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カクリモン  作者: 廿楽 亜久
2章
17/38

17話 精霊探し

 数日後、干川は新宿駅に立っていた。


「別についてこなくてもよかったのに」


 隣にいる梶に言えば、心底嫌そうな顔をされた。


「ダチの大変な時に無視なんて、同僚としてもできるわけがない!」

「うさんくさ……」


 先日のあの教会に精霊がいなかったことで、榊も周辺の精霊に聞き込みを行うことにしたようだ。とはいえ、人と違い精霊相手では言葉が通じるかわからない。そのため、人語を介せる風鬼と雷鬼を使役する日向が聞き込みを行うことになった。

 干川は教会までの道案内と手伝いだ。干川の目があれば、多少精霊探しも楽になるだろう。

 そして、梶はそんな干川の話を聞いて、ついてきた。


「友達疑うなんて! ひどいぞ! ほっしー!」

「友達をトラブルメーカー扱いしてるやつに言われたくない」

「トラブルメーカーではない。トラブル巻き込まれ機だ」

「同じだろ!」


 そんなくだらない言い争いをしていると、ふと梶の視線が頭に向き、数歩後ずさった。後ろに何かいるのかと振り返ったが、誰もいない。


「お前、またくだらないこと考えてんじゃ……」


 上にちらついたそれを見上げれば、雷鬼。


「雷鬼?」

「やっほー」

「あれ? 日向さんは?」

「ユーキは下だよ」

「もしかして、迷ってる?」


 迷宮と名高い新宿だ。もしかしたら、迷っているのかもしれない。連絡を入れれば、すぐに既読はついたが返信はない。たぶん迷ってはいないのだろう。


「ところで、梶、雷鬼、苦手なの?」

「お前も一回、ふいうちで痛い静電気食らってみろ」


 そして、頭の上で雷鬼も笑っていて、絶対にからかっていることも分かった。それだけで、なんとなく、このふたりの関係が分かってしまう。

 その後、すぐに日向と合流し、教会まで向かった。


「って、あれ? ひかりちゃん?」


 教会の方を隠れて見ている小さな女の子に見覚えがあった。


「知り合い?」

「依頼者の娘さんです。でも、特に話はしてなかったはずなのになぁ……」


 話は全て母親である議員の妻から聞いた。娘であるひかりは知らないはずだ。


「案外、子供って詳しいぞ? 親のへそくりの場所とか」

「それはお前だけ」


 だが、あの様子は何か知っていそうだ。日向に背中を押され、ひかりに声をかければ、弾かれたように振り返る。


「あっ干川さん、と……えっと、お友達さん?」

「クラスメイトの梶でーす」


 同じ制服を着ているため、梶は知り合いなのはわかるが、私服の日向には不思議そうな顔を向けた。


「日向です」

「もしかして、斎藤さんがおっしゃってた来る予定だったっていう」

「そうそう! その人」


 ひかりは丁寧にお辞儀をすると、日向の肩や頭に乗る風鬼、雷鬼を不思議そうに見つめる。


「「こんにちはー」」


 ふたりもそれに気づいたのか、ひかりに手を振ると、また驚いたように目を瞬かせた。


「君はちゃんと見える子なんだね」

「最近は見えない子もいるから」

「えっと……精霊さん?」

「そうだよ」


 精霊は子供が好きと言われていて、子供の頃、一度は精霊と一緒に遊んだことがある人がほとんどだ。大人になれば、徐々に精霊もいたずら以外で寄り付くことはことはない。そのため、能力もなくいつまでも精霊と遊んでいると子供っぽいと言われることもある。

 

