[四 蔵岩衛] 劣等感
最近、よく見かけるアイドルがいる。急にブレイクし始めたように思えた。
ブレイクした理由は簡単で、先日のロールミステリーだった。うまく人気を獲得した、ということだ。
そのアイドルのメディア露出具合に比例するように、ロールクエスト2の期待が高まってきていた。
蔵岩衛は、唇を噛んだ。
蔵岩は、ゲーム会社を経営していた。
ロールクエストを開催するドゥエッジ社は、長年のライバル社だ。売上では、負けていない。だが、面白いと評価されるのは、ドゥエッジ社のゲームであることが多い。
ロールクエストは、現実の世界で役割を演じるゲームだ。ジャンル的に表現するのであれば、リアルロールプレイングゲームとなる。
やろうとしていることは、理解できる。そんなゲームを夢想したこともある。しかし、現実に開発するのは、不可能と思っていた。それが今、実現されている。
博雄道三。先を行かれた。その気持ちを拭えなかった。
後発スタートを悔しく思いながらも、あとを追うか。そう思っても、ロールクエストは採算が合う気がしなかった。賭けの要素が強すぎる。やはりありえない。
蔵岩衛には見えない利益が、博雄道三には見えているのか。
ロールミステリーは評価できる。ロールクエストと比べ、支出は抑えられる。開発の負荷も少ない。恋愛やホラーなど、他にやりようもある。ゲーム会社としてのノウハウがそこまで求められないので、真似をする企業は、増えるだろうと推測できた。
とりあえずは、妨害だけしておく。そう決めてた。自分にできない夢を、博雄道三がやっている。それが許せない。
自分の暗い考え方を否定するつもりが、蔵岩にはなかった。強い動機が組織を成長させるきっかけになる。
まず、部下に指示し、イメージ低下のネタを作った。数日後には芽吹かせる。
ドゥエッジ社の株に対し、慎重に空売りも仕掛けてきたので、ネタが芽吹けば、大きな利益も生み出すはずだった。これはあくまで、偶発的な投資活動、と見せなければ、ひどく危険でもある。
直属の部下がやってきた。
「見つかったか?」
「はい。給料の大幅なアップが見込めれば、手駒にできます」
「よし。二倍で提示しろ。特別報酬も二倍で追加だ」
「十分だと思います。条件ですが、しばらくは、ドゥエッジ社員として残る、でよろしいでしょうか?」
「いい」
「かしこまりました」
ロールクエスト2は、プレイヤーの募集を開始していた。ロールクエスト1で一定の条件を満たしたプレイヤーは、引き続きロールクエスト2に参加可能のようだが、それ以外は、再選考となっている。
十人、息のかかっている者を、選考へ送り込んだ。運動に長けている者達だ。何人かは、選考を通過すると見込んでいた。
あとは、傀儡となる者を用意するだけだ。
夕方、一人の少女がやってきた。蔵岩が呼んだのだ。
「え、あたしが、ロールクエストに出るんですか?」
部下が説明を終えると、その少女は目をむいた。うまくブランド化すれば、人気を博することも十分可能だろう。その人気は、自社製品のために役立てることができる。
もっとも、人物は誰でも良く、この少女でなければならない理由もない。部下が用意したリストの一番上に名前があった。それだけだ。
「今後、継続的に支援しよう」
「ですけど、これは、よく知らないですし、得意な感じでもなくて」
「では、この話はなしだ。帰りたまえ」
駆け引きや、空世辞に時間を使う気はなかった。代わりはいる。
部下に視線を向けると、電話を操作しだした。アイシステムでの通話ではなく、室内電話を使用しての通話だった。
しかし、その通話は、少女によって切られた。
「やります」
決意は感じられた。改めて少女を見据える。
「まずは選考を通過したまえ。価値を示せる場に立つことだ」
新たな広告塔として育てばそれで良し。その上でロールクエストの価値が低下すれば、それもまた良し。役に立たない可能性に備え、他の人材も送り込む。予想されうる結果に対し、幅をもって対応する姿勢でいた。
一人になると、ロールクエストについて考えた。
博雄道三は、なぜ無謀な賭けに出たのか。
通常のゲームと違い、成果は出演者次第といった嫌いがある。創業から培った技術のほとんどは流用できないし、支出も会社を潰しかねない程と予想できた。
成功する見込みがあるのか。それとも、何か他の意図があるのか。
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