33話 バカになるしかないじゃない
足を止めれば、一気に肺に満たされる空気に咳き込む。
それはほぼ全員が似たようなもので、日頃から鍛えてるであろう警部たちですら息を上げている状態。
平気なのといえば、斎藤と始めから黒鬼に抱えられた日向だ。
「俺も運んでほしぃ……」
梶が、今にも消えそうな声でつぶやくが、それを返す余裕すらない。
「ここでいいのか?」
「少しマシくらい」
宮田から送られてきた映像では、先程の戦いの影響は局所的で、現在地はその黒色に染まった部分から少し出たところ。
本当なら、もう少し離れたいところだが、死屍累々の四人を見る限り、一度休憩しなければ倒れる。確実に。
「……」
周りに警戒しながらも、気になるのはやはりミントと戦っている逵中だ。
ここまで走っている間も、余派を感じるし、たまに刀が降ってくる時だってある。
「坊主、要までの距離はわかりそうか?」
息が落ち着いてくると、警部に聞かれ、空を見ればまだ距離はある。
「どっかに車でも残ってりゃいいが……」
「ゾンビ映画みてーエンジンかけるためにバチッてできねーのか?」
「普通に交番にパトカー残ってたら使えばいいんじゃないの?」
警察官もふたりいることだ。よくわからない誰かの車を盗むよりはマシだろう。
倉田もこの辺にパトカーが置いてある交番を思い出すものの、すぐに思い至ったそれ。
「避難のために使っていたので、もうないかと」
カクリモノが溢れてきた直後、最初に避難する時にも使ったし、もしその時に使わなくても、日向の言うとおり、警察官であれば最初に思いつくことだ。
車が破壊されたり、足が足りない時に、最初に使う。
「無事残ってれば、それがいいけどな」
警部も困ったように頭をかくと、嬉々として梶が配線を直接つなごうとジェスチャーし始めた。
「テメーできんのかよ?」
「理屈はわかってますよ。もちろんやったことないっすけど」
なのに、何故か自信満々という表情に、日向も困ったように笑うと、警部と倉田の方を見た。
「?」
「あの、避難所の場所、覚えてます?」
「そりゃな」
「もちろん」
「……なら、救援が間に合わなかった避難所の場所、わかりますか?」
意味を理解したふたりは、少しだけ視線を下げたが、すぐにいくつかの避難所の名前を上げた。
「おい」
斎藤の呼び掛けに、目をやれば、前足の取れた犬がこちらを見ていた。
「……」
見覚えがある。というか、心当たり。
それを裏付けるように、ステップ混じりの足音。
「すごいすごーい! 本当に見つけた! ワンチャンすごいよ!」
現れたのは、よく似たふたりの少女。
「ほらほら! 鬼もオネーチャンもいるよ!」
「ホントだ! やっと会えたね! ずっと見つからないんだもん。探しちゃったよ」
ふたりの手には、ひと振りずつ、刀が握られている。
斎藤も小刀を作り出すと、腰を低くした。
「鬼特攻とかいう刀か?」
「わかるわけないだろ。逵中さんじゃないんだから」
遠目に見た刀身だけで、童子切かどうか見分ける目がある人間、早々いないだろう。
「つっかえねーな」
舌打ち混じりに文句をいえば、また赤い目がこちらを向く。
「んだよ。テメェが苦手なもん、引き受けてやろうって言ってんだろ。ガンつけてんじゃねーぞ」
「……そうか。なら、任せよう」
「お、おぅ……」
予想外に、素直に頷かれ、斎藤も拍子抜けだが、周囲から襲ってくる死体に目をやる。普段のような犬や猫だけではない。人の姿もある。
「危ないなぁ」
呟きと共に、落ちた無数の雷は、轟音と共に死体の四肢を砕いた。
動けず地面に這い蹲る中、ひとつの影が飛び出し、干川に向かい、その太刀を振り上げた。
「ヒッ――」
切られると、構えたものの、目の前にあったのは見知った背中。
「ハデななりの癖に、やること地味じゃねーか」
「チッ……知ってるかしら? ハデにするにも、真面目じゃないと認めてもらないのよ。覚えておきなさい!」
