[十 美杉長政] トースケというアイドル
周囲を見ると、ほぼパーティ編成は決まっていっているようだった。見回す限り、孤立しているのは長政だけか。そう思ったが、端っこで座り、落ち込んでいる女がいた。
近づいて、視線の高さを合わせた。
「おい、一人か」
「うるさいわね、どうせ一人よ」
刺々しい。
「なんで一人なの」
女が急に顔を上げ、長政を睨みつけてきた。だが、すぐに険がなくなった。
「あ、SNSで炎上してた人じゃん」
SNS。ソーシャルネットワークサービスの略だ。ネットワーク上で横のつながりを持つためのサービス、と長政は認識していた。SNSの種類は多く、最近では、アイシステムを利用した独特なものもある。
長政はSNSの類をやっていないので、炎上する場所が本来はない。だが、学校で見た視界映像は、誰かのSNSだった。他の人のSNSで炎上していたのだ。
「どっかで観たことあるな」
「あったりまえでしょ。ロールクエスト1の時にも、少し会ってるわ。土掘りとオーク集落で」
「あー思い出した。報酬を分け合ったよな。名前知らねーけど」
堂安翔也と一緒にいた女だ。
長政はかろうじてしか覚えていなかったが、相手はちゃんと覚えていたようだ。
「トースケよ。芸名トースケ。スーパーアイドルよ」
「あ、ああ、スーパーのアイドルね」
「ねえ、その言い方やめて。スーパーマーケットのアイドルみたいに聞こえるから」
地域密着型のアイドルみたいで、別にいいんじゃないか。とは言わなかった。自称している時点でお察しである。
「で、なんで一人なの」
「別にどうでもいいでしょ」
「あっそ」
話す気がないなら、時間の無駄だ。
立ち去ろうと腰を上げた。
「ちょっと、もうちょっと聞いていきなさいよ」
引っ掴まれて、また腰を下ろさせられた。
「で、なんで一人なの」
「どうでもいいでしょ」
「じゃ」
「待ちなさいよ。諦め早すぎでしょ」
「言うの? 言わねーの?」
もう面倒になってきてるぞ。
トースケは唇を引き結んでいたが、やがて口を開いた。
「あたしも炎上したからよっ」
「なんで炎上したの」
絞り出すような声で出した理由だったが、出し惜しみするような理由には思えなかった。淡々と原因を探ってみる。だが、切れ長の瞳で睨みつけられた。
アイドルって、顔が怖いんだな。
「堂安さんの近況を書いただけ」
「へー、あの人、どうなったの」
「ストレスで病んじゃった。屈辱的なことがあったんだって」
おう……。身に覚えはないが、心当たりはあるぞ。
「……いつ?」
「ロールクエスト1が終わったあとよ」
なにかな。あれかな。やっぱりあれだよな。羽瑠にやられたやつだよな。
あと、そういうことも言ってやるなよ。視聴者が観てる前だ。空気が読めないって通信簿に書かれたんじゃねーか?
「それで、堂安さん、肝が小さい、みたいなことを書いたら、見事に炎上よ。ぎゃーーーまたきた」
長政からは見えないが、コメントで口撃されているのだろう。耳目を塞いでいた。
「とりあえず、その名前出すのやめようぜ。音声検索にヒットして、変なの集まってくるから。英語の子音だけ取るみたいな感じで、Do-AN SyoYaだから、DANSYとか呼べばいいだろ。ダンシー。これならひっかからない」
視聴者は、登録したキーワードに一致する音声があると、通知を受けたり、いつ誰がその発言をしたかなどを、知ることができる。配信サイト側の機能だ。
「英語にするなら、姓名逆じゃないの」
「ここは日本だから、いいんだよ。別にシーダンでもいいけど」
「はー、もう、どうでもいいわよ……」
「んじゃ、パーティ組むか」
「え、いいの?」
「むしろ、俺が訊きたいな。どっちがより炎上してるのか、知らないけど」
「段違いでそっち」
即答かよ。どんだけだよ。嫌われすぎだろ。どおりで蟻一匹寄ってこないわけだ。
「あんたと一緒にいるだけでイメージ悪そうだけれど、この際高望みはしないわ」
ナチュラルにうぜーなー。
「一応だけど、優勝は目指さない。クリア目的で楽しむ。スポンサー提携はしない。そういう方針だから」
「あたしは、色んな人に観てもらえればいいわ」
「良かったな。俺の視界、もう五千人越えてるぞ」
トースケが急に髪型を整え、営業スマイルを向けてきた。長政にではなく、視聴者に向けての笑顔だろう。
……今の流れからの、その笑顔で、魅了される人はいるのだろうか。
モンを呼び出し、パーティ登録の申請をした。これで二人になった。
これも、旅は道連れ世は情けってやつだな。
「つーか、ちょっと反感買っただけでぼっちって、嫌な世の中だな」
「横のつながりが強いのよ。みんな右に倣えをするし、ちょっとでも話題になるネタがあれば、餌になるしかないのよ」
「どうせ、よく知らん相手だろうに」
そういう不可視のものに支配されたくない。それでSNSの類に手を出していないところが、いくらか長政にはある。あと、面倒だ。
「でもほら、人気商売だから。鬱陶しくてもやらないと」
だから、それを今言うなよ。少しは言動を飾れよ。自覚なさすぎるだろ。
他人事ながら、トースケの関係者が不憫に思えてきた。
「トースケ呼びにするからな」
「じゃあ、長政呼びにするわ」
「ノイアー」
「長政」
「ノイアーだっつーの」
「だってあんた、ノイアーって呼ばれてないじゃない」
「公平が呼んでた」
「あー、あの社会人の冴えない感じの人?」
「そんなことをさらっと口にするようだから、炎上すんだぞ」
思ったことを口にするにしても、もう少し言葉を選べよ。
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