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カクリモン  作者: 廿楽 亜久
1章

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2話 それはチョコミントの香り

 カクリシャ。大戦時、カクリモノと最前線で戦っていた異能者であり、大戦時から十年前まで色々な特例が適用されていた。

 しかし、大戦終了後、カクリモノが弱体化し、異能の力を持たない普通の人間でも対処が可能となってからはカクリシャは軍、警察など一部を除いて不必要なものとされ、今では存在することは確実だが、どこで何をしているのかわからない。


「今日は、平和……」


 カクリモノは今でも都心部では、結構な頻度で現れている。

 だが、実際にカクリモノを見たのはあれが初めてだった。だいたい、カクリモノが出たら安全が確保されるまでは近づかないのが普通だ。


「にしても遅いなぁ……」


 友人がなかなか出てこないことに、店に振り返れば背中に衝撃が走った。


「うわぁぁ!?」


 干川が前によろめいていれば、襟を掴まれ、そのまま引きずられる。


「ハ!? ハァ!?」


 全く読めない状況に顔を上げれば、自分の襟を掴んでいるチンピラのような男。見覚えがある顔だ。


「アンタ……! てかなにこの状況!?」

「うっせーんだよ。いいから面貸せ」

「イヤです!!! カツアゲしたってお金出てきませんからね!?」

「誰がテメェからカツアゲなんか……待て。いいわ。財布よこせ」

「イヤだよ!!!」


 「なんでだよ!?」と逆ギレする男。それはこっちのセリフだ。

 逃げられることもなく、かといって道端でこちらを見ている人たちも助けてくれるわけでもなく、ひそひそと小声で話している人に助けてと叫んだ瞬間、人気のない路地に投げられた。


