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カクリモン  作者: 廿楽 亜久
1章

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6話 人食いアパート(前編)

「ここ、マジであのボロアパートなんすか?」


 つい聞いてしまったことに、斎藤も「まぁ……たぶん」なんて曖昧な答えを返す。

 廊下のはずなのに外に道路は見えない。というよりも、気味の悪い花が咲いていて、地面が見えていない。空気も色がついていて、できれば吸い込みたくはない。


「とにかく中に入る方法探すぞ。死にたくなきゃ離れんな」

「はい」


 廊下を進む斎藤の背中を追いかけた。


 事の始まりは、今朝の梶の一言からだった。


「人食いアパートがあるんだってさ。放課後行こうぜ」


 梶は心霊現象をおもしろがるタイプで、カクリモノも隙があれば写真を取りに行こうとする。危険な行為とは理解してはいるが『おもしろそう』の一言で大半が収まる。

 そんな梶が今回見つけたのは、『人食いアパート』と言われるアパート。


「人がいなくなったとか言われたり言われなかったりだけど」

「どっちだよ」

「正確な情報がないんだよ。記事が徹底的に削除されてて」

「……ガチじゃねぇか! やだよ!」

「まぁ、マジでやばかったら入る前にやめるからさ。な?」


 肩に手をやられた意味はよくわかった。この目で見て、ダメなものなら素直に諦めると言っているのだ。そういう問題じゃないというのに。

 結局、干川と梶は噂のアパートの前にやってきていた。干川の答えはというと、


「これ、ダメな奴だわ」


 明らかに結界とは違う良くないものが漂っている。ついでに、隣の友人の明らかな落胆の表情も窺えた。

 アパートの階段には黄色と赤、黒の入り交じった気味の悪い花が咲いていて、おそらくあそこが境界だ。一歩でも入ったら飲み込まれる。


「とにかく、ダメってわかったんだから帰――」


 帰ろうと言おうとしたが、ここ数日で慣れ始めた浮遊感。

 誰が蹴ったかなんて、想像がついていても、文句は口から出てくることもできず、干川は吹き飛び、ぶつかって止まった。


「おっとぉ? なんかにぶつかったかぁ?」

「……好きな子にちょっかい出す小学生かよ」

「キメェこといってんじゃねーよ!」

「キメェのはお前の行動」


 言い争う声に起き上がれば、手に絡まる何か。手首を見てみれば、床に付いた手に絡まっている蔓。

 蔓の先を追ってみれば、階段を這っている。手を引いたその瞬間、釣り上げられるように引っ張られた。


「……うわぁぁぁあああ!!」

「「「干川!?」」」


 階段を釣り上げれていた体は、目の前に現れた小刀と共に突然支えを失い、来た道を今度は重力に従い落ちそうになるが、背中の軽い衝撃と共に足は床に付き、無事に着地した。

 同時に隣を駆けていった風は、開いたドアに戻ろうとした蔓を追いかけるが、体を滑り込ませる前に閉じてしまった。


「チッ」


 斎藤はドアを開けようとするものの、堅く開かず、切りつけるが切れる気配がない。


「硬ェ……」


 開けられないと悟ると、斎藤は振り返り階段を登ってくる日向に目を向ける。こういった結界を破壊するのは、日向の方が得意なことも多い。

 その日向はというと、後ろから聞こえたもうひとつの足音に頭を悩ませていた。


「ついてきちゃったか」

「お構いなく」


 友人が引き込まれそうになれば、たいていの人が手を伸ばすだろう。斎藤と日向と同じように、梶も干川を助けようと駆け寄っていた。結果的に、梶も結界に飲み込まれることとなったが。

