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カクリモン  作者: 廿楽 亜久
2章
18/38

18話 傷の男

 最近、干川と梶は暇な時に天ノ門の事務所へ来ることが多い。だが、今回は榊からの呼び出しだった。

 なんでも、園浦議員の奥さんからおかしな物音を聞いたというのだ。確認のために家に確認しに行きたいそうだが、代わりに行ってきてほしいということらしい。


「俺ら、ふたりでっすか?」


 驚くことに今回は干川と梶のふたりだけで行くそうだ。天ノ門の調査は危険なことも多いため、ほとんどの場合、誰かしら戦闘ができる人がついてくることが多いが、今回は戦闘力皆無のふたり。


「あぁ。俺も逵中も手が離せなくてな。斎藤の奴はなぜか連絡がつかないんだ」

「え……大丈夫なんすか?」


 サボりはするが、なんだかんだ、逵中や榊からの連絡は出ることがほとんどの斎藤が珍しいことだった。


「まぁ、死ぬことはないだろ。あいつの世話を焼いてくれてる巡査も見かけないから心配してるみたいでな。一応、見かけたら連絡よこせって言っといてくれ」

「わかりました」


 死ぬことはなさそうだが、デッドオアアライブでしか心配されない、わりと雑な扱いに干川も少し同情しかけたが、考えてみれば同情する必要もない気がしてきた。

 物音は昨日のため、なにかの準備をしたなら干川の目で視えるはずだ。


「俺ら、ホントに何もできないっすけど、対処しなくていいんですか?」

「動けるようにはしておく。視えたものあれば詳細をメールしてくれ。奥さんの話もな」


 日向がいれば対処できそうだが、平日は見たことがない。土曜日や日曜日に事務所にいることが多いため

、平日は難しいのかもしれない。


 榊が先に連絡しておいてくれたため、高校生ふたりだけという、なんとも心配な組み合わせでも家に招き入れてくれた。

 奥さんの話では昨夜、人の話し声が聞こえたそうだ。人を招き入れた記憶はなく、誰かいるのかと聞けば、慌てたように園浦議員は電話だといったそうだ。


「でも、電話にしてはやけにもうひとりの方の声がよく聞こえて……」

「なんて言ってたんですか?」

「なにかを用意した。と」

「黄金色のお菓子?」

「金の流通は、ずっと監視されてるようなものって言ってただろ」


 保守派は裏金を持っていないか、他の議員から常に監視されているのだ。今まで同様、金ではない可能性が高い。


「現生だったらバレないだろ?」

「まぁ……確かに」

「とにかく、見てみようぜ?」


 梶の言う通り、議員の部屋のドアを開けば、整然としている部屋。パソコンに本棚、高級そうな椅子に机。まさに書斎といった部屋だ。

 特に機密事項が置かれているわけでもなく、梶は目を干川に向ける。すると、梶には何も置かれていない空間に目をやっていた。


「きた?」

「かもしれない」


 干川の目には椅子に座った男が映っていた。どうやら力をそこで使ったらしい。机の万年筆の近くに散らばるマグカップの破片。


「梶。ここに座って、マグカップ割るってさ」

「完全に脅し」

「だよな」


 議員の姿はないが、椅子に座ってどこかを見上げながら、わざわざマグカップを割るなど、議員を脅迫しているとしか思えない。

 他には何も見えないため、その人物の姿をよく見ようと、近づき特徴を探す。


「……いやー完全にアウトだわ」