「じゃあ、今日はママの頼んだ調査?」

「その通り! この名探偵がサクっ☆と解決、お任せあれ!」

「まぁ! 頼もしい!」


 楽しそうに笑っているところ悪いが、あまり頼りにはなりません。その名探偵。

 心の中だけでひかりに忠告するが、届くはずもなかった。


「で、ホームズさん。盛り上がってるところ悪いんだけど」

「なんすか? ワトソンさん」

「ひかりちゃんさ、ここに来たのが調査だってすぐにわかったのはどうして? もしかして、お父さんがあの教会に入っていくのを見たことがあるの?」


 すると、ひかりの眼は大きく開かれ、首を横に振った。


「それは見たことはないわ」

「残念だったね。ワトソン君」


 日向の肩に手を置いていう梶の思いとは裏腹に、ひかりの言葉は続く。


「パパと喧嘩していた人が入っていくのを見たの」

「さすがっすね! ワトソンさーーぁぁああ」


 話が進まなくなりそうなため、後ろから名探偵を回収すれば、ひかりも目を白黒させながらこちらを見ていた。


「その人、今も中にいる?」

「えぇ」


 干川と梶は目を合わせると、先ほどのひかりのように教会の入口へと目をやった。相変わらず、人気はない。


「なんか視える?」

「さすがに……」

「そこ、怪しい。今回は精霊への聞き込みだし、教会には私が聞きに行くから」

「へ?」


 日向の携帯には、榊からの返信が来ていた。


***


 ドアの開く音に、振り返れば二十代の女がのぞき込むように中に入ってきた。


「どうされました? こういった場所には初めてでしょうか?」

「あー……えっと、私、天ノ門の人間でして」

「あぁ、カクリシャの」

「それです。結界を管理している人から、この辺で妙な気配を感知したそうで、今、神社とか寺とか教会を確認して回っているんですが……何か異常、ありませんでしたか?」


 どうやら礼拝にきたわけではないらしい。


「異常……特にありませんよ。その妙な気配というのはどういったものですか?」

「微かにカクリモノを感知しただとかで……憑依の類だと、街に紛れ込まれて困るとかで」

「そうですね。心の隙間に取り憑く悪魔は祓わねばなりませんが、残念ながら、私には心当たりがありません」

「そうですか……ありがとうございました」


 彼女は頭を下げると、入口へ戻ろうとするが何かを探すように足元を見ている。


「どうしました?」

「あ、いえ! 神社には狛犬が必ずいたので、教会には、いないんですね」

「ここにもいますよ。ただ、今は不在のようですが。よくに遊びに行ってしまうんですよ」

「あ、そうだったんですね。えっと……狛犬では、ないんですよね?」

「そうですね。青いハトのような精霊ですよ」

「ハト……」

「えぇ。キリスト教にとって、ハトというのは素直の象徴なんです。必ず元の家に戻ってくることから、そう言われるようになったといわれています」

「へぇ……そうなんですか。お忙しいところ失礼しました。ありがとうございました」


 「さて、次は……」なんて呟きながら携帯を見る彼女がドアの向こうに消えると、牧師は小さく息を吐いた。


*****


「青いハトは、最近見てないって」


 干川の頭の上に乗った雷鬼が言う。干川たちの前には、薬局の前に置かれたデフォルメされたカエルの置物。

 本来動くはずのない口と目がまた数回動くと、


「1、2週間前から見てないってさ」


 雷鬼がまた言った。


「辛い……! これ、一人でやれって言われたら、即通報ものだし、変人扱いされる……!」

「お前十分変人だよ」

「辛辣……!」


 梶が嘆くのも無理はない。周囲の精霊の聞き込みを任されたものの、下位の精霊は人間の言葉を介さない。つまり、意思があっても意思疎通はできない。

 そのため、人語を介せる風鬼や雷鬼が通訳することで彼らの言葉は理解できたが、問題は精霊がいる場所だった。

 よく街で見かけるうろついている精霊は、話を聞いても不審には思われないが、その周囲に詳しくないことも多い。そのため、ある程度定着している精霊に話を聞きたかったのだが、それがカエル(これ)だ。


「憑依する物にも好みがあって、動物を象ってたり、属性ぴったりとかだと定着してるのも多いから。あとは視えるでしょ」


 という、日向の意見を参考に見つけたのが、このカエルに炎を模した照明などなど。精霊がいるとわかっていれば、このカエルのように動くのを見れるが、周りから見ればオブジェに話し込んでいるおかしな人だ。

