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カクリモン  作者: 廿楽 亜久
1章
4/38

4話 憑きモノ

『――お急ぎ中、申し訳ありません。ただいま、線路上にてカクリモノが暴れているため、電車の運行を中止しております』


 あと二駅というところで止まってしまった電車。正直、このまま待っていても遅延証明書はでるため、遅刻しても問題ない。

 とはいえ、この東京の短い区間で二駅というと、今から直に歩いても間に合う時間。


「どうするかなぁ……」


 ホームに出て耳を澄ませれば、復興時間を駅員に確認している人も多いが、まだはっきりとしないらしい。

 その点、学生は気楽なもので、正当にサボろうという会話が聞こえてくる。


「ほーしっ」

「ん? 梶……?」


 腕をつかまれ、柱の裏に連れてかれると、友人の梶はそっと柱の向こうを覗き見る。


「なんだよ!? 急に」

「先生いんだよ。何人か捕まって、ここから歩こうって話になってる」

「ナイス!」

「もっとほめてもいいんだぜ」


 学生服というのは、顔を知らなくてもその学校の生徒ということはバレてしまうため、見つかれば声をかけられるだろう。

 ここから歩くにしろ、わざわざ知らない教師と知らない生徒と一緒に歩くのは、少し気まずいものがある。


「実は古典の課題、まだ出してないんだよなぁ」


 どうやら知っている教師らしい。


「古典って今日の5限じゃなかった?」

「ヨユーヨユー」

「……」


 内職する気満々か。とにもかくにも、梶にとっては会ってはいけない人物のようだ。


「のんびり遅刻していこうぜ」

「俺は別にいいけど、お前が大丈夫なのかよ」

「課題ってのは間に合わせるものだぜ」

「すでに遅刻してるけどな」


 遅延証明書をもらおうとしたものの、時間がはっきりしないため、まだ発行ができないと言われ、仕方なく干川たちは学校の最寄駅へと向かっていた。

 集団登校チームは、真っ直ぐ学校に向かったため、別の道だ。


「本当ならのんびり遅刻すればいいのにな」

「それ、課題遅れてまだやってない奴のセリフかよ……」

「干川は細かいんだよ」


 あまりにテキトーな梶にため息をつきながら、なんとなく別の場所へ目をやると妙な影が見える。


「……やべ」

「どうした?」


 梶も同じ方向を見て、首をかしげた。


「また変なの見えた?」


 梶は干川の力のことを知っていた。だが、その力について何か言うのは、決まって干川が口にした時だけだ。曰く、霊感あるって言う奴と変わらないらしい。


「カクリモノが暴れてんのって、こっちだっけ」

「んー?」


 SNSで話題になってるかと、調べるものの最近の更新はない。だが、少し前の目撃情報では、この辺り。


「「……」」


 道理で人通りがいつもに比べて少ないわけだ。

 微妙に緊張感が走る中、耳に届いたのは何か言い争う声。


「なんでこういう特殊な遅刻がまずい日に限って止まるのかなァ!?」

「特殊な日だからじゃないか?」

「大丈夫だよ。このままいけば、間に合うから」

「ずっとランニング!? バカじゃないの!?」

「電話かけたんだし、少しくらい遅刻してもいいんじゃないか?」

「……それは、なんかほら、普段ならいいけどさ」

「がーんばれー」


 スーツにリュックを背負った女性は、言い争いながらふたりの横を駆け抜けていった。


「なぁ……今の人」


 梶が言いたいことはわかる。駆け抜けていった女性は”ひとり”だけだった。

 なのに確かに誰かと言い争っていたし、言い争っている声も聞こえた。


「電話って感じじゃないよな?」

「うん」


 なんだろうかと見ていれば、飛び出してきた影は一直線に女性に向かう。カクリモノだとか、危ないとか気づく前に、影は女性に襲いかかろうという体制のまま止まった。

 一瞬、何か光った気がするが、女性は地面に倒れ動かないカクリモノに振り返ることもなく、走っていってしまった。


*****


 あの後、死んだカクリモノについて警察に聞かれたが、説明しがたい状況だったため、ふたりは元々死んでいたと口裏を合せ登校した。

 それでも、朝の時間は削られ、内職がうまくいかないことも多く、梶の課題は終わらず職員室に呼び出された。


「さて、と……帰ってこないな」


 駅前で配っていたらしい『クスリ ダメ 絶対!』と書かれたチラシが大量に入ったゴミ袋を捨てて教室に戻るが、掃除当番を押しつけていった梶の姿はまだない。

 待ってもいいが、課題と説教となれば遅くなるかもしれない。先に帰るかと、荷物をまとめて学校を出た。

 学校の近くは住宅街だが、駅前になれば高い建物が増えてくる。それでも池袋や新宿に比べれば見劣りするが、隣の県から来ている身としては十分すぎる都会だ。


「――!!」

「――!!」


 何かの騒ぎになんとなく目をやるが、そこにいるのは女子中学生の集団で、ひとりが顔を覆い座り込み、周りが心配そうに声をかけているようだ。バッグを投げつけてきそうなチンピラの姿はない。

