表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
カクリモン  作者: 廿楽 亜久
1章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

7/38

7話 人食いアパート(後編)

「――――ぅぁ……?」


 夢の途中で変に覚醒してしまったような、なんともいえない浮遊感。色づく空気に、歪んだ天井。もしかしたら、電球がないから床かもしれない。

 上下も左右もおかしくて、夢の中かともう一度眠りにつこうとすれば、


「えーい」


 間延びしたテキトーな掛け声と共に電気が走った。


「ぃ゛ッ、ぁ゛ぃ゛……」


 例えるなら、ものすごく強い静電気。

 右腕が悶絶するほどに痛い。腕を抑え、転がりながら、涙目でそれを見れば、黄色と緑色、それから座ってのぞき込む女。


「あ、気がついた?」


 日向が言うには、あの目を直視してしまった梶は錯乱していたそうだ。


「錯乱って変なこと叫んだり、マッパになったり?」

「マッパにはなってないけど、叫んではいたよ」


 なんとなくではあるが、叫んでいたような気はする。


「だから、祓って気付けした」

気付け(それ)っ! さっきの! バチッて!」

「気のせいだよ」

「絶対違う!」


 日向は数度まばたきをした後、手を打つと、


「じゃあ、気のせいってことにして」

「うわっひっでぇ……!」


 気のせいで押し通した。

 改めて、部屋を見ればどうやら台所のようだ。相変わらず蔓が壁に這ってはいるものの、こちらを襲ってくるような様子はない。


「これって食われたんすか? 俺ら」

「まぁ、そうだね」

「はぁ……随分、庶民的な腹の中っすね」

「関心するくらい落ち着いてるな」


 風鬼が呆れたように言えば、照れたように笑う。


「パニックになるよりいいけど。それより、動けそう? ムリなら、ここで待っててもいいよ。雷鬼」

「いいよ」


 間延びした聞き覚えのある声に、慌てて首を横に振った。

 ふたりは立ち上がると、隣の部屋に出る。


「聞いてもいいっすか?」

「なに?」

「これから何するんです?」

「元凶を叩く」


 単純すぎる答えに、梶も頷くしかなかった。

 リビングに入ったところで、目に写ったそれに日向が足を止め、梶が背中にぶつかる。


「どうし――」

「雷鬼」


 突然張り詰めた声に、梶も珍しく空気を読み口を閉じる。


「稲妻の祖。雨の雫」


 日向たちの前に躍り出た雷鬼は翼を広げ、電気を纏う。


「汝は岩。砕きて落ちよ」


 言霊を唱え終えると、羽から降り注ぐ雷の雨。数秒の轟音が収まると、梶はそっと日向の背中から顔を出す。

 そこにあったのは、焦げた部屋と小さな子供。


「ッ!!」


 思わず体を引けば、顔に張り付けられたなにか。


「今更じゃないか?」

「いや、だって……」


 塞がれた視界で困ったように会話するふたり。

 日向は梶を風鬼に任せると、部屋の奥へ進む。子供に息はなく、先程の雷で膨れている部分は焼け焦げている。


「多分大丈夫だけど、危ないよ」


 この膨れている部分は、先程、カクリモノが産まれようとしているところだった。あと数秒遅れていれば孵化していただろう。


「三人……人数的にはピッタリ、か」


 このアパート付近で行方不明になっていた子供の人数は、三人。年齢はわからないが、性別、服装からしてまず間違いない。


「カクリモノって、テキトーに暴れまわってるんじゃないんですか?」


 風鬼の手を退かし、部屋の中に入る梶に慌てるものの先ほどとは違い、あまり気にしていない様子。


「別にいきなりじゃなきゃ大丈夫っす」

「そういう問題じゃないと思うけど……」

「てか、色々現実味なさすぎて」


 普段とはあまりにも違う世界に、現実味が余りにもなさすぎる。

 日向も困ったように頬をかくが、本当にあまり気にしていない様子の梶に心配するのをやめた。


「カクリモノにもいろいろいるよ。こいつは子孫残して死んでるね」

「じゃあ、さっきから俺ら襲ってくる蔓は?」

「この結界の大元で、防衛機構」


 故になんとかしなければならない。中にいた卵の孵化は防いだし、親となるカクリモノも見つからないとなれば、あとは子を守るために親が最後に残した場所をエサを提供するための巣を破壊するだけ。

