26話 壊れた街で
拍子抜けなほど容易に、警備している自衛隊に気づかれることなく町に出れた。
風鬼がいうには、風を使ってこちらの姿を見せないようにしたそうだ。
「結構チートみたいなことしますよね。サラっと」
「まぁ、属性ごとのエリートに力借りてるみたいなものだし」
納得できるようなできないような答えに、生返事を返してしまう。
「あの」
「ん?」
「さっきの人って」
「あぁ、同じ大学の人」
「カクリシャ……じゃないんですね」
堂々と風鬼も雷鬼も姿を現していたが、特に気にした様子ではなかったし、もしかしたら天ノ門関連の人かとも思ったが違うらしい。
日向も必死に隠しているわけではないので、大学ではわりと精霊に好かれている人ということになっているらしい。
「別に梶君みたいなのはいるよ」
「そういわれると……確かに」
ただあれほど関わってくる人間でもないだろうが。
「でも、なにかやらかしたって言ってませんでした? てっきり俺みたいなことかと……」
「あー……そういえば、来て早々薬局長と会ったんだっけ……まぁ、近いといえば近いけど」
ポリポリと頬をかくと、困ったように語りだした。
「その、干川君も話した白衣のおばさん。あの人、私の指導員でね」
「え゛……」
なんとなく察してしまえる。あの会話にならない強引さに、日向が斎藤のように天ノ門からの指示で動いていない理由も納得してしまえた。
「察してくれてありがとう。8割は想像通り。悪い人ではないよ。絵に書いたような医療人ってだけ。まぁ、個人的には5メートル位離れていて欲しい人種だけど」
「苦手なんですね」
「合わないね。根っから。まぁ、何ヶ月って決まってるお付き合いだから、まだいいけど」
「言ったんですか? 抜けるって」
「ムリムリ。言ったでしょ? 指導員なんだよ。私の単位、あの人が握ってるみたいなもんでね。別に悪い人じゃないから、しないとは思うけど、あんま印象よくないことはできなくてね」
重い溜息に干川も困ったように眉を下げれば、まぁ、とまた落とした肩を上げて振り返る。
「さっきのアイツが避難所に来て早々『ボランティアは希望性にしていただけないでしょうか』って、本音24時間超過実習したくないって言ってね。まぁ……説教だよね」
日向自身はその辺、関わらないことに徹していたため、巻き込まれなかったが聞いているだけで頭が痛くなったくらいだ。
「大変ですね……」
「まーね」
「どうして大変なのに薬剤師になろうと思ったんですか? 日向さんなら今の世の中でもカクリシャで十分やっていけるって、宮田さん言ってましたよ」
「親の勧め」
日向が困ったように顎に手をやると、干川に目をやる。
彼もカクリシャではあるが、外からわかりにくく、被害者という被害者がでない観測者だ。だからこそ、高校になるまで天ノ門にすら見つからなかったのだ。
斎藤や日向のような能力であれば、少なからず幼い時に数回は力を暴走させて、大きな被害を生んでいる。
「私はわりと少ない方だと思うけどね。実例が出てるのは」
「不穏っす」
事実、使役者は武装者に比べて、物証が少ないことも多く、日向のように精霊を介すタイプでは、犯人を特定することが難しい。周りから見れば、一目瞭然ではあるのだが、後日正式な調べでは不明と判断されることも多い。
「それに、両親は満場一致で、カクリシャに将来はないって意見でね。それで食っていけないって話。父親なんてカクリシャは古い危ない兵器認識だしさ」
それはネットで見た書き込みと同じ。
「とにかく、安定した職業を目指せって」
「それで……いいんですか? 日向さんは」
「言ってることは間違ってないと思うよ。実際、カクリシャで食っていくって、あのふたりみたいに働くってことだし」
