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[三 トースケ] 囮になれ

 昼休憩が終わると、酒場の前で長政と合流した。


「誰も来ないから、置いていかれたのかと思いかけたわ」


 長政も羽瑠も来なかったのだ。ちょっと泣きそうだった。

 許せない。そう思い始めた頃に、長政が走ってやってきた。


「悪い。ちと外に出ていた。羽瑠は?」

「知らない」

「もう時間過ぎてるよなー?」

「とっくにね」


 ワールドは明るくなってきていた。

 ゲーム開始から数時間経ち、変な粘着コメントがやっとなくなってきた。あいつらは正気じゃない。トースケはそう思っていた。

 一般人の有名人に対する執念は異常だ。


 近年、著名人のファン対応は、大きく二種類に分かれていた。一般人と積極的にコミュニケーションをとるか、一方的に情報発信するだけか、の二種類だ。何もしない、という人は極々稀だった。

 トースケは、今まで一方的に発信するだけだった。それを変えろと、事務所から言われている。

 事務所の指導に従う意思はある。だが今は、コミュニケーションすら、まともに取れない。どうやら自分が悪いようだが、いまいち納得出来なかった。


『刺す刺す刺す刺す刺す刺す刺す刺す刺す刺す刺す刺す刺す刺す刺す刺す刺す刺す刺す刺す刺す刺す刺す刺す刺す刺す刺す刺す刺す刺す刺す刺す刺す刺す刺す刺す刺す刺す』

『失せろビッチ』

『汚い女が堂安様に近づくな』


 無課金コメントはオフにしていなかった。全てのコメントが、トースケに届く。それを辛いと思うのなら、フィルタリングをかければいいが、なんとか耐え続けている。

 実際、長政はフィルターをかけているようで、課金コメント以外は見聞きしていない。その課金コメントに対しては、苛ついた表情を見せるだけだ。それで、課金コメントが届いたんだな、と分かる。


 自分はプロのアイドルだ、という矜持がある。やるならきっちりやる。フィルタリングをかけるなどありえない。

 とは思っていたが、堂安翔也のファンが殺到してくると、狂気的なコメントが押し寄せてくる。耳目を塞ぎたくなるほどに辛く、気分が悪くなった。


 堂安翔也は人気者だが、その中には狂人もいる。もっとも、それは堂安翔也に限らず、著名人には多かれ少なかれ、ある程度ついて回る要素であり、人気のバロメーターでもある。


