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カクリモン  作者: 廿楽 亜久
2章

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20話 絆と清算

 ナイフで短刀を弾き、距離をとれば、感じたそれ。


「結界!?」


 結界だ。東京の中心にある教会にあのキメラを召喚させようというのだから、結界に感知されないよう、基点となっている神社に忍び込み細工をしていた。

 だが、現に今、結界は発動している。そして、


「キメラがやられた……?」


 ひかりに施していた術が途切れた感覚。術を途中で阻止されたわけではない。発動していた。つまり、倒された。

 振り下ろさた短刀を抑えるが、メリケンサックのようなそれは鍵のような形をしていて、かつて作った頬の傷跡を切り裂く。


「くっだらねェこと考えてんな」


 短刀に力を込めながら、斎藤は笑みを作っていた。その顔は、ここにいない自身の仲間への信頼の証拠だった。


「テェ、メェッ……!」


 炎で焼けば、距離をとる斎藤に、隙を与えず距離を詰めナイフで首を切り裂く。


「テメェは昔っと変わってねェーよ! ザコが!」


 ムカついた。ただただムカついた。

 何も煩わしいものを持たず、才能だけを持ったうらやましいほどの存在。だから、煩わしいそれを信頼するなど、頭に来るだけだ。


「ッ」


 しかし、ナイフは首の血管は切り裂けず、皮を切っただけ。


「頭使わねェで俺に勝てると、思うなよ!」


 確かに斎藤は強い。戦闘のセンスもある。だが、感覚のみ頼る戦いだ。相手の動きを数手先を読むなんてことはしない。

 切り合い、炎の刃を回避した斎藤の腹へ拳がめり込む。


「ぐっ……!」


 ナイフで刺そうとしたトドメは防がれる。

 派手に戦っていたこともあるが、使役者として戦うには元々力が強くなかったこととキメラの生成に力を使いすぎた。炎の刃はあと使えて数度。

 対して斎藤は、力の効率が良いといわれる武装者。もう何本の短刀を切ったかわからないが、まだ作り出せるらしい。


「その能力、やっぱズリーわ」


 選べたなら。武装者を選んでいた。


「はっ! てめーも変わって、ねェーじゃねーか!」


 もう片方の手に作り出された短刀。

 しっかりと独特な鍵の形を生かし、小山の腕を抑え、短刀を振りぬく。


「せェっ!!」


 ナイフから能力時に出る発光。


「ッらァッ!」


 視界が真っ赤に染まった。


 周りは燃え、血で濡れ、熱と焦げと鉄の匂いが充満する。あの時とよく似ていた。

 あの時は、邪魔が入ったが、今は違う。小山の胸には大きな切り傷。斎藤は頬の半分が焼けただれていた。


「ガス欠なんざ、だせーことしやがって」

「っせェーよ」


 その言葉と共に、小山は倒れた。

 斎藤も尻もちをつくように座り込んだ。


「だせーのはそっちだ。仲間、なんざ……」


 その言葉は途中で途切れた。


「……」


 見下ろす先の色が変わる。雨だ。

 周りで燃えていた木やゴミが雨に濡れ、消化されていく。


「ケリはついたか?」


 その言葉には答えず、顔を逸らした。

 しかし、倉田は小さく笑いこぼすと、斎藤を傘に入れた。


*****


 ぼんやりとする意識の中、呼びかけ続ける声に急激に意識がはっきりしてくる。


「ひかりちゃん!」


 うっすらと目を開けたひかりに、安心したように胸をなでおろした干川と梶のふたり。

 三人がいたのは教会の外に止められた逵中の車の中。


「あれ……ここ、は」


 父に連れられて車に乗ったところまでは覚えているが、そこから記憶がぼんやりしていて、節々に思い出される鱗を持った鳥と赤く染まった――


「パパ!!」


 その姿に体を起こせば、ぐらりと歪んだ視界。慌てて干川と梶が倒れそうになるひかりを支えた。

 ひかりに憑依してた融合したカクリモノと精霊は剥がれたものの、生身で憑依していたこともあり、どれだけ負荷がかかっているかはわからない。今のところ、干川の眼には痕しか視えていないが、本当に無事かはわからない。