「イッ――」


 この男と会って、まだ2回目だが今のところ、この男に会うと絶対に投げ捨てられて背中をぶつける。

 転がりながら干川(ほしかわ)が男を見上げれば、相変わらず見下ろしている。


「よーやく見つけたぜ。クソガキ」

「は……はぃ?」

「うちのボスが会いたがってる。ツラ貸せ」


 チンピラのような男のボスが会いたがっている。と言われてまともな人の顔が浮かぶ人はそう多くないと思う。

 もちろん、干川も多数派に入る部類なわけで、


「いやです」


 即答した。


「んなこと知るか」


 伸ばされた腕から逃げるように後ずされば、すぐ後ろに壁。


「ひっ……」


 逃げられない。目を閉じたその瞬間、


「またお前かァァァアアアア!!! 斎藤ォォオオ!!!」

「ゲェェ……」


 路地の向こうから響いてくる声。その声に心底嫌そうな顔で振り返ると、斎藤と呼ばれた男は一度干川の方を見ると、舌打ちと共に駆け出した。

 斎藤が逃げたあとに、干川の前に来た制服の男。どうやら、先程の声の主は警察だったらしい。


「君。大丈夫かい?」

「は、はい」

「そうか。では、私は彼を追うからね」


 そう言うと、警察は斎藤を追って走っていった。

 何が起きたのか、ようやく整理できたのは、待っていた友人が隣に屈んで来たあとのことだった。


「いやー店でたらチンピラにカツアゲされてんだもん。『あ、これヤベーわ』って思った」

「あ、ヤベーわ。じゃねぇよ……」

「悪かったって。だから通報しただろ?」


 通報したところ、やって来たのはどうやら顔見知りらしい警察だったようだ。あれ以降、あのふたりは見ていない。


「ま、物理的にも金銭的にも無事なんだしいいじゃん」


 確かに何かされたわけでも、サイフも取られたわけでもないが、そういう問題ではない気がする。


「じゃ、そういうわけだから、もう絡まれんなよー」

「そうそう絡まれねェよ!!」


 やはり、楽しんでいるな。と認識しながら、友人と別れた。


「はぁ……てか、なんだったんだろ。あの人」


 ボスが会いたがってるとか、ツラ貸せとか。行く気はないが、この解決してない状況では、これから数日は気にしなければいけないということだろう。

 考えるだけで頭が痛くなる。


「あの人のボス……やっぱアレだよな……」


 リーゼントとか長ランとか、バイクに細工してたりするタイプの人間を想像しながら、また大きなため息をついた干川の目の前に、突然現れた影。


「わっすみません!」


 慌てて止まれば、前にいたのは三十くらいの青緑色の髪を持つ女。


「あぁ、ごめんごめん。驚かせちゃった? 実は君にお願いがあって……」

「お願い……?」


 道でもなく、お願いとなると、どうしても警戒する。この派手な見た目ならなおさらだ。


「一緒にアイス食べて欲しいの! 奢るから!」

「は……?」

「だーかーらー! アーイースーをね!」


 目の前に出されたのは、超有名アイス店のチラシ。そして指さされたのは、右上に書かれたキャンペーンのところ。


「アイス31個につき、オリジナルグッズを差し上げます……?」

「そう! それで、ここにはがんばって貯めた27個のキャンペーンシートがあります。そしてキャンペーン終了が今日! もうわかるわね?」


 さすがに干川も、なんとなく察した。要は、間に合わないから一緒に食べて欲しいということだ。


「まぁ……アイス食べるくらいなら」

「ありがとう!!」


 店は中にあるから言って、干川も一緒にデパートの中へ入る。そこには友人とも行くことはあるし、場所もよく知っている。


「最初は4つ乗せてって言ったのに、それはムリですぅだって。ひどくない? トリプルで食べてたら端数でるのに!」

「いやぁ……さすがに乗せるのも技術が必要なんじゃないですか? 崩れそうだし」

「でもよかった。君がひとつ食べてくれるから、無事貯まるわ」


 別にダブルでもトリプルでもいいわよ。なんて笑う女と共に店に行けば、女は干川をメニューの前に案内すると足を止めた。


「何にする?」

「えっと、チョコミントで」

「…………同志」


 突然掴まれた手に、驚いていれば、女の目が光り輝き出している。


「君もチョコミント好きなの!? うわぁああ!! うれしい! 私、周りの人みんな嫌いだからアウェーなの!」

「あー……確かに。俺も、周りにチョコミント好きな奴いないかも」

「おいしいのにね!」


 チョコミントがおいしいのは認める。干川も頷ける。だが、まさかチョコミントを三段積み重ねるとは思わなかった。

 よく食べている身としては、確かに別の味と組み合わせるのが難しいことはわかるが、3つにはさすがに同意できない。


「ん~~幸せ~~」


 貰ったオリジナルグッズはタオル。柄はアイスの柄で選べるらしいが、もちろんチョコミント柄。

 考えてみれば、女の奇抜な髪もおそらくミントを意識した色なのだろう。


「よかったですね」

「うん。ありがとうね」

「いえ、こちらこそ。ごちそうさまです」


 干川がコーンを齧り始めた頃になっても、女は相変わらず幸せそうにチョコミントアイスを頬張っていた。


「でも、本当に良かった。君がチョコミント好きなんて」

「確かに。適当に声かけた人が同じチョコミント好きって、なかなかないですよね」

「たまたまじゃないわよ」


 寒気が走ったのは、きっとアイスを食べたからじゃない。

 相変わらず幸せそうにアイスを頬張っている女は、他愛の無い世間話のように続ける。


「私は異能、カクリシャを集めているの。もちろん、私もカクリシャ」


 チンピラの男とは違う悪寒が走る。


「今は強大な力が虐げられているから、仲間が必要なの。君だって仲間だと思ってる。チョコミント好き同士だしね。できれば無理強いはしたくないの」


 笑っているのに、笑っている気がしない。

 足は半歩下がり、手の中の紙が音を立てる。


「あの、すみません。俺、よくわからなくて……アイス、ありがとうございましたっ」


 礼と共に駆け出した。


******


 地下駐車場にいた女は、携帯の向こうの言葉にため息をついた。


「結局、力ずくなら最初からそれで良いだろう……普段なら男なら問答無用のくせに、なぜ今回だけ」

『それはねーチョコミントタオルもらえるからよ』

「もう3つ持っておらなかったか?」

『タオルは消耗品よ。いくつあっても困らないわ。それに』


 サクっと軽い音が鳴る。きっとひとりのんびり、またアイスを食べているのだろう。


『あの子、チョコミント好きだったから』

「手荒なマネするなと?」

『まさか。それにほら、彼が入れば多数決で戦えるもの』

「ひとりがふたりになるだけだろう……」


 もう一度ため息をつけば、慌てて走る足音が聞こえてきた。仲間に上に逃げるなら捕まえろと指示してあったが、どうやら目がいいらしい。うまく逃げ、誘導されてきた。


『情報通り、視えるタイプね』

「そのようだ。切るぞ」


 干川は一心不乱に地下に向かっていた。建物から出ようと出口に迎えば、異様な空気の人が立っていた。直感でミント髪の女の仲間だと悟り、別の出口を探そうと走り回り、ようやく見つけたのが地下だった。