一度間合いを取れば、こちらに向けられる銃口。
「栗林兼介。動くな!」
「あらやだ……女に向けるのは銃じゃなくて、熱い視線よ」
「……元のお前知ってる分、ダメージが」
元同僚だった現女らしき相手に、警部もつい頭に手をやりそうになるが、さすがに銃から手を離すことはせず、いつでも撃てるように構えたまま。
話には聞いていた。カクリシャを一斉解雇した時に、選抜として残る最後の枠の奪い合いの末、負け、解雇され、その恨みから反社会勢力に加担していると。
さすがに、ここまでの変容は予想していなかった。というより、流れてきた噂をできれば信じたくなかったという方が、正しいかもしれない。
「ガキ共! 先にいけ!」
「え!? 斎藤さんたちは!?」
「ハァ!? こいつらの相手に決まってんだろ! 早いとこ要破壊しなきゃいけねェって、わかってねーのか!?」
「それはわかりますけど……!!」
「黒鬼が暴れたら、またこの辺、ヤバイことになるんだから、耐性ない人は離れる」
干川たちのことを気にしてか、黒鬼も今だに炎は出していなかった。
「モー! ケンチャンのバカ! バレてるじゃん!」
「おだまり! こっちだって鬼にずっと睨まれてんのよ!」
「睨まれてるからってなんだー! とっとと切ればいいんだ!」
「だったら数で潰ソ」
ルナが笑い、空に手をかざす、するとガレキの下や建物の影から出てくる死体の数々。
「この前は捕まえられなかったもん、ネ?」
「じゃあ、今度は捕まえよう」
先程の比ではない数に、倉田も干川たちを守るように銃を構える。
緊張が走る中、日向は腰に吊っていた玉のくくりつけてある紐を弄っていた。
「解けない……ねぇ、これ切って」
ここだけでいいから。と、いくつか連なった玉をひとつ、結び目から切ってと指さす日向に、斎藤も眉を潜めた。
だが、その場違いな行為にではなく、その玉が結んである紐に対してだ。
「それ、白虎のヤローからもったやつだろ? 切っていいのかよ」
それは、ここに来る前に、印をミントに焼かれたと聞き、白虎が代わりになると渡してきた物だった。
天ノ門が保管する中でも、相当上位に位置する道具でもあるそれ。もちろん、あとで返すという話になっていたはずだ。
「玉さえ切らなければ大丈夫だよ」
そう言えば、斎藤も不思議そうにしながらも、紐を切った。
そして、ひとつになった玉を干川に渡す。
「それで、ほとんどの精霊は話を聞いてくれるから、持っていって。要の破壊もできるはずだよ。
精霊の呼び掛け方は『我と縁あり精霊よ。呼び掛けに応えよ』覚えた?」
頷くのを確認すると、日向は警部たちの方を見ると、拳銃へ目をやった。
「雷鬼」
「んー」
「稲妻の祖。雨の雫。汝は壷。満ちて溜めよ」
一瞬、拳銃に静電気が走ったものの、大きな変化はない。
「これで大抵のカクリモノなら倒せると思いますから、ふたりのことはお願いします」
警部は斎藤と日向のことを見ると、頷いて、干川たちの背中を押した。
「あ! 逃げる!」
「エー別によくない?」
「ダメだよ! お仕事!」
「仕方ないナー」
しかし、走り出した四人に向けて放たれた霊体は、吹き飛ばされた。
「ざんねーん」
「おジャマ虫」
「遊ぶならもっと多いほうが楽しいよ。ユーキ」
「そうだね。じゃあ、我と名を結びし精霊よ。ここに来れ」
呼びかけると、腰に垂らしていた玉が呼応し、現れた精霊。
「ゲッ……マジ?」
栗林もさすがに表情を引き攣らせるしかない。パッと見た限り、属性ごとの精霊、ほぼ全種類いるのではないかという数。
決して、黒鬼以外に大精霊といった破格な精霊がいるわけではない。言語を介せるレベルの精霊は、風鬼と雷鬼しかいないようだが、それでもやはりほぼ全属性の精霊が揃っているなど、正気を疑う。
「なんていうか、確かに似てる、か――もッ!」
力任せに振り下ろされる小刀を、寸のところで防ぐ。
