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カクリモン  作者: 廿楽 亜久
4章

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35/38

35話 破壊

「数だけは多いな」


 くだらないとでも言うように息を吐き出す黒鬼は、後ろで騒がしく喚く無線の音を聞く日向に目をやる。


「ヘッドショットで死なないって、閃光弾でも食らわせろってことなのかな?」

「波旬か」

「知ってたの?」

「魂での契約だ。人間相手だとでも思っていたのか」


 天魔波旬により魂すら自由はない。

 人間が精霊を殺したことがあるか? いや、ない。

 そもそも精霊は殺せない。唯一、目の前に存在する、異端な存在、鬼を除いて。


「ミントさんは、人間っぽいけどなぁ」

「人間も精霊も変わりないのだろう?」

「見分けくらいはつく」


 少しだけ不貞腐れたように黒鬼を見上げれば、小さく笑われた。


「見分けか」

「それだけできれば十分でしょ」

「そうだな。それでどうする?」


 黒鬼の言葉で、ようやく今の状況を再確認する。

 相変わらず、引きちぎれた体を引きずりながら襲いかかってくるゾンビに、時折日向を狙っては黒鬼に阻まれる術師のふたり。

 正直にいって、勝てない戦いではない。というか、勝てる。

 早く済ませて、干川たちを追いかけるか、斎藤に手を貸して、ふたりで追いかけるか。問題なのは、その程度。


「……」


 ただ、気になっていることがひとつ。


「楽しそうなオシャベリ! 混ぜてヨ!」


 また襲いかかってきたルナが、黒鬼に腕を抑えられる。

 その目は、瞳孔は、やはり開ききっている。


「じゃあ、聞くけど、君、死んでるよね」


 口元が大きく歪んだ。


「死んでないヨ!」


 強く吹いた風に、足元からすくい上げられる。

 バランスを崩した視界に、映ったのは、ルナによく似ているけど、血色のいいサンの顔。

 日向に抱きつけば、その腕はカクリモノのように変形した。


「つーかまーえたっ」

「ルナちゃんは、キャラ変でもした?」


 その言葉にピタリと止まった異径の腕。


「キャラ変? 知らなーい。覚えてないもん」


 無邪気に笑ったサンに、日向も驚いたように目を見開く。自覚があれば、まだ良かったかもしれない。

 覚えてないというのは、おそらく彼女のフィードバックが”記憶”なのだろう。


「よくわかんないけど、オネーチャン、死んで?」


 腕が日向の腕を貫こうとした瞬間、熱が渦巻いた。

 飛び退くふたりに、支えられる肩。


「オネーチャンも、鬼?」

「違うヨ。サン。アレは、力を契約してるから、あの鬼が人間の力に炎を流したんダヨ」


 日向の周りに渦巻いた粘度のある炎は、日向を傷つけることなく、消える。


「困った……記憶なしじゃ、たまたまやらかした事故か、マッドか、死を受け入れられなかった子か、というか、身元すらわからなくない。

 できるだけ身元ははっきりさせたいって言ってたけど……うーん……」


 なんであれ身元ははっきりさせたいというのが、政府や警察の指示だった。

 それこそ、何が隠れているかもわからないこの世の中で、事故か故意かは、わりと責任問題で争点になる。

 周りからすれば。


 だが、こういうときに限って、当事者というのは、その点が至極どうでもいいし、めんどくさい。

 事故のような故意に、故意のような事故。どっちもあるし、その言い訳は言っている本人ですら呆れるときがある。


「めんどくさいなぁ…………ん。決めた」


 一度頷くと、日向は支えてくれている黒鬼へ微笑んだ。


***


 激しく揺れる車内が、一際大きく揺れて止まる。


「べっ」


 窓に叩きつけられながらも、見えた外の様子。干川でなくても見える。

 カクリモノの群れ。


「うわぁ……」


 しかし、干川にはもうひとつ見えていた。

 結界と間近に迫った要。


「あの中です!」


 間違いなく、あの敷地内に要がある。


「とは言うがな……」


 警部も先程までの勢いとは違い、苦虫を噛み潰したような顔をしていた。

 残弾は、ない。

 だというのに、ようやく見つけた細川庭園の前には大量のカクリモノに結界まで。

 応援を待つにも先程から無線には、交戦中というものばかり。ほぼ確定とはいえ、防衛のための準備は怠っていなかったらしい。


「あの、俺、この珠で喚んでみます」


 干川が取り出したのは、日向から渡された珠。

 関わりのある精霊が呼び出されると言っていたが、正直に言って、精霊の知り合いにあまり、覚えがない。

 何が出てくるかはわからないが、今、できることは多分それだけだ。

 干川は、もう一度手の中の珠を見ると、頷き、車を降りた。


「”我と縁あり精霊よ。呼び掛けに応えよ!”」


 言われたとおりの言葉を述べるが、反応がない。失敗かと思った、その時、目の前の空間が光り始めた。

