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STIGMATA  作者: maria
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5

 タツキとダイシは、早朝の時間帯や休日に新聞配達からゴルフ場でのボール回収、パチンコの開店前の清掃と、次々にバイトをこなした。ダイシはタツキに紹介する以外にも、そういった仕事をやはり先輩から色々と紹介されているらしく、なかなか多忙な日々を送っていた。

 タツキもそのお礼に、清子から貰った食べ物を渡してやることもあった。清子は二人が肉体労働に従事していることを知っていたので、大抵二人分のやたら巨大な握り飯と、それからおはぎやクッキーなどおやつになるものと度々寄越したのである。ダイシはそれを心底有難がった。

 「本当旨ぇよなあ、清さんの飯は。」早朝のパチンコ屋の清掃を終え、ダイシは駐車場で自転車に跨ったまま、握り飯一つを食べ終え、掌に付いた米粒を舐めるようにして食べている。

 「まあ、な。」

 「お前いいよなあ、いっつもこんな飯が食えてさ。」

 「清さんには感謝してるよ。」

 「清さんってさ、いつからお前んちにいるの?」

 「俺が生まれる前からだよ。……姉さんが生まれる頃かな。母親が姉さん産んで働き出すって時に、姉さんの世話して貰うのに、じいさんが清さん探してきたって言ってた。」

 「へえ。でも、よく住み込みで来てくれてるよな。家族とか、いねえの?」

 「清さんは昔結婚してたんだけど、旦那さんが交通事故で死んじゃったんだって。それで子どももなくって、よくわかんないけど親戚も無くて、行く所もなくって、住み込みで働かして貰ってありがたいんだって、前清さん言ってたな。」

 「そっかあ、……旦那さん、死んじゃってんのか。可哀想だな。」

 「でも清さんはメソメソしてねえよ。毎日家のことやってさ、親父も母親もすっごい有難がってる。あの人たちは、家のことなんて一つもできないぐらいに忙しいからね。」

 「清さんってなんか、お前の本当の母ちゃんみたいだしな。」

 タツキは暫く考え込んで、「本当にそうだったらね、いいんだけどね。」と独り言のように呟いた。清さんと二人で暮らしていけたら、それはどんなにすばらしいことだろう。でもそれは自分を甘やかせてしまうことになるのだろうか、わからない。でもタツキにとって清子は精神的にも、物理的にも不可欠な支えであった。


 そうして中学生活が半年も過ぎた。

 ある日の放課後、ダイシは教室の隅で幾分気まずそうに尻ポケットから一枚のチケットを差し出した。

 「何、これ。」

 まじまじと見ると、それはライブのチケットであるようだった。しかしそこに書かれたバンド名はタツキの知る所ではなかった。ピアニストであれば大分知っているんだが、とタツキは首を傾げた。

 「先輩に買わされちまってさあ。……いつもバイト紹介してくれてる先輩だから、無碍にできなくってさ。」

 「何これ、ロックバンドか何か?」

 「うん、先輩の知り合いがやってるバンドらしくて。……都内のライブハウスとかでもやってる、結構本格的なバンドみたいなんだ。」

 「俺、一枚、買おうか……?」

 ダイシの顔にぱっと笑みが広がった。しかしそれはすぐに霧散する。

 「でもなあ。……お前別にバンドとか興味ないじゃん? ピアノならまだしもなあ。」

 「否。でも、同じ音楽だし。」1600円、とチケットには書かれていた。二時間もパチンコ屋の掃除に励めば元は取れる金額だ。それぐらい、今まで散々世話になっているのだ。ダイシの顔を立てるために出したって惜しくはない。

 「悪いな。実は勝手に友達の分も買えって二枚も買わされちゃって。タツキ行ってくれねえかなって考えてたんだ。……でもさ、チケットも売れない、よっぽど酷いバンドかと思ったら全然そんなことねえの! ネットでこのバンドのHPちょっと見てみたら、すぐにソールドアウトしてたし。」

 「へえ。」

 「先輩も一度見とけ、特別にチケット取ってやるから、みてえな言い方してたしさ。ま、それは正直、半信半疑ぐらいな所だけど。」

 「ふうん。」タツキはまじまじとそのチケットを凝視した。今まで一切縁もゆかりも感じたことのないジャンルであったが、なぜだかタツキはそのチケットが輝いて見えた。自分の人生で不可欠であるような、そんな予感めいた期待が膨れ上がってきた。


 いよいよその、見も知らぬバンドのライブの日を迎えた。タツキはダイシから別に格好はどうでもいい、と言われていたので少々悩んだものの、結局はいつものジーンズとTシャツに落ち着いて、家を出た。最早どこに行くのか、何をするのかといったことは誰からも問われない。家で会話をするのは清子だけである。

 「気を付けて行ってらっしゃいましね。」清子はぎゅうとタツキの手を両手できつく握り締める。

 「イタタタタ。」

 「おっかない風でしたら、すぐに、すぐに、帰って来るんですよ。そんなロックのコンサートだなんて、大暴れして怪我でもしたら、大変ですからね。特にお指なんか怪我してしまったら、ピアノが弾けなくなってしまいますからね。大変大変。」

 「そんな怪我なんて、するかよ。」タツキは失笑する。

 「はあ、そんなこと仰って。全国コンクールも近いですのに。」清子は眉根を寄せて言った。

 「ああ、そんなのどうせ、まぐれで取れたようなもんだし。」

 「まぐれなんかじゃありません!」清子は凄んだ。「タツキさんがこれで優勝して、ウィーンっていう所に行って、そしたら私のこともたまには思い出して頂いて……。」なぜだか涙声になる。さすがにタツキはぎょっとして、「ウィーンなんか行く訳ないだろ、何考えてんだよ。」と言った。

 「わかりませんよ、一体全体、わかりません。毎年あれで優勝したお子さんはウィーンに留学をするっていう話ですから。タツキさんのような天才はすぐにウィーンに取られてしまうに違いないんですよ。私はそれを思うと寂しくて寂しくて……。」

 だったらとっとと手でも何でも怪我をして、全国コンクールでボロ負けをした方がいいではないか、どうして勝手に妄想して泣くのかと思いつつ、「とりあえずダイシが待ってるからさ、行ってくるよ。」と手を振り払って家を出た。

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