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STIGMATA  作者: maria
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 ツアー初日、タツキは早起きをして玄関先まで出向いてくれた清子とアオイ、それからモモに別れの言葉を告げ、「お土産買ってくるから。いい子にしてるんだぞ。」と、アオイの頭を撫で、それからその隣で神妙そうにしているモモの喉を撫でてやった。

 「アオイ、お土産は何がいい? 旨い食い物がいいかな。それとも何か欲しい物ある?」

 アオイは暫く俯いて考え込んでいたが、やがていつも手に携えているクレヨンの箱を開けると、灰色の、短くなったクレヨンを一本取り、タツキの目の前に突き出した。

 「クレヨン、欲しいの?」

 「灰色がお小さくなってしまったんですねえ。昨今モモさんをお絵描きなさることが多いですから。」清子が心底嘆かわしいとでもいうように言った。

 「だって、灰色のクレヨンだけなんて売ってねえだろ。」と言いつつも、アオイが何かを欲するということは今までなかったことなので、すぐさま「よしわかった。じゃあ、クレヨン買ってきてやる。クレヨンな。」と忘れぬよう繰り返した。

 アオイの口許がほんの僅かに弛む。

 「でもそれお土産なのかな。ま、いっか。アオイが欲しいんじゃあ、それがいいよな。よし、わかった。じゃあ、清さん宜しく頼むな。清さんには何か旨いもの、地元の奴に聞いて買ってくっから。何かあったらいつでも携帯に電話してくれ。」

 「タツキさんもお体にお気を付けなすって。こちらのことは大丈夫ですので。ご心配なく、十分にお仕事にお励みなすって下さいまし。」清子はそう言って頭を下げた。

 「ありがと。じゃあ、いってくる。」タツキがギターを背負うと、アオイは身を乗り出してそっとそのギターケースに手を伸ばした。

 「うん? なあに?」

 「これは、タツキさんのとっても大事なものでございますのよ。」

 「知ってるよな? 前、アオイに説明したもんな?」

 アオイはギターを撫でると、それで満足したように小さく溜め息を吐いて手を引っ込めた。

 「……いい子いい子してくれたんか。ありがとな。」

 「あの、タツキさん。」清子がエプロンの中から一枚の折りたたまれた紙きれを取り出し、遠慮がちに差し出した。

 「うん? なあに?」

 「これはその……。」清子はそっとその紙切れを広げる。それは手書きの地図であった。どこを示した地図であるのかは、すぐにわかった。――S寺の墓苑である。

 「もし、もし、お時間がございましたら。もうそれは、本当にないとは存じておるのですが……。」

 断ったではないか、と思いつつもその丁寧な手書きの地図を見、ここまでされてはさすがに突き返すのも忍びなく、タツキは渋々それを再び折りたたんで、努めて清子を見ぬ風にしてジーンズのポケットに差し込んだ。

 「わかった。……じゃあ、いってくるから。」

 その時アオイは、その小さな手を開いて再びギターにそっと触れた。今度は先程よりも、アオイの目に意志、のようなものが宿っているのをタツキは感じ取った。もしかするとギターに興味があるのかもしれない、とタツキは思った。毎日自分が隣の部屋で弾いているから気にはなっていたのかもしれない。しかも、この目つきはそれこそ灰色のクレヨンぐらいの、どこか執着めいた思いが読み取れなくもない。そのうちギターが弾きたいなどと言い出すかもしれない、タツキはそう思って微笑みを漏らした。「これは、俺の宝物。バンドやるって決めてからはどんな時も、ずーっと一緒だったんだ。お前とモモみてえなもんだ。……帰ってきたらまた弾いてやるから。だからいい子にしてんだぞ。清さんの言うことちゃんと聞いて、元気でな。清さんとモモを頼むぞ。」