 ここには干川、梶、ひかりと三人いるし、ひかりが幼いというのが大きい。かわいらしいオブジェの前に立っていても子供に付き合って足を止めたように見える。


「こんなこと続けてたら、電波君呼びだぜ。絶対。スタンガンとかでビームするしかないな」


 全く気負ってないし、むしろ楽しんでいる隣の男に呆れることすらめんどうになってくると、頭に乗った重み。


「俺の頭、乗り心地いいっすか?」

「いやーごめんごめん。なんとなーく、乗せ心地がいいっていうか」


 頭の上の雷鬼が「ユーキ!」と声を上げたため、すぐに後ろにいるのが誰かはわかったが、頭に乗った重みはなんだろうか。

 振り返れば、日向もそれを持ち上げ、ついでに紙袋にくっつくようにしてついていく雷鬼。


「ドーナッツ、食べよ」


 どうやら、仕事はこれで終わりらしい。

 近くの公園でドーナッツをかじりながら、日向を見れば、当たり前のように自分の分を風鬼と雷鬼に分けている。前に一緒に牛丼を食べに行った時は分けていなかったはずだが、事務所でのお菓子は必ず分けていた。きっと分けられるものは分けるのだろう。


「ひかりちゃんも手伝ってくれてありがとうね」

「いいえ! 探偵さんみたいで楽しかったわ!」

「ならよかった」

「ところで……パパと喧嘩してた人は」


 言いづらそうに質問をするひかりに、日向は頬をかくと、


「まだ調査中……悪い人なのか、ただの喧嘩かわからないなぁ」

「パパ、変なことに巻き込まれてないですよね……? あの人に会ってからよく怒るようになって……あ、ママと私にはいつも優しいのよ! でも、電話してる時の声がすごく怖くて」

「仕事の電話じゃね?」

「都議だし、難しい話も多いんじゃないかな」


 梶と干川がフォローすると、ひかりも少しだけ安心したように頷き、ドーナッツを頬張った。


「そういや、最近、グローバル化し過ぎてて、ニュースの内容が頭に入らないことが増えてきてんだけど」

「あー……確かに。聞いたことない英語多いよな」

「マニフェスト、とかですか?」

「そーそー俺、全然わかんなくてさ」

「てか、ニュース見てんの?」

「見てない!」


 もはや、なぜその話題を出したのかは聞かない。いつものことだ。しかし、案外ひかりには受けが良かったらしく、前にテレビでやってたというゆるキャラの話を始めた。

 盛り上がる三人の隣で、日向は榊に報告のメールを送っていた。後日、干川たちも報告書を出すように言われるだろうが、先に送っておいて損はないだろう。


「?」


 何かに気が付いたように振り返る雷鬼を追うように、日向も振り返れば、伸びてくる足。

 そして、その足はそのまま干川の背中に吸い込まれ、きれいに地面に倒れた。


「干川さん!?」

「なにすんすか……斎藤さん」


 もはや慣れだ。誰が自分を蹴り飛ばしたかなんて見えていないが、こんなことをするのはひとりしかいない。

 予想通り、干川を蹴り飛ばしていた斎藤は、椅子を跨ぐとドーナッツの入っていた袋をのぞき込み、潰した。


「もうねぇのかよ。ガキ、買ってこい」

「いやです」

「あ゛!?」

「いーやーでーすー!!!」


 あまりにも会ったことがないタイプなのか、ひかりも目を白黒させていると、梶も呆れたように目を細め眉を下げていた。


「ここ、ガキばっかっすけど」

「こいつもガキだろ。どう見ても」

「確かに」

「聞こえてんぞ! テメェ!」

「誰が手伝ってないお前にやるか。バーカ!」


 素直すぎる日向の言葉に、完全に斎藤がこちらに向くが、


「うっわ……単純」


 その一言で、完全にターゲットが梶へと変更された。

 もはや日常茶飯事の口喧嘩に慌てるのはひかりくらいで、日向は公園に流れる5時を知らせる音楽にひかりに目を向けた。


「もう5時だから、ひかりちゃんはお家に帰ろうね」

「で、でも、あのおふたりが」

「いつものことだから。ほら、喧嘩するほど仲がいいってやつ」

「そ、そうなの?」

「そうそう。だから、気にせず帰って大丈夫」


 まだ少しだけ不安そうだが、子供の5時というのは帰らないといけない時間というのは、案外染みついているもので、特にひかりのような素直な子であればなおさら。しっかりとお辞儀をしてから帰っていった。

