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STIGMATA  作者: maria
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 「お疲れー。」ヒロキは腕組みをしたまま、犬のように走り込んできたタツキに微笑みかけた。

 「初めてライブできましたよ! 遂に!」

 「観てたんだから、わかるよ。」

 タツキはヒロキの隣で微笑んでいるリョウを見上げる。

 「あの、……Last Rebellionのリョウさんですよね。」

 「ああ。初めまして。」

 「初めまして! あの! 自分、タツキって言います。タツキは一本の樹でタツキ。あの! あとでサイン下さい。楽屋にCDあるんで。」

 「何で用意してんの? 俺が来るの知ってたの? 今日来ること決めたのに?」不審げにリョウはヒロキに尋ねた。

 「ああ、こいつ楽屋に住んでるんすよ、ここの楽屋に。」

 リョウは目を見開く。そこからはタツキが代わって、自分がライブハウスに住み込みで働いていること、まだ上京して数か月しか経っておらず、これからライブをもっともっと増やしていきたいといった現状を話し出した。

 「……ここが職場兼住居ってことか。随分気合入ってんなあ。」リョウはしみじみとタツキを見詰めた。顔にはまだ幼さの残る少年である。それがどうしてあんな音を生み出すに至ったであろう。どこか自分に相通ずるものを感じつつ、リョウは早速、「来月の三十日なんだけど、空いてる?」と問うた。

 「空いてます!」まだ何も言わない内から、タツキは兵隊の如く大声で即答した。

 「あっはは! 良かった。じゃあさ、俺のバンドのライブがあんだよ。ギターでサポートやってくんねえ?」

 「は? サポート?」頓狂な声で問う。

 「ミリアが産休に入ってさ。」ミリア、というのはリョウの妻であり、長らくバンドでも共にしているギタリストであった。

 「えええ?」と絶叫に近い声を上げたのはヒロキの方であった。「リョ、リョウさん、こ、子供生まれるんすか?」

 「それが、俺にも暫く知らされてなくってよお。ヴァッケン終わるまでは言う気はさらさらなかったんだと。で、ヴァッケンのステージ降りた直後だぜ? 突然ゲロ吐いて。びびるだろ? 医者呼べーって騒いだら突然ミリアがガキができてんだって。悪阻だって言うんだから。……だからその後から速攻産休。今は田舎からミリアのばあさんがやってきて面倒見てくれて、うちでゆっくりしてるよ。」

ヒロキは唖然としてリョウを見上げた。「……お、おめでとう、ございます。」

「ありがとな。……けどよお、そしたら凱旋ライブのギタリストがいなくてよお。誰に頼むかなって考えてたとこなんだ。で、お前、弾いてくんねえか?」

 タツキはがくがくと震えるように頷いた。

 「マジ、……すか。俺でいいんすか? 何でですか。他に巧い人いっぱいいんのに……。」

 「そりゃそうだな。」リョウはそう言ってどこか遠くを見るような目をした。「正直、テクニックに関してはこれからしごきてえ部分が満載だ。でも何かさ、お前のプレイが似てんだよ。ミリアに。ひいては俺に。」

 「そ、そうすか?」ヒロキは疑い深く睨む。自分が何度もコピーをし、影響を受けていると自負するギタリストは、Dimebag DarrellにJames Hetfield、Jeff Hannemanといった人々であってLast Rebellionも無論全てのアルバムを聴いてはいるものの、未だコピーしたことはなく、いわゆる身で聴くまでには至っていなかったのである。

 「あのさ、間違ってたら間違ってたでいいんだけど、……お前、自分の経験を曲にしてねえ? それも、思い返すのが辛くなるようなドギツイやつ。」

 タツキは唖然としてリョウの顔を見詰めていたが、暫くすると力無く「……はい。」と肯いた。

 「だよな。」リョウはタツキの背を軽く叩いた。「やっぱ間違いねえ。同類だ。頼むな。」

 タツキは身を硬直させたままリョウを見上げていた。なぜわかるのだろうか。自分が親から排除されたことを、どこまで見通しているのであろうか。タツキは恐怖を覚えた。

 そこに楽屋からおそるおそる、といった具合に三人が先頭を押し付け合いながらやってくる。

 「は、初めまして。」と最初に言葉を発したのはやむを得ず千頭になってしまったレンであった。「この度はわざわざごソクロウいただきまして、ありがとうございます。」

 「ああ、いいモン見せてもらったよ。」頻りに瞬きを繰り返しているヒロキをよそに、リョウは三人に笑顔を向ける。「正直、バンドとしての一体感、つうかカラーはまだまだだけどな、これから経験積んでけばいいライブができるようになると思う。何せ曲がいいしな。それにリズム隊のどストレートな感じが俺のタイプだ。」

 「おお! ありがとうございまっす!」コウキは一気に破顔する。

 「で、来月の三十日なんだけど、俺らのライブのオープニングアクトを任せてえんだ。今リーダーさんに聞いたら日程的には大丈夫っつう話なんだけど……。」

 「大丈夫です!」ほとんど睨み付けるようにコウキは言った。「槍が降ろうが親が死のうが駆け付けます。そんで死ぬ気で練習してきます。今日みてえなミスは絶対しません。Last Rebellionの大事な大事な凱旋ライブを、俺らが盛り立ててみせます。」

リョウもヒロキも、それからタツキも一斉に笑った。

「良かった。詳細は後でメールすっから。頼むな。」リョウはタツキをしっかと見て言った。タツキはその慈愛に満ちた瞳に、自分の過去の全てを打ち明けたいという衝動さえ覚えた。が、その時、リョウの微笑んだ顔にライトが当たりタツキは眩しさに目を閉じた。ステージではまだ次のバンドが演奏している最中であった。発言のタイミングを失ったタツキは、しかし自分の思いは曲にすればいいのだ、ギターで語ればいいのだと納得し、リョウに「よろしくお願いします。」と告げた。

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