 アオイはこっくりと肯いた。

 アオイと少しずつ意思疎通ができるようになってきたように思う。それは清子の日頃からの甲斐甲斐しい世話のお蔭だと思うと、感謝の念が溢れて来る。何か清子の好きなものをたくさん買ってきてやろう。何が好きだったかな、饅頭、カスタードパイ、昆布のふりかけ等々と考えながらタツキはまだ早朝の街中を駅へと向かって行った。


 駅には既にツアー用に借りたバンがメンバーを乗せて到着していた。

 「タツキー!」運転席に座り、何やら腰を屈めてナビをいじっていたコウキが、めざとく駅の反対方向から歩いてくるタツキを見つけて窓から叫んだ。久方ぶりのツアーに、高揚が収まらないのである。

 颯爽と乗り込んできたタツキに、「調子はどうだ。」レンもにやりと笑いながら言った。

 「絶好調。」タツキはそう言い捨てて、ギターを後ろに置き座席に座り込む。

 「まあな、たしかにこの前のリハん時じゃんけんに負けたのは俺だ。」コウキはそう言って胸を張る。「だから最初は俺が運転すっけど、その後は交代だかんな。サービスエリアでじゃんけん大会だ。」

 「またお前が負けたら交代も何もねえだろ。」レンが冷たく言い放つ。

 「そうはいかん。往路で最低四回はじゃんけん大会を取り行う。確率で言ったら一人一回は当たるんだ。お前ら知ってるか? こっからS市は五時間もかかんだよ。」再びナビに見入りながらコウキが言った。

 「俺運転してみてえな。普段ワイドグライドのバン、ちょこちょこ乗りしかしねえから。」タツキはにっと笑って言った。

 「あ、いいかもな。S着いたらタツキの地元だし道わかるだろ。」レンが言う。

 「でも今日行くライブハウス、わかんの?」ショウが尋ねた。

「……わかる。」

「マジか。行ったことあんの?」

いつしか三人はまじまじとタツキの顔を見詰めていた。「……ある。」

「なーんだ、最初っから言えよ。じゃあ、こいつ最後運転な。決まりー!」コウキが意気揚々と言った。

「俺がな、ヒロキさんと会った場所だ。」

コウキは一気に真顔に戻る。

「つうか、俺が初めてデスメタルつうもんに出会った場所だ、あそこは。」

「マジか。」コウキの声は掠れていた。

「未だにはっきり覚えてるよ。どうやってヒロキさんが謳ってたか。……あれに滅茶苦茶感動して、ライブ終わったヒロキさんとこに速攻飛んでってたんだよなあ。そんでヒロキさんみてえになりてえ、どうにかしてくれっつったら、中学卒業を待ってワイドグライド紹介してもらって、そんで上京できて、そんでリョウさんも紹介して貰えて、Last Rebellionのライブにも出して貰って。」

「んな曰く付きの所だなんて、なんで言わなかった?」

「どっか信じられなくってさ。……ツアーのチラシ何度も見て、ああ、マジで俺あそこでやるんだって思って。そんでようやく腹決まって。」

三人はいつしかタツキの言葉を待つように静まり返っていた。

「つうかそれ以前にさ、Sでライブやりたくなかったのもさ、故郷のことを考えるだけで俺が無能で、無力で、何もできずにいたことばっかり思い出しちまってさ。……でも、ちっと前に親父たちが死んで帰った時、なんつうか、あの空間まるごとを拒否することはもったいねえっつうか。本当はもっと楽しかった出来事もあったんだなってことが、思い出されてさ。だからあそこからオファー貰った時、これを受けたら過去に怯えてた自分が変われるかなっつうのもあって。そんで。」

「そういうことだったんか。」溜め息交じりにレンが言った。

「いい所だっつう話じゃねえか。」コウキがそう言って笑った。「飯はうめえ、メタラーは熱い。」

「まあな。」タツキは破顔した。

「よっし。じゃあそんなタツキの故郷へ向けて出発するか。とりあえずTサービスエリアまでだかんな。俺が運転すんのは。その次はじゃんけん大会だ。」

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