 息を切らせながら、駐車場に出れば、薄暗いが誰もいない。


「……そうだ。警察」


 そう思って携帯を取り出したものの、考えてみれば何かされたわけではない。イヤな予感に従って逃げてきただけだ。警察が動くはずがない。

 暗い画面のまま迷っていれば、画面の中に微かに動いた影。


「ッ!!!」


 駆け出しながら振り返った瞬間、脇腹を強打する衝撃と共に吹き飛んだ。


「カハ……ッ!」


 痛みで悶えながらも霞む視界で、その黒い細身の女を見上げる。その手には、抜身の脇差。

 カクリシャだ。


「逃げなければ、気絶できたものの……まぁ、安心してください」


 足音もなく近づいてくる女に、逃げたくても呼吸をするのでやっとだった。


「そのまま、動かずに」


 振り上げられた脇差。来るであろう衝撃に目を強く閉じれば、


「峰打ちです」


 最後の言葉は、タイヤのスリップ音で掻き消えた。


 なにかと目を開ければ、目の前に車。そして、鼓膜を裂く金属音が響いてきた。


「あいかわらず手荒だな。あいつらは」


 車から現れたスーツの男は、一度車の向こうを見ると、干川の元に屈んだ。


「大丈夫かい? あぁ、無理に動かなくていい。我々は”天ノ門(あまのと)”。味方だ」


 呼吸が落ち着いてきた頃には、耳を劈く金属音は収まっていて、ゆっくりと体を起こした。


「少年は? 無事か?」


 現れた強面の男は、地面に座り込む干川の前に屈むと、頭を下げた。


「すまない。我々がもっと早く到着していれば、君にそのようなケガを負わせなかった」

「え!? あ、いえ、そんな……」


 いったいなんのことかわからないまま、勢いで首を横に振ってしまったが、横で介抱してくれていた男は強面の男を気遣うように笑う。


「そうだぞ。元はといえば、アイツが連れてくればなんの問題もなかったんだ」

「アイツ……?」


 ひとりだけ、脳裏によぎった。できれば外れていた欲しいが、先程のカクリシャと戦うカクリシャとなれば、どうしても知っているカクリシャが浮かんでしまうわけで、


「会っただろ? チンピラみたいな奴」


 スーツの男にあっけからんと言われた言葉に頭を抱えるしかなかった。



「ま、あいつには後で説教しておくとして……」


 どうやらあの男は斎藤岳(さいとうがく)という、このふたりの仲間らしい。スーツの男が淡々と話を進めるあたり、多分いつものことなのだろう。


「うむ。どうやら、我々は勘違いをしていたようだ」

「そ、そうなんすか……?」


 今だに理解できない干川に、強面の男が差し出してきたのは一枚の名刺。


「改めて自己紹介を。私は逵中隆之(つじなかりゅうし)。カクリモン対策機構”天ノ門”東京支部の代表を務めている」

「ぇ、あ、干川淳(ほしかわあつし)です」


 名刺には確かに”天ノ門”の文字。


「今のように新たな仲間作るため、手段を選ばないカクリシャもいる。そのために我々は、カクリシャの保護も行なっている。何かあればすぐに電話を。すぐに駆けつける」

「あいつら、特にミントは警察なんかじゃ怯まないからな。ま、持っておいて損はないよ。重くないし、かさ張らない。それより、病院、連れていこうか?」

「いえ! 大丈夫です!!」


 後部座席のドアを開けようとする男に、立ち上がって断れば、痛む脇腹。

 逵中が心配そうに支えようとしてくれるが、首を横に振る。


「本当に! 大丈夫です!」

「しかし……」

「まぁ……君がそういうなら今日のところは素直に引き下がろう」


 スーツの男が逵中の肩に手をやり、止めれば、納得していない表情で男を見るが、男は干川にニヒルに微笑んだ。


「アレは相当強い。一撃食らって気絶しなかった打たれ強さは誇っていいぞ」

「ほ、誇りません!!」


 訳が分からないままにふたりが乗った車は遠ざかっていき、残ったのは干川と手に残った名刺だけだった。

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