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「いよお。」待ち合わせ場所のコンビニに行くと既にダイシは来ていて、やはりどこか申し訳なさそうに視線を逸らし、タツキと共に歩き始めた。
「今日はマジで、……悪いな。……今度もっと実入りのいいバイト、紹介すっから。」
「いやいや、いつも紹介して貰ってんじゃん。お前のお蔭でどんだけ稼がせて貰ってるか。お蔭でさ、ほら、スマホだって買えたし。」
「否、俺こそ清さんの作った旨い飯貰ってるし……。はあ。」
お互い言い合った後、黙った。
地方都市の駅前にそのライブハウスはあった。小さなブラックボードには、チケットに書かれたバンドの名が記されている。地下へ伸びた階段の前で、二人の足は一瞬、止まった。
「ここ、だよな。」ダイシも初めてのライブハウスに緊張しているようであった。
「うん。バンド名も、間違ってなかったしな。」勇気づけるべく、タツキも答えた。
ダイシはタツキを誘った立場上、先頭を切って階段を降りていくしかない。ダイシはぶるり、と小さく肩を震わせると階段を降りて行った。そこには愛想のない金髪のライブハウス店員が、「チケットこちらで。」と曖昧に呟いた。
二人はさっとポケットからチケットを差し出す。
店員は「ドリンク代500円になります。」と言った。
二人はさっと目を見合わせる。何だろう、それは。何を飲まされるのであろう――。
「アルコールじゃないのもありますよ。」
それはジュースということか。ダイシとタツキはほっとして、力ない笑みを向け合った。
ダイシは「これで二人分。」と千円札を差し出す。慌ててタツキが五百円玉を取り出したのを、無言で制した。
「ありがとうございまーす。」店員の頗るやる気のない声に押され、二人は重厚そうな扉を開き中へと入った。
既に中には多くの男たちが汲々と身を寄せ合っていた。そう、客は若い男たちばかりであった。髪の長い男がやけに多くいた。そして煙草を吸っている者、腕に刺青を入れている者。ダイシとタツキは背に嫌な汗を感じた。最早ドリンクなんぞ、どうだっていい。二人の隣に、やたら張り裂けそうな胸元を主張した女が来て、退屈そうにステージを見詰めた。タツキとダイシは物珍し気に、でもそうとは気取られないように、注意深く辺りを見回した。
「ダイシの先輩、って人はいないの?」小声でタツキは囁いた。
「否、いると思う。来てれば。」まだスタートには20分程ある。「でも、これじゃあいてもわかんないかもしんないな。」
確かに薄暗い観客席に、どんどん客は増えていく。ステージでは髪の長い男たちがしきりに楽器をセッティングしている。
「俺、先月の東名阪ツアー全通したかんな。」前方で男たちが談話に興じている。「ありゃあ、マジで最高だった。」
「いいよなあ。俺も行こうと思ってチケットは取ってたんだけど、仕事が入っちまって。……このままいきゃあ、もう海外に出ていっちまっても不思議はねえバンドだからな。見られる内に見とかねえと。」
「俺、海外にも行くわ。」
「マジか、仕事大丈夫なんか。」
「あっははは、さすがにメタルのライブ行くから休みくれとはいいづれえな。……親族にちっと、ほら、……あの世に旅立ってもらってよ。」
「あれ、そいつ死ぬの何度目だ、みてえに言われたりしてな。」
「あっはははは。」
「まあ、これからどんどんでかくなるバンドだってことは確かだ。今ん所既に日本代表の何相応しいメタルバンドだかんな。」
--メタルというジャンルであるのか。タツキは小さく肯いた。男たちは「メタル」にやたら詳しいようであった。国内外のメタルバンドのライブについて、矢継ぎ早に感想を述べ立てていく。
「でも、まあ、今一番勢いのあるのはCold Bloodだよな。」
「ま、そりゃそうだろ。」
「ヒロキさんが作る曲は半端ねえからな。」
そうこうしている内に会場は暗転する。と同時に、ステージに光が当てられ、一人の男が片手を挙げて登場する。聞いたこともないような男たちの凄まじい歓声が轟いた。
タツキは緊張に身を固くしながら、ステージを凝視する。
男はドラムの椅子に座り、続いて三人の男たちが出て来た。最後の一人が出て来た際には、歓声はもう絶叫めいたそれになっていた。
タツキはいよいよ目を丸くし、体を硬直させてステージを見つめていた。
そして次の瞬間、もうタツキは立っていられない程の衝撃を、震撼を、覚えた。
ステージから放たれる音が、一つの明確な意志を持ってタツキの胸を貫いた。
その轟音も衝撃的ならば、客の姿も衝撃的であった。次々に頭を振りしだき、拳を上げ、ボーカルと一緒になってがなり立てている。タツキはしかしそれよりもステージにただただ、見入った。金色のライトを浴びながら、男たちは世界中の絶望と、そこから這い上がる力強さとをはっきりと、音にしていた。タツキは震え出した。どうしようもない程理不尽な環境に屈服するだけの自分を、彼らが叱咤するのである。家族に蔑まされているからといって、それが自分の人生にどう影響するのであろうか。そんなことは知ったことじゃあない。自分の人生だ。気に食わなければ、自分の成すべきことをさっさと見つけて、邁進するのみ。そうじゃあないか。いつまでも環境を言い訳に、自分の人生を無駄遣いするのか? 突如そんな問いがタツキの胸中をくるしく占めた。これは何だろう。とにかく、走り出したい。沸き立つこのエネルギーを表に出してやらなければ、自分は爆発して、死んでしまうかもしれない。こういう思いを感じたくて、この人々はここに集っているんだ、そう思えばタツキは初めてであった周囲の人々に対し、今まで感じたことのない同胞意識、のようなものさえ感じた。気付けば、タツキは周囲の男たちと一緒に頭を振り、走り回り、汗だくになって音を心に刻み付けた。そうして、二時間に及ぶライブが、終わった。