皆さん。この度は娘を助けて頂き、感謝の念に堪えません」
「報酬下さい」
「そうよ。頂戴」
長政に続いて、報酬を求める声を出した。
苦労しただけのご褒美はもらわないとね。
「ええ、もちろんです」
もらったのは、銀貨が詰まった小袋だった。娘の対価なら、もっとたくさんの金貨袋を積め、と言いたい。
「それと、良かったらもう一つ、依頼を受けては貰えませんか?」
「聞きましょう」
長政が応えると、応接室に案内された。
「実は、手形を賊に盗まれてしまったのです」
「さらわれて、盗まれてって。ざるセキュリティね」
「余計なことを言う女だな、ほんと」
「美杉君落ち着いて。ゲームだから、ゲーム」
「されどゲームだろうが」
「で、引き受けるんでしょ。どこの賊よ?」
依頼内容は、賊に盗まれた手形……つまり現金の代わりとなる紙切れを取り返すことだった。またしても、他の情報がない。
会話を終えて外に出ると、休憩をすることになった。一時的な自由時間である。
一人になると思う。コメントがほとんどなかった。堂安翔也関連以外のコメントは、ほとんどと言っていいくらいにない。
容姿には自信がある。幼い頃からモテてきた。そんな過去が、嘘のような現状だった。悲しい。挫けそうだ。
しかし、トースケ自身より、もっとひどい状況の長政が、平然としている。こんなぽっと出のような一般人に、業界歴の長い自分が負けるわけにはいかない。
負けてたまるか。下を向くな。笑え。主役になれ。オンリーワンになれ。トースケは自分を叱咤した。
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