27話 似た者同士
時代に合わない抜身の日本刀を握り、笑顔さえ携えた女は、まるで何事もなかったかのようにこちらに歩を進める。
呆然と眺めていた自衛隊のひとりが、銃を構え、撃ったが、直後に燃えた。
女はと言えば、無傷。
放たれた銃弾は、ミントを取り囲む何かに阻まれ、溶けて消えた。
「あらまぁ……この状態でも天魔が見えるのね。かわいそうに。怖いでしょう?」
かといって、消すわけではないが。あと数歩という距離を置いて、ミントは足を止めた。
「あなた、ひとり?」
不思議そうに首をかしげたミントは、周りをもう一度見渡すものの、自衛隊以外誰もいない。
しかし、目の前の干川がひとりで結界の基点を壊せるとは思えない。
「飛び出してきたのかしら? 見捨てられた?」
彼らが観測者である彼を易々と手放すとは思えない。だが、先程襲われそうになっても誰も助けなかった。
「……ねぇ、干川君。仲間にならない?」
「ぇ……?」
「チョコミント好きなら仲良くなれると思うの。それに、貴方がそっち側にいて利点はないと思うの」
どうにか首を横に振った干川に、ミントは少し目を細める。
「いっぱい人が死んだ。その上、大戦まで引き起こすなんて……絶対に――」
「なら死んで」
冷たく切られる言葉。
回る視界。
ガレキの山が視界の上に広がり、このまま転がれば血のついた日本刀を持ったミントが立って――
「――ィッタァァ!?」
後頭部から揺れる痛みに、反射的に頭を抱えた。
「えっ……!?」
抱えた頭の痛みこそあるが、繋がっていた上半身と下半身。しかし、視線を下げた途端に響く、痛みにまた蹲る。
「ラスボス引き寄せるって……そこは逃げろよ。とりあえず。マジで」
「……ゥ゛、ゥ゛」
聞こえてきた声は、日向のものだが、もう少しだけ待って欲しい。マジで。
「大丈夫? 気持ち悪い? 吐く?」
「だ、大丈夫、です……」
「立って歩け……そう? 痛いのはわかるけど」
それはちょっとわからない。背中は慣れたものの、頭は初めてだ。
案外平気そうな干川に、日向は顔を上げるとミントを見た。
「結城ちゃんがいたのね。通りで天魔が不機嫌なわけね」
ひとり納得しているミントに、日向は片手を上げると、
「見逃してくれませんか?」
「いいわよ」
即答だった。
「ふたりが仲間になるなら、だけどね」
「仲間に勧誘してた人、殺そうとしてたんですか?」
「断られそうだったから」
「あぁ……答えは『はい』か『YES』ってやつ……って、じゃあ、その条件無理じゃない?」
驚いたようにミントは数回瞬きを繰り返すと、微笑んだ。
「結城ちゃんが来てくれれば、そっちの子は手足落として連れていくから、まだ大丈夫よ」
少しだけ痛みの引いた頭に、また痛みがぶり返すような言葉が聞こえてきた。
「その子は別に、目と伝える口があればいいもの」
「うっわ……私の時、もう少し普通の勧誘だったような気がするんだけど、記憶違い?」
「それは結城ちゃんだからよ。アナタだけの特別サービスっ!」
胡散臭いセールスマンのようなセリフに、日向も「わぁ。お買い得」と、なんとも棒読みの言葉を返した。
困ったように笑ったミントは、一度、周りで銃を向ける自衛隊とその奥で叫んでいる人の群れに目をやった。
「アレは味方?」
「……アレで味方してるって言われたら、正気を疑うけど」
「貴方が味方するのは、貴方を味方してくれる人なんでしょう?」
それはかつて、自分が告げた言葉。今も、当時と同じ質問をされれば同じ言葉を返す自信がある。
「ここに貴方を味方する人は、いないわよ」
返答次第では、彼女が味方するのだろう。
しかし、互いが確信していた。
「あいつらの事は知らない。味方じゃない」
守る気なら、あんなにのんびり遅れてこない。
「あー……でも、残念だけど、コイツが逵中さんみたいでさ」
「……そうね。似てる」
強さではなく、心が。
「でも、彼は観測者。その行く末をアタシは見ているから」
「?」
