9話 精霊と遊ぼう
並ぶパソコンを眺めていると、ふと見えた黄色の鳥のような精霊の残像。雷鬼とは似ているが、別の精霊だろう。
なんとなく目で追っていけば、自動販売機まで続いていた。
「ん?」
自動販売機の上で精霊が笑顔で下を見ていた。その視線の先で、小さな女の子がなにか買おうとしている。
そして精霊が一層笑みを深めると、爆発した。
「わっ!」
自販機は本来飲み物を出す場所から黒い煙を吹きだし、時々火花も散っている。
少女のことを探せば、少し離れた場所にいた。黒髪の女の近くで尻餅を付きながら、何が起きたのか理解できない顔で自販機を見ていた。
「な、なんだなんだ!?」
「爆発!?」
従業員や消火器を持った人が集まる中、干川は少女と女の元に近づけば、それよりも早く母親らしき人が駆け寄った。
「ゆい! 大丈夫!?」
「なんか爆発した」
「ケガは!?」
「?」
不思議そうに首をかしげる少女に安心したように抱きしめると、母親は少女を連れ、足早に今だに煙を吐き出している自販機から離れていった。
残った女はその親子を静かに見送ると、干川に目を向けた。
「ぁ……えっと」
「まったく」
「え゛」
ため息をつかれ、言葉を詰まらせていれば、笑い声のような囀り。目を向ければ、こちらを見ている精霊がいた。
精霊は笑いながら数回、干川と女の周りを飛ぶと、また飛んでいった。
「捕まえろってことか?」
「でしょうね。遊べる相手を探しているだけでしょう」
「遊べるって……もしかして、アレも?」
ようやく煙も収まり始めた自販機に、女は頷いた。
「精霊なんてそんなものだ」
アレが遊びだというなら、このまま放置すればまた同じことが起きるということだ。それは阻止しなければ。
干川の能力は追跡は得意だ。周りに目を向ければ、案の定、残像がある。
「俺、捕まえてきます!」
「私も手伝います。手分けして探しましょう」
そういって、干川の見ていた方向とは逆の方向を見つめた女に慌てて止める。
「こっちです! こっちに逃げていきました。俺、こういう追いかけるの得意なんです」
数回まばたきを繰り返すと、女は頷き干川の後ろについてきた。
残像を追いかける中、干川はふと尋ねる。
「もしかして、カクリシャですか?」
見ようとすれば見える目。それが、彼女がカクリシャだと告げていた。
「…………えぇ。まぁ」
少しだけ気まずそうに答えた彼女に、干川は慌てて自分もそうだと告げる。カクリシャは能力によって、疎まれることもある。彼女も過去に何かあったのかもしれないが、干川もカクシリャと聞くと、少しだけ口端を上げた。
「俺は視えるんですよ。精霊とかカクリモノとかが元々いた場所に」
「なら、辺り一面精霊ってことになりそうですね」
「さすがに時間が経つと消えますよ。確かにずっとだったらヤバいかも……」
それこそ精霊の数は多いし、カクリモノも今までのものが全て見えていたら人も物も紛れて見えなくなるだろう。
「そういえば、精霊のこと、詳しいんですね」
少しだけ驚いたように目を大きくした彼女に、干川は頬をかいた。
「だって、あの時女の子助けてたじゃないですか。俺、見てたけど笑ってるってくらいで、あんなことになるとは思わなくて」
分かっていたからこそ、少女を逃がしたのだろう。
「あぁ……そうですね。考え方が違うから……言ったでしょ。精霊にとって爆発も鬼ごっこも同じ。”遊び”なんです」
「へぇ……」
「あなたの知ってる精霊はいいタイプなんですね」
「あ、そう、ですね」
風鬼も雷鬼も、あんなことはしない。日向と契約しているからかもしれないが、今まで見てきた精霊も自販機を爆発させるようなのは初めてだ。
残像が強く残っている。近い。
「たぶん、曲がったらすぐです」
たしか、この先は行き止まりのはずだ。干川がその通路に躍り出れば、精霊。本物だ。
「いた!」
