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カクリモン  作者: 廿楽 亜久
2章
16/38

16話 空っぽの教会

 広々とした部屋はしっかりと整えられていて、人をもてなすことに慣れているようだ。目の前に座る彼女の夫の職業を考えれば、人を招待することも多いのだろう。

 榊は出された紅茶に軽く口をつけると、話を切り出した。


「では、見たもののお話をしていただけますか?」

「はい。4日前、夫が小さな教会に入っていくのを見て、追っていったんです。最近、なんだか様子がおかしかったから……もしかして関係してるのかと思って」


 仕事なら悪いと思い、窓からそっとのぞき込んだ。すると、数人で小さな像を囲んでいると思えば、突然黒い何かが像の中から這い出してきた。

 黒い何かは、逃げるように暴れ、人を切った。


「怖くて、それ以上は見れませんでした……すみません」

「いえ、あなたが見つからなくてよかった。見つかっていれば、口封じをされていた可能性がありましたから」

「っ」


 顔を青くした奥さんに、榊は安心させるように微笑む。


「それを議員に伝えてはいませんね」

「はい。でも、あれがカクリモノでしたら危険ですし。でも、警察に連絡するのも……」


 だが、見て見ぬ振りもできないと、悩んでいた時、かつて名刺を渡された”天ノ門”に連絡し、事情を聞いた榊たちがやってきた。


「議員の家に警察が来たなど、メディアに嗅ぎつかれては政治生命に関わりますからね」


 とはいえ、話を聞く限り、政治生命は絶たれそうだが。

 だが、妻としてまだ夫を信じたいのだろう。そのため、榊はそこに触れることはしなかった。


「あなたに危険が及ぶ場合もありますので、くれぐれも内密に」

「……あ、あの! あの人は、何をしているのでしょうか……?」

「それはこれから調査してからでないと。他に議員に不審な点はありませんか?」


 話し合いが行われている隣の部屋では、斎藤と干川、そして少女がいた。この家の子供だ。


「またオモリかよ。しかもガキ」

「もうガキが多すぎて誰が誰だかわかりませんね」


 今は梶がいなくて本当によかった。いたら、絶対にまた口喧嘩が始まった。

 今回は、カクリモノと関連がありそうな事件のため、干川だけが呼び出されていた。梶では、危険なことになった場合、足手まといになるためだ。


「つーか、こんなのあいつに任せりゃいいじゃねーか」

「日向さんですか?」


 なんだかんだ斎藤の指示語が誰を指しているのか分かり始めている干川は、自分で半ば嫌になりながらため息をついた。

 本来なら、斎藤のいう日向も来る予定だったのだが、事情により急遽来れなくなっていた。


「まだ調査段階だからって日向さんは別行動だって言われたじゃないですか」

「その理由だって『精霊に呼ばれた』とか! 本当かもわかんないぜ?」

「アンタじゃないんだから」

「あいつも結構やるだろーが! てめーらあいつばっかり甘くしやがって」


 そう思うなら日頃の行いを見直すべきだとは思うが、口に出さず、目の前に座る少女に目を向けた。

 まだ小学生だというのに、隣に立つ男よりもずっとしっかりしていそうな少女は、少しだけ眉を下げて斎藤のことを見ていた。


「あー……気にしないで。この人、いつもこうなんで」


 やはり少し困った表情をした少女に、斎藤を強引にソファに座らせれば、少女も困ったように瞬きを繰り返していたがすぐに笑みをこぼした。

 都議会議員の娘と聞いていたが、育ちというか、いろいろ空気を読む必要があることも多いのだろう。しっかりして気が利く子だ。正直、隣にいる悪影響しかなさそうな男と関わらせたくないものだ。


「みなさんは今日はどういったご用なの?」

「え……ひかりちゃん、お母さんから聞いてないの?」

「うん」

「まぁ、言ってねぇんじゃねーか? 騒がれてもめんどくせーし」


 確かにわざわざ、子供を危険なカクリモノと関わる必要もないか、と大人たちの気遣いを察すると、干川も内緒と人差し指を口元にやれば、ひかりは少しだけ頬を膨らませた。


「また大人だけの秘密? ずるいのわ。おふたりだって子供じゃない」

「ふたり……」


 一応、隣の斎藤はとっくに二十歳を過ぎた24歳なのだが、どうやらひかりには子供に見えたようだ。見た目や言動からして、しょうがないかと思っていれば、足に激痛。


「イ゛ーーッ」

「テメェ……今、すげー失礼なこと考えただろ。考えたよな? なァ?」

「そういうところだよ」


 小声で言ったというのに、しっかりと聞き取った斎藤は、干川のことを素早く固める。


「喧嘩はダメです……! 斎藤さん!」

「喧嘩じゃねーよ」

「ただの一方的な暴力……ちょっ……やめ、し、ぬ……!」


 気を失うギリギリのところで解放されると、倒れこむように床に手をついて全身で息をした。すると、背中を優しく擦られる感覚に、目を横にやれば、ひかりが傍らに座っていた。