「先輩ががんばったところで、モルモットはモルモット。名前のひとつもない道具。だから、アタシは許さない」
「ヒッ……!!」
ミントの周りに溢れ出るように黒い影が溢れ出す。人間のような、しかしあまりにもおぞましすぎる姿。
「同類の結城ちゃん。もう一度、言うわね。仲間にならない?」
「ならない」
「一途ね」
「あなたが言う?」
互いに苦笑を漏らした。
ミントの足元に這い出る黒い影。呻き声に、鼻につく髪が焼けるような臭い。何かを探るような黒い腕は、焼け爛れ、燻る体から燃え移る青白い炎。
「――」
黒い影が撒き散らす青と赤の炎の中心に、笑みを携えたままの女。そして、その後ろには、大きななにかの影。はっきりと見えていないにも関わらず、はっきりと感じた視線と目が合う。
逸らせない。
恐ろしい何かが目の前に迫り、そして、黒に塗りつぶされた。
「黒鬼? 呼ばないのにくるの珍しい……」
目の前に現れた黒鬼に日向が驚いていれば、一度赤い目を日向に向けると、すぐにミントに、正確にはミントの後ろにいるモノに目をやった。
「問答は終わったのだろう」
「確かに、もう時間ね」
ミントは刀を振り上げ、
「先輩によろしく」
振り下ろした瞬間、太刀筋に青い炎。続いて、赤い炎が燃え上がった。
ミントは、大きく後ろに飛ぶと、刀を収め、落ちていた羽を拾い上げると、
「印を壊しなさい」
そう言って、ダーツのように投げた。
「黒鬼、大丈夫!?」
「問題ない。本体からではないしな」
炎を払うように腕を払えば、足元には、黒い人型のそれら。
「天魔め。狙いはユーキか、ホッシーか」
「とりあえず、倒そうか」
腰にポーチから名刺ケースを取り出すと、開く。
中には、紙ほど薄く切られた木が数枚入っていた。
「我と――」
「ユーキ!!」
雷鬼の叫びと共に羽に貫かれた名刺入れ。直後、青白い炎が燃え上がる。
「アッツッ」
燃えた名刺入れは、風に吹き飛ばされ遠くで赤い火となり燃え上がり、黒くなって消えた。
「ユーキ、怪我してないか!?」
「ちょっと指先が熱いくらい。大丈夫だよ。それより……」
走り去りながら微笑むミントを睨み返すと、大量の天魔に目を向けた。
「やられたらやり返す! あんまり意味無いけど!」
札が無くなったところで、契約している精霊が新しく呼び出せなくなっただけだ。
「風雷の祖。暴風の雫」
風鬼と雷鬼が翼を広げる。
「汝は人。飲まれて消えよ!」
羽ばたいたその時、天魔を襲う渦を巻いた暴風と雷。
吹き荒れる風と雷の音に、耳を塞げば、引きちぎれた腕や足が目の前に転がってきては、また転がっていく。
どんどん強くなる風に、縮こまるように目を閉じた。
「さて……こんなものか」
ようやく収まった風に目を開け、ゆっくりと耳から手を離して、顔を上げれば、先程までいた禍々しい天魔はいない。
むしろ、静寂すぎる光景。音も無く、視える跡だけが先程までの光景を物語っていた。
「干川君?」
見下ろす日向に、干川が言葉にならない声を返せば、驚いたように目を丸くすると、
「深呼吸」
そう言いながら、後頭部へ手を伸ばすと、優しく触れ、髪をかき分ける。
少しだけ逃げた干川に、一旦手を止めた。
「赤くなってるし、腫れてる……えっと、ヤバいのは吐き気と耐えられない痛みだから……」
頭なのだから、病院に運んでおいて損はないか。と、一度、離れた場所で先程まで騒いでいた人たちが今度は別の意味で騒がしくなっているのを見やるが、すぐに視線を戻す。
「立てる? 病院は遠いから、近くのちゃんと医者がいる避難所にいこう。確か、脳外のどうのって言ってた場所が――」
今度は、また別の場所から突然聞こえてくる音。
タイヤの擦れる音にゴムの臭い。そして、スリップしたように、しかし、キレイに日向と干川の隣で動きを止める車。
「……」
その場にいた全員が絶句する中、扉が開き、這い出してきた男は、干川を見ると、抱きついた。
「ホッシィィイイッ!! ホッシーじゃないか!」
「か、梶……?」
腰が抜けたような体制で、縋り付くように寄りかかるのは梶だ。
