3話 天ノ門
体を起こせば、目の前に落ちている大きなバック。
「…………」
できれば思い出したくない数秒前の言葉が、頭部の痛みと共にやってきた。
「ちょーどいーところにいたなーー!! クソガキーーー!!!」
帰宅途中にそんな聞き覚えのある声に、振り返ろうとした瞬間、視界は揺れ、ブラックアウトした。
「それ、事務所に届けとけ! 届けなかったらぶっ殺すからなァアア!!」
視界が真っ暗な中、はっきりと聞こえた言葉は、もはや誰かなんて分かりきっていて、後に続く「待てー!」という言葉も誰の言葉か、なんとなくわかってしまった。
そんな台風のような男が過ぎ去って数分。
起き上がれば、遠巻きにこちらを見る人々。仕方ないだろう。どう考えてもまともな渡し方じゃないし、投げた人間の見た目がアレだ。誰だって関わりたくない。
「はぁ……」
あの人はさておき、斎藤のいう事務所というのはおそらく天ノ門の事務所のことだろう。
となれば、これは逵中たちへの届けものとなる。斎藤のためとなれば、知らぬ存ぜぬで通すかもしれないが、逵中たちのものというなら、少し放っておけない。
助けてもらった恩もある。パスケースの裏にしまっておいた名刺を取り出せば、事務所の場所も書いてあった。
「近っ」
結構、ここから近い場所にあるようだ。
「ま、いっか」
近いなら届けるくらいしよう。と、バッグを持ち上げた。それほど重くはない。
名刺に書かれた携帯の番号を押し、数回の呼吸の後、耳に当てた。
『はい。逵中』
「あ、干川です。えと……」
先に連絡は入れておこうかと思ったが、いざ今までの経緯を伝えようとすれば言葉に詰まった。
「突然、警察に追われた斎藤から後頭部に荷物を投げられて、事務所に届けろと言われたから届けに行きたいんですが、大丈夫ですか?」なんて言われても困る人がほとんどのはずだ。
むしろ、荷物を渡されたけど、どうすればいいかを聞いた方がいいかもしれない。
脳内会議を終わらせると、小さく頷く。
『なにかあったかね?』
電話越しにでも悲鳴を上げそうになる声色に、先程の脳内会議そっちのけで、首を横に振った。
「違います! 違います! 斎藤さんから、荷物渡されて、事務所に届けろって。でも、その……」
『む……岳君に……そうか。場所はどこかね? 取りに行こう』
「へ!? あ、いえ! 俺、近いんで届けに行きますよ」
『しかし……』
「あ、行ったらまずいですか……? なら――」
『そんなことはない。むしろ、君に有益な情報も多く存在している。都合が良ければ、一度案内したいと思っていたところだ』
「あ、だったら、俺、今日ヒマですから大丈夫ですよ」
『そうか。では、後で事務所を案内しよう』
「わかりました。じゃあ、すぐ行きますね」
『了解した。私もすぐに戻る』
切れた電話を見ながら、干川は大きく息を吐き出した。
流れ的に事務所を案内してもらうことになってしまったが、正直、カクリシャのこともカクリモノのことも、天ノ門のことすら前に聞いたのが初めてだ。
「考えてみたら、カクリシャのことも知らないんだよなぁ……」
有益な情報ってなんだろうか。
頭を悩ませながら、携帯が示す通りに歩けば、たどり着いた建物。看板は特にない。だが、絶対にここだ。
少し古びた建物だが、干川の目にはカクリシャと似た何かが見えていた。
「逵中は席を外しています」
エントランスにいた女性に聞けば、すぐにそう返された。
「あ……そういえば」
電話先ですぐに戻ると言っていた。外にいたのだろう。
少し待つかと思ったその時、車が止まる音。
「すまない。待たせた」
逵中が早足で来ると、女性といくつか言葉を交わし、干川に向き直る。
「ありがとう。その荷物は私が持とう」
「あ、すみません」
「では、案内しよう」
バッグを持った逵中を干川が追いかけていけば、四つの内、右奥のエレベーターに乗り、カードを読み込ませると最上階のボタンを押した。
「最上階にはこのエレベーターしか繋がっていない。気を付けてくれ」
「え……なんでですか?」