技も何もなしに、この童子切諸共、叩き折る気ではないかと思わせるような力。
「クッソッカッテェ……!!」
「ぇ、本気で折るつもりだったの……? バ――ちょっと、だいぶ頭悪いの? アンタ」
「あ゛!?」
「悪そうねぇ……」
とはいえ、ここまで何度も刃を交えて感じた戦闘のセンスに、そのセンスに付いてこられるだけの肉体。羨ましいほどの才能だ。
だが、わかりやすい性格もあってか、攻撃も読みやすい上に、どうやら術は使えないらしい。
すぐに倒して、観測者である干川を消しに行くことはできないかもしれないが、裏をかくことはできる。
だが、うまく姿をくらましたところで、目的ははっきりしすぎている。要に向かった観測者の殺害だ。いくら斎藤であっても、すぐに気がつく。
その上で打つ手と言えば、近くで戦う双子に数で足止めをさせることだろう。
(とはいえ……)
それすら、簡単にはいかない。
こればかりは相性が悪い。数は双子の憑依させる方が多いが、対魔が付与された小さな災害とも言える精霊との相性は最悪だ。
加えて、先程の観測者たちがまだ安全圏まで離れていないことを危惧してか、鬼もほとんど力を使っていない。
術師である日向を狙うなら、今かと一瞬でも刀を向ければ、鬼の赤い目がこちらを捉える。
「どうしろってのよ……」
日向自身は隙だらけで、すぐにでも首が取れそうだというのに、隣にいる鬼が危険すぎる。
足組んで座ってようが、頭を射抜かれるなんてことないだろう。
しかし、今が狙い目であることは違いない。斎藤だけであれば、倒すことはできるだろうが、正直、日向は栗林には不可能。
「な・らっ!」
斎藤を精霊たちの戦う場所へ蹴り飛ばし、切りつける。
案の定、人のことなど気にしない精霊たちの氷塊が腕を掠めた。
「っぶねェ!」
「よそ見なんて、だぁ~~めッ!!」
「!!」
ようやく切りつけられた腕から血が滴る。
斎藤の表情が歪むが、すぐに周りの精霊たちにも目もくれず、栗林だけを写した。
直線的になればなるほど攻撃は読めるし、周りは見えなくなる。加えて、敵は一人じゃない。本来、味方であるはず、日向と契約した精霊たちもだ。
「いい顔ね。サイコーよ」
もっと怒れ。爆発しろ。
その一撃を凌げば、勝機はある。
もう一言、煽ろうと、口を開いた時、喉の奥が焼けるような熱。脳裏に過ぎった炎の記憶に、口を閉ざせば、目の前に燃え上がる赤い炎。
「炎鬼! 岳に加護とフォロー! あと、そこすごい危ない!」
刀に宿った炎の精霊。
まずい。
半歩下がった瞬間、目の前に迫る刃。防いだ途端、目の前に広がる赤い炎。
「――ッ」
過剰なほど大きく後ろに飛び、炎の熱を払う。
「ハッ! いいな! こりゃ!」
ただの刀を振り回しているだけのチンピラが、今度は炎まで振り回し始めただけでもタチが悪いというのに、問題は先程の日向の言葉だ。
”加護”。人を守るための力。
「遠慮なく、借りるぜ!」
斎藤の後ろに飛んできていた氷が溶けて消えた。
距離を詰めた斎藤に童子切を弾き飛ばされ、腹に入った蹴りに、体が宙を浮いた。
本当に無茶苦茶だ。
努力とか経験とか知恵とか、なんの意味もない。
『ただあの子がいた証拠を残したいだけよ』
くだらない惚気けだ。
今まで散々担ぎ上げて戦わせたくせに、突然手のひらを返して、まるで犯罪者、異常者のように扱う連中への復讐をしている私の方がずっとマシじゃないか。
なのに、そんな惚気けと同類に、あっさり邪魔されて。
「イヤになるわ……ホント」
どうせ、あの子供にも、まともな理由なんてないんだ。
生まれ持った力で、いともたやすく誰よりも先に行ってしまう。
「なんだ。寝てなかったのかよ」
見下ろす斎藤は、肩にやっていた小刀を構えたが、蹴り飛ばされたままの体制で横になっていれば、また構えを解いた。
あぁ、本当に――
「単純ね」
構築した鎌を振った。




