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STIGMATA  作者: maria
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 I AM KILLEDのツアーは、最初の一週間は東北を中心に回り、それから一旦東京に戻って来て北関東を周辺に行い、それから数日開いて東名阪という流れになっていた。そしてその初日は、驚くべきことにバンドとして未だ足を踏み入れたことのない、タツキの故郷であるS市であった。

 タツキが表立って拒否してきた、というのではない。ただ、単純に遠いから、対バンで持ち時間が少ないから、同じようなジャンルのバンドがいないから、と暗に拒否してきたのは事実であった。その言葉にメンバーは、タツキは故郷には足を踏み入れたくないのだと暗黙裡に了解をしていたのである。

 ツアーの日程を組むにあたって、いつものようにオファーのあった(あるいはこちらからのオファーを承諾してくれた)ライブハウスを、スタジオのテーブルに並べたて、ああだこうだと言っている内に、メンバーはタツキの異変に気が付いた。

 S市のライブハウスのHPをプリントアウトした用紙を、いつまで経っても取り除かぬのである。

 「あのさあ……、」コウキが気を遣うこともできず、直接的に言った。「今回は東北から行くんだろ。したら距離的にもSのここ、一発目になんだけど。」

 「ああ、そう。」タツキはなんでもなさそうに答えた。

 「ああそうって、お前さ、」コウキはレン、ショウの顔を助けを求めるようにちらと見遣り、それから「実家の方、行きたくねえんじゃねえの?」と問うた。

 「別に。そんなんじゃねえし。」

 「マジで。」レンが身を乗り出す。

 「……今回は時間も一時間枠で貰えるっつうんなら、別に、いいんじゃね。」

 レンは目を瞬かせ、コウキとショウを見た。

 「いいのか。マジで。」

 「あ、ああ。」タツキの鼓動はしかし、否応なしに高鳴っていた。ここは、このライブハウスは――、自分が生まれて初めて行った、そして自分の人生の指標となったヒロキと邂逅した場なのである。そこに戻ってみたい、という気がタツキの中にはこのライブハウスの名前を見た瞬間から、芽生えつつあった。あの時自分はあまりにも無力で、一体どうして日々を過ごしていたのだろうとさえ思う。父母からは排除され、家では時折清子と会話を交わす以外にはまるで言葉を発することさえ許されてはいなかった。自分は存在さえしていたと言えるのであろうか。しかし今は違う。自分の力を信じ、ここに、いる。夢を追いかけている。であれば、故郷の舞台に立っても、いいのではないか。タツキは「じゃあ、ここを皮切りに、次にA、それからN、」いつしかタツキの口の端には笑みさえ浮かんでいた。


 「まあ、これ、本当でございますか。」

 完成したばかりのツアーのチラシを凝視しながら、清子は頓狂な声を上げた。

 「ずっと実家のことなんてろくすっぽ考えもしねえで生きてきたのに、今年になって、二度も戻ることになるなんて思ってなかったけど……。オファーがあったからさ。」タツキは夕飯後の番茶を啜りながら、どこか弱々しく呟くように言った。

 「御実家も見て参られますの?」

 「いやいやいや」タツキは慌てて顔を上げる。「そんなんじゃねえって。あくまでも、ライブしに行くだけだから。メンバーも一緒だし、そんな時間なんて、ねえし。」

 「……そうでございますか。」清子は気落ちしたように俯く。白髪交じりの鬢を意味もなく撫でつける。

 暫くの間、沈黙が訪れた。

 「……あのですね、」清子は顔を上げた。いやに神妙そうな眼付で言った。「お父様……方のお墓のことなのですが。」

 「墓?」

 「ええ。……御実家近くのS寺の墓苑、お分かりになりますか? あの、中学校の方へ向かう途中の、運動公園のお隣でございます。」

 「うん。」

 「あちらの一番見晴らしの良い。大きな仏様の像の一番お近くに、代々の岩村家のお墓がございまして……、」

 「知ってるよ。行ったことあるから、小さい時に。」それはまだ自分に学力がないと露呈する以前、まだ父母が自分に医者になる期待を抱いていた時のことであった。

 清子はほっとしたように息を吐いて、「そちらに、今、お父様お母様、お姉様のご家族がお眠りになっておられます。」と言った。

 だから、何なのだ。家に戻る時間もないと言っているのに――。タツキはしかしそうとは言い出せなかった。清子が何を望んでいるのかは、さすがにわかる気がした。

 清子にとっては、父も母も決して根っからの悪人ではない。自分やアオイに対したしかに過ちは犯したが、でもそれは仕方のないこと、やむを得ないこと、自分がフォローすべきことと思っている節がないでもない。そればかりか夫亡き後の面倒を看てくれた、恩人のように思っているのである。果たしてあの人々は善か、悪か、その判断に思い悩んでいるような時もあった。そして彼らが亡き人となった今、憎悪と恩義の入り混じった奇妙な感情が清子の胸中には払拭できずにあり続けるようであった。タツキはそれを非難したくはないし、そんなことを第三者が言うべきでもないと思っていた。

 そして今、清子の心情はどうやら恩義の方に傾いているらしいのである。嫡男がせめて亡き家族の墓参りに行くぐらいの義理は果たしてくれてもよいのではないかと、そう思っているようなのである。

 「……墓参りに行く時間なんて、ないから。」

 みるみる目の前で清子が落胆する様に、タツキは慌てて言葉を継いだ。「そりゃ、時間があれば行っても、いいけど。今回はライブだから、ライブ。ライブの前にはリハもやんなきゃいけない。その……、練習な。」弁明めいたセリフを吐きながら、タツキは一気に湯呑を呷ると席を立ち、部屋の外へと出た。

 ――墓参り。

 タツキは震えるようにその言葉を反芻した。

 生きている自分が死んだ彼らの前に立つ、などということは酷く罰当たりで、あってはないことであって、責め苦を受けて然るべきであるような気さえした。自分は今まで家族の誰よりも、一度でも優位に立てた例はないのである。そんな力は、ないのである。それが、物言えぬ彼らの前に、物も言えるどころか、夢である音楽を生業とし、豪華絢爛な家に住まった上で立つなど、考えただけで罪悪感に締め付けられるのである。

 清子は階段を上る足音を聞きながら、小さく溜め息を吐いて、それからはっとなったようにタツキの置いていった湯呑を持って台所に立った。

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