 車の外には扉の壊れた見覚えのある教会。パトカーや救急車も止まっていた。


「パパは!? パパはどこですか!?」


 この車は父のものではない。ふたりは、答えづらそうに顔を合わせるが、言葉は出てこなかった。

 直感に引かれ、ひかりは外へ飛び出し、教会へ走る。


「きゃっ」


 足がもつれ、水たまりに倒れこむ。


「無茶すんなって!」

「大丈夫!?」


 駆け寄ってきた梶と干川に起こされるが、扉の向こうに見える傷ついた内装に、微かに残る記憶に酷似した赤黒い水たまり。

 やけに雨音がうるさく響いた。


「わかった。本部にはこっちから伝えておく」


 榊が電話を切れば、外で座り込む少女と傍らに座るよく知ったふたり。

 少女の体に書かれた文字は雨水に流され、白い服が黒く染まっていっている。


「先にテメェらを人権侵害予備罪としてしょっ引いておくか?」

「予備罪って……そんなに信用ないですか?」


 事情聴取が終わり次第、ひかりは母親の元に帰されるが、体のことが心配だとかもっともらしい理由をつけて、ひかりの体を調べ上げるのだろう。

 そして、警察上層部もそれを黙認するだろう。天ノ門が行わなければ、警察も同じことをする。


「ねぇよ。だいたい、公園でキャンプファイヤーしやがったやつも身柄を預かるって警察舐めてんのか? あ゛?」

「舐めてませんって。警部」


 向こうは完全に犯罪を起こしているため、同情の余地はない。だが、その身柄すら預かるというのだ。


「まぁ、上から言われたら愚痴のひとつも言いたくなるのはわかりますが」

「愚痴が辞表だったやつの言うことは違うな」


 榊は苦笑いをこぼしながら、雨に濡れ続ける三人の元へと歩いて行った。

 警部は不満げにそれを見送ると、舌打ちと共に状況を説明していた逵中の元へいく。


「精霊と混ざってたのはカクリモノだったのか?」

「おそらく。しかし、こちらの術師が結界を操作していたため、確実とは言えません」


 結界に絡められ、身動きの取れないそいつを切ったが、死体はない。カクリモノならば消失するまでに時間がかかることもあるが、精霊と混じっていたからか消失が早いようだ。


「結界の操作って、相変わらずの民間モドキっぷりだな。警察(こっち)だったら首が飛ぶぜ」


 23区の守護の結界をいじるなど、無断で行えば首が飛ぶ。まず上層部に掛け合った上で、国に申請、宮内庁から結界の中心である天皇へ許可を受け、ようやく結界を操作することができる。

 簡単には、結界の核となる部分に触れることはできないが、技術さえあれば話は別だ。要となっている場所には守護する精霊はいても、無人の場所もある。悪意があれば簡単に操作できるだろう。

 とはいえ、普通は軽々と結界に触れるやつはいない。複雑な構造ということもあるが、日本を何百年と守り続けている結界は、自己修復機能に侵入者排除のための攻撃機能も備わっている。下手すれば、自身が危険だ。


