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STIGMATA  作者: maria
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 I AM KILLEDの知名度が一気に上がったのは、無論客数十数名の初ライブのお陰ではなく、Last RebellionがHPに次の凱旋ライブの告知と共にオープニングアクトとしてI AM KILLEDの名を公表したからに他ならない。

 インターネットで幾ら調べても音源の一枚も出ていないばかりか、たった一度ライブをしただけに過ぎないという、完全なる無名バンドの実態に、多くのLast Rebellionファンは首を捻った。ヴァッケンのステージにさえ立った今のLast Rebellionならば、それこそどこの誰だって引き連れてライブをすることができるはずである。なぜこのバンドなのであろう、と。


 「とんでもねえことになってる。」スタジオリハの最中、ドラムの椅子に座りスマホをいじりながらコウキが呟いた。「何でお前らがLast Rebellionの前座やんのかって、山のようにLINEが来てやがる。」

 「んなのいいからさ、もう休憩時間終わりにしてとっとと曲合わせようぜ。」タツキが呆れたようにショウを睨んだ。

 「……名もねえ音源もねえバンドの癖してって先輩からも来てる……やべええよおおお。」ショウはそう叫んで身を屈める。

 「何だよ今さら。やりたくねえのかよ。お前だって乗り気だった癖して。」タツキは苛立ちながら少々凶暴になったリフを刻む。

 「やりてえに決まってんだろ! Last Rebellionだぞ? 曲がりなりにも同じステージ立てるなんつったら、奇跡だって偶然だって間違いだって飛び付くだろ。悪いが俺は高校通うのにまいんち『BLOOD STAIN CHILD』聴いてた口だかんな。」

 「ありゃ名曲だ。」レンもマイク越しにぼそりと頷く。

 「そのお人が、だ。俺らに声かけてくれるなんて、奇跡だろ、奇跡。」

 「タツキはサポートの方はどうなんだ? 練習してんのか?」ショウがそう穏やかに尋ねた。

 「してるよ。」タツキは淡々と答える。「まいんち自分の曲と交互に練習してる。……でも、やっぱリョウさんの曲は凄ぇよなあ。実際弾いてみるとその凄さがマジでわかってくる。あんなのふっと頭に思い浮かぶモンなんかなあ。俺はまだまだだ……。」

 「あれをリョウさんはともかくとして、ミリアさんは小学生の頃から弾いてんだろ、天才だよな。」ショウが溜め息交じりに呟く。

 「否、でもテクニックじゃねえんだよ。何つうか思いがさ、普通の人とは違うんだよ。」タツキはそう言ってスタジオ前面に貼り出してある鏡越しに自分の顔を見詰めた。おそらくリョウは自分に同じような感情をかぎ取って、サポートにしようとしている。それは表面的なテクニックではないからこそ、多くの人間にとってはわかりにくい。ここで自分が失敗をすれば、リョウは人を見る目が無かったと嘲弄されるであろう。だからこそ裏切りたくはない、もとい裏切れない、という思いがあった。

 I AM KILLEDはリョウから受けたアドバイスを基に、毎晩のようにスタジオリハを繰り返した。スタジオリハを録音し、ミーティングを行い改善点を話し合い、翌日までに徹底的に直す。その繰り返しである。不思議と誰も弱音を吐かなかったし、厭だとも言わなかった。突然訪れたこの僥倖を、単なる奇跡として終わらせてなるかという思いが一体感さえ生んでいった。

 Last Rebellionの凱旋ライブは都心の大規模なライブハウスで、定員は五百名である。ヴァッケンとほぼ同じ曲をやるというので、多くのマスコミも来るようであった。一方、既にバンドのサイトにはミリアがステージは上がらない旨が公表されていた(その理由については体調不良とだけ示されてあった。)が、代理が誰であるのかは当日公表とされ、示されていなかった。

 ネット上ではミリアの身を案じる言葉と共に、誰がサポートギターを弾くのかという話題で持ち切りであった。そこに挙がる名は、当然のことながら、いずれも名のあるメタルギタリストの面々である。今ならば国内ばかりではなく海外からも呼べるであろうと、冗談交じりに、世界的に有名な外国人メタルギタリストの名なんぞもこれみよがしに挙がっている。それを見るとライブに寄せる客の期待感を思い知らされ、タツキは身の縮み上がる思いがした。しかし日は刻々と、迫る。I AM KILLEDのオープニングアクトのリハと並行して、Last Rebellionのリハにも参加する。リョウにしごかれ、周囲とのレベルの差を痛感させられながら、ライブまでの一か月半の期間はタツキにとって人生最短かつ最も充実した一か月半となった。


 I AM KILLEDのメンバーが会場に足を踏み入れた時、全員が申し合わせたように溜め息を吐いた。その客席の広さ、空間の高さ、そしてその新しさ。築三十年を超えたワイドグライドとは全く別物としか言いようがなかった。

