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カクリモン  作者: 廿楽 亜久
4章

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37話 決着

 熱いはずなのに、悪寒が走り続ける。

 カクリモノもすっかり見かけなくなり、ガレキも妙に少ない。これが波旬が暴れた後かと、息が詰まった。

 だが、足は止められない。止めちゃいけない。


「やっぱ! テメーに乗ったほうが速いだろ! これ!」


 斎藤が、前を走る狛犬に向かって文句を言う。つい先程までは、大きくなっていた狛犬に乗っていたのだが、そろそろ危険だと背中から下ろされていた。


「黙れ! 我と天魔波旬との相性は、最悪だ! 貴様の持ってるそれの方がよっぽど戦える!」

「じゃあ、んで来た!? テメェ!?」


 言い争う斎藤の手には、お世辞にもキレイとは言えない刃こぼれのした刀。だが、その見た目とは裏腹に、その刀がまとっている力は溢れ出ていた。

 これまで大きく溢れ出てる力は見たことがない。

 だが、代償として、斎藤の刀を握る反対の腕は、見るのも辛いほどの火傷を負っていた。

 火傷のひどさに、干川が刀を届ける役目を変わると申し出たが、文字通り一蹴された。


「?」


 突然、狛犬が足を止め、斎藤は刀を構えた。


「落ち着け。俺だ」


 現れたのは、白虎と背負われた朱雀。


「朱雀君!?」


 前以上に右目から溢れ出ている妙な気配。


「干川、さん? 無事だった、んですね。よかった」

「大丈夫!? 右目……!」

「平気です。これくらい……」

「なぁにが平気だ。軽く6回は死んでたぞ」


 呆れ顔の白虎は、もう一度朱雀を背負い直すと、干川を見て眉を下げた。


「お前が観測者だな? 礼を言う。あのままだったら、無駄死にどころか犬死だった」


 戦いに参加したわけでもないのに、ただの巻き込まれる状態というだけで、何度天魔の炎に巻かれたか。

 死んだとしても、死なずに済んだとしても、要の破壊が間に合わなければ、カクリ大門が開き、第二大戦が起きる。どちらに転んでも、今までの戦いは意味の無い行為になる。

 心は、すっかり死を迎えていた。白虎をそこに立ちつづけさせたのは、義務だけ。だから、空の魔方陣が消えていることに気がついた時、ようやく痛みを思い出した。


「で? テメェらは逃げんのかよ」

「時間稼ぎは必要ないだろ。それに、これ以上いたところでただ死ぬだけだ」


 力はほとんど使い果たした。息も絶え絶え。意識を保っている弟弟子を背負って歩くのが限界。いや、限界を超えている。

 だが、ここで殺すは訳にはいかない。


「お前、本当にバカなんだな」


 斎藤の半身を見ながら、白虎はそれだけ言い残し、歩いていった。

 干川が見送る中、斎藤は振り返らず、歩きだした。


「斎藤さん」

「あ?」

「斎藤さんは怖く、ないんですか?」

「今頃ビビったのかよ。なら、戻れ」

「違います。ただ、そういえば、斎藤さんが逃げたの、見たこと無いなって」


 いつも先陣を切ってカクリモノに向かってる。確かに、めんどくさくて動かないこともあるけど、怖いからと足が竦んで動けないところは、見たことがなかった。


「……テメェ、バカが風邪ひかねー理由って知ってるか?」

「はい?」


 突然何かと眉をしかめる。


「風邪をひいてることにも気がつかねーんだと」


 斎藤が足を止めて振り返り、干川をめんどくさそうに見つめる。


「テメェも十分バカだな」


 それだけいうと、斎藤はまた歩き出す。戦闘のしている方向へ。


「……」


 確かに怖い。ミントと天魔波旬を思い出しては、足がすくみそうになる。

 だけど、この先で戦ってる人がいて、傷ついてる人がいるって見てしまったら、足を進めるしかなかった。逃げてもいいと言われても、関係がないと言われても。

 だから、梶にまでガンコだと言われてしまうんだ。


「そうですね」


 つい頬が緩む。

 その時、見えた青白い炎。


「またかよッ!!」


 斎藤の叫ぶ声が青白い炎を切り裂いた。


「ア? 切れた? マジか……」


 切った本人ですら、自らが振るった切れ味の悪そうな刀を心底意外そうに見つめる。


