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カクリモン  作者: 廿楽 亜久
1章

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8話 憑依装置

 車から降りれば、そこは変哲のない倉庫。


「結界の類はなし、か」

「はい」


 逵仲はゆっくりと歩を進めた。

 今回の仕事は、反社会勢力が開発しているという憑依技術の奪還及び破壊だ。

 反社会勢力のため、警察と連携しているが、この場にいるのは逵中と干川のふたりだけ。逵中はいくつか携帯を操作するとしまう。数分で警察の仲間が到着するだろう。


「我々はこのまま進む。あまり離れないように」


 榊や斎藤は別方向から侵入しているはずだ。

 騒ぎが起きていないということは、今のところ、どちらもバレていないということだ。

 倉庫の扉をゆっくり潜れば、そこにはコンテナやダンボール以外に何もない。


「フェイク……?」


 嘘情報かと、逵中は周りに目をやれば、干川がある場所を見ていた。


「あそこに人影が」

「……」


 干川の目は、過去の記憶を読み取ることができる。その度合いは、体調や意識により変わるものの、おおよそカクリモノに関しては2日程。カクリシャに関しては1日。

 どちらにしろ、ここに人がいたのは間違いないようだ。

 慎重に歩を進めれば、コンテナの影に排水溝。


「地下工場か」


 榊と斎藤たちも合流すると、排水溝の蓋を慎重に開ける。下の様子は暗く、伺えない。


「私が降りよう」

「え……警察は待たないんですか?」


 その返事は逵中ではなく、後ろから肩を組み体重をかけてきた斎藤から返ってきた。


「バーカ。憑依技術なんか警察だって欲しがってんだ。裏で強化警官造りに薬物にサイボーグだのやってるって話だぜ?」

「それ、都市伝説じゃないんすか……」


 梶から似たようなことを聞いたことがあるが、もちろん実際に見たことがある人もいない根も葉もない噂だ。

 だが、斎藤はおもしろいだの嘘だとも決まってないだの、梶と似たような文句を言っている。

 そんなふたりを無視したまま、排水溝をのぞき込んでいた榊は、底から数度光る合図に、干川に声をかけた。


「滑らないように。ゆっくりでいい」


 逵中から注意を受けながら、滑らないようにゆっくりと排水溝を降りる。

 無事降りれば、すぐに滑り降りるように降りてきた斎藤。


「ったく、おせーんだよ」

「すみません」

「干川君。なにか見えるかね?」


 逵中が指したのは壁一面の傷。干川の目には、降りてからずっと映っていた。大柄の人が暴れる様子。

 そして、軌跡を辿れば、水の中に入り、水面でもがき、そこから先がない。


「暴れて、水に落っこちて死んだのかよ。ダセーな」

「……」


 憑依に耐えられなければ制御は効かないし、水が苦手なタイプであれば、泳げず死ぬこともある。助けようにも、その力は普通の人間にとっては強く手の出しようもない。故に難しい技術とされた、憑依の技術。


「早急に対処すべき案件だ。干川君は決して、私の後ろから出ないように」

「はい」

「岳君。後ろは頼む」

「へいへい」


 逵中を先頭に傷だらけの通路を進む。この通路は、実験場でもあったのだろう。もう見えはしないが、何度も憑依の実験が行われたのだろう。


「憑依って簡単にできるものなんですか?」

「物によるし、術師にもよるな。ま、最後は憑依されてる側の強度だけどな」

「例え、最も憑依が得意な使役者であっても、使役者はその力の特質故に力の多用は危険だ」

「アイツも昔やりすぎてメチャクチャ怒られたんだと」


 こっそりと耳打ちされた内容は、説明を付け加えるというよりも、バカにしていた。干川は少し呆れながら歩いていれば、大きなものにぶつかった。

 気が付けば逵中が足を止めていた。なにかと顔をのぞかせてみれば、通路の向こうから蠢く何か。


「…………」


 目を凝らせば徐々に近づいてくるそれが形作っていく。


「ひっ――――」


 異径に変化したネズミの群れだ。

 

「さすがにバレたか」

「そのようだ」


 バレたというのに、ふたりは慌てることなく、逵中は一歩前に出ると、日本刀を作り出し、目にもとまらぬ速さで迫り来るネズミの群れを切った。

 あまりにも一瞬のことで、干川も呆けていたが、斎藤に背中を軽く蹴られ、よろめきながら逵中を追いかけた。


(日向さんがなんとかなるって言ってたのって、こういうことか……)