捕まえようとすれば、するりと手の届かない高い場所に飛んでいく。
「ずるっ!!」
干川の反応がおもしろかったのか、囀るように笑った。
頭上で回る精霊に、干川も悔しそうに構えるもののさすがに届かない。すると、視界に何か四角いものが入ってきた。
「?」
目を向ければ、見覚えのあるもの。電池パックだ。
すると、精霊も興味があるのかそれに近づき、投げられた電池パックと同じ軌道を描き、手の届くところまで降りてくると、女の手に収まった。
「捕まえた」
精霊もそこでようやく自分が捕まったことに気がつくと、笑い、消えた。
どうやら、遊びは終わりということらしい。
女も携帯に電池を戻しながら、軽く息をついた。
「次の遊びにならなくてよかった」
「て、手馴れてますね」
「……そうですか?」
頷けば、女は困ったように眉を下げる。
「そうかもしれません。でも、早く済んでよかった」
「あ、なんか用事ありましたか?」
「いいえ。ただアイスを買ってきて欲しいと言われていたから。早く買っていってあげないと」
「そうだったんですか」
エントランスまで戻れば、入口の方から見たことのある顔がふたつ。片方は元々待ち合わせしていたが、もうひとりは違う。
「すまーん。遅れた。あと、そこで斎藤さんに会った」
暇だったからという理由で来たらしい。その斎藤に目をやれば、こちらを見ることもなくじっと後ろに立つ女を睨んでいた。
「ッ」
「あれ? 好みだった?」
絶対違う。むしろ、この険悪な空気でそんなことを言える友人に呆れるしかない。
「なんでテメェがここにいんだ? つーか、なんでこいつといんだ」
「ぇ……」
「成り行きだ。それに、今あなたたちと戦うつもりはない」
「それで逃げられると思ってんのか?」
「逃げる? あなたには私を捕まえる権利もないでしょう」
「寝ぼけてんのか? 指名手配犯様がよぉ」
干川と梶が驚いている中、女は小さく息を吐くと干川へ目をやる。
「明かすつもりはなかったが、もし、天ノ門が、いや、この世界が嫌にならば、我々のところに来るといい。ミントは君を歓迎する」
「!!」
脳裏によぎったのは、ミントと初めて会った日のこと。地下で切りかかってきた女の姿。
あの時は、薄暗かったことやいきなりのことでほとんど見えていなかったが、今、はっきりとわかった。彼女はあの時、切りかかってきた女だ。
干川が息を詰まらせていれば、司会を遮るようにして入ってきた斎藤の背中。
「無視してんじゃねェ」
「いいえ。ここは、無視させてもらおう」
次の瞬間、金属の触れ合う音と強い風。
気が付けば、女はいなくなっていた。
「……」
干川が呆然とし、斎藤が逃げられたことに舌打ちしていると、梶が笑った。
「逃げられてんの!」
「ッせェ!!」
これにもやはり、呆れる他なかった。
部屋に入れば、待ちわびていたかのようにお気に入りのミント色の髪を持つ女が笑顔で出迎えた。
「おかえりなさーい」
「ただいま。はい」
チョコミントアイスを差し出せば、嬉しそうに受け取り、早速食べ始めた。
「彼と会った。やはり、観測者。過去視を持っているらしい」
「やっぱり? うーん……欲しいわねぇ。ミント派だし」
「……」
「勧誘はちゃんとしたの?」
「したが難しいだろう」
「あらぁ? そりゃぁ、口下手なあなたの勧誘じゃぁ、効果ないかもしれないけどぉ」
新しく会話に入ってきた声に目を向ければ、派手な服を身にまとった女。
「年頃の男の子だものぉ。あたしの色仕掛けで一発よ」
「色仕掛けだって! 色仕掛け!」
「変なのギャハハハ!!」
けたたましい笑い声に、派手な女も笑うふたりを睨みつけ、言い争い始めた。
「まぁ、彼と……うん。勧誘は機会があればいいわ。今は、計画を進めましょう」
「はい」
「さっ! アイス、食べましょう」
差し出されたチョコアイスを受け取った。