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STIGMATA  作者: maria
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 ステージにはライブで見せる顔と違って、リラックスした風のリョウが登場した。赤い長髪を一つに束ね、先日来日公演を果たしたばかりのNaglfarのツアーTシャツを着ている。ああ、リョウさんNaglfarのライブ行ってたのか、とあちこちでざわめきが起こる。

 「こんにちは。Last Rebellionのリョウです。いやあ、皆さん早起きですね。」と言いながら、背を丸めて椅子に座り込む。

 「もう十二時すよ。」客から指摘が飛ぶ。

 「んん、でもまあ、バンドマンにしちゃあ早いよなあ。十二時集合なんつったら、俺の界隈じゃあ誰も来ねえ。しかも俺は今朝マジ早い時間に新幹線乗ってこっちに来たかんな。」

 勝手に客と喋り出そうとするリョウをけん制するように、評論家が「じゃあ、リョウ君、今回のソロアルバムについて解説して欲しいんだけれど。」と少々焦りながら口火を切った。

 「ああ、ソロアルバムね。」リョウはそう言いながらもう一度座り直し、しかしやはり客席に身を乗り出しながら、「おい知ってる? これ俺至上初のソロアルバムなんだよ。もう十代から二十年以上バンドやってて、初めて。凄くねえ?」

 「知ってます。凄いす。」生真面目な返答がやはり客席から上がる。

 「……なんか誰も彼も、リョウさん相手に普通に喋ってますね。」タツキがヒロキに囁いた。

 「あんま、……気取らない人だからな。でも若い頃は相当おっかなかったらしいぞ。ライブでメンバーどころか客とも喧嘩おっ始めたりな。」

 「年取って丸くなったんですかねえ。」

 「まあ、それもあるだろうが、シュンさんアキさんによると、ミリアさんの影響がでけえらしい。」

 「へえええ。やっぱ愛なんすかね、愛。」

 「いつからソロアルバムの構想はあったの?」メタル評論家の老人が、どうにか話を戻そうと苦心している。

 「うーん。具体的に考えたのは、ヴァッケン終わった後ぐれえかなあ……。」

 「へえ、意外だな。結構最近なんだ。リョウ君はバンドの曲全部作ってるから、やろうと思えばいつでもソロアルバム、作れたよねえ。もっと早い段階から考えてたのかと思ったよ。」

 「ずっとバンドのことしか考えてなかったかんなー。」

 「じゃあ、何がきっかけでソロアルバムを出そうと思ったの?」

 「それがさあ、」リョウは背を丸め足を放り出すと、再び客席に身を乗り出した。「ミリアにガキが出来たじゃん。何とそしたらバンドできねえのよ。」

 客席から失笑が漏れる。

 「いやいや、笑いごとじゃなくってさ。ヘルプでギター入れてライブはできたけど、ミリアがソロ考えっから、曲作りができなくて。音源作り進まねえの。」

 「ああ。ミリアちゃんは自分のパートは自分で考えてるって言ってたねえ。」

 「そうそう。で、しょうがねえ。いつまでも暇人やってる訳にもいかねえし、俺一人で完結できる形態でやるかって思ってさ。んでソロっつうもんに思い至ったわけ。」

 「それで、実際やってみてバンドとの違いはあった?」

 「そりゃあ、もう!」リョウは膝を叩いた。「俺は曲は作るけど、ドラムとベースは勝手にやってくれってスタンスなの。シュンもアキも、もう二十年以上の付き合いで信頼し切ってっから。んで、ソロだってミリアは自分の所は自分で作るし。だから俺は作曲するっつっても、リフと自分のソロ創れば大体それでOKなわけ。まあ、もちろんレコーディングになったら色々口出しはするよ? でもソロでアルバム作るとなるとそうはいかねえんだよ。ドラムもベースも、ギターのもう半分も、自分でやんなきゃなんねえし。細けえ所もいっちいち自分で考えてさあ、ドラムのおかずの数とか、知らねえっつう話だろ。だんだんめんどくなって終いにゃシュンとアキ召喚だよ。したらさくっと終わった。」

 「じゃあ、バンドとあまり変わらなかったと……。」唖然としながら評論家は言った。

 「まあ、ミリアがいなかったぐれえかな。」

 「ミリアちゃんは元気?」

 「ああ、元気元気。今はガキの面倒看るのが忙しくてギターもいじってないけど、まあ、その内弾くだろ。」

 「リョウ君も子育てしてるの?」

 客席からクスクスと笑い声が上がるのを、リョウは少々不機嫌に聞いた。

 「……た、たまにな。」だから無愛想に呟いた。

 「へえ。おむつ替えたり?」

 「まあ、たまにな。」

 「パパ!」客席から声が上がり、どっと哄笑が広がる。

 「何つうこと言いやがる!」リョウは目を丸くする。

 「まあ、しょうがないよ。リョウ君が父親業やるなんて誰も想像できないんだから。」

 「しょうがねえだろ。子どもが産まれちまったんだから。……っつうかなんかこんなこと言うと無責任甚だしいな。ああ、でもちゃんと責任は果たすつもりだよ。そこは、マジで。」