「最上階と地下は危険なものが保管されている。その分、結界も強固なものにしているが、危険なため、一部の人間しか入室を許可していないんだ」
「あぁ、外のアレも結界ですか」
「……君は結界も見えるのか」
「へ……?」
どういうことかと聞く前に開いたドア。向こう側には広い部屋。事務室というよりも、ホテルのスイートルームのようなテーブルにソファ、本棚に食器の入った棚。一番奥に置かれているのは、社長が使っていそうな革張りの椅子と机。少し離れたところに同じようなものが、もうひと組みある。
「おかえり。特に問題はなし」
そのひとつの机に腰掛けながらコーヒーに口をつけていた男。あの時、逵中と一緒にいた男だ。
「ただいま戻った。件の要石だ。それから、干川君を連れてきた」
「あぁ……どうして少年が来ていたのか不思議だったが、そういうことか」
「え……気づいてたんですか?」
「一応、ここには結界が張ってあってね。カクリシャがくれば反応するにようになってるんだ」
「榊。どうやら、干川君には結界も見えているらしい」
榊と呼ばれた男は少し目を丸くすると、カップを置いた。そして、逵中の置いたバッグを開く。
中に入っていたのは、石。だが、赤黒い血管のような何かが這っている。
「ぅ゛……なんすか? それ」
「要石。別に中に封印されているタイプじゃないから、それほど心配はいらないさ。ただ汚染始まっているから、ここで浄化装置にかけて、力を込めて元の場所に戻すってだけ。
それで、君にはどんな風に見えてる?」
「ぇ……血管みたいのが脈打ってて」
この辺と指せば、逵中と榊は目を合わせると、逵中は本棚に向かうと一冊の本を取り出してきた。
そこに書かれているのは、干川が見えているものによく似た石。ただ、血管の本数がもっと多い。項目には”不浄に犯されしモノ”と書かれている。
「これに似ているということかね?」
「はい。本数はこっちは少ないですけど……似てるっていうか、これです。たぶん」
「すごいな。観測者は数が少ない上、こちらが気づけないことも多い。正直に言って、生きてる人間では君が初めてだよ」
「へ?」
首をかしげれば、ソファに座るように促された。
用意された菓子をかじりながら、説明された内容を簡単に頭の中で整理してみる。
「つまり、カクリシャにも種類があるってことですか?」
「そ。”武装者” ”使役者” ”観測者” の三種類から、また細分化するんだが、そこは今は置いといていいだろう」
”武装者”が斎藤のような武器を作りだして戦い、”使役者”は使い魔を使ったり、術を使う人もここに入るらしい。
そして、干川が当てはまる”観測者”。最も数が少なく、能力の性質上他人からは気がつくのが難しく
、保護対象として発見されることも少ないカクリシャ。
タイプとしては、索敵、予知、過去視が確認されている。干川は過去視が主だが、観測者として封印や結界、集中すればカクリシャなどの力を持つものも見えるらしい。
「ってことは、こういうのって逵中さんたちには見えてないってことですか?」
「感じはするが、血管のようなものは見えていない」
「結界に関しても同じだ。一応、擬似的に見れるのが”使役者”だが……だいぶ力を浪費するからな。あまり見ることはない」
確かに、予知ならまだしも、血管のようなものが見えてなんの意味があると言われると困る。
「ちなみに、逵中に僕も武装者だ」
「使役者はいないんですか?」
「もちろんいる。ここによく来るのはひとりだな。そのうち会うだろ。大学生の女で、だいたい使い魔が2匹、風と電気の奴が周りにいるから会ったらよろしく」
つまりカクリシャは干川を除いて4人。東京支部と言っていたが、さすがに少ない。
「まぁ、今は補佐的な立場だしな。ここ以外にも支部はあるし、保護対象で有事のみ戦闘する仲間も多い」
「東京支部は関東ほぼ全域を担当しているが、仲間の他に警察などとも協力し、カクリモノに対処している」
案外、大きな組織だったことに驚きながら、紅茶に口をつければ、どうしても不気味に脈打つ要石が目に入ってしまう。