***


 それは、炎を飛ばした本人も同じだった。


「……」


 天魔と対の存在とも言える鬼。

 現状、天魔波旬と対等に戦えるのは、黒鬼と日向くらいだ。だが、今この状況でわざわざ来るタイプの人間ではないはずだ。

 しかし、波旬の炎を切ったのも、波旬が嫌悪している気配も事実。なら、いるのだろう。黒鬼が。少なくとも、それに準ずるものが。

 もしそうだというなら、防具も壊れかけている男より危険なのは、今、炎を切った”なにか”だろう。


「――」


 ひどい空。

 灼け爛れた空に、暗雲が差し込み、またキラキラと光り出している。

 逆らう気など起きやしない。


――だというのに、


「どうして、まだ戦うのかしら?」


 男は、折れることなく、まだ刃向かう。

 届きもしない攻撃で。自分の終焉でしか終わらない戦いに。


「戦わなければ、君は別の誰かに、その炎を向けるのだろう」


 それだけが理由だと。男は刀を振るう。


「そうね」


 波旬が煩わしいと、少しイラついたように男を遠くに吹き飛ばした。

 男が見えなくなるほど、遠くに飛ばせば、波旬はゆっくりと先程の炎の方向へ目をやった。

 重たい足を前に進めれば、頬を掠めたなにか。


「ドワァァッ!?」


 可愛げもない悲鳴に目をやれば、炎のすぐ傍で、大きな狛犬に襟首をくわえられ、頬をひきつらせている斎藤。

 彼がいることに驚きはない。方向からして、波旬が警戒していた原因もいるはずなのに、見当たらない。

 けれど、波旬が嫌悪し、嘲るように嗤っている。


「狛犬、ね」


 その力からして、おそらくどこか結界の要を守護していた狛犬だろう。精霊の中でも、本来であれば大精霊にも並ぶ、相当上位の存在。

 そう、本来なら。

 だが、残念なことに、相性というものがある。寺を灼いた炎である天魔波旬の炎は、寺や神社を守る狛犬たちにとって天敵と言える。

 つまり、波旬の格好の獲物で、驚異ではない。

 なら、今、波旬が嫌悪したのは、別の理由。


「結城ちゃんは、来てないの?」

「あ゛? あいつがここにくるタマかよ」

「じゃあ、喧嘩でもしたの?」


 左腕を指せば、斎藤は心底嫌そうな顔をして、短刀の切っ先をこちらへ向けた。


「ダメよ? 波旬は、とっても嫉妬深いの。だから、その腕、もらうわね」


 灼いて、灼いて、灼いて。

 止まれない。戻れない。終わりしかない。

 なら、走ってたどり着こう。そして、抱きしめよう。胸を焦がすあの子のことを。


***


 足音も上がった息遣いも、全てが遠くに聞こえた。

 抱えた鋼の重さを、必死に落とさないように、ひたすら走った。


「はっ――――」


 もつれた足の音が、ガレキの中に埋もれて眠る男の瞼を開けさせた。


「干川、君……?」


 防具は消え、生身の体が剥き出しの中、逵中は心底驚いたように瞬きを繰り返していた。

 戦場の果ての果てともいえるこの場所に、似つかない少年が肩で息をしながら、ここにいるのだ。

 だが、どうして? とは聞かなかった。その腕に抱えた、歪な日本刀が答えを物語っていた。


 対して、少年は、戸惑っていた。

 確かに、この刀を逵中に届けに来た。そのために、斎藤も狛犬も時間稼ぎに向かった。なら、渡すことに戸惑う必要などない。

 だが、ひどいケガの上、波旬の攻撃を守る手段すら無くなったこの男に、また戦えというように腕の中のそれを渡すことはできなかった。


「感謝する。ありがとう」


 それは、何への感謝かは、わからなかった。

 ただ、わかったのは、この男はまだ折れていないということだけ。


「迷わなくていい。これは私の役目であり、君の役目は果たされた。あとは、ここで待っていたまえ」


 立ち上がり、刀を渡すように手を差し出す。


「――死んじゃいますよ」


 何度も殺されかけた。そのたび、誰かが助けに来てくれなければ、本当に殺されていた。

 あの、天魔波旬というものは、ひとりで戦うものではない。だというのに、この男はひとりで行こうとしている。


「本当に、本当に、死んじゃいますよ」


 思い出してみれば、本気で戦おうとは、誰もしていなかった。

 あの日向と黒鬼でさえ、逃げることが最優先になっていた。


「だが、放置すれば、誰かが死ぬ。私は、それが苦手で、嫌いなのだ」

 