 今更ながら納得していると、強固な扉が見えてきた。ネズミの大軍もこの向こうから来たようだ。


「干川君は安全が確保できるまで待機。私と岳君で中の制圧を行う。岳君は入口付近を頼む。では」


 言うや否な、扉を強引に開くとふたりはすぐに体を部屋の中へと滑り込ませた。悲鳴や銃声が響く中、干川は残っている扉をこじ開けた逵中の姿を見ていた。

 あれ以降、教本や色々実験や検証を繰り返して、なんとなく分かったことがある。カクリシャの場合、力を使っている時は残像として残るようだ。

 今もそれだろう。目ではっきりと追えたわけではないが、逵中が力を使ったため、コマ送りのような残像は残り、ゆっくりと分析できる。

 一度、扉の隙間を刀で切り裂き、その後、開けている。同じ人間とは思えない動きだ。


 銃声が収まると、斎藤が扉から顔を出した。無事終わったらしい。

 部屋に入れば、倒れている人と威嚇するように声を上げる檻に入った動物たち。どれもどこか異様に変形している。きっと実験に使用された動物たちだ。


「……」


 倒れている人と動物から目を逸らせば、逵中が機械の前で立っていた。

 繋いでいた端末を取ると、ちょうど突入にしてきた警察。


「どうせ終わってるとは思ったが……連携って言葉習わなかったのか? お前ら」

「申し訳ない。警部。証拠隠蔽、逃走の危険があったため、先行しました」

「まぁまぁ。捕まえたんだし、いいじゃないですか」


 指揮をしていた警部は、鋭い視線を逵中に向けるものの素知らぬ顔。今にも舌打ちをしそうな顔で、目をそらすと干川と目があった。


「新顔か。ひょろい体して、すぐ死ぬな」


 きっと間違ってはいない警部の見立てよりも、隣でバカにするような表情をわざわざ見せつけようとする斎藤の方が腹立たしい。


「いいえ。死なせません。絶対に」


 はっきりと否定した逵中の言葉に、警部も口端を上げた。


「相変わらずだな」

「まーまー警部の見立ては外れることに定評があるんだから、気にしなくていいじゃないか」

「あいっかわらず、俺の神経逆なでするの好きか」

「まさか」


 笑ってごまかしている榊に、食ってかかる警部。犯人に手錠をかけ終えた部下も困ったように目をやっていた。

 そして、いつになったら隣の男からの「もやしコール」は収まるのか。


*****


「おっかえりなさーいっ!」


 天ノ門のビルに入った途端、走ってきたのは作業着姿の女。技術開発を行なっている宮田杏(みやたあん)だ。

 嬉しそうに手を差し出すと、逵中も慣れたように端末を渡せば、また走ってエレベーターへ向かった。


「相変わらずうっせーな……アイツ」

「たぶん一番言われたくない人に言われましたね」

「なんか言ったか? 言ったよな? おい」

「ふたりとも、報告書、今日中にな」


 干川の報告書は、詳しい状況や解析よりも視覚的に何が見えたかを重視するように書いていた。観測者は現状、東京支部には干川ひとりしかいない。

 そのため、詳しい知識がなく、情報がわからなくても見たままを書く事がなによりも重要で、貴重な資料だった。

 榊に報告書を提出すると、エレベーターで地下に向かった。地下1階、実験施設。


「失礼しまーす」


 そっと開ければ「いらっしゃーい」と「おかえりー」の声。


「ドンパチ見れた?」

「んな場所にいかないって」


 梶はおもしろくなさそうな表情をするが、前で渡されたデータを確認している宮田がなだめている。

 人食いアパートの一件以来、梶が天ノ門と干川が関わっていることを知り、いつも通り、おもしろそうの一言でいつの間にか入り浸っている。

 宮田がいうには、一般人も雇っているため、カクリシャでなくてもくることはできるが、逵中と榊をどう言いくるめたのかは謎だそうだ。


「何か手伝うことありますか?」

「そのへんの機材の組立と片付けかな」


 実験に付き合うこともあるが、ほとんどは機材の組み立てと分解の手伝いだ。梶も同じことをしているのだが、今はデータを見ているらしい。

 覗いてみれば、ネズミの動画だ。


「実験動物の資料だよ」


 一匹に憑依させた途端、その一匹は毛を逆立て、モヤを立てながら他のネズミを殺した。

 次に開いたのは、猿の映像。


「あー……この人、あんまりうまくないね」

「なにがっすか?」

「憑依させるの」


 憑依させるのに上手い下手があるのかと思っていれば、猿の腕の部分を指す。


「憑依にも種類があるんだけど、基本的には生物に憑依させることは、意識を乗っ取らせないってのは難しくてね。やるにしても、腕だけとか爪とか限定することも多いんだよ」


 映像の中の猿は豹変して暴れまわっている。


「完全に乗っ取られてますけど」

「一応、爪狙ってはいる気がする……」

「ヘタクソ!」


 今だに、憑依させる装置はできていないため、使役者の仕事だが、危険を伴うため、無機物に憑依させることがほとんどだそうだ。


 最上階では、榊が組織の情報を精査していた。


「関わってるかと思ったが、ハズレの可能性が高いな」


 まだ捕まった犯人たちのカクリシャからの情報はないが、繋がりはあるとは思えない。


「つーか、あのミント野郎ならチョコミントアイス無料配布とかでくるんじゃないんすか?」

「……あながち間違ってなさそうだから困るな」


 それでミントを捕まえられるとは思えないため、実際に行動に移すことはしないが。


「早急に捕まえなければ」

「そうだな。暴走されても困る」

「今もしてるようなもんじゃないっすか」

「かわいいもんだよ。本人が前線に出てきてないしな」


 不思議そうな顔をする斎藤に、逵中も頷いた。


「彼女が力を使えば、百人単位で死者が出る」


 嘘偽りのない言葉に、斎藤も息をのむしかなかった。

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