「気軽に操作するやつがいたら、恐ろしくて仕方ねぇよ」


 能力の高さについても、その自分の身のことを考えない意味でも。


*****


「娘! いつまでこのまましてればいいんだ!?」


 頭の上に携帯を乗せた狛犬が叫ぶが、無慈悲に聞こえてきた「まだ」の返事。


「元々、お前が術の言霊覚えてないから、術について送ってもらったんだ、ぞ」


 ディスプレイに映っているのは、結界を操作するための術の詳細と言霊。狛犬がわからないというから、宮田に送ってもらったのだ。

 それを要石に触れ、動けない日向の代わりに見やすいように狛犬が頭にのせている状態だった。


「ギリギリ、だし、さ」


 結界の操作のほとんどを風鬼と雷鬼がやってくれているとはいえ、力は吸われ、集中力も必要な状態で、会話はできればしたくない。

 手の先から感じるとにかく広い網から感じる力の流れに、風鬼と雷鬼が駆け回る感覚もする。見失えば、結界に取り込まれる。自分自身ですら。


『あと少しだぞ』


 少しと言われると、少しだけ気が楽になる。大きな修復は、朱雀など本部に任せるにしても、小山が精霊を倒して穴をあけられた部分は早めに直しておく必要があった。

 ようやく終わるかと、安心していた時だ。背後から扉の開く音。


「?」


 警察、軍、役人。思いつく人は大量にいた。

 だが、


「結界の操作中は、動けないわよねぇ~~」


 どれにも当てはまらず、ここにいてほしくないであろう人物だと直感できる声。


「何者だ!!」

「あらま……ここの守護精霊? やだぁ~~動けるってことはあなた、術もろくに使えないってこと?」

「なにをぉ!?」

「ま、そんなカワイわんちゃんならどうでもいいわ。アタシが用があるのは、ユウキちゃんよ」


 狛犬が携帯を落とすこともいとわず、日向と入ってきた人物の間に割り込み、唸り威嚇する。


「ミントが似たもの同士なんて特別扱い、小夜にもしないから、気になっちゃうの」

「近づくな! 人間!」

「かっわい~~! けど、邪魔するなら殺すわよ」


 正直見覚えはないが、逵中たちから教えられた過激派組織であるチョコミントの中でも危険人物の中に、”現状の顔がわからない”と微妙な顔して教えられた人物がいた気がする。

 どちらにしろ、ミントという名前が出た時点で、味方ではないだろう。

 その証拠に、手に現れた大きな鎌。


「……」

「とりあえず、死んでちょうだい」


 語尾にハートでも付きそうな甘い声に、足元で毛を逆立てていた狛犬が飛びかかろうとするが、踏みつけられた尻尾に引っ張られ顔面から地面に叩きつけられる。


 狛犬を助けるつもりだったのか、こちらを見つめる日向に振り上げられた鎌を防ぐ術はない。自然と口端が持ち上がってしまう。


「”黒鬼”」


 第六感が悲鳴を上げた。

 全身の毛が逆立ち、そこから離れようと意志に関係なく体が後ろに跳ぶ。体にまとわりつく赤黒く粘度のある炎。切り裂かれるような痛み、恐怖。喉からあふれ出る絶叫すらもかき消される。

 転がり落ちるように外に飛び出し、もつれる足を無理やり動かし立ち上がれば、炎の間に見えた黒衣に白い髪、こちらを見つめる赤黒い炎と同じ色の瞳。

 極めつけは、彼らを最も印象づける”角”。


「ホン、モノ……”?」


 喉が焼ける。服が、肌が燃える。


「我が名を持って命じる。”あいつを排除しろ”」

「了解した」


 全身が焼ける痛みなど気にしている暇はなかった。とにかく、足を動かした。向かう場所などない。ただ、アレから逃げなければ。


 狛犬はしばらく呆けていたが、日向に振り返れば、要石に力なく頭をつけ、うなだれていた。


「おい。大丈夫か?」


 首を横に振られた。


「何故、殺せと命じなかった」

 

 中に入ってきた黒鬼に日向も目を向けるが、その答えは要石の中から返ってきた。


「阿呆黒鬼ィ!! そんな命令したらユーキが倒れるだろうが!!」


 出てきた風鬼は日向を飛び越え、黒鬼へと怒鳴りつける。同じタイミングで出てきた雷鬼は、日向の腕に降りる。


「おつかれ。もう大丈夫だよ」

「ん……そ、か。ごめん、さすがに、も、ムリ」


 その言葉と共に倒れこんだ日向を支えた黒鬼を見上げれば、言いにくそうな表情で笑った後、


「ダブルは、さすがにバカ、だった……」


 目を閉じた。


「あと、おねが、ぃ……」


 寝息を立て始めた日向に、精霊たちは心配そうに見つめた後、息を吐いた。


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