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[一 美杉長政] 口約束に意味なんかない

 美杉長政みすぎながまさは、アイシステムで王国劇を見ていた。


 映像を視界化することで、まるで自分がそこにいるかのように、映像作品を楽しむことができる。

 実際には自室にいる。それでも、視界は映像の世界なのだ。手を伸ばせば、役者や物に触れそうだ。だが、視界映像なので、実際には触れない。


 眼の前で、子役女優の天津悶と中年女性が、言い合いをしていた。


「会いたいのじゃ。呼んで参れ。そう申しておる」

「なりません」

「わたしは王女じゃぞ。会うことすら叶わぬと申すのか?」

「王女だからこそです。下々の者に何度もお会いになられることは、褒美の範疇を越えてございます。そればかりか、これ以上は、王妃様よりお叱りを受けることとなりまする」

「嫌じゃ、嫌じゃ」

「王女様ともあろうお方が、そう駄々をこねないで下さいませ」

「そこまで申すのなら、仕方あるまい」

「ご理解頂けましたか」

「わたしが会いにいく」

「王女様っ」


 これまで、ドラマや映画は、あまり観てはこなかった。だが、ロールクエストが終わって以降は、少し興味が出てきていた。堂安翔也。天津悶。ロールクエストの中で、身近に感じた俳優と女優がいる。


 観ていると、彼らが人気者な理由は、なんとなく理解できた。物語の中での役割が、よくハマっている。


 自分が、彼らと同じような演技を出来るかどうか。そう考えると、無理だろうと思えた。しかし、ロールクエスト内であれば。負けず劣らず、役割に徹することが出来る。


 ロールクエストが終わって、二週間が経過していた。

 終わったロールクエストは、何回か視聴した。自分の視界で観ると、今でも興奮が蘇ってくる。

 長政が望む冒険だった。不満があるとすれば、やはり短かった、ということか。終わってしまったからこそ、短かったと思うのだろう。


 現実世界に呼び戻すように、宅配が届いた。一抱えもあるようなダンボールだった。中身はかなり軽い。

 差出人は東雲羽瑠しののめうる

 側面にシールが貼られており、何やら文章が書かれていた。


『配送者様。いつもありがとうございます。この箱には、価値ある大切な品が入っています。宛先の方に喜んで頂くため、お力をお貸し下さい』


 羽瑠の字だろうか。そんな気がした。


 開けてみると、中には、緩衝材に包まれた靴下があった。


 割れ物扱いかよ。


 他には何もなかった。

 今さら片方の靴下を返されても困る。残っていた靴下は、既に処分してしまっている。片方しかない靴下であれば、使いようがないので処分するしかないのだ。


「届いたぞ」


 休み明けの学校、昼休憩で騒がしくなった廊下で、羽瑠に声をかけた。


「ゆ、許してくれる?」

「俺はな」

「それは」


 靴下を盗まれたやつは、サッカー部だけでもいっぱいいる。その全ての犯人が羽瑠、という確証はないが、心証的には限りなく黒だ。ちょっと白があったとしても、全く色が薄まらないくらいに黒が強い。


「黙ってて欲しい」


 これからもサッカー部のマネージャーを続けるのであれば、確かにバレたくはないだろう。仮に、長政の靴下だけしか盗んでいない。そう言ったとしても、疑いはかなり濃い。

 被害にあった部員は多いのだ。


 長政が羽瑠の立場だったら、消えてなくなってしまいそうなくらい恥だ。そもそも長政は、そんなことをしないが。


 犯罪として考えると、何に該当するのだろう。窃盗罪? 強制わいせつ罪? 靴下を脱がせるだけって、わいせつ行為に該当するのか? あれ、これ完全にアウトか? 大丈夫なのか、羽瑠のやつ。


 他の靴下もやったのか。それを訊くのは憚られた。訊かないで、というバリアが張られている気がする。

 知ったこっちゃないと言えば、知ったこっちゃないが、黙っていて良いのだろうか。

 自分の中で、結論はすぐに出た。良い。

 声を上げるとしても、自分のことだけだ。それに、もう部員でもない。クラス委員長でもない。ただのいち学生なのだ。確証もなく正義感を振りかざす理由がない。少なくとも、現状では。