 光は徐々に収縮すると、見覚えのある小さな形になる。


「全く、今の呼び出しに応じる精霊なんているわけないだろ! 術もまともに使えぬ人間め!」


 小さいながらも、態度だけは大きな狛犬。


「あぁ! 神社の!」

「ん……? あぁ、あの童か。なるほど。まともな呼び掛けではないわけだ」

「え、ごめん……初めてで、その……そういえばいいって言われて」

「霊力もなしの呼び掛けなど……全くまともな師ではないな」

「日向さんです」


 ピンと張っていた尻尾が、日向の名前を出すと、呆れたように垂れた。というよりも、どこか心当たりがあったようで、もう何も言うまいという目をしていた。


「まぁ、良い。人に助けを求められれば、出向き、話を聞くのも我の仕事だ」


 しかし、状況はわりと明白。

 目の前に明らかに張られている結界と近くのカクリモノ。それに、ここにいる四人の人間。


「ちっこいワンコ。狛犬?」


 干川が説明していると、梶や警部たちも車を降りてやってきた。

 そして、いたのがこの小さな狛犬では、少しばかり期待ハズレとも言えなくはない。


「うん。前に神社にいた狛犬」

「要は、あの建物の中の要を壊すのだな?」


 しかし、流暢に話す言葉が、目の前の狛犬が精霊の中でも上位であることを裏付けていた。


「あいわかった。その珠を寄越せ」

「あ、はい」


 干川が珠を渡せば、途端に自分たち以上の大きな狛犬に変化した。


「ど、ドーピング!?」

「違う! この姿が本来の姿だ」


 確かに、普段から境内にこんな大きな狛犬がいたら怖い。

 着ぐるみなんて比ではないほどの大きさだ。それこそ、人間ひとりくらい丸呑みできそうな大きさ。


「それで、どうするんだ? 結界を破壊して入るのか?」

「莫迦め。あの結界は人払い、カクリモノ払い。本来は人を守るための術だ」


 破壊はできるが、破壊すればカクリモノも中に入ってくる。力のない四人を守りながら、要を破壊するのは難しい。

 故に、結界は破壊せずに中には入り、要の破壊に集中する。


「入れるの?」

「門というのは、結界内と外を繋げる唯一の物だ。そこからならば、入れる。

 近くのカクリモノは我に任せよ」


 そう言って門の前へと躍り出た狛犬は、ひとつ咆哮を立てると、カクリモノに噛み付いた。


「意外に強いぞ……?」

「冗談言ってないで行くぞ!」


 梶が驚いている間に、警部が首根っこを掴み、走り出す。

 門の前にいたカクリモノは、狛犬によってあっさりと姿を消した。

 門を抜けた途端、待ち構えていたミントの仲間が銃を構えている。なんてこともなく、誰もいない妙に静かな空間が広がっていた。


「あ」


 燈籠だ。

 池の傍に置かれた燈籠に駆け寄れば、魔方陣が埋め込まれている。


「これだ。これです! 要!」


 日向と共に壊したものに似ているが、明らかに違う。複雑さも、輝きも。

 梶や警部たちには見えないのか、眉をひそめているが、干川がはっきりと指を指す様子に、疑うつもりはなかった。


「あとはどう壊すか、だが……」


 物理的に壊せるならいい。燈籠も、今ショベルカーでも持ってきて、破壊できたなら簡単なのだが、持って来られそうにもない場所だ。

 銃で壊すにも、まず難しいだろう。


「本当に、なんの手立てもなく来たのか」


 後ろから追いかけてきたのは、小さくなった狛犬。


「ガス欠?」

「門から入るために一時的に小さくなっただけだ」


 確かに先程までのサイズでは、門から入るには、少し大きいかもしれない。

 狛犬は、ちょこちょこと前に歩いてくると、燈籠の前で止まる。

 そして、咆哮と共に放った光に、魔方陣が塗り消されていった。


***


 最初にその変化に気がついたのは、術師本人だった。

 次に知ったのは、要破壊の報告を受けた人々。

 どちらも、自然と空に浮かぶ魔方陣を見上げ、消えかけているそれに、その情報が本当だということを実感した。


「……」


 互いについたため息の意味は、きっと違う。


「細川小夜。これで、お前たちの計画は終わりだ。大門は開かれない。大戦も、起きない。

 諦めて投降すれば、命の保証はしよう」


 事情が事情なだけに、公的に裁判が行われるはずもない。たとえ、裁判が開かれたとしても、これだけの犠牲を出した事件だ。

 死刑ではあるだろうが。


「命の保証、か」

「あぁ。俺たちは、逵中は、君やミントのような存在を守るために、天ノ門を作った。だから――」

()()()()の間違いだろ」


 微かな足音に、壁から背を離し、駆け出す。

 先程まで背中のあった位置には、風を斬る音。


「くっ……」


 銃を構えれば、目の前に迫る切っ先。


「君は、俺たちを、憎んでいるのか?」

「……どうして、同じことを言うんだ?」


 心底不思議そうな表情で、小夜は榊を見下ろした。