 だから、一番に戦おう。例え、自分の命がかかったとしても。


「大丈夫だ。助けは来てくれた」


 ここに。と、干川を見て微笑んだ。


***


 熱い。熱い。熱い。熱い。

 汗すら流ない熱が、身を焦がす。


「あぁ、もう本当に――」


 ひどく、冷たい風が吹いた。


 足元から聞こえる水音に、視線を下ろせば、赤い水たまり。

 ふと、首に手をやれば、赤く染まる手。


「……ぁ、ハハッ」


 こみ上げる笑いが止まらなかった。

 ドライアイスを脊髄に押し込まれたような震えが全身に伝わる。


「あぁ、怖い(恨めしい)のね」


 殺され、蔑まれることに恐怖して(恨み)恐れて(呪って)

 なんて滑稽な光景。

 戦え。殺せ。蹂躙しろ。と、押し出すように熱が体を這い上がる。


 最初からずっと、運命共同体。いや、運命そのもの。

 けど、昔ほど言いなりじゃなくなった。

 小夜と共にいるために、この力が必要なら、何度だって使おう。目の前の男が折れれば、もう止める人は、いない。


「とてもわかりやすいルールね」


 刀を振り下ろした段階で、わかる。

 この男と実力差は大きい。もし、私に届く刀があるなら、容易に切られる。

 だが、切られたところで、私は死なない。

 どれだけ急所を切られたところで、鬼と対魔の力で天魔の呪いを一時的に剥いだところで、魂を縛る呪いは消えやしない。


「……ならば、波旬の力が絶えるまで、私は刀を振り続けよう」

「その前に、その刀を折ってあげる」


 技術で負けようと、波旬が振り下ろす刀と私が振る刀、全てをたった一本で捌ききるには限界がある。


 なのに、どうして、押されているのだろう。

 背後に感じる、今までに感じたことのない熱が恐ろしいのに、刀を振るうのが億劫になるほど、確信してしまっていた。


 勝てない(・・・・)


 また、小夜に会うためにも、あの子の手を取るためにも、この熱に灼かれなきゃいけないのに。

 ただただ、虚しい。


 この感覚、知ってる。

 抵抗したところで、結果は変わらない。


 あぁ、そうだ。知ってる。忘れていただけで、いつものことだったじゃないか。

 力なんて、いつだって後出しした人が勝つ。

 遅かれ、早かれ、必ず。


「貴方にも来たのね。残念だけど(ようやく)


 久々の痛みすら麻痺しそうなほどの回数、切られた。


『譲れないものがあるなら、早く負けるってのは手段のひとつだ。

 だが、その時は、一言くらい声をかけてくれよ?』


 困ったように笑う先輩の顔。あぁ、懐かしい記憶だ。

 あの時は、いまいちわからなかった。今だって、どうすればいいかなんてわからない。


 体が灼かれて、熱くて、熱くて、逃げ場なんてない。

 やっぱり、負けるなんてできやしない。

 波旬に刀を弾かれ、大きくバランスを崩した逵中の胴を貫くように、刀を構え、


「――――ぁ」


 踏み出した瞬間、遠くに瞬いた不自然な光の点滅。

 その一瞬の隙を見逃さず、逵中は足をもう一度踏み直すと、全身の力を込めて振り下ろした。


 砕けたキレイに光る鋼。

 体から抜ける熱。


「寒い、な」


 空へスライドする景色の中、ひとつ、目に灯された光。

 たったそれだけで、この冷気を忘れるほど、暖かかった。


「大好きよ。小夜」


 女は、微笑みながら、赤く染まる大地に倒れた。

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