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STIGMATA  作者: maria
18/63

18

 Last Rebellionのリハが終わると(タツキがサポートということだけあって、かつてない程丁寧に時間をかけて行われた)早速開演時間となり、我こそは最前列を陣取るのだとばかりに、一斉に多くの観客が雪崩れ込んで来た。I AM KILLEDのメンバーはステージ袖から息を張り詰ませながらその様を見守っていた。無論質量ともにこれだけの客を前にしたことはないし、実際の観客を目の当たりにしてさえ、自分たちが本当にここでライブをやるのかと信じられない思いさえしているのである。

 「……俺さ、」半ば途方に暮れながらコウキが言った。「ワイドグライドの店長にバンドやらねえかって声かけてもらった時、正直、他のバンドにも誘われてたんだ。でも結局I AM KILLED一本でやろうって決めたのはさ、音源聴いて、このタツキの曲を他の誰にも叩かせたくねえ、俺が叩きてえって、そう、思ったからなんだよ。だからさ、俺の価値観としては、既にライブ何本もやってて、音源も出してて、客も一定数ついてるみてえな所にぽっと入って行くのには正直魅力を感じなくてさ。一から創り上げていく方がやりがいあんなって思ってて。なのに……」コウキはそうして含み笑いをした。「こんなすぐに大勢の前でライブできるなんて……、こんなん、全然考えてもなかった。」

 「しょうがねえだろ。」レンが鼻を蠢かせながらどこか誇らし気に言った。「俺らのリーダーの曲が凄えんだもん。」

 「でも、」さすがにタツキは気恥ずかしくてならなくなる。「今日来ているこの人たちの誰もが俺らのことを知らねえ。Last Rebellionのファンは耳が肥えているから、ダメだと思ったら即、そっぽむかれちまう。」

 「それも含めていい経験になんだろ。」ショウがそう言って悪戯っぽい笑みを浮かべながら肩を竦めた。「誰も最初っから全部が全部成功するなんて思っちゃいねえよ。失敗したってお前だけのせいじゃねえし、連帯責任だ。バンドってそういうもんだろ? それにそもそもライブにはトラブルはつきものだし、バンドなんて水物。ダメになる時はすぐダメになる。でも俺らはまだまだそうなりやしねえ。……大丈夫だ。」その主張になんの根拠もないことはわかってはいた。でも不思議とそれを信じ切ってしまうような安堵感があった。タツキはほお、と長い息を吐きながら、ここ一か月半の間で初めて心から息を吐けたような不思議な心持になった。

 その時、頭上から「そろそろだな。」と低く響かせた声の主はリョウであった。四人ははっとなって後方を振り返る。「そろそろ、スタートだ。準備はいいか。」

 「もちろんです。」タツキは肯いた。三人も幾分緊張した面持ちでそれに続く。

 「俺らの大切な客だ。楽しませてやってくれよ?」リョウは四人に優しく微笑みかける。

 四人は互いの目をじっと見つめ合いながら、一人一人ステージへと飛び出していった。


 そこは眩いライトが照らす異空間であった。一度目のライブとは全くその温度が、空気が、違う。満身に突き刺さるような熱気は果たしてこの眩いライトのせいだけなのであろうか。タツキは目の前の観客を見ながら、即座にそれを否定せずにはいられなかった。誰もが、餓えた獣のように欲望と攻撃性に満ち満ちた眼差しでステージを見上げている。下手なエサを投げればすぐにでも食い殺してやるといったような眼差しで。

 タツキは振り返る。コウキがスティックを手に、三人をにやりと笑みながら見詰めていた。

 ――OK。四人の視線が交差する。その瞬間、一呼吸を置いて爆音が鳴り響いた。四人の音が、一気にこの世界を自分の世界へと塗り替えていく。

 レンはタツキと共にイントロのリフを刻みながら、観客一人一人を睨みつけるようにしてグロウルをがなり立てた。血の底から這い上がるようなその声に、観客は次々に歓声を上げていく。

 ――成功だ。

 タツキはそう直感し身震いがした。自分の曲がしっかと受け入れられていく。刺さっていく。自分の曲が観客の胸を打ち、それが目の前で激しいヘッドバンキングと突き上げる拳によって表現されていく。その様にタツキはいてもたってもいられなくなった。次第に自分も激しいヘッドバンキングをしながら、ギターソロの襲来と共に中央へと駆け込んでいく。