 「じゃあ、今はミリアちゃんが主体で子育て頑張ってるんだ。」

 「そうだ。あとミリアの祖母さんがな、よく来てくれて手伝ってくれんだ。助かってる。」

 「お子さんは男の子だっけ?」

 「そう。」

 「将来はギタリスト?」

 「知らねえよ! 寝て起きて泣いて乳吸うぐれえしかしてねえのに。」

 「あははは。でもリョウ君とミリアちゃんの子なら、たいした英才教育ができるよね。遺伝子的にも超優秀でしょ。」

 「まあ、ギター弾きてえっつったら教えるよ。俺はこう見えても教える方のプロでもあっかんな。」

 リョウはそう言って傍らに置かれた年季の入ったレスポールを抱き上げた。と同時に爪弾き始める。

 「これが、実際のレコーディングでも使ったギター?」

 「そう。50年代のレアモンだ。つっても俺が買ったんじゃねえぞ。ミリアの親父の遺産。」

 「ミリアちゃんの親父さん、誰だか知ってる?」評論家は客席に問いかける。

 客は顔を見合せて首を振った。

 「ジャズギタリスト、チバジュンヤ。」

 数人にとっては聞き覚えがあったのであろう。微かなどよめきが起こる。

 「ああ、知っている人いるんだ。今時のメタラーは幅広く聴くんだなあ。……そうそう、玄人好みのジャズギタリストね。そう思って聴いてみるとミリアちゃんのソロのメロディアスな感じとか、お父さんの血かなあって思うこともあるよ。」

 「そうかあ?」リョウは半信半疑ぐらいに評論家を睨んだ。

 「まあ、でも一番影響を与えているのは我らがリョウ、であることに違いはないけどねえ。」

 「俺が教えたかんな。」リョウは得意気ににやりと笑んだ。「こーんな、ちっちぇえ頃から俺が仕込んだ。」

 「ミリアちゃん、最初っから結構弾けたの?」

 「ああ。初めてギター持ったのが六歳とかかな。なのにな、何とギター持ったその日に半日以上弾き続けて、一曲マスターした。」

 客席が再びどよめく。

 「才能があったんだ。」評論家ももっともらしく何度も肯いた。

 「でも、まあ、……後から聞いたところによると、うちにおもちゃも何もねえでギターしかなかったからギター弾いてたっつってたけどな。」

 哄笑が響いた。

 「リョウの家にお人形だのままごとセットだのあったら不気味だからなあ!」

 「当たり前ぇだろ。」

 「というのは冗談で、リョウ君の教育が良かったんだねえ。」

 「そう。という訳だからレッスン生、新規常時募集中。初心者大歓迎。こっちからだとちっときちいが、もし東京来る時あればそん時だけでもいいから、宜しくな。」リョウは笑顔で客席に呼びかけた。

「じゃあ、よろしく。」評論家も愛想よく後を継ぐ。

「っつうことで、さっさと始めっか。」

「そうだね。では皆さんお待たせしました。ヴァッケン出場を果たしたLast Rebellionのフロントマン、リョウによる初のソロアルバム。今日はそこから五曲ほど演奏して貰います。」

暖かな拍手が広がっていく。リョウは足下のアンプのつまみを弄ると、ギターを弾き始めた。バンドでの音とは全く異なる、どこか懐かしさを感じさせる、ロック調のメロディーである。

ヒロキもタツキも、また他の観客たちも一気にその世界に引き込まれて行く。どこにこんな引き出しがあったと思うような、Last Rebellionとは共通点を探すのさえ難しい曲である。その繊細なピッキングには、歴史を知るオールドギターの可能性、というべきものが100%以上引き出されていた。

 知らず、タツキは溜息を吐く。この音は、深く染み入るような音は、高価なオールドギターだからというだけで齎されるものではない。弾く者の深みが、もっと言うならば慈愛のようなものが根底には、流れている。もしかすると、先程言っていた妻や子に対するそれが影響しているのではないか、とタツキはふと思い成した。

 ここにあるのは絶望でも痛苦でもない。いつもリョウがステージからがなり立てている、あの音ではない。もっと大きく包み込むような、全てに対する愛おしさの感情。それが幾重にも重なり、そして広がっていく。その心地よさに観客たちは酔い痴れた。

 幾度となく印象的なフレーズが繰り返され、やがて曲は終わった。

 熱心な拍手が沸き起こる。

 その合間を縫うように、次々に曲は繰り出されていき、たしかに七曲程演奏はしたと思うのだがとかく驚くほど早くインストアライブは終了してしまった。

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