「い、生きてた……よかった…………俺」
「お前かよ」
「いや! 聞いてくれって!」
半泣きで語られたのは、電話を終えてからのこと。
相変わらず、倒しているのか倒していないカクリモノを放り投げられることを繰り返され、たまに押しつぶされそうになりながら、カクリモノから逃げているのか、斎藤から逃げているのかわからなくなってきた頃、鼻先を掠めたカーブミラー。
「運転してたのは、受付の人だったんだけど」
今、日向と話している運転席の彼女。天ノ門の受付にいる女性だ。
「ジェットコースターにベルトなしで乗るとマジ危険」
「俺がな!!!」
現れたのは、斎藤。どうやら、梶が飛んだ時、肘に貫かれたらしい。
その斎藤も、少しだけ顔が青白いところを見ると、相当運転が荒いようだ。
「応援がきましたね」
向こうからやってきた大型の車。降りると、すぐに人混みをかき分けていく。
「……あ!」
「どうしました?」
「あっちに何人か残ってるんです。動けそうな人だけでも呼んできます」
駆け足で友人含め、隠れて過ごしていた数人を呼んでくれば、また増えている車と人。知り合いもいた。
「榊さん?」
「おかえり。ミントが出たって聞いたんだが……また見失ったらしい。生きてるのは彼らで終わりか?」
「足、怪我して動けない人が……」
「長くは捜索できないでしょうが、向かわせましょう」
「お願いします」
向かっていった自衛隊に、歩いてきた数人も安心したように待機している車に乗り込む。
友人も一度日向に振り返るが、男と親しげに話している様子からして、知り合いなのだろう。車に向かえば、すれ違う初老の男。
「結城もこのまま作戦本部に行くぞ。この状況だ。もうバラバラになったところでわからないだろ」
「わかりました。干川君もですか?」
「あぁ。能力について隠しはするが、天ノ門一員として本部に連れていく」
「……干川君の後頭部、バク転失敗レベルでぶつけました」
手を挙げて申し訳なさそうに告白した日向に、榊は数回瞬きを繰り返し、理解するとなんとも言えない笑みを浮かべた。
「大事はなさそうだったが……一応、診てもらうか」
正直にいえば、日向のこの表情は十中八九、精霊絡みだ。本人がどれほど加減をしても、精霊加減はできない。というか、どれほどの力が加わったかもわからない。
どちらにしろ、作戦本部の近くには隣接して避難所と救護室もある。そこで診てもらえばいい。
車の前で集まっていた斎藤が手を振る。
「テメェも参加しろよ。車、どっち乗るか」
「うわ、ずっる……さっき負けたからって」
「ぁ゛あ゛ッ!?」
「もうさっきみたいな最初にグー以外出した人は負けですよ」
「それで負けたのか……お前」
先程の勝負は、最初にパーを出して抜けようとした斎藤の手を読み、干川と梶がチョキを出していた。
榊も呆れる中、構えた四人に近づく足音。
「おい、お前ッ!!!」
怒鳴り声に驚いて振り返れば、赤い険しい顔の中年男。
「お前みたいな奴が!!」
「は――?」
眉をひそめる日向の前に体を滑り込ませる。
「落ち着いてください。どうされ――」
「邪魔だ!! そいつが犯人だぞ!」
「意図を理解しかねます」
「その女はあの青い女とグルだ! 俺たちを監視してんだろ! なんで逮捕しない!! 俺はこいつが共犯だって知ってるんだぞ!」
「……先に車に行ってろ」
小声で言われた言葉に、少し不満げに口を尖らせるが、ちらりと別のところに向けられた視線を追えば、じっと男を見る風鬼と雷鬼。
もし、男が激昂して日向に掴みかかったらどうなる? 暴言を吐いて、日向が買ってしまったらどうなる? 答えは簡単。この男が少なからず怪我を負うことになる。
日向も大人しく榊の言うとおり、車に乗ろうとした時だ。
「くっだらねェ……」
襟をつかまれた。
「今、息してる理由すらわかんねェバカかよ」
「なにを――!?」
「岳! ステイ! 四人共、先に戻ってろ。命令だ」
「皆様。こちらへ」
素早く受付嬢が車に誘導し、発車させた。