 梶からしてみれば、何もない場所を必死に撫でまわすように見ているように見えるのだから、街中で見かけたらまず関わりたくない。

 事情を知っている状態であっても、絵面がダメだ。写真を撮りたくなる。


「みなさん、お茶が……干川さん?」

「見ちゃいけません!」

「えぇ!?」


 入ってきたひかりは、案の定、干川の様子に目を白黒させていた。


「昨日の男性のことを調べられてたんですね」


 調査のためだったのだと説明すれば、ひかりも安心したように胸をなでおろした。


「って、あれ? ひかりちゃん見たの?」


 客人は誰もいないと言っていたはずだ。すると、ひかりは少しだけ声を潜めると、


「本を読んでいたら物音がして、外を見たら男の方が歩いていたから。でも、内緒よ? ママに怒られちゃう」

「もちろん」

「顔、見た?」

「えぇ。こちらに振り返ったから。若い方で、この辺りを怪我されていて……」


 頬を指したひかりに、梶が干川に軽く体当たりしながら確認すれば頷かれた。


「それで、昨日の方はどうされたんですか?」

「えっと……」


 たぶん、君のお父さんは脅迫されています。なんて言えず、言葉を詰まらせれば、


「わからん!」


 本当にこういう時、梶の性格は助かる。さすがに今回ばかりは梶も珍しく表情が硬くはあったが。


「これからその人のことを調査するんだよな! ほし!」

「う、うん。ひかりちゃんは、その人のことは知らないんだよね?」

「初めて見る人だったけど……ママのほうが詳しいと思うわ。聞いてきますね」


 前のように手伝おうとしたのだろう。だが、今回はまずかった。


「知らないわよ。その人がどうかしたの?」

「ぇ、あ、えっと……干川さんたちが、調べてるって……」


 夜更かしのことがバレてしまうと、慌てて干川たちに目をやる。すると、母の眼も細まった。

 干川たちが聞いているということは、議員のことに関わりがあるということだし、頬に傷なんていい印象はない。ひかりを部屋に返したあと、部屋に入るとドアを閉めた。


「その人はいったい……夫はやはり、過激派に加担しているんですか?」

「はっきりとしたことはまだ……ただ、その人に何かしら脅されてる可能性はあります」

「!!」

「あ、あくまで可能性で……!」

「警察に相談した方が……!」


 ひどく動揺している妻は、警察に通報しようと部屋を出ようとするが、ドアノブに触れた手が動かない。


「?」

「どうしたんすか?」

「警察沙汰なんて……夫になんて説明したら……」


 都議会議員が脅されていたなどマスコミにバレた日には、ニュース騒ぎだろう。少なくとも、奥さんはなにかの儀式を見てしまっていて、脅されたとはいえ過激派に加担しているのを見ていた。


「あの人は、私に変な力があってもいい、って言ってくれたのに……」


 自分のせいで何か不都合は必ず起きてしまう。そう思うと、ドアノブを下せなかった。


「……」


 干川と梶は目を合わせると、


「なら、俺たちが通報しましょうか?」


 そう言った。

 奥さんも驚いたように目を丸くしている。誰が通報したところで変わらないが、それは真面目に交番や110番した場合のことだ。


「過激派の奴がいなくなればいいなら、なんとかなるかもしれないっすし」

「過激派組織になら天ノ門も協力してますし、その人がどこに所属しているか確認してもらって、資金調達しに議員に接触してるとか足取りさえわかれば逮捕もできると思います」

