[六 博雄道三] 憩いの時間だな
「常磐君、美杉長政君を呼んでくれ。スケジュールに割り込ませていい」
「かしこまりました」
今さら、呼んだところで、どうにもならない。それは分かっていた。しかし、釈然としないものがある。
ロールクエスト1優勝パーティのリーダーである美杉長政の暴行映像は、あっという間に広まり、ドゥエッジ社に批判が殺到していた。なぜあんな者を採用したのか。そういう内容だ。
それだけではない。イメージ悪化の影響を受け、ドゥエッジ社の株価も急落していた。株価下落により、時価総額は数億の規模で下がっている。
確かに、ドゥエッジ社の最近の代表作は、ロールクエストだ。そして、そのロールクエストの顔は、現状では美杉長政といっても過言ではない。
それにしても、さすがに影響が大きすぎる。作為的な何かを感じてもいた。
夜には、役員も含めた、緊急の審議を開く。主となる議題は、美杉長政をロールクエスト2に参加させるか否か、だった。一人の高校生を議題に、審議をする。それは極めて異例な出来事だった。
悪い噂は、風より早く駆け巡る。それが身に沁みていた。これまで、自社でこういった騒動はない。ただのゲーム会社だったからだ。
「それでは、ロールクエスト1の前にもやりましたが、海外の反応です」
「憩いの時間だな」
会議で道三が言うと、何人かの乾いた笑い声が聞こえてきた。皆、自社を取り巻く状況を、認識しているはずだ。
会議室の正面で、据え置き型のアイシステムが起動している。その空間を、全員で観る形だった。待っていると、外国語が次々と表示されてきた。
「音声再生させますので、必要に応じて字幕表示願います」
始まった。英語音声が聞こえているが、視界では日本語が字幕表示されていた。コンタクト型アイシステムの恩恵である。
『囚われの極道妻がいなかった』
『囚われの女子高生ならいたよ』
『なんだって』
『優勝パーティの子だね。僕も観たよ。いろんなパーティを観たけれど、さらわれているのは、あの子一人だけだったね』
『あの子は開発の被害者だ』
『そもそも極道の妻は、ああいうゲームに参加しないね』
『ドゥエッジ社の新しい形態のゲームだったけれど、ロールクエストに未来はあるのだろうか?』
『僕は楽しく観ていたよ。翻訳に頼らず日本語を覚えれば、もっと楽しいんだろうね』
『ゲームとしては発展途上だと思うよ。でも可能性は感じたさ。夢が詰まっている、と言ってもいいね』
『なぜだい?』
『だって、自分の身体を使って、アニメの必殺技とかも出来るわけだろう? 理論的にはね。それってとてもロマンがあると思うんだ』
『なるほどね。一理ある』
『ありえなかったミラクルが、限りなくリアルになる。ファンタスティックだよ。うちの国でもどっかが作ってくれないかな』
『可能性はあるんじゃないかな。使われてる制御装置なんて、うちの国で元々開発されたものだよ。あの国に出来て、うちの国で出来ないはずがない』
『いや、あの国は、今も昔も技術はトップクラスだよ。提携するべきだ』
『クラウドファンディングは一つ見たよ。フェイクだったけれど』
『じゃあ、あの国だけか?』
『現状では、そうなるね』
しばらく反応を見続けた。
「外国人の参加申し込みはあるのか?」
区切りがついたところで、道三は疑問を口にした。
「申し込みはありました。ですが、ロールクエストは就労という形になりますので、そこで問題が発生します。また、書類選考を通っても、日本人と同じレベルで審査をしますと、採用に至りません」
「外国人枠を作るか」
自国の人間が参加していれば、より観たいと思うはずだった。出来れば著名人を引き込み、勢いをつけたい。
「あるいは、外国人用のワールドを作るか、です。時差を考えるとベターでしょう」
道三の他に喋っているのは、一人だけだった。運用部課長の平手だ。道三が期待する者の一人である。
「その方が海外の時間に合わせれるか」
「問題は、国外への対応に慣れている社員が、当社には少ないことでしょうか」
「優良プレイヤーが、得れるかどうか、というところもある」
家庭用ゲームでも、国外展開はもはや常識だった。売上を伸ばそうとするなら、戦略に組み込まざるを得ない。そして、待ってくれているファンもいる。
ロールクエストも、期待されるゲームになればいい。しなくてはならない。
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