 ひとつ、良いことと言えば、全く動揺する気配がないということだった。干川の方も呆然としていたが、いつもと変わらなさすぎる梶に安心したのか、落ち着いてきた。


「お構います。とりあえず、一緒にいたほうが安全だと思う」

「そこは断言しましょうよ」

「なにごとも絶対はないから」

「大人って汚い」

「汚いくらいじゃないと、君みたいな子供に揚げ足取られるからしょうがないね」

「揚げた足を掴むなら任せてください」

「お前な……!」


 梶を止めるために声を上げれば、梶も笑うだけになった。


「斎藤さんたちは、どうしてここに?」


 色々あって、うやむやになっていたが、ふたりがいるということは、天ノ門の関連。カクリモノが関わっているのかと聞けば、斎藤の方が、なんともはっきりしない答えを返す。

 仕方なく、日向に目をやれば、困ったように頬をかく。


「たぶんカクリモノだとは思うけど、精霊関連の可能性もなくはなくて」

「どういうことっすか?」

「カクリモノは門の向こうからくれば全部そうなんだけど、元々こっちにいる奴もいてそれは全部”精霊”ってことになってるんだよ」


 風鬼と雷鬼は”精霊”だという。

 起きる怪事件は大きく、カクリモノが関わっているか、精霊が関わっているかに別れるそうだ。どちらにしろ、倒すことが主な解決方法のため、差などあってないようなものではあるが、精霊であれば、封印や対話による解決も行われることもあるらしい。


「そのふたつって見分けとかつくんすか?」

「観測者ならわかるかも。まぁ、なんとなくなら……伝説とかに無ければカクリモノ」


 鬼や天狗、河童なんてのは、精霊の有名どころらしい。とにかく、こちらで生まれ育っているかどうかのため、結構曖昧な違いだそうだ。

 日向が閉まったドアに手をかけるが、びくともしない。


「ドアがダメなら、窓からと、か……」


 梶が隣の窓に目をやると、目があった。

 四人がそれに気がつくと同時に降ってきた、大量の蔓。


「うわぁぁぁああ!」


 飲み込まれ、何も見えない中、襟を掴まれ這い出された場所には、斎藤だけしかいなかった。


「ふたりは!?」

「中だ」

「!! 助けないと……!」


 立ち上がるものの、窓はまた閉じている。


「うっせーな。ガキはともかく、アイツもいんだ。そう簡単に死なねーよ」


 一応、斎藤が窓を開けようとするものの、びくともしない。


 これが今までの経緯。


「カクリモノって、こういう力もあるんですか?」


 知っているのは暴れている姿くらいだ。こんなアパートの大きさを変えるような奴は聞いたこともない。


「まぁ、結界の中だけならかわいいもんだぜ。コレを普通にやれる奴だっている。今はほとんどいねーけどな」


 どこか入れそうな場所はないかと探すものの、見当たらない。


「観測者とか言う割になにもわかんねーじゃねーか」

「……すみません」


 柵に寄りかかりながら文句を言う斎藤は、ポケットからタバコを取り出すと吸い始めた。


「ちょっと!? 探す気ある!?」

「うっせーなー中に入る方法は招き入れられなきゃムリ。おっそーだ。お前をエサにするってのはどーだ?」

「そんな助ける気なさそうな人とはイヤです」

「さっきは助けただろーが」

「そりゃ、まぁ……ありがとうございました」


 斎藤が一服して動かないなら、ひとりで入口を探そうとすれば、襟を掴まれる。


「なんすか」

「離れんな」


 先程までの恩着せがましい声色とは違う真剣な声色。


「死ぬぞ」


 考えてみれば、既に2回。斎藤に助けられていなければ、中に取り込まれていた。

 一人で行動すれば、すぐに取り込まれるだろう。斎藤は少なくとも、近くにいる限りは助けると言っているのだ。ふたりを助けるなら、まず自分の身が無事でなければ。

 大人しく干川も柵に寄りかかれば、斎藤は襟から手を離した。


「つーか、ついさっき俺、同じこと言ったよなぁ? もう忘れるとかテメェ、バカなんじゃねーの?」


 ゲラゲラと見下しながら笑う斎藤に、一瞬前までの感謝など放り捨て、今すぐにでもカバンを叩きつけたくなる干川だった。


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