34話 青い炎
当てれば容易く倒れるカクリシャ。
「あの女、普段どんだけラクしてやがるんだ」
悪態を付きながら、近づいてくる影がないことを確認すると、後ろから聞こえたエンジン音。
「警部!」
倉田の声に、エンジンのかかったパトカーに乗り込む。
近づいてくるカクリモノを撃ちつつ、残弾も確認すれば、日向に対魔の力を込められた銃弾は少なくなってきている。
「やべぇな……」
無線で応援を呼んでいるものの、この付近はどうやらミントたちと協力関係を結んだ組織と戦闘中。
状況からして、十中八九、干川が見ている場所が要であることは違いない。
しかし、強くなるカクリシャに減る弾薬。
残る手段は、先程干川が日向から受け取った玉だ。
「……」
しかし、それは精霊を喚ぶもの。
精霊は人と物の考え方が違う。故に、使役者のように精霊を使役するには訓練が必要だ。
日向が渡してきたのだ。対価は玉でいいのだろう。だが、あの様子からして干川は精霊を呼んだことも使ったこともない。
だとすれば、危険だ。使わず済むならそれに越したことはない。
「干川。どう?」
「池に……燈籠? なんか、日本庭園みたいな……」
「日本庭園? 方向はこっちなんだよね?」
「はい。このまま真っ直ぐ」
倉田が悩むように唸ると、
「細川庭園?」
どうやら心当たりがあるらしい。
「合っているかはわかりませんが……」
「今のところ、それ一番可能性が高いだろ。細川庭園に向かう。応援が来てくれりゃいいが……」
一応、本部と宮田に連絡を入れておくが、ただでさえ足りていない人手が、この不確定情報だけで動くとは思えない。
***
正直、ミントも驚いていた。
対策をしてきたとはいえ、ただの人間が天魔波旬の攻撃をいなし続けるなど、想像もできなかった。
「私が言うのもなんだけど、本当に人間?」
波旬が振り上げた短刀が降り下ろされれば、青白い炎が爆発し、そこにあるものを昇華させる。
それを紙一重で躱し、また切り込んでくる。
目の前に迫る刃が、炎に阻まれ、一瞬にして溶けて消える。
「それだけ強いのに、よく死ねなんて命令聞くわね」
「お前を、今ここで止めなければならない。それは、命令の問題ではない」
このまま戦い続ければ、波旬の霊力で、力のない人間が倒れるだろう。
もし倒れなくとも、カクリ大門が開き、溢れ出るカクリモノが人を食らうだろう。
相手からしてみれば、手の施しようのない状況のはず。
自分の命を差し出し所で、なんの意味もない。その辺に転がる何かと同じ。
「そう。でも、残念ね」
彼らに出来ることは限られている。要を壊すか、私を殺すか。
「間に合わないわ。干川君に賭けたところで、彼に要を破壊する力は無い。だからかしら? 結城ちゃんを一緒に行かせたのは。
けど、結城ちゃんも私の仲間に止められる。他の部隊に向かわせるにも、彼らにも足止めを用意してある」
ほんの1時間。いや、これだけ暴れれば、もっと短い時間で、大門は開く。
「間に合うわけが――」
感じた周りの気配。結界だ。
「全く……これでどれだけ稼げるかねぇ」
白虎は軽口混じりに、遠くにいる朱雀へ目をやった。
「死ぬなよ? どっちか死んだだけで、この結界崩れて、即第二次大戦突入だからな」
「はい!」
これ以上、ミントに天魔波旬を行使されれば、大門が開くのは早まり、要の破壊は間に合わない。
故に、この結界は内部の力を外に漏らさないことを主としたものだ。霊的な物に強くした分、物理的な部分は弱く、ミントに術師を直接切られれば死ぬだろう。
「この命に変えても」
「だから、死んだら意味な――あぁ、いや。そうか」
朱雀は、いや、朱雀だけが、例え自分の命が尽きても、もうひとつの命が目に宿している。
「……弟分にそこまでやられちゃ、易易と殺されるわけにはいかねぇな。なぁ、白虎」
白虎の後ろに佇む白い大虎が、大きく毛を逆立てた。
ミントはくだらないものを見るように、基点となっているふたりに目をやれば、大きく首を凪いだ風。
逵中の一閃が、ミントの首を凪いだ。
しかし、毎回のごとく、天魔の炎に阻まれ、刃は届いていない。
「あなたの目的は、細川小夜の復讐の加担か?」
「……復讐?」
その言葉に、ミントの目の色が変わった。
無意識に後ろへ跳べば、振られた刀が地面を抉りとる。
「小夜が復讐? そんなことを考える子じゃないってわからないの? あの子はいい子で、あなたたちの理不尽へ怒りも恨みも持っていないのに。
あなたたちは、またそんな勘違いと嘘であの子を決めつけ、殺す!」
今までの虚無さは無かった。今は、ただ激昂している。
ミントの感情の昂りに、天魔波旬も嗤う。