「口約束に意味なんかないだろ」

「な、なんでもします」


 まじかよ。


「じゃあ、焼きそばパン買ってきて」

「はい」


 こういう時は、焼きそばパンだよな。


 小走りする羽瑠の背中を見送ると、教室に戻った。


 通う学校は古い校舎だった。エアコンはなく、換気扇だけが回っていた。春の涼しいうちはいいが、夏の暑い盛りになると、陽があたる教室はサウナのように蒸し暑くなる。逆に冬場は、冷蔵庫の中にでもいるような寒さを感じたものだ。

 当然、エスカレーターやエレベーターも、校内には設置されていない。

 環境としては良くない。それでも入学した理由は、近いからに他ならない。自転車で五分という近さなのだ。徒歩でも通える。


「おせーな。先に食ってたぞ」


 教室に戻ると、板倉典克いたくらのりかつに言われた。ロールクエスト以降、友達になった形で、現クラス委員長だ。


 板倉は、コンビニの弁当を食べていた。外で買ってきたのだろう。


 長政は、購買で買ってきた昼飯を広げた。カレーライス。水。焼きそばパン。

 あ、焼きそばパン、自分で買っていた。まあ、いいか。


「今度、ロールミステリーってゲームがあるらしいぜ」

「おう、そうなのか。どんなの?」


 初耳だった。


「そういうの、なんも連絡こねーの?」

「多分、きてねーな」

「一応働いてることになってんじゃねーの? 内部情報とかもらえないのか」


 長政は、眼鏡をかけた。眼鏡型のアイシステムだ。一時的に装用するのならば、コンタクトより眼鏡の方が楽だった。


 メーラーを起動すると、目の前の空間に画面が広がった。カレーを食べながら、未読一覧を眺めてみた。


『アイシステムであなたもゾッコンラブ』

『このあと会いませんか?』

『今、そちらに向かっています。視界見せれます』


 そちらってどこだよ。


 一ページ目は、全て迷惑メールのようだった。

 画面には奥行きがあり、二ページ目、三ページ目も確認してみたが、それらしいメールは埋もれていなかった。そもそも、迷惑メールの扱いになるはずがない。


「やっぱないな。あ、今なんかきた。これか」


 メールを丁度受信した。

 ロールミステリー参加のご案内。ロールクエストの優良プレイヤー向けに送信されたメールのようだ。


 内容を見てみると、名前から察せられる通り、ミステリーもののようだ。

 客船で事件が発生する。その中でプレイヤーは、一般乗客か加害者のどれかに扮することになる。それぞれの立場で事件を切り抜けよう、というゲームだ。もちろん、アイシステムは利用され、視聴者に向けて配信される。


 冒険ではない、と長政は思った。


「面白いのかなー。俺も応募してみようかな」


 板倉が呟いた。


「いいんじゃない。応募してみれば?」

「でもな、いろんな人に観られるのがな。嫌なんだよな」


 その気持ちはわからなくはない。

 観られるだけならまだしも、鬱陶しいコメントが考えものだった。

 実際、盛り上がっていた時以外は、好き勝手なコメントが多く、鬱陶しいの一言だった。


「美杉君、焼きそばパン、買ってきたよ」


 羽瑠だった。僅かに息を弾ませている。


「おう、じゃあ、肩揉んで」

「はい」


 羽瑠が、長政の肩をもみ始める。部活でも、長政が疲れを見せると、マッサージしてくれたことはあったので、こういうことは初めてではない。揉んで欲しい箇所を、言わずともほぐしてくる。