「そ、そんなこと、できるんですか?」


 干川たちの提案は、議員を守ってもらうのではなく、傷の男をすぐに逮捕してしまおうということだった。


「できなくはないと思います」

「こんだけ特徴あるやつだし、榊さんに聞けば一発かもしれないっすし」


 妻から通報のことを頼まれると、ふたりは頷いて、ひかりにも礼を言ってから家を出た。

 少し離れてから、さっそく榊に報告のメールを出そうとすれば、久々に感じた背中から衝撃と浮き上がる感覚。


「ッテェ……! 斎藤さん!!」


 すぐに顔を上げて振り返れば、案の定、斎藤が立っていた。


「どこ行ってたんすか!? みんな心配してましたよ」

「あ゛? ッせーな。つーか、あの家で何か視たか?」

「あ、そうだ。斎藤さん、知らないっすか? ここに傷のある男。若いみたいなんすけど、不良仲間とかで」

「いすぎてわかんねぇよ」

「うっわぁ……」

「右手の手の平にも大きな傷がありました」


 干川が傷の形を手になぞれば、斎藤は大きく眉をひそめる。


「……知らねェ」


 それだけいうと、別の方向へ体を向けると、歩き出した。


「えっちょっと!? どこに行くんですか!?」

「サボる」


 斎藤の後ろ姿に呼びかけるが、簡潔すぎる一言だけで、足を止めない。


「榊さんが連絡しろって言ってましたよ!」


 それには何も答えず、斎藤は脇道に入っていった。

 残されたふたりは、しばらく斎藤が消えた道を見ていたが、すぐに駅に向かって駆け出した。


「戻りました!」

「頬と手の平に傷のある男、誰っすか!?」


 事務所の最上階のエレベーターが開くと同時に、質問を投げかけた。

 どう考えても、傷の男は斎藤の知り合いだ。逵中も知っているかはわからなかったが、驚いたように目を見開いた反応からして、知っているようだ。


「議員の家にいました! 議員、脅迫してるようでした!」

「それで外出たら即あのチンピラに絡まれて、言ったらサボるってどっか行きました!」

「落ち着け。初めから、正確に報告してくれ。その男については、心当たりがあるが、まずは報告から聞く」


 冷静な逵中の言葉に、干川たちも一度呼吸を整えると、先ほどまでのことを丁寧に説明した。

 すべて説明し終えると、逵中は一度腕を組むと、パソコンを操作すると一枚の画像を見せた。逮捕した後に撮られるという写真だろう。それより問題は写っている人物だ。


「この人! この人です!」


 干川が見た人物と同一人物だった。


「小山圭。3週間前に釈放されたカクリシャだ」

「斎藤さんと知り合いなんですか?」

「うむ。岳君と彼は幼馴染だ。そして、ある事件をきっかけに仲違いし、殺し合った」


*****


 いつから一緒にいたのかなんて、覚えていない。怒りやすく、すぐに手を出し、暴れればその手には刃物を出現させた斎藤は、物心つく前に施設に入れられていた。

 その施設ですら、斎藤の力に恐怖し、離れていく人間ばかり。だが、唯一、斎藤と一緒にいた同い年の友人。それが、小山だった。


「うらァッ!」


 自販機を蹴れば、溢れてくる缶ジュースと警報音。

 素早く数本手に取れば、警察が来る前に走り出した。逃げてきた路地裏にいた小山の足元には、自分たちよりも体の大きな高校生が気絶していた。


「んだよ。よえーくせにまた来たのかよ」

「別にいいじゃねーか。見ろよ。これ」


 小山が見せたのは人数分の財布。


「珍しく金もたんまり入ってるぜ」


 学校など行ったところで、教師にもクラスメイトにも白い目で見られ、何かあればすべて自分たちのせいにされる。

 罰を受けるわけでもなく、拒否すれば、警察が来て、施設の鍵のかかる部屋に閉じ込められるのだ。それは、今の状況が見つかっても同じだが。


 成長すれば、なんとなく力の使い方もわかってきて、番長だとか言われいる奴でも、特に苦労なく倒せていた。


「こうして……これで……」


 斎藤と違い、小山は使役者であり、頭の回転も速かった。術もいつの間にか独学で習得していて、その辺に落ちている石などにカクリモノを憑依させて暴れさせていた。

 今回は、野良猫。


「猫を暴れさせんのか?」

「ちげーよ。キメラ作んだよ」

「キメラ?」

「ここにさっき捕まえた精霊を混ぜて……」


 耳を塞ぎたくなるような猫の叫びと共に、毛は変色し、牙は伸び、耳は枯れ落ち、背中が隆起し、ぷつりと粘着質の音を立てて半透明なそれが飛び出していった。残ったのは原形をとどめていない猫だったもの。