 小夜にとっては、不思議で仕方なかった。物心ついた時からクローンということも、存在がなかったことも、当たり前のことで、不平等などひとつもなかった。

 ただひとつ、特別なものがあるというなら、それは、


『小夜。アイス食べに行きましょう! とびきり美味しいの!』


 そういって、手を掴んだ彼女だけだ。

 その手を取った。だから、彼女の計画に手を貸す。彼女の笑う、その姿が恋しくて。

 その暖かい手が、体が恋しくて、触れていたくて。


 だから、この刀を振るう。

 互いの腕が、指が動く、その瞬間。けたたましい音を立てて吹っ飛んできたなにか。


「「!!!」」


 どちらの敵で、味方かわからない砂埃を立てたそれに、ふたりは反射的に距離を取り、様子を伺う。

 そして、聞こえてきたのは、聞き覚えのある声。


「――テェェェエエエッッ!!」


 騒がしい声と共に、立ち上がったまさにチンピラの容姿の男。


「岳?」

「ア゛? 榊さん? んで……ゲェ……」


 今になって、小夜の存在に気づき、小夜にも目を向けつつ、主に目を向けているのは、斎藤が吹き飛ばされてきた方。

 先程から、確かに近づいてくる音は聞こえていたが、斎藤を吹き飛ばすほどかと、実力者へ目をやれば、半分人間の形ではなくなった人間。


「なんだ……あれ……」

「カマヤロー!」

「カマ……? って、栗林か!!」


 既に見た目は知らないものに変わっていることは聞いていたが、その情報からもまたひとつ進んでしまっている。

 体の半分をカクリモノに明け渡しているらしい。あの状態になった人間は、命こそつなぎ止められても、五体満足とはいかない。


「あらァ? 小夜チャン、じゃなァい」

「意識はあるのか」

「自暴自棄になったとでも? ヤーね。そんなわけないじゃない」


 笑う栗林は視線だけ榊へ向けると、上がっていた口角を下げた。


「アタシが欲しくて、欲しくてたまらないものを捨てた、奴がいるじゃなァい」


 銃口を栗林に向ければ、目尻が下がる。

 引き金を引けば、栗林もビチャリと嫌な水音を立てて動き出した。

 榊にではなく、小夜に向かって。


「ぇ」


 人間離れした動きに、小夜は栗林と共に崩壊した建物の群の中に消えていった。


「逃げた!? あのヤロ……!!」

「待て。岳」


 榊の制止に、追いかけようとしていた斎藤も足を止める。


「あの状態だ。建物ごと壊されたら、いくらお前でも死ぬだろ」

「……たぶん」

「死ぬよ。絶対に。それに、あの状態は長くは持たない。術が解ければ、栗林はまともに動けない。無理に動くな」

「……ういっす」


 遠くはあるが、包囲網は敷かれている。そこから抜け出すには、栗林だけは不可能。問題は小夜だ。

 包囲している部隊へ、栗林たちの情報を伝え、栗林たちの消えていった建物の群へと向かった。


「――っ、はァ……あの短気、来なかったわね」


 息を切らせながら振り返る栗林は、小夜を離す。


「ほら、逃げなさい」


 予想外の言葉に小夜が驚いていれば、栗林は大きくため息をつく。


「なに。その顔。状況わかってる? 大門は開かない。大戦は起きない。ただの負け戦」

「あぁ、けど」

「知ってる。別に、アンタたちは、世界を壊したいとか社会に復讐したいとか、そういう理由で動いていないことは。

 もっとくだらないことで生きてるってことも」


 自分でも嫌気が差す。どうして、力をもっている人間ほど、戯れのような理由しかないのか。


「ミントと生きるんでしょ。なら、逃げなさい」


 彼女にとって、この戦いは、ただミントと共にいたいというだけ。ミントの願いというだけ。


「今のアタシ以上に、あいつはバケモノなんだから、死ぬわけない」


 死ねないの間違い、か。


「だから、アンタは逃げる。そして、ミントを待ちなさい」


 崩れかけのビルの階段を上る。

 体のどの器官も自分のものではない気がして、実際そうか。頭以外は、ほとんど侵食されてる。


「あぁ、でも、ホントくだらない」


 恋人が、誰にも認知されずに死ぬのが許せないからと、世界を壊そうとするなんて。

 自分の誇示ではなく、恋人の誇示なんて。


「やっと見つけた」


 目の前にいる人影。

 やっぱり追いかけてきた。


「ふふ……」


 自然と喉が震えた。


「意外に、好みよ。心中してくるなら、サイコー、ね」




 大きく音を立てて崩れたビルに、榊も慌てて駆け寄る。

 妙な水の撒かれ方からして、栗林が破壊したものだ。そして、おそらく誰かを巻き込んだ。


「……」


 まだ砂埃の収まらないガレキを睨めば、後方上部から聞こえた声。

 見上げれば、斎藤が向かいのビルに小刀を突き刺してぶら下がっていた。


「前言撤回」


 ため息をつくしかない。


「おーい。降りられそうか?」

「なんとかー」


 まだ元気のありそうな斎藤に、笑みを零す。


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