表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
カクリモン  作者: 廿楽 亜久
2章
19/38

19話 翼を持った蛇

 鍵の開く音に、階段から下の様子をのぞき込めば、


「パパ!」


 父だった。ひかりは階段から駆け下り、抱き着けば、困ったように抱き留められた。


「ほら、危ないだろう?」

「ごめんなさい」


 頭を撫でられながら見上げた父の顔は、笑顔ではあるもののどこかいつもの優しいものとは違った。


「疲れてるの? そうだ! 紅茶入れてあげる! ほら、前にローズティーもらったでしょ?」

「あぁ。うれしいな。でも、お湯はママに沸かしてもらいなさい。危ないからね」

「もぅ! お湯くらい沸かせるもん。それにママはお買い物でいないよ」

「そうか……それなら、パパがやるよ」


 沸いたお湯をティーポットに注げば、茶葉が踊り、途端に赤くなるお湯。


「ここからは私がやる!」

「じゃあ、お願いしようかな」


 バラの香りが漂う中、ひかりは自慢げに笑みを浮かべていた。


「どう? すごいでしょ?」

「あぁ。すごいな」

「ふふっ、パパのお仕事の手伝いだってできるんだからね。なにかしてあげよっか?」


 ひかりがのぞき込むように父の顔色を伺えば、少しだけ眉を下げていた。


「いいのかい?」

「うん!」


 即答された答えに少しだけ口を開いて止まったが、口端を上げた。


「なら、これを飲んだら、一緒に出かけようか」

「ママを待たなくていいの?」

「ママには内緒。ひかりに仕事を手伝ってもらったなんてバレたら、怒られてしまうからね」


 お互い口元に人差し指を立てた。


 画面に並ぶ文字にため息が出てくる。


「見るのやめろって。俺でもちょっと萎えたぞ。それ」


 梶がそう言うのも仕方ない。見ていたのは掲示板で、かつてカクリシャに暴行を加えられた被害者の会というもの。

 学校で遊んでいる最中に突然刃物を取り出したとか、辺り一面が水浸しになったとか、火の海になったとか。実際にけがをした人やその遺族が悲しみではなく恨みを書き連ねていた。


「なんでも、少年少女重大殺傷事件の99%がカクリシャだって話だし」


 考えてみれば、制御ができない状態で感情のままに刃物を取り出したり、術を使えば、それは大きな被害になるだろう。

 ゆえに、昔はカクリシャだと分かれば、子供の保護を含め、別学級に移動させていたのだが、今はその制度すら優遇だとして廃止されている。結果が犯罪数の増加。


「実際、いっつもいじられてたやつが爆発した時、机たたき割った時はビビったけどな」

「そのまま頭たたき割られてたらよかったんじゃね?」

「なぜ俺が爆発させたことになってるんだよ!?」

「させそうだから」

「……まぁ、そうなんだけどな!」


 昔の梶のクラスメイトの代わりに一度殴っておこうかと構えた時だ。着信音。


「?」


 ディスプレイには『逵中』の文字。

 嫌な予感を感じながら、通話ボタンを押した。


『すぐにあの教会に向かってくれ。我々もすぐに向かう』

「へ? な、なにかあったんですか?」


 首をかしげる梶にも、逵中から教会に行けという連絡だと伝えれば、驚きながらも上から吊り下げられている看板に目を向けた。

 ふたりは斎藤を探すために、ちょうどあの教会のある新宿に来ていた。


『議員とその娘が行方を眩ませた。誰も連絡が取れないそうだ。なにか儀式を行うならば、おそらくあの教会だ。干川君の眼ならば何か起きていれば視えるだろう』


 ふたりは走って教会に向かう。

 ようやく見えてきた教会。まだ逵中は来ていないようだ。息を切らせながら教会を見るが、何も見えない。


「中に、入る、か……」

「でも、中に誰かいるかもしれないんだろ? 逵中さん、待ったほうが」

「でもよぉ……」


 少しずつ息が整ってくると、梶と干川はゆっくりと教会に近づき、窓を見るが、黒いカーテンが敷かれ、中の様子は見えない。


「……」


 じっとその向こうにあるものを視ようと、目を凝らしてみれば、徐々に浮かび上がる、模様のような何か。


「魔方陣……?」

「それまずいだろ!」


 干川に視えるものは、発動しているものか最近発動したものかだ。それが視えたということは、なにかしらの術が起きているとだ。


「にしては……なんか、形が」


 陣の形だ。内容ではなく、形。なにかに物体に書き込んでいるようだが、その形に見覚えがある。

 脇に立っているのは、術士だろう。


「人?」


 少し小さく、向きが違うが、そこに立っている人と格好がよく似ているのだ。


「!!」


 気が付いた瞬間、干川は梶の静止も聞かず、教会のドアを体当たりをしたが、開かない。


「クソっ!」


 ドアを叩くが、返事も何もない。その様子に梶もポケットに手を伸ばすが、ほとんど急ブレーキで止まった車から降りてきた逵中は、干川を退かすと、ドアを蹴り破った。

 梶が目を白黒させていたが、干川と逵中の目は別の意味で見開かれた。


「随分と手荒ですね」


 牧師に園浦議員、そして中央に白い服を着たまま眠るひかり。その体には術が書き込まれていた。


「ひかりちゃん!」

「うげっ……マジかよ」


 梶もようやくその光景に眉を顰める。


「これはどういうことですか? 園浦議員」

「見たままだよ」

「では、貴方は自らの娘を贄にしようというのですか?」

「…………そうだ」


 息が止まった。あれだけ父親のことを心配して、好いていた娘を、これほどあっさり術の生贄に使おうというのだ。


「それでも親かよ」

「この街はカクリモノが溢れている。大戦時よりも弱体化し数も減ったとはいうが、被害数は近年増え続けている。だが、それを誰も理解しない。臭い物に蓋をする用に、見なかったことにして。