警察で対応できないカクリモノが現れれば、それを倒すために出動し、カクリシャを保護するために、情報が入り次第直接接触、勧誘や保護についての説明を行う。
逵中や榊の忙しそうな様子を思い出しては、干川も少し表情が強ばる。
「仕事したくないし。それに」
「それに?」
「……このへんじゃない? なにか視えない?」
気が付けば、予定の場所についていた。周りを見渡すものの、ここから見える範囲にはないようだ。少し進んだ路地を覗けば、黒髪の女の跡。
「あった!」
その跡に駆け寄れば、コンクリートの下に埋められている石のような何かに魔方陣が浮き上がっていた。
風鬼たちも力は感じるようだが、はっきりと視えているわけではないらしい。
「これ、どうするんですか? 結構下の方にありそうですけど……」
「雷鬼、風鬼」
「「任された」」
ふたりはふわりと地面の中に潜っていくと、魔方陣に近づき、手を触れた。何度か魔方陣が点滅すると、ぷつりと消えた。
「壊したよー」
「ありがと」
ふたりの事を撫でている日向は、空を見上げている干川に目をやる。
基点をひとつ壊したところで、既に発動した魔方陣がすぐに壊れるわけではない。あといくつの基点を破壊する必要があるのか、おそらく天ノ門を含めた技術者たちが解析を進めていることだろう。
「だから、私たちはコーラ買って帰ろう。干川君には、プリンシェイクを買ってあげよう」
「なぜそのチョイス……」
「おもしろそうだから」
指している先には動いている自販機。頼まれたコーラを買い、次にプリンシェイクとカルピスを買うと、カルピスの方を差し出してきた。
「あ、ありがとうございます」
干川にカルピスを渡すと、次にシェイクを振って、雷鬼に差し出している。
「これ飲んだら戻ろっか」
「はい」
缶を傾ける雷鬼。風鬼も興味があるのか、日向の周りを飛んでいる。
「本当に仲がいいですね」
「まぁ、小さい時から一緒だし。友達だし」
精霊は気まぐれで、人とは感覚が違う。だから、あまり近づいてはいけない。それが、常識。
だけど、目の前にいる日向たちを見ていると、それを忘れてしまう。
それが、先人たちが長い年月をかけて出した答えだったとしても。
「なんだ、これ……」
運動場に戻った時、そこは既にガレキの山と化していた。人の多くいた体育館部分には、人のものと思われる腕や足。
聞こえてくるうめき声に駆け寄るものの、ガレキの隙間から滴るのは赤い血ばかり。目に映るのは、数時間前に目のあったアイツ。
「運が良かったね」
「……」
カクリモノの跡は続いている。しかも、何かを追うように走っている。
きっと、ここから逃げた人たちだ。
考える間もなく、足が地面を蹴る。
「干川君?」
腕をつかまれ、足を止めれば、驚いたような日向の顔。
「そっちは危ない」
「わかってます! わかってますけど! これじゃあ、みんな!」
「車がないし、乗れた人は逃げ切ってるだろうし、まぁ、それ以外は無理じゃない」
「ッどうして、そんなに普通にしてられるんですか!?」
「どうしてそんなに慌てるの」
冷水をかけられた気分だった。
わからない。どうして、彼女が心底不思議そうな顔をしているのか。
「だって、このままじゃ、死ぬんですよ……?」
「いいじゃん。死ねば。アイツら、戦うのはあいつらの仕事とか言って悠々としてる奴ばっかだよ。
…………あぁ、うん。えっと、干川君が仮にあの人たちを助けたとして、きっと感謝されないよ。当たり前だとか、逆に横暴だとか、謂れのない事言われたりさ。利益なんてない。盾にされて、それでおしまい」
その言葉は、きっと干川ひとりで勝てないだろう。ということを告げていた。理解もしていた。
だが、そうではない。
「でも、なにかしないと……見捨てられるほど、俺は、強くないんです」
