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カクリモン  作者: 廿楽 亜久
4章

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後日談

 ミントが倒れて、早一週間。

 東京の復興は、難航していた。

 大きな驚異そのものは無くなったが、カクリモノは相変わらず多く、強い。

 その上、ミントたち、反社会勢力との戦いで、実力のあるカクリシャもケガを負い、対応ができない状態が続いていた。

 ようやく、県外に自宅がある人たちは帰宅することができるようになったが、その帰宅にも、集団で護衛が必要で、帰宅するまでには抽選に当たる必要がある状況だ。


「ホッシー、帰んなくていいの?」


 梶が炭酸飲料を飲みながら聞いてくる。梶は家が東京で、被害に合ってしまったらしく、天ノ門の事務所を借りている状態だった。

 だが、梶と違い、千葉県に家がある干川は、護衛メンバーに組み込み、帰宅できると榊や逵中から伝えられていたが、断っていた。


「なんか、手伝えることがあれば手伝いたいしさ」

「真面目だなー俺だったら、とっとと帰ってゲームしてる」

「俺はゲームしてたら、妹に怒られるよ」

「カクリモノより妹の方が怖いってか? なんとなくわかるぜ。その気持ち」


 女兄弟って怖いよな。と、親指を立てる梶に、静かに頷いた干川だった。


「やっぱりここにいたな」

「榊さん?」


 部屋に入ってきたのは、榊だった。

 現在、警察や自衛隊など外部の組織と連携、指揮をとっているのは主に榊であり、現在、天ノ門の中で最も忙しく動き回っている人だ。


「少し頼まれてくれ」


 避難所近くの比較的安全な地区にある病院。

 相変わらず、受付は人で溢れかえっていた。怪我人や中に運び込まれた人を心配そうに待つ人。

 そんな人たちの間に、目当ての人物を見つけた。


「先生!」

「げ……」


 天ノ門お抱えの医者だ。


「嫌そうな顔っすね」

「そりゃ、君たちが来たってことは、あの脳筋バカ共に痛み止めでも寄越せって言うんでしょ。モヒかヒロポンより安静が一番の薬だって言いなさい」


 もはや、用件を伝える必要すらないらしい。


「はぁ……でも、消毒液とかは渡すから、後で裏に取りに来て」

「はい」

「用意してる間にでも、あの子のお見舞い行ってあげなさい」


 医者にそう言われ、干川と梶は、病院の最上階へ向かった。

 下の階の喧騒に比べ、最上階には人はほとんどいない。いるのは、関係者の中でも重役や事情がある人物だけだ。一般の人が最上階に入ることだってできない。

 そこのある一室に、一応、ノックしてドアを開けた。


「――はい。はい。わかりました。とりあえず、連絡を――え、いやいやいや、あるんですか? それ」


 ふたりの予想に反し、ベッドの向こう、隠れるように座り込み、携帯で誰かと連絡を取っている女。あの刀を作って以降、ずっと眠っていた日向だ。

 日向はふたりに気がつくと、ジェスチャーだけで『少し待ってて』と伝えると、電話を続け、切った。


「いや、ごめん。えっと……何日経ったんだっけ……」

「一週間です」

「そうだった……その様子だとケガもなさそうだね」

「電話平気なんすか?」

「あぁ……うん。大丈夫。安否確認とかだから……なんか、学校でほぼ確実に死んでる方の行方不明になってたらしくてさぁ」


 どこか遠い目をしている日向は、何か心当たりがあるか、それともまた別の理由なのか。

 気を取り直して、冷蔵庫を開けた日向は、その中からお茶とお菓子を取り出し、ふたりに渡す。


「で、あの後どうなったの?」

「ミントは倒しました。天魔波旬も」


 首謀者であるミントは、逵中に切られ、普通の人間であれば致命傷の傷を負い、捕まった。

 倒れたミントの事を干川も視たが、あの禍々しい気配は消えていた。

 他にも、捕まった人間は多いが、その中に、細川小夜の名前はなく、現在も捜索されている。


「それで、ミントを倒した時になんだっけ? 折った刀がどうのって、妙に事務所が騒いでましたよ」

「刀?」

「国宝? だったとかで」

「…………あー」


 普通の刀では、天魔波旬の炎に耐え切れないという理由で、ミントが耐えることのできるかつて織田信長が使っていた刀を盗み出していた。

