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STIGMATA  作者: maria
10/63

10

 タツキは早速初めて得たライブハウスでの給与をもって中古のパソコンを購入し、それからというもの朝な夕な、曲作りに励んだ。胸中に眠っている感情に向き合い、相応しい音を能えてやると、それはすぐさま曲になって幾つも溢れ出していった。タツキはその時初めて、自分には音楽の才があることを自覚した。今まで没入してきたピアノ楽曲の数々は、タツキの感情を表に出す基礎として全てが生きていった。それは家族から排除された悲しみを、存在さえ無きものとされた苦しみを、一気に浄化していった。

タツキは運よく上京してから間もなく、店長の紹介で、ボーカリスト、ベーシスト、ドラマーと親交を結び、バンドを結成する運びとなっていた。タツキはそこで、ギタリスト以外にも作曲者としての地位を占めていたのである。作曲をするにはパソコンが必須、と教えたのは他のバンドではギタリスト兼作曲家として活躍しつつもボーカリストに転向したレンである。

タツキは作曲最初の一曲目を仕上げると、レンに楽屋で聴かせた。タツキの曲を聴いたレンは、そのイントロからパソコンに食い入るように顔を近づけた。タツキは何を言われるやら、恥ずかしくもあり緊張感もあり、曲が終わり切るまで二人とも無言であったが、最後のリフが終わると、「何つうか、さ。……初めてイングウェイ聴いた時みてえな感じだ。」とレンが茫然と呟いた。

「あっは! マジか!」タツキは腰まで伸ばした髪を一つに結い上げているレンの背をばしん、と叩いた。

「否、マジでさ。……お前、ガキの頃、クラシックやってたつってたよなあ。」

「ああ、ベートーヴェンはお手のモンだぜ、ちゃららーんってな。」テーブルを弾く真似をする。

「冗談じゃねえよ。マジで言ってんの。お前、これは、お前にしか作れねえ。デスメタルしか聴いてねえような俺らには、到底及ばねえ曲だ。」

そろそろレンの驚愕もとい真剣さがタツキにも伝わってくる。

「これ、もちっと音入れてさ、ギターツインにしてみたらもっと厚みが出て、お前の世界観がはっきりするんじゃね? ギタリスト見つかるまでなら、俺バッキング弾くからさ。ちっと、これギターもう一本重ねて作ってみろよ。このリフ強力すぎっからよ。重ねて強調してみた方が絶対いい。」

「ああ、マジで?」タツキは顔を綻ばせる。「本当はツインにしたかったんだよなあ。でもギター俺だけだろ? レンが弾いてくれんならいくらだって作れる。」

そうして完成した曲は、レンのみならず、他のメンバーも瞠目させるものとなった。バンド活動は開始するなり一気に多忙となった。毎夜、それぞれの仕事を終えるとスタジオに集まって、湯水のように生み出されていく新曲を合わせていく。一日でも早く、これを世間に公表したい。ライブをやりたい。音源を作りたい。メンバーはその衝動に突き動かされながら、練習の日々を送った。


 「今日の新曲も最高だったなあ。でも、また別の作ってんだろ。」とレンが言う。

 「今度はミドルテンポの曲でさ。でも正直ギターソロで迷ってる候補が幾つかあってさ、ちっとどっちがいいか選びに、また来てくんねえ?」タツキはさすがの徹夜明け幾分眠い目を細めながら、ギターをよいしょと持ち替えた。

 「ああ、いいけど。……つうかさ、お前いつまであそこにい続けんの?」

 「いつまで、って、いつまでもいるよ。」

 「……ライブハウスっつうのは、ライブをする所であって住む所じゃねえと思うんだが。」と至極真っ当なことを言い出したのは、タツキより五つばかり年上で、常日頃からタツキの生活を心配し、あれやこれやと世話を焼いてくれるベーシストのショウである。

 「建物っつうのは人が住むためのもんじゃねえか。屋根と壁があればどこだって住めんの。昔の人は洞窟にだって住んでたんだからさあ。それと比べりゃ壁があるだけ全然住居なの。」タツキは不機嫌そうに捲し立てた。

 「マジで言ってんのか。」とは最後にバンドに加入したものの、もう既にすっかりなじみ切ったドラムのコウキである。会って早々腰までの長髪はメタラーとしての覚悟の証で、断髪式は死後にやれと命じた、生粋のメタラーである。「だってお前楽屋で寝起きしてんだろ。」

 「楽屋っつったって、店長布団くれたし。銭湯は徒歩五分ぐれえの所にあるし。便所はもちろんあるし。」

 「そういう問題かよ。……あ、もしかしてお前凄い貧しい家庭で育った人?」

 「……。」タツキは黙った。実家のことは口にしたくなかった。というより思い出したくもなかった。自分がいてもいなくても、何も変わらないに相違ない。今頃父母は姉を支えに生きているのだろう。もう自分のことなど忘れてしまったとしても、何の不思議もない。それをこちらばかりが一方的に思い出すという構図は、辛かった。

 「ああ、言いたくねえやつか。」コウキは勝手に納得して肯いた。

 「まあ、でもさアパート入るようなことあったら言えよな。引っ越し手伝ってやっからさ。」ショウが微笑みながら言う。

 「引っ越しって、こいつギター以外何も持ち物ねえじゃん。」コウキがタツキをちらと見た。

 「布団あるっつったろ! あとパソコン! あれがねえと作曲できねえ。」

 「じゃあ、布団持ってってやるよ。」ショウが優しく微笑む。

 「でも、正直この世でライブハウスで生活してる奴はお前だけだ。」コウキが冷静に言った。

 「ヒロキさんが紹介してくれたんだ。」タツキは自慢げに言った。「俺が生まれて初めてライブハウス行って、ヒロキさん観た時。ヒロキさんみてえになりてえって言ったら、上京する気があんなら紹介してやるって。今思えば、それはきっと、ここで音楽のことを勉強しろってことだったんだろうなあ。」

 「ああ、あのDead Sorrowのヒロキさんか。」コウキが肯く。「でもよお、そんな深い思し召しがあんのかなあ。ただ中学出たてで金無さそうだから、自分の知ってっ所紹介したっつうだけじゃねえの。それがこんな長々といつくなんて、ヒロキさんは当然、店長だって思ってなかったんじゃねえの。」

 「違ぇよ。俺が音楽で身を立てていくのに、最善の環境を与えてくれたんだよ。そうなの。ヒロキさんはああ見えて、実際優しいんだ。」タツキは強固に言い放つ。

 「じゃあお前があそこを出るのは、……結婚する時かな。」ショウが可笑しそうに呟く。

 「結婚なんかしねえよ。バンドマンの人生にそんなん、必要あるか。」

 ビルディングの合間を、昇ったばかりの旭日がオレンジ色に染めていく。タツキは疲弊した体で眩しい陽光に照らされたライブハウスの鍵を開けると、ドリンクコーナーのミネラルウオーターを一気飲みし、それから楽屋の布団に潜って寝た。ここで見る夢はいつも幸福である。自宅の豪奢なベッドで見る夢には色が無かった。そんなことをふと思い出しながらも、不思議と悲しくはなかった。そんなことよりも、自分が生み出す曲の可能性とバンドの将来に今見たばかりの旭日が重なって幸福だった。

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