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カクリモン  作者: 廿楽 亜久
4章

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32話 邂逅

 間に合ったのは、事前に投げられた小刀だった。

 背骨を砕かれ、痙攣を起こしたように背を逸らせたハイエナは、飛びかかった勢いのまま倉田にぶつかり、体を震わせていた。


「ッたく!! 勝手に出てった挙句、襲われて死にかけるってどういうことだ!? ァ゛ア゛!?」

 

 倒れる個体と同じように、潜み、襲いかかろうとしたもう一匹を容易く切り、その勢いのまま干川に投げつけた。


「斎藤さ――うわぁぁ!?」

「デジャブ!!」


 死んでいるとはわかるが、だからといって当たりたい物ではない。

 そして、斎藤も、文句を言うよりも、向こうでハイエナの群れに銃を撃っている警部を放っておくことができないことも理解していた。

 舌打ちしながら、尻餅を付いている倉田の横を通り過ぎれば、チラリと見えた影にいれかけていた力を抜く。

 数瞬後、轟音と光が瞬くと、警部の前にいたハイエナたちが黒こげになって、倒れた。


「なんか、必死になってた俺がバカに思える」

「社会人なのに、この状況で自由行動した人がバカじゃないと?」


 小さく聞こえた声に振り返れば、パトカーの手前に降りてきた黒く角の生えたなにかと、それに抱えられている日向。

 全員がその黒い角を持つそれを見た時、息を詰まらせた。


「あ、あの、もしかして、その人が、鬼?」


 梶がどうにか絞り出せば、赤い目がこちらを見下ろす。


「!」

「話、逸らしてんじゃねぇぞ。ガキ。テメェら、今! 勝手に! 死にかけてたんだよ!」

「あーーーー!! はい! はい! すみませんでしたァ!! 申し訳ありません!!」


 言葉こそ荒いが、状況として間違ってはいない斎藤の言葉に、梶含めて、全員が謝るしかなかった。

 日向もため息を付きながらも、黒鬼に下ろしてもらう。


「申し訳ありませんでした」


 見事な棒読みで謝る警部に、斎藤もつい口端が上がりそうになる。というか、上がった。


「つーか、徒歩か?」

「走ったわ!」

「いや、そういうことじゃなくてだな……」


 ここに来るまで、ビルや木が倒れていたり、道路が崩落して通れない道もあった。それこそ、飛び越えるのは不可能で、迂回する必要があるような崩落だってあったはずだ。


「あーコイツ、化け物なんで。飛び越えてました。はい」

「ハ……?」


 言いたくなる気持ちはわかるが、干川も、自分を抱えながら、ビルを飛び移られたことを思い出し、苦笑いしかこぼせなかった。

 日向ですら、無理だと黒鬼に運んでもらうことを選ぶレベルだ。


「つーか、なんでガキまでいんだよ」

「ほっしーひとりじゃ、心細いかと思って」

「ただの足で足でまといだろ」

「正論過ぎて、否定できないのがつれー」


 梶もいつもとは違い、何も言えず、口を結ぶことしかできずにいれば、斎藤は干川の方へ目を向ける。


「テメェもテメェだ。わざわざこんな弱ェ奴に護衛頼むとか、理解できねー実はバカなんじゃねーか?」

「コラ、斎藤。それは言い過ぎ――」

「っせーな!」


 窘めようとする倉田の言葉に、いつものように口喧嘩が始まってしまう。


「あー……たく、干川君」

「はい」

「この状況で聞くのもなんだけど、このまま要、探しに行くの?」

「……へ?」


 それは干川だけではなく、斎藤以外全員が目を丸くした。


「それは、えっと……どういうことですか?」

「そのままの意味。今もそうだけど、要を集中して探そうとすれば何が起きるかわからない。対して、放置したところで自分にはほとんど関わりないでしょ」

「いやいやいや。あるだろ。普通に」

「ないですよ。世界の話なんて、私たちに関係あります?」


 人を守ろうとする人間がいれば、逆に、人を壊そうとする人間だっている。今がまさにそうだ。

 実際に切羽詰った戦いになれば、自分たちの意見なんてなんの意味もないものに成り下がる。


「あります」


 答えたのは、干川だった。


「知っている人たちが、知らない人でも、傷つくのも、死ぬのも見たくないです。それが、止められるなら、なおさらイヤです!」


 喉が渇く、心臓の音も大きくて、今目の前に立っている日向が、どこかミントと重なって、呼吸が苦しかった。


「そう」


 しかし、思った以上にあっさり頷いた日向は、干川の答えを聞くと、当たり前のように無線機を取り出す。


「はい。これ。一応、携帯、いつ繋がらなくなるかわからないから持ってて」

「へ、あ、はい。へ?」


 余りにもあっさりしすぎていて、干川も無線機を受け取ったまま困惑して固まり、梶ですら首をかしげたまま。警部だけは呆れたように頭をかいた。