 当然、その刀が戦いに使われいたのだから、責任、賠償などの問題が出てくるのだろう。


「めんどくさいねぇ……」


 と言いながらも、頭に浮かんだ、刀の記憶。黒鬼と戦うために、栗林が持っていた、鬼を切るのに特化した刀のひと振り。


「アイツが回収してるとは思えねぇ……」


 自分でも当時、すっかりそんなことなど気にしてなかったが、もし法的な何かになったとして、その担当がうまく誤魔化してくれるだろう。してくれないと困る。

 自分ではどうにもならない賠償の話は担当に任せ、干川たちに続きを促す。


「――って感じで、結界の調整が終わったら、護衛なしで帰宅許可がでるんじゃないかってことらしいです」

「ふーん……護衛か。どーせ、逵中さんはやってるんでしょ?」

「やってますね」


 天魔波旬との戦いで、ひどい怪我を負った逵中も、2日ほどは休息していたが、驚異的な回復力と使命感で、すでに現場復帰し、忙しそうに東京中を駆け回っている。

 こればかりは、榊も止めていたが、結局人手不足もあり、認めざるおえなかったそうだ。

 干川も梶もその場に居合わせ、榊と共に逵中を止めたものの、頑なに譲らない逵中に折れることになったのはよく覚えている。


「2日……はぁ、2日……そっか、ふーん……」


 もはや日向も何もツッコム気にならないという表情になってしまう。

 逵中などの天ノ門の中枢を担っている人物が、休息もそこそこに現場に戻っていることは容易に想像がつくが、あとひとりは正直想像ができない人物がいた。


「あのチンピラは? 死んだ?」


 最後の記憶は、辛うじてあの精霊と鬼の炎に耐えたところだ。


「生きてますよ!? 斎藤さんは、ミントと戦って重症で……入院してました」

「た?」


 過去形であり、干川と梶がなんとも言えない表情で目を合わせていた。

 そして、意を決した梶が、干川の言葉の続きを答える。


「一昨日、トイレでタバコ吸って、追い出されて、それからずっとカクリモノ退治してます」

「は? 嘘だろ? 人間じゃないだろ。それ」


 一瞬にして、ふたりの気持ちが理解できてしまった。

 半身、ほぼ黒こげで、命が助かったとして、本来なら片腕は切断だの、一生使えないことを覚悟するだの、何かしらの後遺症は残る大きな傷があったにも関わらず、いざ四日眠り続けたと思えば、目が覚めて早々病室でタバコを吸い怒られ、仕方なくトイレに避難したら、退院をさせられた。

 それで、反省するかと思えば、病院の近くにいたカクリモノを淡々と退治。

 榊も逵中のこともあったせいか、半ばヤケに、カクリモノを倒したらボーナスをやると提案したところ、あっさりと承諾。

 寝泊りは干川たちと同じ部屋でしているため、ここ数日の様子は知っているが、怪我する前の何も変わっていない。

 

「ガクは人間だよ?」

「言葉の綾」

「まぁ、鬼と天魔とガチンコ勝負して、五体満足ってことは珍しいよな」

「いや、もう怪我とかそこじゃなくて……あ、うん。もうどうでもいいや。やめよう!」


 常識を軽々と超えてくる人たちのことを考えるのは、めんどくさくなってきた。

 寝起きの頭で考えることではない。もっと頭がいい榊に任せようと、手を打つ。代わりといってはなんだが、騒動が落ち着いたら美味しいものでも差し入れしようと心に決めて。


 ふたりが帰った後の病室で、日向はごろりとベッドに横になる。


「ねぇ、黒鬼。波旬は死んだ?」


 自分の影へと声をかければ、枕元に腰掛ける黒い鬼は、小さく息をついた。


「死んでいないだろうな」

「やっぱり」

「奴は精霊に近い存在だ。それに、奴の傀儡は生きているのだろう」


 なら、天魔波旬の呪いはまだ存在している。

 それが、何よりの答えだ。


「大変だね」


 それが何に向かって言った言葉なのか、その場にいた誰にもわからなかったが、ただひとつだけわかることがあった。


「寝るのか?」

「うん。少しだけ」


 日向がもう数秒もしないうちに眠りに落ちる。


「おやすみ」

「あぁ、おやすみ」


 精霊たちも誘われるように、眠りについた。


***


 いつか、必ず迎えに行くわ。

 今は、少し寒い季節だけど、暖かくなったらすぐに行くから。

 小夜特製のアイスは、ひんやりして暖かくて、大好きなの。


 だから、もう少しだけ、待っていて。

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