簡単に離された腕。干川は、すぐに走り出した。
残された日向は、しばらくその背中を眺めていたが、聞こえた音に振り返れば、そこにはコーラを頼んできた男が、青い顔をして立っていた。
「意外。逃げなかったんだ」
「逃げられなかったんだよ。”おかしも”とかそういうレベルじゃないからな! お前、知らないだろうけど!」
外にいただけ逃げ場もあると、できるだけカクリモノから離れ、誰か助けが来るまで隠れていたのだ。そんな時、聞こえてきた声に外に出れば、先程外に行った日向たち。
しかも、なにやら喧嘩してひとりはカクリモノの行った方向へ、日向はそちらを眺めるだけ。なにひとつ理解できないというのに、目の前に当たり前のように差し出された頼んでいたコーラ。
「お、おぅ。サンキュー」
「どういたしまして」
こんなものでも、飲めば少しは落ち着くかと、一気に流し込む。
少しだけ落ち着けば、周りから聞こえてくるうめき声。まだ息がある人もいるのだろう。
「……ここにいる人たち、どうする?」
「助けるならご勝手に。私は助けないよ。たぶん、トリアージ的に黒だとは思う」
はっきりと告げられる言葉。つい聞いてしまったが、助ける手段を持ち合わせていないのだから、この問いかけに意味はない。
「医療人としてダメだとか言う?」
「医療人は24時間無休の聖人君主だろ。俺はムリ。でも、ちょっとは……いや、今またあの鳥が帰ってきたら、俺は逃げる」
「それがいいよ。助けたところで意味ないから」
そういって、銃声の聞こえる方へ歩き出す日向の腕を掴んだ。
「そっちはダメだって! あいつ、向こうに行ったんだよ! ここで待たないにしろ、あっちはダメだ」
「でも、あの子追わないと」
「さっき自分の命は大切にするって話してたよなァ!?」
「だから、大事にしなよ?」
「お前もな!? え、なに……? あいつ、彼氏とか?」
「いや、全く」
「……好み」
「なぜそうなる」
「いやだって……」
危険な場所に向かった少年の元に自ら向かおうなど、特別な感情でもない限りまずやらないだろう。
「……単にああいうお人好しは早死だから」
理由になっていない。
「お人好しはお人好しでも、あの弱さだし。敵の敵ってやつじゃない」
意味がわからないが、気持ちが変わらないことだけはよくわかる。
「日向ってさ、結構変な奴だな」
「ユーキ。コイツ、ぶっ飛ばすか?」
「コーラ爆発させるぐらいにしてあげて」
言うが早いか、持っていたコーラから突然気泡が溢れ出し、ペットボトルのキャップが飛んだ。
怒号と銃声。どうやら、自衛隊が殿を務めているらしい。銃を撃っている自衛隊の後ろには、避難所にいた中でも動ける人間。
「なにしてんだ! 早く倒せよ!」
「なんのための銃だ!」
「こういう時くらい仕事してよ!」
その怒号はカクリモノはなく、自分たちを守っている自衛隊に向けられたものだ。
自衛隊だけが、泣き叫ぶような声を上げながら、飛ぶ形状をしていない鳥に向かって発砲を続けていた。
だが、効果はあまりないようで、その長いクチバシがひとりに向く。
「――ッこっちだ! 鳥!」
叫べば、鳥はこちらを見て、顔を上げた。
「君!? なにしてるんだ! 逃げなさい!」
誰かの叫び。しかし、もう遅い。
完全に干川を標的に捉えた鳥は、嬉しそうに口を開き、涎塗れに干川に走り寄ると、啄もうとクチバシを振り下ろした。
鼻先を掠めた硬いクチバシ。クチバシに沿って顔を上げれば、そこにあったのは首の断面。
「――!!!」
声にならなかった。
ただの断面ではない。本能で良くないとわかる何かが蠢いている。
「あらぁ……南国暮らしゆとりって噂通りの弱さなのねぇ」
それをしたのは、笑みを携えたやけに涼し気な髪の色をした女だった。