 「ひれえなあ。」レンが首の運動をするように回して言った。

 「こんな所で二回目のライブって、あり得ねえだろ。」ショウもそう言って唸る。

 「んなことよりも、リハだよ、リハ。」タツキはそう言い捨ててむしむしと楽屋に進んでいく。「とっとと楽屋に荷物置いて、まだまだバンに機材入ってんだろ。運ばねえと。」

 三人はうやむやに肯く。

 機材を運び込み、早速音を出すとそれは空間のせいか、どこまでも広がっていくような解放感を与えた。

 四人はPAの指示に従って各自音を出し、曲を合わせていく。今日与えられた時間は前回同様、三十分である。決して自分たちを見に来たわけではない、初めて出会う観客を相手にどこまでやれるのだろうか、四人の胸中には少なからず不安の暗雲が広がっていった。


 「音、聞こえるか?」ライブハウスのまだ開かぬ扉に耳を押し付けて、黒い長髪の男が尋ねる。男の着用しているTシャツは、国内未発売のLast Rebellionのヨーロッパツアーのそれである。

 「聞こえる、聞こえる。」

 「どうだ?」眉間に皴を寄せながら、リョウと同じ赤髪の男が尋ねる。彼のTシャツもまた、大分年季の入ったLast Rebellion初期のレアものである。

 「どうだっつわれてもなあ……。」もう一度黒髪は耳を扉に押し付ける。

 「……デスメタルだ。おお、意気のいいツーバスが聴こえるぞ。おお、おお、なかなか元気なグロウルじゃねえか……。よしよし。」

 赤髪は隣の茶髪の男と顔を見合わせる。「形は整ってるっつうことか。……でも、何にしても、リョウさんはなーんでこんな無名バンド、つうか結成したてのバンド前座にしたんだろうな。」

 「気に入ったんだろ。一目惚れっつうやつだ。」

 「……にしてもよお。」赤髪は言葉を濁す。「相手は誰も知りやしねえ。音源もねえ。ライブも一回しかやったことねえ。アマチュア中のアマチュアだぞ。単に機会に恵まれなかったっつう不遇のバンドじゃねえ。どんだけ気に入ったつう話だろ。」

 「嫉妬か、おい?」扉から耳を話した男がそう言って笑った。

 「嫉妬、かあ。……ま、そうかもしれねえな。……だって俺らは筋金入りだからんな。それこそミリアちゃんがこーんなちっちゃい頃からライブに通い詰め、ミリアちゃんの成長をだな、いわば我が子を見守るようにして観てきた訳だ。」

 「……お前、そうだったんか。」茶髪が目を見開いて驚嘆の声を漏らす。

 「そうそう。こーんなちっちゃい時にやたらでけえFLYNG V引っ提げてステージ上がって、客をぶったまげさせてた時代から、モデル始めて何だか女の子たちにきゃあきゃあ言われて、そんで映画も出て、そんで遂にはリョウさんと結婚して大学も出てっつう時代まで、まあ、いわば何から何まで見てきた訳だ。もうこれは我が子以外の何者でもねえ。」

 「そういう、もんか……。」渋々黒髪は肯いた。

 「ああ、でもそのミリアちゃん体調不良っつうが、大丈夫かなあ。始まって以来じゃねえか、ライブキャンセルなんて言うの。一体どうなってんだよ。」赤髪は頭を掻き毟る。

 「でも入院もしてねえっし自宅療養だっつうから、まあ、そんな大した病気じゃあねえんだろ。」黒髪はそう言って微笑む。「そのうち元気いっぱいに出てきてくれるよ。」

 「俺、……思ったんだけどよお……、」茶髪は二人の顔を順番に見詰めながら、小さな声で「ミリアちゃん、妊娠じゃねえの。」と問うた。

 黒と赤は目を見開く。

 「だってよ、リョウさんがサポート使ってライブやるって相当だぞ。言っとくが、ミリアちゃんよりリョウさんに合うギターってこの世に存在しねえかんな? だから遂に、悲願の超一流遺伝子によるメロディックデスメタルギタリストのご誕生じゃねえのかって思うんだけどよお。」

 「マジ、か……。」息も絶え絶えと言ったように黒髪は喉元を押さえよろめいた。

 「だって今までただの一回も、ミリアちゃんがライブ穴開けたことなんかねえんだぞ。そんで理由が体調不良だけど、大したことねえから心配すんなって……。もう、絶対ぇそうとしか思えねえだろ!」茶髪は言っている内に次第に自身も興奮してくるのを覚える。

 「じゃあ、とっとと公表すりゃあいいのに。隠し立てするようなことじゃねえだろ。」赤髪は不審げに茶髪を睨んだ。

 「わかってねえな。」茶髪はふふん、と鼻で笑い、「ガキが生まれるまでは色々大変なんだよ。安定期っつうのに入るまでは、流産とか結構あるみてえだしな。実際に生まれるまでは五体満足かっつうのも、わかんねえし。」

 「何でお前そんな詳しいんだよ。」黒髪は睨んだ。

 「妹が二人産んでる。」

 二人は感嘆の声を上げた。

 「だからだ。……俺は今回この無名バンドから引っ張って来た、サポートギタリストを見極めてやる。もしミリアちゃんのパートを台無しにするようなことがあれば、リョウさんに即、直訴だ。俺らは何せ『精鋭』だかんな。」

 その、かつてリョウが、全国どこまでも追いかけてくる少数のファンに対して付けた名称に、三人は哄笑し互いに互いを称え合うように叩き合った。

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