「モン、羽瑠はどこだ?」

「ワールド内にいます」

「そりゃいるでしょうよ」


 ツッコミを入れても、モンは反応がない。古いAIの特徴だ。イエスかノー。そのどちらかで反応できるような内容でないと、機能しないことが多い。


「見せやがれ」


 長政がトースケにアナライズをかけてきた。

 パーティリンクの線を確認しようというのだろう。トースケは見たことがないが、パーティメンバー同士は、線で繋がって見えるらしい。


「線が切れてるぞ。モン、どういうこと?」

「距離が離れていると、アナライズ時のパーティリンクは機能しません。不正防止用に仕様変更されました」

「マジかー」

「伝言していけばいいんじゃない?」


 トースケは、掲示板を指さして言った。

 長政が、デジタル用紙に伝言を書いた。戻ったらここにいろ。それだけだった。

 それからは、長政と並んで歩いた。イベントを探すつもりらしい。うしろには、ま行姉妹がゾロゾロとついてきている。


「ねぇ、見て。喧嘩してるわよ」

「そうだな」

「イベントなんじゃない?」

「いや、あれは放っておいた方がいいだろ。やるだけやらないと収まらない」

「まぁ、そうね」


 禍根を残すよりは、白黒はっきりつけてしまえ。トースケも同感だった。

 別の場所では、荷運びに苦労している人がいた。


「助けてーって背中が言っている気がするわ」

「いや、あれは負けてねえ背中だ。諦めるまで手を出しちゃいけない」


 歩いているだけで、イベントの取っ掛かりはいくつもあった。その全てを、なんやかんや理由付けして、長政は関わらない。


「ちょっと。関わっていかないと、何もイベント出来ないじゃない」


 長政の肩をはたいた。いい加減にしてよね、と。

 どうせイベント内容を知らないのだ。何を選んでも同じだろう。ちょっとくらいわざとらしくても、関わった方が時間の無駄にならない。


「待て待て。これにしよう」


 張り紙を見ていた。日本語で記述されてあり、手書きの女性の絵も描かれていた。


「なになに。捜索願いの張り紙ね」

「羽瑠を探しがてら、丁度いい。依頼主に会いに行こう」


 張り紙に地図が描かれてある。道順を覚え、歩き向かった。

 現実の世界であれば、目的地がはっきりしている時点で、道案内のナビゲーションを進路上に出現させることが可能だ。それは、アイシステムの標準の機能だった。

 ロールクエストの世界では、そういった便利機能の多くは制限され、あえて不便にされているようだった。


 迷いつつも到着すると、そこは屋敷といった大きさの家屋だった。大きさから察するに、ネバギブ王国内では、それなりの商家に思えた。

 門前で男が掃き掃除をしている。


「ちょっと。ねぇちょっと。ここがバイトックさんの住んでるところ?」


 商人バイトック。捜索願いの依頼人だ。


「ええ、そうですよ。御用でしたらご案内いたします」


 庭では、洗濯をする者。掃除をする者。馬の世話をする者。倉庫の管理をする者。複数人が目に入った。使用人を連想する格好だ。

 その庭のような広場を通り、建物に正面入口から入った。部屋数も多いが、案内されたのは入り口から近い、応接室のような部屋だった。

 程なくして小太りの中年男がやってきた。


「やあ、どうも。バイトックと申します。娘を探して頂けるそうで」

「その娘さん……レイカさんですか。どこにいるの?」


 やり取りが面倒になり、核心に触れてみた。

 刹那、時が止まったような気がした。


「おい。それを探してくれって言われてるんだろうが」

「ええ、そうなんです。誘拐事件がこのところ多発しておりますのでな。レイカが巻き込まれてやしないかと、父親として不安なのです。もう三日も帰ってきておりません」

「三日くらいで大袈裟よ。親馬鹿ね」


 一ヶ月帰ってこなかったら、心配しなさい。


「おまえ、ほんと余計なことばかり言う女だな」

「本当のことでしょ」


 出されていた茶を口に運び、少し落ち着いた。


「あの子はまだ十六歳。お嬢様育ちですのでな。一日だって一人で生きるのは難儀のはずなのです。それなのに三日も帰ってこない。婚約者も心配していましてな」

「へぇ、婚約してるのね」

「ええ。将来が有望な騎士階級の方でしてな。良い夫となるでしょう」


 金持ちの家のようだし、働かない生活ができそうだ。その上、夫が出世街道を邁進中となれば、周囲にも良い顔が出来る。羨ましい。夫がイケメンならば。

 結局、どこを探せばいいのか不明だった。自分達でどうにかするしかない。


「で、どうするのよ?」


 外に出ると、陽射しは高くなってきていた。暑いというわけではない。風が心地よく肌を撫でていた。

 ま行姉妹も、遅れずついてきている。


「婚約者が巡察の騎士って言ってたよな」

「そうね」

「警察のようなもんか? まあ、その婚約者を探すか」


 言われてみれば、それくらいしか、次の展開を期待できる情報がなかった。

 歩きながら巡回中の騎士を探すが、その前に気になる男性を見つけた。


「ねぇ見て。あそこの人、捜索願いのチラシを見てるわよ」

「話してみっか」


 その男性は、何かを嘆いているような表情で、チラシに視線を落としている。


「こんにちは」

「あんたも、その子を探しているの?」


 長政の挨拶を遮るように、本題を切り出した。長政が隣からジトッとした視線を向けてきているが、気にしない。


「ええ、探しています。恋人ですから。あ、いえ、誘拐事件そのものを、調査しています。彼女は、誘拐事件の被害者だろう、と思っています」


 ん、恋人?


「レイカが恋人なの?」


 長政も口を開きかけた気配だったが、トースケの方が早かった。


「僕なんかがお恥ずかしいですが、彼女は恋人です」


 はにかみながらも、男性が答えた。なかなかいい男だ。


「じゃあ、あんたが、バイトックが言ってた、騎士で婚約者の人?」

「その騎士は、キーシン様のことですね。違います。僕は、自警団をまとめている者で、コーウィンと申します」


 おかしなことになってきた。商人の娘レイカには、婚約者と恋人が別々にいる。


「二股を掛けられてるの?」

「おい」

「いいえ。キーシン様は、お父上が決めた婚約者です。レイカの心は、僕に向いていると思っています」


 良い身分でいるようだ。レイカは。


「それはいいんだけど、俺たちもそのご令嬢を探している。何か情報はないか?」

「本当ですか? それはありがたい。ですが、まだ調査中でして。確実な情報がないんですよ」

「確実じゃない情報は?」

「西の街道を女性が一人で歩いていると、さらわれるという噂があります。確認したいのですが、自警団は皆男性で」


 間があったあと、二人の視線がトースケに集まった。

 囮になれ、と?


「嫌よ。ま行姉妹の誰かに任せればいいじゃない」

「こいつら、俺から離れないから」

「じゃあ、モンでいいんじゃない?」

「モンも、リーダーから離れない」


 ひどい。それ以外の言葉が思いつかなかった。




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