「大丈夫ですか?」

「う、うん。大丈夫。ありがとう」


 こんな小さな子供を怖がらせたというのに、その原因の男はどこ吹く風。ソファに座り、こちらを見下ろしている。

 文句を言いたいところだが、その前にドアが開き、榊が顔を覗かせた。


「すみません。うるさかったですか?」


 てっきり今の騒ぎを注意しに来たのかと思ったが、違うらしい。

 ひかりの母親、つまり依頼人から話を聞き終わり、これから現場にいくという。


「もうお帰りになるの?」

「うん」


 少しだけ寂しそうにしたが、ひかりは礼儀正しく頭を下げた。

 干川も礼を言ってから、部屋を出た。


「儀式の目撃は3日前だから、ほしかわでも視えないかもしれないが、痕跡がないか確認しに行く」


 儀式が行われていたという教会につけば、鍵はかかっていなかった。教会に実際に入るのは初めてだったが、人がいないからか、よりシンプルに感じる。

 特に視えるものは、ない。


「そうか……」


 榊がほかに痕跡がないか探すように、干川も視えるものはないか探そうと屈めば、背中に乗る重み。


「重いです」

「もやし」


 振り落とそうと体を揺らすものの、落ちることもない。素早く地面に伏せれば、驚いたような声を上げたが、すぐに背中に落ちてきた。


「うぐっ」

「自滅してやがる。バーカバーカ」

「む、むかつく」


 後ろで遊んでいる声を無視しながら、祭壇の上に置かれた燭台、床の痕跡を探せば、人があまり出入りしているとは思えないのに、妙にきれいだ。

 祭壇の上は一部を除いてうっすらと埃が積もっているが、床はゴミひとつ落ちていない。しかも、前方部分だけ。入り口付近は汚れていた。

 目撃証言自体はおそらく本当だろう。何かをして、片づけたのだろう。それに、祭壇の上の埃のない一部分も気になる。


「何の儀式か、か」

「精霊を封印してたってことはないんですか? 天ノ門以外にも、カクリシャの会社ってあるんですよね?」


 斎藤から解放され、立ち上がった干川に榊はすぐに首を横に振った。


「それならコソコソする理由はないし、奥さんの話じゃ、出てきたらしい。封印し直すならわざわざ出す必要はない」

「んじゃぁ、ヤベーのを出そうとしてるってことっすか」

「ヤバいんですか?」


 精霊であれ、カクリモノであれ、封印されているとなれば、少なくとも当時の人間に倒すことができず、せめて被害を抑えるために封印したことになる。そのため、厄介な相手が多いのだ。

 加えて、現代は大門の開いたカクリ大戦時よりもカクリシャの数、力は弱まっている。対処できるか怪しい。


「その分、封印も強固だから、そう簡単に解けないとは思うが……」

「現に解いてるんすよね?」

「解いたにしては、暴れた形跡はないんだよな」


 確かに教会には傷ひとつない。


「解いた人もめちゃくちゃ強くて倒した。とか」


 干川の希望的な予測に、斎藤は呆れたように見下ろしてきた。


「んな強ェ奴いたら有名だろうが。つーか、それならこんな民間にいなくてもいいだろうが」

「た、確かに……」


 カクシリャはかつて、国家公務員として全員が就職することができていて、”生まれた時からエリート”なんて文言もあったくらいなのだが、大戦が終わり、カクリモノが減り、一般人にも対処できるような技術が開発された結果、カクリシャの必要性は薄れ、世論からの反対から国家公務員の権利が剥奪された。

 結果、主に警察や軍で雇用されていたカクリシャの8割は解雇、降格となった。残った2割は、能力が高いカクリシャ。

 解雇されたカクリシャは、辻中や榊のように精霊やカクリモノの対応を行う民間会社を立ち上げるか、警備会社、一般の企業に再就職した。

 同時に、一部では解雇した国や世間を憎み、反乱を起こすミントのような存在もいた。

 つまり、強大なカクリモノを容易く倒せるような力の強いカクリシャは、軍や警察に必要とされていて、反乱を起こす必要がないということだ。


「まぁ、そもそも堅苦しいのが嫌だとか国が嫌いとか言われればそれまでだし、干川みたいに気づかれなかったり、若い奴だと今はカクリシャの風当たりも強いからな。可能性としてはなくもないが……そういえば、精霊がいないな」

「精霊?」

「教会や神社、寺なんかには必ずいるもんなんだがな」


 干川も探すが、痕跡すらない。もし精霊がいれば、話を聞けるかもしれない。


「外も視てきます」

「あぁ」


 しかし、精霊の姿はなかった。


「儀式の邪魔でやったんすかね?」

「かもしれない。これはめんどうな予感がするな……」


 榊は大きくため息をついたのだった。

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