 チョーキングを入れたギターソロ最初の一音が響き渡る。と同時に、多くのメロイックサインが自分の元へと伸びてきた。タツキは彼らに向けて笑った。声を上げて笑った。自分は殺されたのに、こんなにも受け入れてくれる人が、いる。自分が生きていていいと言ってくれる人が、これだけ、いる。それが突き抜ける程の歓喜を齎し、一気に、排除され疎まれた過去を追いやっていく。

 レンはその隣でリフを刻みながら、タツキに笑いかけた。タツキの音楽は万人に受け入れられるものなのだ、そう互いに確認し合いたくてたまらなかったのである。それはショウも、コウキも同様であった。三人はタツキを湛えるために必死に自分に課せられた音を全身全霊で出した。タツキの才がここまでバンドを引き上げてくれた。身分不相応なチャンスさえものにできた。そしてそれはこれからもきっとずっと続いていく。それらの思いは感謝となって三人の胸から溢れ出していった。


 「やるなあ。」ステージ袖から満足げな笑みを浮かべながら、シュンが呟いた。「二回目のライブだとはとても思われねえな。」

 「お前はここまでこいつらがやるって、わかってたわけ?」アキがリョウに尋ねた。

 「んなのわかる訳ねえだろ。」

 「マジか!」シュンが目を見開く。

 「だけどな。」リョウはにやりと笑んで、「……あのギターの書いた曲、あれは絶対ぇ世間を震撼させるっつう確信はあった。」

 シュンは目を丸くする。「マジで、そんだけ? 曲良くてもライブでとちったらどうするつもりだったんだよ。」

 「まあ、何とかするだろうなって……。」リョウは苦笑を浮かべる。

 「何だそりゃ。お前、こいつらの初めてのライブ、見てきたんだろ? どうだったんだ? 多少はできてたんか?」

 「ありゃあ、酷いモンだったぜ。」リョウは身を乗り出して言った。「まあ、一回目っつうことを加味しても、素人同然の、固まってろくに動きやしねえ、相当クソダセエライブだったかんな。」

 「お前、んなのを前座にしようと思ったのかよ!」シュンが思わず声を荒げる。

 「否、でも、曲が良かったから。」

 「お前さあ、曲が良くってパフォーマンスダメだっつうんなら暫く育てて、それから前座にしたっていいじゃねえか。ヴァッケンの凱旋だぞ? 何やってんだよ。勝手にクソやべえことやってんじゃねえよ。」

 「でも、モタモタしてたら、他に取られちまうかもしんねえじゃん。唾つけとくのは早ぇ方がいいだろが。」

 シュンは大きな溜息を吐いた。「んな賭けみてえなこと、凱旋ライブですんじゃねえよ。」

 「でも観ろよ。」リョウはステージ上で精鋭たちを至極満足させている四人を見詰めながら言った。「一応及第点は取って来たろ? ああいう若いのを表に出して多少脅かしておかねえと、オッサンどもは現状に満足しちまうかんな。日本のデスメタルシーンを停滞させんのは俺が許さん。」

 「お前が許さんっつっても、……なあ。」シュンが呆れたような眼差しでリョウを見上げる。

 「まあ、俺はこれから自分のバンドのことばかりじゃなく、日本のデスメタルをな、活性化させることをこれからは考えていくっつうことだ。あっははは! 何かリーマンみてえだな! 俺!」リョウはそう笑ってビール瓶を呷った。

 「父親になる男は違ぇな……。」シュンはぼそりと呟いた。

 アキは一人黙してひたとステージを見詰めていた。たしかに技術における甘い点はある。バンドとしてのまとまり、というか阿吽の呼吸についてもまだまだ足りていない。しかしこれらは回を重ねることでクリアできていくものであり、それゆえ大きな問題とはなり得ない。それよりももっと痛切に感ずるのは、彼らの曲がどこかリョウの生み出すそれと似ているということであった。無論コード進行や、メロディといった点ではない。ならばどこがだろう――? 暫くアキは考え込んだ。そしてもっと根源的な部分だということにはたと気付かされる。おそらく、あのギタリストの思想、哲学、のようなものがリョウのそれと通底しているのだ。だからリョウは誰の目にもつかぬような、それこそパフォーマンスも未熟に過ぎる者たちをここに引っ張り上げてきた。リョウもおそらくは同じようなことを、感じて。だとしたら彼らがいつしか自分たちのライバルとして君臨する日も来るのかもしれない、と思えばアキは自然とその頬に笑みを浮かべた。リョウが言ったようにデスメタルシーンが盛り上がっていくことが、今ここに否応なしに確信されていったのである。

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