目の前が青白く染まった瞬間、その嗤い声が聞こえた気がした。
***
物心ついた時には、すでに監視の目はついていた。人間からも、それ以外からも。
それが嫌だとか、そういう感覚はない。それが当たり前だったから。
代わりに用意された場所に収まって、たどり着いたのは、誰も知らない施設。
「あら……私以外にもいるなんて……意外」
その施設にいたのは、かつて大門を解析したという観測者のクローンである少女だった。
自己紹介というよりも、淡々と説明された少女の過去に、驚きはした。同時に、諦めもあった。
誰もここの存在を知らない。あの先輩ですら。
「燃えて死ぬ……そうですか」
一応、彼女には私の決められた最期について伝えておかなければいけない。なんともはた迷惑な死に方だから。
「ですが、貴方の残りの寿命から考えて、その頃には私はいないでしょう。他の個体の最年長でも27歳でした」
「クローンはあなたでおわり?」
「はい。No.34。私が現状生命活動を行なっている最後の個体です」
挨拶を済ませてから、施設を見て回った。見てはいけない場所があるか聞いたものの、彼女はないとだけ告げたので、遠慮なく施設の中を見て回った。
どこにも隠れられないように監視カメラが設置され、一応言い渡されている研究用の施設には、何人ものメモやノートが置かれていた。
おそらく、オリジナルの観測者という人間の日誌も置かれていた。
「自分のクローンに、名前を付けてたの? ふぅん……」
観測者の苗字である『細川』を姓に、名前をナンバーから文字っていたようだ。
彼女は、34だから、小夜。
「おかえりなさい」
「ただいま。小夜ちゃん」
「……」
「イヤだったかしら?」
「いえ。貴方はあまり、そのようなことをするようなタイプとは思えなかったので」
それは少し意外だった。
髪色のせいもあるだろうが、私は結構ふざけたタイプと勘違いされる事の方が多い。
「えぇ~~私のこと、誠実で真面目なタイプに見えちゃうのは、心配しちゃうなー」
「気を付けます」
あまり冗談は通じないタイプか。
テーブルの上に置かれた食事に目をやる。台所もあるし、定期的に食料は届くから、それで自炊するのだろう。
「リクエストとか聞いてくれるのかしら?」
「さぁ……一度もしたことがないので」
「チョコミント欲しいわねぇ」
「チョコミント?」
「アイスよ。知らない?」
頷く小夜の肩をつかむ。
「それは良くないわよ。あんなに美味しいもの食べないなんて。至急送るようにメールするから待ってて」
結局、チョコミントアイスは届かなかった。
娯楽品は制限するつもりらしい。
「チョコミント届けなきゃ、施設を破壊するって言えばいいのかしら?」
「……そこまでのものか」
「アイスひとつ渋るんだから、焼いたって構わないでしょ」
理解できないと呆れる小夜は、ため息をついたあと、冷凍庫へ戻り、白いそれを取り出した。
「牛乳を冷やして固めただけだから、おいしくはない」
「え……わざわざ作ってくれたの……?」
「天魔波旬の呪いで、体が常に灼かれているようなものなんだろ? その熱を和らげるものかと思ったのだが」
トクリと心が跳ねた。
優しさに心打たれたよりも、彼女の言葉にだ。
確かに、私は天魔波旬の呪いを自身の体にも受けていると。ただ、私は一度も呪いが体に刻まれ、生まれた時から決して止まない痛みと熱が広がり続ける火傷があることを彼女には告げていなかった。
「……あぁ、うん。あなたって意外に見る目、あるわね」
「?」
「ありがとう。嬉しい」
大げさに抱きついてみせる。
抱きついてしまえば、私の体の熱さに気づかれてしまうから、誰にも触れたことなどなかったのに。
「優しいね。小夜は」
本当に、本当に優しい子。
なのに、どうして、閉じ込められなきゃいけないの?
危険でも、なんでもない、この子を。
誰にも存在を知られず、なかったものとして、ただ処理される。
「いや、だなぁ……」
音も無く青白く燃える世界。
あの男は、死んでいない。うまく逃げたらしい。少し離れたガレキの上へ視線をやる。
その瞬間、頭が揺れ、視界が歪んだ。
「先輩、かぁ……」
重力に従い倒れ込んだ地面に、血が広がる。
日向の対魔の力を詰めた弾は、天魔波旬の防壁も突破できるらしい。それでも、たった一撃のために、逵中が死ぬかもしれない状況で、援護もせず、ずっと待っていた。
一発でも撃てば、場所が割れて、援軍が向かうから。
「あぁ――」
そして、小さな隙を見逃さず、頭を撃ち抜いた。
「ほん、と」
優秀な人。
「ザンネン、ね」
あなたが悪いわけじゃない。
相手が悪い。
だって、そうでしょう?
頭を撃たれて死なないんだから




