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ライブは単なる前座の域を超越した盛り上がりを見せた。決してお膳立てしてやるなどという意識は無論このメタルに関しては一等耳の越えた観客には、ない。ただし、アキが感じたようにこの若い、未熟なバンドの演奏する曲は、どこかリョウの生み出す楽曲と通底していた。それを無意識に感じ取った観客たちは、Last Rebellionの本編を待たずして暴れ狂い、そして咆えた。なぜ聴いたこともない曲にここまで体が反応してしまうのかは、誰にもわからなかった。ただその根底にある悲痛、絶望、恐懼はいつかリョウのそれを継ぐものとなるであろうとは、他ならぬリョウ自身がステージ脇で確信していた。時折満足げに微笑みながら、リョウは我が後輩を温かく見詰めていた。
「お疲れ。」楽屋に疲労困憊の態で戻って来た四人を、リョウとシュン、アキが迎える。
「……凄かった。」そう、真っ先に口を開いたのはレンである。「Last Rebellionのファン、マジで凄ぇ。」
「あっははは! だろう! 俺らの精鋭たちは最高だろう。」リョウが自慢げに言う。「最高にして最強。最強にして最恐。俺らがまだ小せえライブハウスででしかできなくて、クッソボロボロのバンであっちこっち回ってた時もな、あいつらが性懲りもなく全国隈なく追いかけてきてくれてな。ヴァッケンの最前列でふと客席見たらそいつらが挙って泣いてやがんの。大の男がよお。女々しいったらありゃしねえ。……で、思わず俺まで泣きそうになった。」こっそりと付け足す。
「こんな凄い人たちの前でやらせてくれて、本当にありがとうございました。」深々とショウが頭を下げる。
「俺らがお前らに力添えしてやれんのはここまでだ。これからお前ら自身に大勢のファンができて、歴史に残るようなライブをごまんとやっていくんだよ。今日のはその皮切りだ。……じゃあ、おたくの有能作曲家、ちっと借りんな。」と言ってリョウはタツキの肩を組み、幕の下りたステージへと戻っていく。
その肩が幾分震えているのを感じたリョウは、タツキの頭を二度三度軽く叩いた。タツキはそれに頻りに肯く。
「リョウー!」
「シューン!」
「アキー!」
一枚幕を隔てた向こうからは、疲弊も見せずに引っ切り無しに絶叫が上がっている。
「さあさ、始まるぞ。第二弾。」
そう言われタツキは赤い目を擦り、リョウを見上げた。
「大丈夫か? 体力、使い切っちまったか?」面白そうにリョウはタツキに尋ねる。
「……まだまだ、っすよ。」とはいえ感動と共に明らかな疲労を滲ませたまま、タツキは微笑んだ。「たった30分しかやってねえのにへばってちゃ、これからライブなんてできやしねえ。俺らはこれからバンバン、ライブやっていくんすから。」
「ま、そうだ。」リョウはそう答えるとステージ中央に置かれたギターを掲げ、生音で軽く爪弾く。
「このチャンス、絶対ぇ無駄にはしません。……俺、リョウさんがどうして俺らに声かけてくれたのか、ずっと考えてて。」
リョウはローディーに準備をさせたまま、ギターを爪弾きつつタツキのたどたどしい言葉に耳を傾けていた。
「俺ら、ライブ経験もねえし。つうかライブやったの一回だけだし。本当に、回りからも何でお前らがって言われて。……そんで考えたのは、凄ぇ自惚れかもしんねえんすけど、リョウさんは俺らの可能性、みたいなモンにかけてくれたんじゃないかなって。超無名な俺らに、こんなでけえハコでライブやらせてくれるなんて、普通に考えらんねえことだし。それにリョウさんたちのリハ見てて思った。まだまだ俺らは全然遠く及ばねえって。本当に、何もかもが全然違うって。でも……。」タツキは下唇を噛んだ。「俺にはこれしかできねえんです。頭も悪いし。」
不思議なことを言い出したものだと、リョウはふと手を止める。
「……正直こんなこと、ここで言うもんじゃあねえんですけど、うち、代々医者なんです。俺も長男だから、本当は医者継がなきゃなんなかったんすけど、頭悪くて、継げなくて……。まいんち家庭教師みてえの来て、夜通しとか縛り付けられてとかで勉強もしたし、できねえってぶん殴られたりもよくしたけど、でも馬鹿で、そんで親は滅茶苦茶怒って、その内シカトされるようになって、顔合わせちゃいけねえみてえなルールもできて。姉貴が頭いいんですけど、特に絶対話しかけんなって言われて。そんで金もかけねえし飯も食わせねえ、今すぐ出てけみてえになって、マジどうしようかなって思って。お手伝いさんのばあさんに飯こっそり貰って、後は中坊なのにバイトして。そうやって何とか生活して。中学卒業までこぎつけたんです。……そんな時の俺の楽しみっつうのは、小さい頃からピアノやってたんすけど、鍵盤に向かって延々曲弾いて。それだけが現実から逃れられる大事な時間で。本当にその音楽やってる時間だけが自分の居場所っつうか、そんな感じで。才能があるとかねえとか、そんなことはわかんないすけど、そういうの以前に音楽だけが自分が生きてていい理由みてえに勝手に考えてて、すみません、何言ってんのかよくわかんねえんすけど……。」
「わかったよ。」リョウはすっきりとした面持ちで告げた。「お前の曲がどうして俺に刺さってくんのか、今はっきりわかった。」
「え……。」
「そういうことかよ。……俺も大体はそんな感じだ。あと、ミリアもな。」
タツキの脳裏に、Last Rebellionのバッキングギターを担当しながら、現在身重の身でバンド活動を退いているというリョウの妻の姿が浮かび上がる。
「え。」
「あのな、曲ってえのはそいつの生き様がはっきり、出る。テクだの知識だのでどんな飾り立てようったって、そうそう巧くはいかねえ。でな、デスメタルっつうのはそいつが抱えてきた負の感情の集大成だ。そいつを音に昇華させる。」
「……はあ。」
「だからさ、そういうのがねえやつがクソみてえに捻りだそうたって、巧くはいかねえっつう話だよ。わっかんねえかなあ。……俺らはな、デスメタルやるためにそういう人生送ってきたんだよ。選ばれし人間なの。だから、迷いなくひたすら突き進んでいきゃあいいんだよ。」
リョウはそう言い立てると勝手に満足をして、ローディーになされるがままギターのストラップを掛けられた。
「タツキさん、どうぞ。」とタツキにも同じく別のローディーからギターが掛けられる。
「ほら、ボケっとすんじゃねえよ。これからお前の生き様を音にすんだよ。一秒だってその過去から目反らすんじゃねえぞ。あのなあ、酷なこと言うようだけど小学生だったミリアにも俺はおんなじことさせてっかんな。幾らお前が素人同然だとしてもな、遠慮はしねえぞ。わかったな。覚悟しろよ。」
アキとシュンは唖然とするタツキを尻目にくすくすと笑い声を発した。




