[九 美杉長政] 帰ってきた
「持ってけ、長政」
父が饅頭を用意してくれていた。
「殴られると思ってたよ」
今回の暴行の件だ。人から見たら、長政が悪いようにしか見えない。
「負けてないんだろ?」
「負けなかった」
終わったことだ。悪いことをしたつもりもない。
「ならいい。胸を張っていけ」
「うん」
近所の様子はいつも通りだった。長政を見かければ、普通に声をかけてくる。暴行事件の当事者を見る視線ではなかった。年輩の方が多いので、情報に疎いだけの可能性もある。
ロールクエスト2は、どういうわけか、参加出来ることになった。
ただし、風当たりの強さは覚悟しておけ、とのことだった。そんなものは、気にしなければいいだけだ。
なんであれ、参加できることは嬉しかった。
会場にたどり着き、ロッカーに入ると、セーフティバンドを装着した。アイシステムの本体、リストマイク、骨伝導ヘッドセット、コンタクトなどの一式は、家で装着済みだった。それぞれ、ゲームが始まれば、視認不可となる。
「パーティ編成は開場後にお願いいたします。E&Eを出てよりすぐ、酒場がございますので、リーダーとして活動される方は、酒場で申請願います。繰り返します―――」
アナウンスが聞こえる。
前回と違い、パーティ編成も、配信が開始されてから。そういう意図に思えた。
しかし、この待ち時間中に、約束を取り付けあっている気配だった。事前に予約している。そんな感じだろうか。
長政は一人でいたが、誰からも声をかけられなかった。視線は感じるが、それだけだ。避けられている気配はある。
人が多く、知っている顔は見つからない。探す気もなかった。壁際で時間の経過を待っただけである。ロールクエスト1の時と同じだ。
今度こそ、一人の冒険になるかもしれない。誰も見つからなければ、一人でもやってみよう。そう思っていた。
開場。
きた。待ちに待っていた。他の参加者を追うようにE&E抜け、地上に出る。陽射しと風に出口で迎えられた。記憶にあるロールクエスト1の世界。
帰ってきた。
「帰ってきたぞーーーーーー!」
手を広げ、力の限り叫んだ。奇異の目は、気にしない。
出口付近は人だかりだった。すぐ目の前に酒場がある。その隣からは、スポンサーの出店が並んでいた。
ロールクエストの異世界に、E&Eから大量の現実住人が入ってきている。そんな風にも見えた。現地人、つまりロールクエストのワールド住人は、民族衣装のような格好だ。服装に違いがありすぎるので、区別は容易い。
眼の前に木で作られた掲示板がある。一際大きく目立っていた。冒険者は、城下町の保安に協力せよ。そう書かれている。公式のウェブサイトでも書かれていた、今回の目的である。いささか寂しい目的だ。
酒場に入っていった。女性店主と目があった。
「俺はノイアー。パーティリーダーとして活動したい」
「よろしく。パーティリーダーね。受け付けたわ。以降は映像秘書が呼べるから、呼んであげてね。あと、募集は、しておく?」
「いや、いいや。自分で探す」
「用意済みのクエストがあるから、することがなかったら、手伝ってね」
頷きを返した。
「そうだ。酒をくれ」
「はいよ」
意外にも応じてくれた。だが、口をつけてみると、明らかに烏龍茶だった。現実の国内の法律でも、適用されているのだろうか。
酒場内を見て回っていると、無課金のコメントがあった。まだオフにしていない。
『この暴力野郎が』
『*このコメントは削除されました*』
『おまえのせいで大損だわ』
『4ねよ』
視聴者は一千を越えていた。まだ増え続けている。
無言でコメントを切った。課金されなければ、これで静かなはずだ。
しかし、課金コメントも数多くあった。課金コメントはオフに出来ないので、気が済むのを待つ他ない。
金を払ってでも文句を言いたい気持ちが、長政には理解出来なかった。あの程度で。そういう気持ちがある。
「モン」
呼ぶと、直ぐ側にモンが出現した。見た目は、衣装が違う以外、ロールクエスト1と変わりがなかった。その容貌は、放送で会った時と、少しも違わない。
「はい、美杉様」
呼び方がリセットされているようだ。
「呼び方は、ノイアーと呼び捨てにしてくれ」
「かしこまりました、ノイアー」
長政は、周囲に眼を配った。誰も近くにいない。
「やっぱ、長政にしようかな」
「かしこまりました、長政」
うん、まあ、ちょっと特別感がある。
「実績を見せて欲しい」
自分で表示させられるが、あえてモンに頼んでみる。モンと話すのも久しぶりだ。
「実績を表示します」
【1】初めての討伐 パーティが初めて討伐【未獲得】
【2】運良き者 ****【未獲得】
【3】ガス抜き ****【未獲得】
【4】悪の対峙者 ****【未獲得】
【5】かかれ長政 ****【未獲得】
【6】つづきはお城で ****【未獲得】
【7】たらい回し ****【未獲得】
【8】視聴者の力 視聴者数がパーティメンバーの合計で1万突破【未獲得】
【9】国民の味方 実日で二日目までにイベントを4つクリア【未獲得】
【A】君が遂行者 要請を遂行した【未獲得】
---取得ポイント:0
詳細不明が6つもある。クリアに影響しなければこだわるつもりはないが、気にはなる。
「クリア条件を確認したい」
「現状ではありません。国王より、城下町保安の協力要請が出ております。様々な問題がありますので、そちらを解決なさってはいかがでしょうか」
ないのか。現状では、と言うあたり、あとで何かあるのだろうか。
「わかったよ、ありがと」
「どういたしまして」
気がつけば、モンは消えていた。用が終わると勝手に消える。前と同じだ。
お読み頂き、ありがとうございます。
ブックマークすることで、いつでもお読み頂けます。
評価もしてみて下さい。