干川の視線に気がついたのか、逵中も同じように要石に目を落とす。
「要石が犯されれば、そこからカクリモンが開き、カクリモノが現れる。
我々の仕事はカクリモノを討つことだが、こういったカクリモノが現れることを防ぐことも行っている」
「今は多少、機械化されて良くなったとはいえ、ある程度以上だと僕たちじゃないと、どうにもならないからなぁ……」
どうせなら見て行け。と言われ、隣の部屋に案内されれば、大きな水槽がいくつか置かれていた。中には、同じような石。
空の水槽のひとつに、要石を投げ込み、蓋を閉めるとスイッチを押した。
「これであとは勝手に浄化して、力を込めてくれる。こっちはもう終わってるな」
終わってると言われた水槽に入った石には、不気味な血管はない。
「こんな感じで、処理をしていくってわけ。下は案内したの?」
「これからだ」
「そ。じゃあ、僕はこっちの処理しておくよ」
下には、実験施設と資料室があるという。こちらも危険なため、一部の職員のみしか入れないようになっている。
B2が表示され、エレベーターが止まった。特に装飾もない扉を開ければ、所狭しと置かれた本。
「資料室には、観測者が残した記録も多い。何が無害か、有害かもわかるだろう。干川君のように見えるならば、危機の事前回避も可能なはずだ」
「すごい量ですね……」
「これでも一部だ。複製も多い。この資料室は自由に使ってくれてくれ。ただし」
「ただし?」
「奥の資料室、あそこにはひとりで行くことはないように」
ただでさえ大きな男に、じっと見下ろされたら息も詰まる。ただ頷けば、途端にプレッシャーはなくなった。逵中は本を戻してくると言うと、本棚の中に消えていった。
今までカクリモノのことなど危険。逃げろ以外に気にしたこともなく、これだけ資料が並んでいても、何が見たいかもわからない。ふらふらと背表紙もない本を眺めながら歩けば、向こう側に見えた扉。
アレが例の資料室だろうか。あれだけ注意するのはなぜかと、じっと見つめれば、扉から漏れ出しているモヤのようなもの。
「……」
アレは絶対ダメなやつだ。
ゆっくりと目を逸らせば、天井から大きな物音。
「な、なに……?」
構造上、上は実験施設のはず。
「干川君。少し上の様子を見てくる。ここにいるかね?」
「あー……一緒に行ってもいいですか?」
実験施設にたどり着けば、いくつか見えるドアの内のひとつから、赤いランプが光っている。あそこだ。
逵中はすぐにドアを叩けば、慌てたような声が聞こえてきた。
「あーあ゛ーーっ!! 今ちょっと危ないんで、後ででいーっすか!?」
「宮田君は無事かね?」
「元気っす! とにかく片付け終わるまで、入室禁止っす!」
「む……そうか。気を付けたまえ」
「了解っす」
どうやら何かあったらしいが、特に変なものは見えない。ただ、微妙に焦げ臭い。
「宮田君には今度挨拶しよう。彼女は武器や装置の開発に携わっている。浄化装置も彼女が開発したものだ」
カクリモノを一時的に退ける携帯しやすい武器も開発しているそうなので、今度見てみるのもいいかもしれない。
上に戻れば、見覚えのある顔が倒れていた。
「早かったな」
「宮田君は取り込み中だったので、後日にした」
「そうか」
倒れていた斎藤は、干川と焦点を合うと同時に飛び上がり、肩を掴んできた。
「いっったぁぁあ!!! いるじゃないっすか! こいつが代わりに届けてくれるっていうから――」
「どうせ倉田さんに追われて、ブツ投げつけて「届けとけ」って言っただけだろ」
表情ひとつ変えずに当てる榊に、表情をひきつらせる斎藤。
このふたりとちゃんと話したのは初めてだが、このやりとりだけでなんとなくわかった。いつものことなのだ。
肩を掴んでいた斎藤は、次の瞬間、肩を組んできた。
「俺が忙しそうだからって、コイツが届けてくれるって言い出してェーーなっ!」
「……」
「な゛ぁ゛!?」
どうしようかと榊に目をやれば、少し顔を伏せたと思えば、
「干川。伏せ」
冷たすぎる命令と同時に本能的に座り込めば、頭上から悲鳴が聞こえてきた。