 長政は、焼きそばパンを両手に持ち、交互にかじりついた。同じ購買の焼きそばパンなので、味は全く同じだ。


「おい、美杉。これ、どういう状況?」


 長政の肩を揉む羽瑠に、板倉が目を丸くさせていた。


「なんだろうな。俺もよくわからんけど、なんでもやりたいんだよな?」

「はい、やりたいです。是非やらせて下さい」


 羽瑠が畏まったように言う。その間も手は止まらない。


「じゃあ、俺も」

「やりません」


 板倉も便乗しようとしたが、即座に断られていた。羽瑠にとっては、板倉に尽くす理由は何もない。

 長政は苦笑いするしかなかった。


 脅して操り人形にさせよう、などとは思わない。何かしないと不安だ、というなら、やらせてみてもいい。長政はなんとなく、そう考えていた。


 夕方、もう一件メールが届いた。ドゥエッジ社からで、放送への出演依頼だった。

 その放送は、ロールクエストの宣伝がされている時に、長政も視聴したことがある。他に、ドゥエッジ社が開発する家庭用ゲームなども、放送で宣伝されていた。


 今回の放送内容としては、ロールクエストの振り返りと、ロールミステリーの紹介をやるようだった。

 ゲスト出演するのは長政だけでなく、華道遊々(かどうゆゆ)の出演も同放送で予定されていた。一枚公平ひとひらこうへいと東雲羽瑠も別の放送日で出演を依頼されているようだった。


 終わってしまったロールクエストを、どこか恋しく思っていたところだ。ロールクエストの一端に触れられる機会があるのならば、出演してみるのも悪くない。


 承諾の旨、返信した。


 翌日、登校すると、上履きの上に手紙が乗せられていた。


 封を解いて、中の便箋に目を通す。印字された文章である。

 陳腐な脅しだった。悪事をバラされたくなければ、東雲羽瑠を連れてどこどこへ来い。そんな内容だった。


 長政に、悪事を働いた記憶はなかった。


「どうした、美杉」


 背後から声を掛けてきたのは、板倉だった。下駄箱で会うとは珍しい。


「これ、やるよ」

「なにこれ?」

「脅迫状っていうんじゃね?」

「いらねーよ」

「だよな」


 こんなもんをプレゼントされて喜ぶ奴など、いるわけがない。


「初めてもらったが、気分の良いものではないな」

「普通、一生に一回ももらわないだろ」


 手紙は破り、ゴミ箱に捨てた。気にしても仕方がない。


「東雲羽瑠って、昨日の肩揉みの子だよな。教えてやったほうがいいんじゃね?」

「伝えてどうするんだよ。代わりに行ってこいとでも言うのか? 焼きそばパンを買ってこいとパシるようには、さすがにいかないだろ」


 ただ、来い、とだけあれば、長政は行ったかもしれない。しかし、覚えのない脅しが添えられていては、行かない理由の方が強くなる。


「ロールクエストでちょっと有名になったし、有名税みたいな悪戯か。やっぱミステリーは出るのをやめよう」


 また勝手なことを言っている。長政は思った。


 首を傾げたのは、すぐの翌日だった。


「これが、羽瑠の上履き入れに?」

「そう。朝、怪しい男がいたから見ててさ。そしたら、誰かの下駄箱に、何か入れたのを見たわけ。で、調べてみたらこれだよ」


 板倉から渡された手紙の内容は見覚えがあった。昨日、長政宛にきた手紙と、ほぼ同じ内容だったのだ。ただし、長政と羽瑠の名前が入れ替わっている。


「今度は、羽瑠の悪事が脅し材料か」

「あの子、どっからどう見ても普通の女の子じゃん。また有名税か。美杉と同じパーティだったしな」


 人は見かけによらない。羽瑠がほぼ真っ黒なのを知っているだけに、悪戯と断言ができなかった。しかし、ほぼ真っ黒とはいえ、長政が知っている限り、たかが靴下泥棒というだけである。悪事と表現するほどだろうか。悪いは悪いのだが。


 長政は、改めて日時と場所を見た。それから、手紙を破り、ゴミ箱に捨てた。


「なかったことにしよう」

「どうせ悪戯だしな」


 パシらなければ良かった。今、痛切にそう思い始めてきた。


「ところで板倉、いつも人の手紙を盗んでいるのか?」

「いや、どちらかというと、落ちていた」

「落ちていた?」

「下駄箱の上履きの上に落ちていた」


 それは、落ちていたって言わないだろ。


 だが、今回は拾って良かったのかもしれない。羽瑠がこんなのを見たら、真に受けかねないところがある。


「じゃあ、問題ないな」

「だろ」




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