 少し安心しながら視線を戻そうとするが、妙な違和感にもう一度目をやれば、白い煙のようなものが女子中学生の集団の周りにある。


「……」


 じっと見つめれば、顔を被っていたひとりが叫び声と共に暴れ出した。

 意味のわからない雄叫びと共に、腕を振り回し、頭を掻きむしり、体は徐々に人間のものとは違うものに変わっていっている。


「ゥ、ァァ……ア、アアァァアァアッ!!」


 腕に触れた木が音を立てて倒れた。もはや、腕は刃のように変わっていた。

 干川の目には、いくつもの変形していく女子中学生の姿が視界に残っていた。それが示す答えはひとつ。”カクリモノ”だ。


「君たち! 離れなさい!!」


 その声の主は銃を構えた警察だった。声に気がつくと、暴れる女子中学生と同じ制服を着た女子中学生が助けを求め駆け寄った。


「さっちゃんが……! 急に――」

「大丈夫。私の後ろにいるんだ」


 女子中学生を後ろにやると、変形した女子中学生に迷いなく銃を向けた。

 その様子に後ろのいた女子中学生は慌てたように声を上げる。


「待って! なんで撃とうとしてるの!?」

「除霊方法はない! 取り憑かれたら、これしか方法がないんだ」

「そんな……!」

「取り憑かれるだけなんでしょ!? 引き剥がせないんですか!?」


 聞こえてきた言葉に、干川もつい声を上げてしまう。警察も意外な場所から声が聞こえてきたからか、驚いたように干川に目をやるがすぐにカクリモノに視線を戻す。


「ムリだ。このまま放置すれば、被害が拡大するだけだ」


 引き金に指をかける警察に、干川が警察に手を伸ばしたその時。

 銃口は下を向けられた。


「まぁ、そう急ぐなよ。決断が早いことはいいが、それが愚策じゃ話にならない」

「榊さん!」


 銃を抑えてた榊は、干川に目をやると小さく笑った。


「時間稼ぎご苦労。あまりムチャするなよ?」

「あとは我々に任せ、安全な場所へ」


 逵中は抜身の太刀を作り出すと、カクリモノの攻撃を防ぐ。


「待ってください! あの子は――」

「大丈夫。取り押さえて、あの子に憑いてる悪いもの剥がす。あの子ごと切るなんてしないよ」


 榊が安心させるように微笑みながら、友人たちへ言葉をかければ、干川に目をやる。


「干川も離れてろ。切れない分、逃げ回るぞ」

「君たち、離れ――」

「君は国民を守るのが仕事だろ。その子たちを安全な場所へ避難させて」


 榊は警察にそう言うと、逵中に加勢するために戻っていった。警察も表情を歪めると、そこに立ち止まる干川たちを連れて逃げた。 


 駅もカクリモノが現れたと話題に上がっていた。構内の一部に椅子が並び、様々な年齢の人が警察や医療関係者の麻薬の講義を聞く中、そのブースの遠くにいるスーツ姿の若い男女は、本日数回目の講演よりも新しいカクリモノの話題の方に耳を傾けていた。


「騒ぎの中、微動だにしないってすごくね?」

「そういうこと言うなよ。警察出てるみたいだし」

「それはそうだけど」

「なんか向こう、騒がしくなってきたね」


 駅前の交差点に、逃げてきたのか騒ぎ声と人混みが流れ込んできた。

 その人混みの最後尾に干川たちがいた。


「ここまでくれば大丈夫だな」


 そういうと警察は戻ろうとするが、干川は反射的に防弾チョッキを掴んだ。


「なっ……!? 離しなさい!」


 会って間もないという意味では、逵中たちと変わらない。だが、確信があった。


「だったら、あの子を撃たないって約束してください!」


 この警察は戻ったら、容赦なくあの中学生を撃つ。


「撃つ以外に方法はないと言っているだろう! 私だって撃ちたくはない!」

「方法はあります! 絶対に! 撃たなくたっていいんです!」

「お前はあの異常者たちの味方をするのか!?」

「異常者って……」


 その言葉が誰を指しているのかなんてこと、すぐにわかった。今も少女を助けようと戦っているふたりを異常者と、侮辱した。

 自然と防弾チョッキを掴む手に力が入る。絶対に離さない。

 干川の様子に、熱くなっていた警察も少し頭が冷えたのか、荒らげていた声を抑えて言った。


「なら、撃たずに済む方法を教えてもらえないか。それがハッタリではないのならな」


 言葉は出なかった。取り憑いたカクリモノを引きはがす方法なんて、干川は知らない。だが、絶対にある。そうでなければ、きっと逵中たちも警察と同じ結論を出していたはずだ。


