表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ロールバリュー テイル2 -夢の軌跡-  作者: 夏雪あい
プロローグ (テイル2)
1/60

プロローグ

「あなたは何を考えているの?」


 モンの瞳からは、表情が読み取れない。世界を映してすらいない。

 しかし、目の前にいるのは、紛れもなく自分自身だ。そこに鏡がある。そう思える程に、自分自身だった。声まで同じだ。


 天津悶(あまつもん)は、モンの手を取ろうとした。触れない。温もりもない。やはり、映像だけの存在なのだ。

 アイシステムを介さないと、視認すらできない。


「天津様、映像秘書としてのわたしは、お仕えする方をサポートいたします。考えることは致しません」


 知っている最新のAIであれば、こんな質問でも、ちょっと気の利いた返しがあったり、もっと人らしい反応をする。それらと比べると、目の前のモンは、味気ないAIと思えた。


「サポートとは、どういうことなの?」

「お仕えする方の作業効率を高め、作業以外の大切な時間を最大化することです」


 仕様書の記述の通りだ。これを言うように設定されているのだろう。


 そうだよね。人工知能だもんね。でも、もう少し他になにか、これって特徴はないの?


 悶は、モンを形造る心理のような何かを、手探りしようとしていた。それさえ知れば、その役どころの全てを知ることができる。真髄とも言える何か。

 演技をする上で、役になりきることは、何よりも大事なことだ。役のイメージが物語とうまく融合した時、役者はまばゆいばかりの輝きを放つ。悶は、経験を通して、それを実感していた。


「誰に仕えるの?」

「天津様にお仕えしております」

「今はね。ロールクエスト中は?」

「プレイヤーの皆様にお仕えします」


 想像していた通りの答えだ。面白みもない。


「何かしたいことはないの?」

「何なりとご要望をお伝え下さい。わたしは、天津様をお助けしたいです」


 秘書など演じたことはない。まだ十四歳なのだ。この先、実際に秘書を演じることがあるとしても、あと十年は先ではないだろうか。

 しかし、ドゥエッジ社の放送に、ゲストとして出演することが決まっていた。そこでちょっとした悪戯をするために、映像秘書になりきりたい。


「わたしは、どうしたら、あなたになれると思う?」

「天津様は、天津様です。映像秘書にはなれません」


 もう少し、たわい無い話をしてみよう、と悶は思った。何気ない対話の中に、ヒントがあるかもしれない。


「人間になりたいとは思わないの?」

「思いません」


「じゃあ、もし人間になったとしたら?」

「なれません」


「人間になったら、この部屋からも出ていけるよ。自分の足で、好きなところへ行ける。好きな人に会えるし、触ることも出来るようになるの。どう? 憧れない?」


 悶は、その場で手を広げくるりと回り、世界の広さを表現してみた。


「憧れません」


 つれない。


 こうも機械的な反応をされると、言いたいことがいくらでも言える。反応はあるので、あまり独り言という気もしない。つまらないが、そういう利点は、あるかもしれない。


「不満はないの? 悲しいことは? 楽しいことは?」

「いずれもありません」

「じゃあ、お手本を見せてあげる。人間の真似をしてみて?」


 悶は、足を踏み鳴らし、いくよ、とモンに視線をおくった。

 その時、扉が開いた。


「悶ちゃま、確認が終わったみたいですよ。ですから、もーしょんきゃぷちゃあ、とやらは、これで終わりだそうですよ」


 マネージャーの和久井育和(わくいいくわ)だった。母よりも歳上の女性で、マネージャーというよりは、お目付けといった印象が強い。


「左様か。ようやく解放されるのじゃな」

「ええ、そうですよ。博雄社長がいらっしゃるそうなので、一緒にご挨拶をして帰りましょうか」

「わたしは腹が減った」

「移動中にお弁当を食べましょうね」

「梅干し入りじゃ」

「ええ、ええ、もちろんですとも。そのようにしてございますよ」


 笑顔を返すと、和久井は再び口を開いた。何を言おうとしているかは、聞かずともわかる。


「ですけど悶ちゃま、博雄社長の前では言葉遣いを改めて下さいましね」


 やっぱりね。


「んふふ。はい、わかりました」


 手で狐の形を作り、代わりに喋らせてみる。そうやっておどけてみせると、和久井は優しく目を細めた。


「すっかり、王女役が馴染みましたね。よく馴染んでいます」

「でしょう? いっぱい練習したんだから」


 胸を張って和久井と微笑み合うと、二人して部屋を出ようとした。

 戸を閉めようとしたが、ふと思い出した。存在感がなさすぎる。そう思いながら、悶は室内を見回した。いた。


「じゃあね、モン。もう一人のわたし」

「天津様、お気をつけて。またお会いできるその日まで」


 お辞儀をするモンに手を振り、戸をそっと閉めた。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