 破壊する方法自体は、いくつか思いついた。早速、やってしまおうと口を開いたその時、足と天井を這う蔓。


「「またか!!!」」


 梶と日向のツッコミが揃って響いた。


*****


 斎藤は、何か思いつき階段を降りる干川について行っていた。

 斎藤から聞いた話を整理すれば、このアパートはすでに取り壊しが決まっており、住人は全員退去、あとは一人暮らししている大家の住む家が見つかるのを待っている状態だった。

 それが約1ヶ月前、この付近でよく遊んでいる子供が3人行方不明になった。警察は誘拐事件かと警察が捜査を進め、聞き込みを続けていると、このアパートに入っていくのを目撃情報を最後に行方がわからなくなっていた。

 そして、天ノ門の事務所に取り壊しを行う会社から大家と連絡が取れず、確認したところ、ボロアパートの威圧感なのか勘がいい人だったのか、危険な気配に数日前、天ノ門に連絡が入った。

 ネットには”人食いアパート”の情報が流れ始めており、早急に対処する必要があると、天ノ門も判断した。


「あ」


 その話通りなら、子供ともうひとり、大家が中にいる。むしろ、大家が一番最初に襲われている可能性がある。

 最初にアパートに侵入する時の穴はあるはずだ。壁か窓か、ドアかそこまではわからないが。

 一階に降りると、壊れたドア。中からは色づく霧のようなもの。


「当たりかよ。たまには役立つな」


 ビシビシと頭を叩くと、斎藤は手に短剣を作ると音も立てずに素早く近づく。

 ドアの近くまで行くと、干川に目をやり、小声で言う。


「お前はここにいろ」

「はい」


 室内で戦うなら、干川は邪魔になるだけだ。頷けば、斎藤は素早く中には入り、本体よりも数倍に膨れた脈打つ球体のそれに一瞬、言葉を失う。

 うっすらと浮かび上がっている影が細かく震えるのと同時に、斎藤は床に伏せた。

 瞬間、叩きつけられる水音と共に背後の壁が壊れる音。先程まで斎藤の体のあった場所を通過し、壁に突き刺さっているのは、子供程の巨大な蜂。

 思考よりも先に、その手にあった短剣を投げつけた。


「~~~ッ!!!」


 蜂は驚いたのか、体を捻り、羽を大きく震わせると、出口に向かって飛んでいく。


「ヤベ……伏せろッ!!」


 外にいた干川は、訳も分からず頭を抱えて屈めば、前を通過していった巨大な蜂に喉の奥で悲鳴を上げた。

 直後、飛び出してきた斎藤に蜂はアパートの上へと飛ぶ。斎藤も跳ぶと二階の廊下を掴み、蜂を追いかけた。


「マジか……」


 ほとんど人間の動きではない気がするが、それより視界の隅に蠢くそれに目をやれば、蔓が斎藤を追いかけるように飛び出してきた。


「斎藤さんッ! 蔓が……!!!」


 既に屋根の上にいた斎藤にも、干川の声は聞こえていたが、蜂の対処に追われていた。屋根に登った時に羽を切りつけたせいか、逃げるよりもこちらに向かってくるようにしたらしい。


「デケェ割りにガキみてーな動きだなッ」


 向かってくるなら好都合だ。斎藤は蜂の攻撃を短剣で受け流すと、もう一方の短剣で胸と腹の間を切り裂いた。

 バラバラになった蜂。まだ動いてはいるものの、倒した。屋根へ上がってきた蔓も動きを止めるだろうと眺めていれば、勢いはそのままに向かってきている。


「な――ッ」


 蜂を飛び越え、距離を取るものの、確実に斎藤を狙っている。短剣を構え、振ろうとしたその時、止まった。


「は……?」


 目を白黒させながら、蔓をつついてみれば硬い。


「斎藤さん! 大丈夫ですか?」

「おーぅ」


 動かないならいいかと、下にいる干川の元に降りていった。

 斎藤と干川の疑問の答えを持ってきたのは、部屋から出てきた梶だった。


「あの人が呼び出した青いのが飲んでたけど、それより離れて離れて! めんどうだから焼き壊すって言ってるから!」


 慌てて一階に降りてきた梶と合流した直後、蔓だけが燃え上がった。


「これ、アパートごと燃えないですか?」

「まぁ、取り壊しするからいいんじゃねぇ」

「一石二鳥っすね」


 三人の予想に反し、焦げた蔓だけ残すと火は消えた。気が付けば、外はもういつも通りの町並み。

 仕事を終え、部屋から出てきた日向も、下にいる三人に軽く手を上げた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