「とりあえず、要の破壊に行くか」

「そうですね。じゃあ、車に――」


 パトカーに向かおうとした、その時だ。

 肌を焦がす熱気が吹き荒れた。


 誰も何も言葉を発せず、何が起きたかも理解できないまま、その熱気が収まると、自分たちの周りを囲うような焼け跡。


「黒鬼?」

「まだだ。本命がくる」


 黒鬼の向こう、遠く、女が刀を構える。


「此れは人魔が世界を壊す愚行」


 呪いに相応しい言霊に呼応するように、天魔が嗤う。


「――っ此れは天地が人魔を無くす蛮行」


 世界を壊す呪いを消すための言霊に、精霊が嗤う。


「天地まとめて灼き果たせ! 天魔波旬!」

「人魔まとめて灼き焦がせ! 黒鬼!」


 互いが互いを破壊するために、呪いの炎を燃え上がらせた。

 前回の比ではないほどの熱と衝撃に、気がついた時には全員がその場に座り込んでいた。

 次に目を開けた時、景色は一転していた。


「――――」


 それが息をのんだ音だったのか、短い悲鳴だったのか誰も分からない。

 目の前には、なにもなかった(・・・・・・・)

 今まであった、ビルも建物も、道路も、何もかもが消え失せていた。


「こんなの……」


 このまま戦えば、この景色がいくつも出来上がることになる。

 だが、戦うのをやめれば、自分たちがあの状況になるだけ。


「……あぁ、なんだ。結城ちゃんがいたのね」


 元は干川を狙ったものだが、今の赤黒い炎は鬼の炎だ。

 背後で控えていた波旬が、太刀を取り出し、嗤う。


「……岳! 他よろしく!」

「テメ――ッ! ムチャ言ってんじゃ――」

「目を逸らせばいいな」

「うん」


 話聞けと、叫ぼうとするが、ぞわりと走った悪寒に黒鬼に目をやれば、赤い目がこちらを捉えていた。

 味方にする生易しい目などではない。


「クソ鬼」


 遠くに感じる先ほどと同じ嫌な気配に、斎藤は素早く立ち上がると、まだ腰を抜かしている干川と梶の襟を掴む。

 だが、その嫌な気配は、突然消えた。


「?」

「……」

「え、なに?」


 黒鬼が警戒を解いた気配を察し、背後から顔を出すものの、ミントの姿は見えない。だいぶ遠くにいるらしい。


「あの男だ」

「逵中さん?」


 黒鬼が頷くのを見るのとほぼ同時に、腰に吊った無線機から悲鳴にも近い宮田の声が響いてきた。


『みんな生きてる!? 体に異常はない!?』


 宮田の前にある計測器では、干川たちの周辺の霊力濃度が真っ黒になった。


『というか、結城ちゃんは、できるだけ黒鬼と波旬の戦いは避けてって言ったよね!?』

「この状況でですか?」

『あ、うん。とにかく、その場から離れて。生身だとその濃度の中だと、呼吸だって苦しいはずだよ』

「別に普通っすよ?」


 梶の言うとおり、全員が同じように頷く。もちろん、日向と斎藤、干川などのカクリシャは他に比べて耐性があるが、力がなければないほど、霊力に耐え切れず不調になるはずだ。

 宮田も、梶の言葉に驚き、言い淀むが、答えをくれたのは、風鬼だった。


「ユーキが無意識に垂れ流してる対魔の力のおかげだ。とはいえ、普通の人間がこの周囲の空気に触れ続けるのは良くない。離れたほうがいい」

「対魔って、本当に万能だね……」


 自分で言うのもなんだが、精霊やカクリモノが起こす事象、つまり物理的ではなく炎などの攻撃は、日向に届く前に、風鬼が言ったとおり無意識に漏れ出している力で相殺される。

 結果、ほとんど効力が無くなるほどになるのだが、霊力濃度まで対象になるとは思っていなかった。


「ゼロになったわけじゃない。症状だけ抑えてる状態だ」


 つまり、体を蝕み続けていることは事実。すぐに離れなければいけない。


『ミントは逵中さんが抑えてる。とにかく、みんなそこから離れて』


 車を見るが、先程の攻撃の衝突ですっかり使い物にならなくなっていた。

 仕方なく全員が駆け出した。


 その頃、逵中は目の前に広がる炎を睨んでいた。

 赤く燃え盛る炎の中に、巨大な影。


「もう……車をぶつけるまではわかるけど、最初から爆破覚悟で爆弾仕掛けてるってどうかしてると思うわ……」


 明らかに爆発の規模が、ただの事故の比ではなかった。中に爆弾を仕込んでいたのだろう。


「それに意外よ。結城ちゃんじゃなくて、貴方が戦うなんて。小細工は仕込んで来たみたいだけど……」


 天魔用の防具。今のところ、数回炎に包まれたが、中の逵中にまでは届いていない。

 どうやら、使えるらしい。


「死ぬ気?」

「命令だ」

「そう」


 ようやく返された返事。


「なら」


 ミントはただ、


「死んで」


 笑った。

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