「教えておこう。その正義はただの偽善にすぎない。わかったら、その手を離せ」


 その低い言葉には殺意が込められていた。引き剥がそうとする手。だが、絶対に離さないと掴む手はなかなか外れない。

 ついに警察がしびれを切らし、腰に吊られた銃へ手を伸ばした瞬間、


 パシャッ


 気の抜けた音と共に聞きなれた棒読みの笑い声。


「『この警察、殺る気満々すぎる(笑)』っと……ヤベーこれ、絶対めちゃくちゃリツされる」


 あまりに予想外のことに、その男以外の時間が止まったようにまばたきを繰り返すだけ。


「君ィ!?」

「梶ィ!?」


 最初に動けたのは警察と干川。警察はすぐに携帯を取り上げると、梶も文句を言うが言いがかりのような部分も多い。友人ながら少し呆れるものの、視界に映ったそれに驚いて目を丸くする。

 ぼんやりとこちらに目をやっているスーツの女。カクリシャだ。その肩と頭に2匹の小さな生き物。


『大学生の女で、だいたい使い魔が2匹』


 前に榊から言われた、もうひとりいるという使役者。

 思い出されたのは朝の走っていたスーツの女。

 まさか、と駆け出し声を上げれば、女は驚いたように肩を震わせた。


「あの、逵中さんが、向こうで戦ってて……!」


 必死に言葉にしたものの、知り合いではなかったらどうしようかと、今頃になって慌て、腕をバタバタと振れば、女も驚いたように目をまばたかせると、


「あの人なら大抵のものなら楽勝だと思うけど……」


 困ったように笑うとそう言った。

 その直後、粘着質のある音が後ろで弾ける。振り返れば、落下してきたようなシミを作ったカクリモノは、ふらふらと立ち上がっているところだった。


「ぁ゛ーー……なるほど。憑依型だったのか……」

「エンキ呼べば、すぐだ」


 困ったように口に手をやる女に、声をかけたのは頭に乗っている方。


「でも、エンキは加減できないよ?」

「炙り出す」


 肩に乗っている方に返事をすると、ポケットに手をやると名刺入れを取り出した。


炎鬼(えんき)


 現れたのは、炎をまとった小さな生き物。


「アレを引きはがす。手伝って」


 肯定なのか、火の粉を吐き出すと、カクリモノの前まで飛んでいった。


「宵闇紛れし魔の者よ。炎下の元に姿を現せ」


 女の言葉に呼応するように、カクリモノの周りにいくつもの炎の玉が現れた。数度光が瞬いたかと思えば、上部に逃げる白い何か。


「アレが本体!?」


 半透明の白いカクリモノは、眼下で見上げている人々を見ると、逃げるように取り憑かれていた中学生の友人に向かうが、体を突き抜ける銃弾。


「――!!」

「近づくんじゃない!!」


 何度も撃たれる銃弾に、カクリモノは先程いた方角へ飛んでいった。


「待て!!」


 警察も走って追いかけていく中、先程まで口論していたはずの梶は、干川の元にいつもと変わらない様子で歩いてくる。


「いやー消されちゃったよ。さっきの写真」

「お前なぁ……」

「友人の危機を救ったんだから許してくれって」

「絶対楽しんでただろ」

「まぁな!」


 相変わらずの友人に、ため息をつけば、思い出したように女に振り返ったが、どこにもいない。


「あれ!?」

「あ、さっきの人? なんか、呼ばれて走っていってたけど、知り合い?」

「え、あ、うーん……知り合いでは、ない」


 首をかしげる梶に、干川も同じように首をかしげるしかなかった。


 逃げたカクリモノを追っていた逵中は、物凄いスピードで角を曲がってきたカクリモノを驚きながらも切った。

 悲鳴を上げるまもなく息絶え、消えていくカクリモノに、後ろから追ってきていた榊も目を丸くしながら足を止める。


「外せたのか?」

「私ではない。偶然か、それとも干川君か」

「干川が……? ないとは言い切れないが、ちょっと難しくない――あ」


 何か思い当たった様子の榊に、逵中が首をかしげると、榊は微笑んだ。


「いや、そういえば、心強い助っ人が近くにいたなと思っただけだよ」

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