 ひかりや子供たちがいなくなったとはいえ、公園はまだ賑わっている。特に賑わっているのは、干川たちの前にいるふたりではあったが。


「これ、どうしますか?」

「ほっとけ。干川も帰っていいよ? 私も帰る」


 もう一度、喧嘩をしているふたりを見て、干川も頷いた。


*****


 上げられてきた報告書に目を通していれば、ほとんど自分が先日聞き込みした内容と同じ結論に行き着くものばかり。


「ふむ……やはり、園浦議員と高梨牧師は、ここ数年で交流を持つようになったようだな」


 仕事での交流ではなく、プライベートのようだが、都議会議員の間で妙な噂が立つようになったのは、ちょうど知り合ったころからだという。

 その噂というのは、園浦議員が過激派のカクリシャ保守組織と裏で繋がっており、金を流しているという内容のものだ。調査が行われたが、金の動きはなく、根も葉もないウソとして解決した。


「カクリシャ保守派ならよくある疑いだが」


 議員の中にも、カクリシャの制度を元に戻すべきだという派閥とカクリシャはいらないものとする派閥が存在し、今でも議論を生んでいた。園浦議員は保守派だった。妻が力は弱いがカクリシャということもあるだろう。

 どちらの派閥でも毎年出してくる意見は変わらず、正直あまり意味のない討論だが、その討論がなくなれば途端に助成金などの風当たりが悪くなるため、天ノ門としても適当に討論を繰り広げていてもらいたいところだ。

 そして、近年は保守派が劣勢。大半が、過激派に金を流しているという噂による辞任。嘘ばかりなら話は別だが、案外繋がりを持つ人はいた。


「今も裏金については調べてるんだろ?」

「うむ。特に怪しい動きはないそうだ」


 園浦議員はカクリシャではない。そのため、過激派に手を貸すとなれば金か権利といったところが一般的だが、どれも怪しい動きはない。

 普通なら、これだけで十分無実と判断できるが、今回は目撃証言がある。


「高梨牧師の方はどうだね?」


 先ほどの日向からのメールで、おそらくあの教会に住み着いていた精霊が消されたことは確実だろう。理由や犯人はまだわからないが、犯人はおそらく高梨牧師だろう。


「昔からあそこで牧師をしているそうだ。使役者だ」


 カクリシャが一斉に解雇になった際、良い再就職先となったのは寺や神社などの精霊がいる場の管理者だったが、どうやら高梨牧師は違うようだ。

 だが、まだ探りを入れている最中だ。園浦議員から過激派へつながる何かが出てこなくても、高梨牧師からは出るかもしれない。


「ミントに繋がってると厄介だな……」

「だが、封印されたカクリモノを用意できる組織は少ない」

「あぁ……奥さんの話じゃ、カクリモノは像の中にいたらしい。像に憑依させて封印した可能性だってある」


 観測者でもなければ、封印と憑依の差を見て判断はできない。経験が豊富であれば、多少つくかもしれないが、少なくとも議員の妻には難しいだろう。


「しばらくは斎藤にあの周辺を中心に見回ってもらうよ。俺は過激派の方から探ってみる」

「了解した。私は牧師について調べよう」

「頼むよ」


 榊もこの後のことを考え、大きくため息をついた。


「――――」

「――――」


 路地裏でしている会話など、ほとんどがつまらないことで、斎藤もいつものように無視しようとしたが、”天ノ門”という言葉に足を止めた。

 気配を消して近づけば、はっきりと聞こえてきた声に、聞き覚えがあった。


「んなクソ組織ムシしてとっとと進めろ」

「しかし、儀式が失敗してはこれまでの苦労が……」

「だァから、とっととしろっつってんだろうが。ろくに術ひとつできねェヤローが」


 近づいてくる足音に、物陰に身をひそめれば、すぐ近くを通り過ぎる足音。覗き見れば、手の平を裂くような切り傷。頬にも小さい傷ながらも痕があった。

 足音は止まることなく、徐々に小さくなり、消えた。


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