 そして、被害者は増え続け、今後も自分を、自分じゃなくとも大切な人を無くすかもしれない。それを防ぐためには、こうするしかないのだ」

「こうするって……ひかりちゃんを使って何をする気だ!?」

()()()()

「……は?」

「いや、()()()()だ」


 精霊がかつて守り神を務めたように、ここに大精霊を作り出し、守り神にしようというのだ。


「精霊の生成は不可能のはずだ」


 もしそんな技術があれば、禁術だ。自然そのものである精霊を作り出すなど、人間のできる行為ではない。


 ベンチに座った頬と手に傷を持つ男が嗤う。


「ずっと考えてたんだぜ? キメラのこと」


 相性が合わなかった故に、猫は途中で死んでしまった。なら、相性の合うものであれば死なない。


「素直な魂に素直さの象徴なら相性もいいだろうが、拒否反応を起こさねぇようにハトの体液でインクを作ったり、大変だったんだぜ」


 それでも成功するかは五分五分だ。


「俺の超大作だからな。完成まであと少し待てよ。岳」


 後ろにいた斎藤が振り上げた短剣を振り下ろした。


「ひかりちゃんは!? そんなことになったらひかりちゃんは」


 精霊と融合した人間が、例え形を保っていたとしても、意識があるとは限らない。生きているかどうかも。


「死なない。ひかりは神に代わり、人々を守るんだ」


 しかし、その娘の父親は断言した。


「それでいいんですか!? 本当に!」


 干川が叫ぶ中、逵中は後ろにいた梶にだけ聞こえるように指示をする。それは簡単な指示で、テレビ電話をしろというもの。


「会話はしなくていい。こちらの状況が伝わればいい」


 梶はゆっくりと携帯を操作すると、教会の中を映した。


「うるさい! お前に何がわかる!」

「わかったとしてもひかりちゃんを生贄にする理由にはならないです!!」

「――ッ力がなければ何も守れない!」


 ひかりの後ろに置かれた像からあふれ出てくる触手のようなものは、徐々にひかりに近づいていく。


「ひかりは……なにも持ってないんだ。だから――」


 その言葉は途切れた。

 腹に刺さった翼のような何かによって。


「ぇ……?」


 全てを視ることできたのは、干川だけだった。触手はひかりを纏わりつくと、議員の腹を刺した。

 そして、なにかに引っ張られるようにひかりは起き上がる。


「煩い」


 ひかりの声だというのに、ひどく冷たい声。


「死んだくらいで騒がしい」


 気味の悪い血管のようなものが浮き上がる黒く変色した衣に、ひどく青白くなった肌。そして、ゆっくりと開かれた眼。


「おぉ……お目覚めになられましたか。神よ」


 牧師はその場に跪くと、手を広げた。


「我が供物を捧げます。そうして、ようやくその器は完成するので――」


 銃声と共に窓ガラスが割れ、ひかりの黒い衣に捕まれたのは銃弾。


「無礼者め」


 牧師はカーテンの向こう、遠くにいる狙撃手を睨んだが、すぐに腹の痛みに顔を向ければ、突き刺さる黒い衣。

 血管の引きちぎられる音共に、這い出された赤黒い腎臓に微笑むと肺からあふれ出る水に溺れた。

 ひかりはその腎臓を口にもっていけば、


「ぇ……」


 丸のみにした。


「ようやく静まったか」


 ひかりのようなそれは、口元に笑みを浮かべ、足を台座から外に出した。

 そのつま先が大地に触れる、


 その時、


 雷鳴が轟いた。


「ァ……グ、ガァ……!」


 それは、不自然に動きを止めていた。


「つ、次は何だよ!?」


 逵中は警戒を解かず、じっと刀を構えたまま様子を伺い、耳は干川に向ける。

 逵中の予想通り、干川の眼にはふたりとは違う光景が写っていた。黄色の電気をまとった鎖がひかりに突き刺さり、絡め取られていた。


「結界かね?」


 それはゴリラの時に似ていて、結界にとても似ていたが、どこか違う。だが、確かにこれだけ強大なカクリモノなら発動するはずだ。


「似てますけど、今の……」


 干川にはもうひとつ、視えていた。


「雷鬼……?」


 先ほど、鎖がひかりを止めたその時、雷鬼が視えた。


「小賢しい人間ガァッ……!!」


 器がどれほどおかしな音を立てようとも、血を吐こうとも気に留めず、力任せに叫ぶ。


「小賢しいのはそっちだよ」


 それはひかりにしか聞こえていない声。


「我の邪魔を、するなァァアアァアアッッ!!」


 叫びと共と震えた鎖と台座に置かれた蛇の像。


「!!」


 一瞬の隙だった。

 銃弾すら通さなかった黒い衣に阻まれることなく、像はふたつに切れた。


「今更その器が無くなったところで、我にはこの器が――――ア?」


 違和感は内からだった。


 誰もいない空間で、突然目の前に現れた青い丸い翼をもった鳥のようなそれ。頭は鱗と牙のついていて、図鑑でも見たことがない鳥だった。

 ただ感じたのは恐怖。触れられてはいけないと。


「いやっ……! 来ないで! 来ないでェ!!」


 その牙が、口が私を飲み込もうと開く。


 もうだめだ。


 目を閉じたその時、風が吹いた。


「よく拒んだ!」


 それは緑色の精霊で、前に日向さんと一緒にいた精霊だ。


「君が戻ることを望むなら、喜んで私たちは手を貸そう」


 緑色の翼が大きく広がる。

 強く吹き荒んだ嵐は、ひかりの意識も一緒に吹き飛ばした。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