「失敗かよ」

「っせーな。相性が悪かったか?」

「よくわかんねーけど、これ、使えんのか?」

「使えるに決まってんだろ」


 そして、事が起こったのは斎藤が19の時。最近、妙に突っかかってくる倉田という警察に、カツアゲをしているところを捕まり、警察に連れていかれた。

 結局、厳重注意として釈放された警察署の前で、それが起こった。


「本当に申し訳ありませんでした」


 小山の家族が彼を迎えに来たのだ。

 今まで一度も迎えに来なかったのに、倉田に連絡され、19という年齢のこともあってか、しっかり話し合ったほうがいいと呼んだそうだ。


「息子にはしっかり言い聞かせます。本当に――」


 頭を下げていた父親の頭が言葉と共に、ズレ、地面に鈍い音を立てた。


「……」


 誰もが理解できなかった。ただ斎藤だけは、何が起きたのかだけは見えていた。

 愛用しているナイフに、炎をまとわせてたたき切った。焼き切られた断面は、血を吹き出すことなく前に倒れた。


「あなた……? あなた……?」


 縋るように座り込んだ母親の首から胸にかけて突き立てられたナイフ。


「ぁ……あ……?」


 何が起きたかわからないような顔で、小山の母は父と同じように地面に倒れた。


「お前、なにして……」


 ようやく言葉を発せたのは斎藤だった。


「ジャマなんだよ。親なんて。今までは関わってこねーからムシしてたけどよ。岳はその辺いいよな。ハナッからいねーしな」


 血に濡れたナイフを払えば、倒れるふたりに赤い筋ができる。


「よーやく釈放だ。早く行こうぜ? 岳」


 親の顔など見たこともなければ、名前も知らない。優しいとかそんな幻想を抱いているわけではないが、それでもいつものように頷けなかった。

 その様子に小山も目を細めると、次の瞬間、目の前に迫った手に括り付けるような独特なメリケンサックのような刀。


「ッテェ……なァッ!!」


 辛うじてナイフで防いだものの、頬に先が食い込んでいた。間に合わなければ、あごから下が無くなっていた。


「やめろ! 斎藤!」


 倉田が叫ぶが、ふたりが武器を捨てる気配はない。


「テメェが、んな乳クセェとは思わなかったよ!」


 炎を巻き上げ斎藤を焼けば、素早く後ろに跳んび、すぐにもうひとつ作り出した刀で切りつける。


「っせェ……ただ、ただ、気に食わねェ!!」

「そうかよ! なら死ねッ!」

「上等だ!!」


 炎と刀の攻防に、辺りには血が焦げるにおいが充満する。

 どちらも肌は濡れ、焼けていた。


「ズリィよな。無尽蔵の武器とか」


 肩で息をしながらナイフを持ち直せば、一気に距離を詰める。斎藤もナイフを防ごうと構えるが、小山の手から離れたナイフ。


「――ッ」


 投げられたナイフを避けるように体を捻れば、小山の腕は振り上げられ、その指先がやけに明るく光っている。

 脇腹に刺さるナイフの痛み。


「じゃあな」


 指先から燃え上がる腕が振り下ろされた。


 だが、燃える手は斎藤に届く前に、止まった。


「ッ」


 手のひらから生える刀の切っ先。

 どちらも何が起きたのか理解できていなかった。ただ後ろにいる日本刀を握る大男が手を刺したという事実だけ。

 小山がなにか叫ぶその前に、大男は刀を振り、腕を切り裂いた。


「グァガァァァアァアァアアッ!?」


 叫びながらも、小山は大男を睨むと動く手に炎を灯そうとするが、大男の動きは速かった。

 もう一度、刀を振れば、倒れた。


「……」


 あまりにもあっさりした終結。


「安心したまえ。峰打ちだ。死んではいない」

「テメェは……」

「逵中隆之。天ノ門であり、君の仲間だ」


 手を伸ばす逵中に、斎藤はその手を払った。



「胸糞わりィ……」


 嫌な夢だ。少し疲れて眠っていたが、もっと疲れた気がする。

 目の前に止まった足に顔を上げれば、よく知った顔。


「こんなところにいたのか」

「なにもやってねぇだろ」

「みんなに心配かけてるじゃないか。それに痩せたか? ほら、これ食え」


 コンビニのおにぎりとお茶。何のことかと眉を顰めるが「食え」の一点張り。

 しかし、腹は減っている。


「金は出さねぇからな」

「取らねぇよ」


 奪い取るように受け取り、早速腹に収めれば、倉田も安心したように表情を崩す。


「それで、なんで帰ってないんだ? 過激派が関わってるって忙しそうだったぞ」

「知るかよ」

「お前なぁ……仲間だろ?」

「んだよ。関係ねェ」


 変わらない様子に倉田はため息をついた。


「小山、追ってるのか」


 わかりやすいくらいに睨みつけた斎藤だが、目をそらすと、膝に肘をつき舌打ちをした。


「まだ決着がついてねェんだ」

「つけに行くのか?」

「いかねェと終わらねェんだよ」


 そういうと、斎藤は立ち上がる。


「ちそーさん」


 背中越しに言えば、足を止めずに歩いていった。

 残された倉田は困ったように頭をかくと、携帯を取り出した。


「もしもし、えぇ。会いました。それで、あいつのこと、任せてもらえませんか?」


 電話越しの返事に、倉田は安心したように目を伏せた。

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